82.エピローグ
私たちは、ネログーマ王都にある王城へとやってきていた。
「ありがとうございましたじゃ、聖女殿」
ラッセル様が玉座から立ち上がり、私たちに頭を下げる。
「本当にありがとうございますわ、コネコさん、アメリアさん、そして貞子さんも」
シュナウザーさんも感謝を伝えてくれる。
「ちょ、あたしは〜? あたしも頑張りましたけど!」
「水を止めただけでしゅからねー」
「それでも結構なことじゃん! 陰の功労者でしょ、あたしー!」
「冗談ですわ♡ 無論、沈黙の聖女様にも感謝してますの♡」
シュナウザーさんもすっかり愛美さんをいじっていた。
この人、どこでも誰からでも舐められるな……偉人なのに。
「それで、水神殿はその後どうなさったのですじゃ?」
あ、そうか。ラッセル様は聖域から移動していたので、顛末を知らないんだった。
「こちらに」
「みー」
にゅ、とかばんから一匹の蛇が顔を出す。
蛇はにょろりと動き、宙にただよう。
「こちらにおわすお方をどなたと心えるっ。水神さまであらせられるぞっ」
愛美さんが仰々しく紹介する。
ラッセル様たちは目を丸くした。
「か、かような小さな存在が、水神様?」
「正体は青龍とうかがっていたのですけど?」
シュナウザーさんの問いかけに、私が答える。
「あれは変身した姿だそうです。こっちが本来の姿」
「うにゃん」
ましろもかばんから顔を覗かせる。
水神がましろの体にまきつき、スリっと頬擦りする。
「悪霊が祓われて、元に戻ったのですね。良かった」
シュナウザーさんが安堵の息を吐く。
「みー」
「えっと、【此度は迷惑をかけたな。許せ】だそうで。いやぁ、偉そうですねえ。迷惑かけたくせに……あー! 締め付けないでぇ!」
水神が愛美さんに巻きつき、文字通りコブラツイストをかけていた。
ましろはバカにしたように「はんっ」と鼻を鳴らす。
「まあ、このように水神しゃまは元に戻りました。それと、水路の水も元通りでしゅ」
悪霊に取り憑かれていた人たちも、聖女がいなくなったことで元に戻った。
怪我人はいたが、死人は出なかったそうだ。
「それと……報告しておくことが」
「なんですじゃ?」
「ラッセルしゃまの本性を、みんな知ってしまいました」
「なんじゃと!?」
ラッセル様は獣になって王都を駆け回り、魔物をヨルと共に嬉々として倒していた。
その姿を、国民にバッチリ見られたらしい。
「ああ、終わりじゃあ……妾のハシタナイ姿を見られてしまったのじゃあ」
私はちら、とシュナウザーさんを見やる。
彼女たちは、とても気まずそうな顔をしていた。
「あのでしゅね、実は……二人ともラッセル様の本性、知ってたそうです」
「なんじゃとぉ〜!?」
がたたっ、とラッセル様が玉座から立ち上がる。
「え、え、なんでじゃ!?」
「お母様がこっそり夜抜け出して、外で狩りをしてることは、王城のものなら誰もが知ってますよ」
「なんじゃとぉ! し、しかし誰も何も言ってこなかったじゃあないか」
バセンジーさんが言う。
「まあ、別にストレス発散するのは悪いことじゃあないっすよ、陛下」
「そのとおりですわ」
ラッセル様は顔を真っ赤にして覆う。
「ああ、妾の痴態、みなに見られておったとはぁ」
「別に痴態なんかではりあません! 決して!」
シュナウザーさんが力強く否定する。
「そうですぜ、陛下。ネログーマ王家は、狩りの最も上手な種族がなるもんだって、みんな知ってます」
「お母様はその力で国民を守った。とても立派なことですわ。それに、あの地を駆け獲物を追い詰める姿は、とても美しかったですわ!」
シュナウザーさんとバセンジーさんがうなずく。
「しょうでしゅよ。国民のみなしゃんも、あなたしゃまを尊敬してましたっ」
ラッセル様はじわ、と涙を浮かべ、目元を拭いながら「ありがとう」と呟いた。
これで水神が引き起こした事件は無事解決。
さらにラッセル様の抱えていた問題も、芋蔓式に解決してしまった。
「聖女殿、改めて感謝いたしますじゃ」
「貴方様がたのおかげで我が国は救われました。本当にありがとうございます!」
とりあえず、無事問題解決できて良かった。
……あと一つ、懸念してることがある。
「ラッセルしゃま、お願いがございます」
「おお、なんですかの? なんでもおっしゃってくださいじゃ!」
「では……悪霊の聖女しゃんを、どうか許してあげてください」
黒幕の正体が異世界召喚された聖女だと、私は貞子さんから聞いた。
彼女は、この世界に無理やり連れてこられたことを恨んでいた。
……無論、人に迷惑をかけたことは許されない。
それでも……。
「どうか、同胞を許してあげてくだしゃい。あの人も可哀想な人なんでしゅ」
「もとより、罪に問うつもりはないのじゃ」
ラッセル様は即答した。
「そもそも、大昔に我らが彼女を召喚したことが発端。責任があるとすれば我らの方じゃ。申し訳ないことをしてしまったと思う。すまない」
ラッセル様が謝る必要はない。悪いのは大昔に彼女を召喚した人たちだ。
でも、もう悪霊の聖女さんは成仏してしまった。
もし望んでいたなら、貞子さんのように一緒に旅ができたのに。
「どうして、彼女は成仏しちゃったんでしょうね」
貞子さんのときみたいに、一緒に旅したかったのに。
『……きっと、安らかに眠りたかったんでしょう』
……そっか。
恨み続けて疲れてしまったのか。なら無理やり起こさず、静かに眠らせてあげよう。
きっと今頃、向こうの世界で楽しくやっていると思う。
「愛美しゃんたちも、向こうに帰りたかったでしゅ?」
余計なことを言ってしまった気がした。
すると貞子さんは微笑み、首を横に振る。
『いいえ。わたくしは寧子さんのそばにいたいです。まだ罪をつぐなえていないですし。それに……寧子さんたちと旅をしたいですので』
「あたしもー! 今さら現実戻っても、人生ドロップアウト済みで、働き口なんかないしニートまっしぐら。それよりこっちで異世界チート無双してたほうがいいです! あ、もちろんやすこにゃんたちとの旅が楽しいからってのもありますよ、まじまじアハハ」
……絶対、最初の理由が九割だろう。まあいいや。
「愛美しゃん、貞子しゃん、これからもよろしくねえ〜」
二人が笑顔で頷く。アメリアさんも微笑んでくれていた。
もちろん、アメリアさんも大事な仲間である。
「ふしゃー!」
ましろが胸に飛び込んできた。
てしてしてし! とほっぺに猫パンチを連続で繰り出す。
愛美さんの翻訳を聞かずとも理解できた。――あたしを除け者にするなってことだろう。
まったくもう、そんなつもり全くないよ。
私は愛猫のほおにキスをする。
「もちろん、ましろたんも大事だよ。これからも、よろしくね!」
「ふにゃーん!」
ましろが満足そうに、それでいて当然とばかりに鼻を鳴らす。
そんな姿が愛らしく、私はぎゅっと相棒を抱きしめるのだった。




