81.救済
暴走する悪霊の聖女を、わたくしたちが止めようとする。
「裂破斬!」
アメリアさんが剣で攻撃をする。だが……すかっ、と悪霊の聖女の体をすり抜ける。
敵は悪霊を放ち、アメリアさんを乗っ取ろうとした。
わたくしは結界でそれを防ぐ。アメリアさんはそのすきに距離を取る。
「くっ……! やはり霊体には、物理攻撃が通じないか……!」
『キエロキエロぉおおおおおおおおおおおおおお!』
悪霊が吹き出し、壁の外に出る。
このままでは、悪霊に取り憑かれた人たちが暴徒となって、この町を破壊してしまう……!
「……街は任せるのじゃ! 妾が……止めてくる……!」
ヨル様が雷撃で、悪霊の聖女を攻撃。
そのとき、ラッセル様が言った。
『……止めるって、どうやって……』
「……仕方ない。緊急事態じゃからな。ヨル様は聖女殿をサポートしてくださいじゃ」
ラッセル様は四つん這いになる。
「…………」
「ラッセル殿?」
「……聖女殿方、この姿を見ても怯えないでくれると助かるのじゃ」
そして……。
「獣化……!」
ラッセル様が叫ぶと、彼女の体が膨れ上がり、毛皮に包まれていく。
「!? ふぇ、フェンリル……!?」
「ひゃぉおん!?」
隣で驚くヨル様と同じ、神獣フェンリルの姿へと変化したのだ。
灰色の毛皮、そして額から伸びるのは青いツノ。
紛れもなく、フェンリル。
『これは獣化と呼ばれる、王族だけが使える奥義ですじゃ。先祖の姿に変化できるのじゃ』
「先祖……王族の先祖は、神獣だったのだな!」
こくん、とラッセル様がうなずき、飛び出す。
壁をぶち破り、外へ。
テイムした鳥の視界で、外の様子を見やる。暴徒と化した街の人たちに……。
『【獣咆哮】!』
フェンリル固有のスキル、獣咆哮を発動。
それを聞いた獣人たちは動けなくなる。
……なるほど、だからフェンリル姿になったのか。
これなら獣人たちを傷つけず、無効化できる。
『ヨル様! こちらも!』
「アオォオオオオオオオオオオオオン!」
獣咆哮で、悪霊の聖女の動きを止める。
私はさっきよりも強い力で、浄化を発動させた。だが……。
『ナメルナァ……! アタイノウラミガ、コノ程度デキエルモノカァアアアアアアアアアアアア!』
悪霊の聖女がさらに巨大な悪霊を放つ。
結界で防ごうとするが、破られた。
地下の壁を破壊しながら、こちらへ迫ってくる。
「撤退だ!」
アメリアさんはヨル様の背中に跨がり、わたくしも続く。
ヨル様は天井をぶち破って、外へ。
王城の庭にて、わたくしたちは巨大な悪霊と相対する。
『シネシネシネ! ゼエエエエエエエエエエエエエンブ、キエテシマエエエエエエエエエエエエ!』
悪霊がさらに集まり、巨人となっておおきな腕を振り下ろす。
結界で防ごうとする。だが……くっ。なんて重さ……。
……前に、愛美さんから聞いたことがある。彼女はおしゃべりで、いろんな(無駄)知識を披露してくるのだ。
『聖女の力の源ってなんだか知ってます?』
『なんです、藪から棒に……? 知りませんけど』
『思いの力、なんですよ』
『思い……』
『ええ。強く思う気持ち、それが聖女の力となるんです。結界、浄化、治癒……全部に共通してます。ただ漫然と使うのでなく、思いを込めて使うことで何倍も強くなるんです』
……愛美さんの言葉が正しいのなら。
悪霊の聖女の――いいえ、聖女さんの強さは、思いの強さ。
これだけの力を使うのは、それだけ強い恨みがあるからだ。
「…………」
なんて、悲しい力だろう。
『ナゼナク!?』
! 聖女さんが、話しかけてきた。……話が通じるかもしれない。
『わかる……から。貴方のつらさが……』
『ワカッテタマルカ!』
『いいえ……わかります。わたくしも、あなたと同じ聖女だから』
わたくしも異世界から呼び出された存在。
こっちに来て訳もわからず、頼れる人をやっと見つけたのに……利用され、捨てられた。
『ワカルモノカァアアアアアアアアアアアアア!』
押しつぶされそうになる。
その背中を……ふわり、とアメリアさんが支えてくれる。ヨル様も、わたくしたちを守ってくれていた。
……あの人に無くて、わたくしにあるもの。両者の違い……それは仲間がいること。
『たしかに、完全にはわかりかねます。でも……わかることはありますわ。それは……この世界がクソってことですわ!』
悪霊の力が、少し弱まる。効いてる……!
『ほんっと、異世界ってクソですね。なんですか、異世界召喚って。ただの拉致じゃないですかっ。誰が好き好んで、こんな文明の未発達な世界に来たがるものですかっ。しかも帰る方法もないなんて、人権無視の拉致行為そのものです!』
「す、すまない……」
アメリアさんが謝ることじゃない。
『この異世界はクソですわ。でも……! それでも……! 良いこともあります!』
相手の力が弱まっていく。
『こっちに来て、たくさん友達ができました。毎日楽しく過ごせています。……たしかに環境はクソかもしれません。召喚した連中も同様……ですが。それでも希望はある。それに……世界はクソでも、そこに普通に暮らす人たちには罪はない!』
……そうだ。異世界の人たちに当たっても仕方ないのだ。
『たしかに呼び出した異世界人はいます。そいつはクソです。でも……自分の人生がクソなのは、自分のせいですわ! 復讐なんてものに囚われ、無意味なことを選択したのは……自分!』
『自分ガ悪イトイイタノカ!?』
『良い悪いの話ではありません! そんなくだらない復讐をするくらいなら、友達と楽しく旅行した方が万倍マシだと言ってるのです!』
この人には、思いとどまって欲しい。たくさんの人を殺す前に。わたくしのように、罪を犯す前に。
悪霊が……はじかれる。
わたくしの思いの力が、彼女に勝ったのだ!
『ヨル様! お力をおかしください!』
「ひゃあぁん!」
わたくしは調教師。契約したケモノを操れる。そして……神獣も。
ヨル様に聖なる力――浄化を付与。
寧子さんがやったように、わたくしも邪を払う。
聖女さんの中にある闇を……払ってみせる!
『ヨル様! ゴー!』
聖なる光を受けたヨル様は白く輝き、白銀の衣をまとったかのように光を放つ。
すさまじい速さで突進し……悪霊をぶち抜き、聖女さんに体当たり。
カッ……!
すさまじい光があたりに広がる。そして……聞こえた。
『………………ありがとう』
光が消えると、そこには何も居なかった。
わたくしには理解できた。彼女の恨みは消え、その魂は元の世界へ還ったのだと。
……それでいい。わたくしや愛美さんのように、この世界にとどまる必要はない。
故郷で人生をやり直す方がいい。
「貞子殿っ、やったな……!」
アメリアさんが笑顔を向けてくる。
友達が居てくれたから勝てた。
本当に……皆さんには、特に寧子さんには感謝だ。
彼女がわたくしを救ってくれたから。
わたくしもまた、同じ境遇の聖女を助けることができたのだから。




