80.貞子Side
《貞子Side》
わたくしは茶臼山貞子。
この世界に召喚された聖女の一人でございます。いろいろあって、寧子さんに救われ、彼女とともに旅をしている次第です。
現在、わたくしたちはネログーマに来ておりました。寧子さんとともに、この国の聖域に棲むという水神に会いに来たのです。ところが、水神は何者かの呪いを受けていることが判明しました。わたくしはアメリアさん、ラッセル女王、そして神獣ヨルとともに、呪いをかけた張本人を探しているところです。
「くっ……! 見当たらない……! どこだっ!」
ヨル様が空を駆けて、わたくしたちは上空から周囲を見渡すも、怪しい人物の姿は見当たりません。
――わたくしは、一つの可能性に気づいておりました。わたくしだから気づけた、という部分もあるかもしれません。
『ラッセル様……一つ、おたずねしたいことがございますの』
「? どうしたのじゃ?」
『……ボッタクルゾイは、どうなっておりますの?』
あのボッタクルゾイです。ラッセル様に呪いをかけていた存在の一人。寧子さんによって一度成敗されたはずの者です。しかし、その後の処遇については、わたくしたちは把握しておりませんでした。
「奴は……城に幽閉されておるのじゃ。呪いを解除……呪いが、ま、まさか……!」
アメリアさんの表情が変わります。わたくしもうなずきました。
「まさか……ボッタクルゾイが、水神様を操っているとでも?」
「……正確には、奴一人の仕業ではないとは思います。しかし、ボッタクルゾイが関与しているのは確かでしょう」
ボッタクルゾイは加担者にすぎない――真の黒幕がいる。わたくしには、心当たりがありました。
「今すぐ、王都に戻りましょう」
「しかし、かなり距離があるのでは……」
そのとき、ヨル様が「ひゃーんひゃんっ!」と吠えました。
「なんだ……?」
アメリアさんが首をかしげます。ヨル様は、きっと『いける!』と言いたいのでしょう。
『皆さん、ヨル様にしっかり捕まってください!』
わたくしがそう呼びかけると、皆様は戸惑いながらもヨル様の身体にしがみつきます。
「ひゃおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
ヨル様が地面――否、空間を蹴るように加速します。すさまじい速さで景色が流れ、あっという間に王城の上に到着しました。瞬間移動にも等しい速さです。
「到着しましたのじゃ!」
『王城へ向かいましょう!』
わたくしたちは慌てて地下牢へと向かいます。目立ってしまうのは致し方ありません。
牢屋の中で、ボッタクルゾイは座っておりました。
「……なんの用だ?」
うつろな目で、奴はわたくしたちを見ます。
『用があるのは……貴方の中にいる者ですわ』
「なんだと……?」
ボッタクルゾイは気づいているのか、いないのか――判然としません。しかし、わたくしは心の奥で、黒い気配を感じ取りました。一度、闇に落ちた経験のある者だからこそ分かることがあるのです。一体、なぜ最初に気がつかなかったのかと自分を責めましたが、まずはその邪悪な存在を取り払わねばなりません。
『【浄化】!』
わたくしは聖女スキルの一つ、浄化を発動しました。寧子さんや愛美さんほどの大規模な浄化はできませんが、邪悪な憑依に対しては効果は抜群です。
『ぐおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
ボッタクルゾイの体から、黒いもやが噴き出しました。そして、そのもやは人の形を取り始めます。一人の女性に――変じたのです。
『……貴方も、わたくしたちと同じ、召喚された聖女ですわね』
敵は、わたくしたちと同じ存在。異世界から召喚された聖女――その中でも、彼女は――。
『クソガァ……ドウシテ、キヅイタァ……アタイ、ガ……【悪霊の聖女】ダトォ……!』
悪霊の聖女――なるほど。胸に鋭い痛みが走りました。わたくし自身も、かつて似たような力を持ち、同じ闇に触れたことがあるからです。聖女には固有の力が備わる。寧子さんは調教師、そして寧子さんの猫神――各々に特性がございます。彼女の能力は、悪霊を操り、他者に取り憑かせるものであろうと察しました。
「悪いことはおやめなさい。水神を解放するのです!」
わたくしは叫びましたが、彼女は激しく反発します。
『ヒャハハ! ソウサ! ヨクキヅイタナァ! アタイハコノセカイ、ニクンデイル! 勝手ニヨビダシタ、コノセカイヲ!』
――痛いほど、わかるのです。わたくしも好き好んでここに来たわけではありません。強制的に連れて来られた。かつての日常を奪われ、自由を奪われた恨みは想像に難くない。わたくしが闇に触れた理由も、あながち他人事ではないのです。寧子さんや愛美さんのように踏みとどまれる者は稀有です。
『だが、それは違う! その力は、そんな風に使うものではない!』
『ダマレ……!』
黒いもやが巻き上がり、わたくしは慌てて結界を張ってアメリアさんたちを守ります。黒いもやの一部を防げましたが――
『チッ。メンドウダ。ダガ……』
どごぉん!
「な、なんじゃ!? 外から爆発音が……」
わたくしは目を閉じ、調教師として外に待機させているテイムモンスターの視界を共有しました。
『ネログーマ国民が……暴動してますわ!』
「なんじゃと!?」
悪霊の聖女はその力で、民衆に悪霊を憑依させ、暴動を引き起こしたのです。
『水面下デ、ジックリコノ国潰シテヤルツモリダッタガ……計画ガバレタカラナ、計画早メタノサ!』
彼女はネログーマに強い恨みを持っているらしく、国を内側から崩壊させようとしていたようです。拉致や暗殺を含む工作を進め、それが露見したために計画を一気に進めて暴力へと移した――そう推測できます。
『辞めなさい! そんなことをしても虚しさが募るだけですわ! 浄化!』
パァッ――! 浄化の光を放ちますが、悪霊は複数体に増幅して押し寄せてきました。
『オマエニ、アタイノ、ナニガワカル! 死ネエェエエエエエエエエエエ!』
数多の悪霊が襲いかかります。わたくし一人では対処できません。
「ハア……!」(アメリアさんの剣)
「ワァオオオオオオオオオオオオオオン!」(ヨルの獣咆哮)
アメリアさんが剣を振り、ヨルが吠えて悪霊を一時的に固めます。そこへ、ラッセル様が突っ込む!
「ガァウ……!」
ラッセル様は悪霊の聖女に噛みつこうとしますが、空振りしてしまう。
「ラッセル様……皆さん……」
「大丈夫だ、貞子殿。我らがついている。皆で、彼女を鎮めよう!」
ああ、思い出しました。わたくしはつい忘れがちですが、この世界には闇だけでなく、光も存在するのです。仲間がいること――支え合える者たちがいることを、わたくしは再び思い知りました。




