78.水神降臨
水精霊を、ましろが倒した。空間斬という新しい技を披露して――。
「あの精霊、妙なことを言っていたな」
アメリアさんが神妙な顔つきで言う。
『なんか言ってましたっけ?』
切断された腕が元に戻ってご機嫌な愛美さんが応える。
「我らが水神を襲う賊を、排除せよと命令された……と、精霊は言っていた」
『水神が、あたしたちを排除しようとしたってことでしょ?』
「いえ、愛美殿。精霊は“水神ではなく、他の誰かに命令された”と言っていたのです。もし水神が自ら言っていたのなら、『我を狙え』のように自分を示すはずです」
『あ、そっか……。うーん、でも単に水神から聞いた命令を他人に伝えるときに「水神が〜」って言ってるだけかもよ?』
愛美さんの考えも分かるし、アメリアさんの懸念も理解できる。
「誰かが水神を操っている可能性もある、ということですね」
「その通りだ、コネコちゃん」
あんまり考えたくないが、それは現実味がある。
「神を操るとは……誰が、そんな罰当たりなことをしているのだ」
ラッセル様が鼻息を荒くする。
そもそもそんなことが可能かどうかも疑問だ。ましろやヨルを見ればわかるが、神獣の力は恐るべきものだ。そんな神の力を操れる者がいるのか――。
「ひゃんひゃんひゃんっ!」
「なーう」
『ヨル様は【あそぼあそぼあそぼ】だそうです。ましろ様は【背中かいてー】だそうで……』
……あれ、操れるかも、と思ってしまうのは好奇心の悪い顔だ。神獣は基本的にマイペースで動物的だ。その隙を突いて、呪いなどで操ることができるかもしれない。
「まあ、ここでごちゃごちゃ考えてても仕方ないでしゅね」
「そうだな。敵がいるなら、そいつを倒せばよい」
敵がいるなら倒す。いないなら――いないに越したことはない。想定を敵ありで進め、私たちは先へ進むことにした。
ややあって。
「止まってください」
私は皆に指示する。
「どうしたのじゃ?」
ラッセル様は異変に気づいた様子。ましろとヨルも警戒する。
「何か来る……これは……水! とんでもない量の水が押し寄せてきましゅ!」
「なんだって!?」
今は見えていないが、まもなく来るだろう。霊体の愛美さんたちはともかく、地上の私たちはその勢いに飲まれれば死ぬ。
「結界!」
私は足下に結界を出現させる。普段のドーム状ではない、立方体の結界を。足下からぐおっ、と上空へ勢いよく飛び出させる。
結界がジャンプ台のように作用し、私たちは空に放り出される。
「そんでもーいっかい、結界!」
今度は私たちを包み込むように球体の結界を構築。結界は中空に浮かび、私たちは空中でとどまった。
その下を、すさまじい勢いで濁流が押し寄せてくる。
「あ、危なかった……あと少し遅れていたら、あたしたちは……死んでた」
一瞬で、先ほどまで居た場所が濁流に飲み込まれていた。木々をなぎ倒し、押し流すほどの勢いだ。砂利や木片が混ざるその流れに呑まれていたら、体は削られてバラバラになっていただろう。
「なぜいきなり濁流が……」
「恐らく、敵も我々の存在に気付いたのだろう」
空が暗くなり、分厚い雲が覆う。ぴしゃっ、と雷光が走り、遅れてどごぉおおん! と轟音が響く。森に雷が落ちたが、濁流のおかげで火事にはならなかった。
「なん、でしゅ……あれ……?」
『で、デカい……ど、ドラゴン……いや、龍ですよぉ!』
私たちの眼前に、青いうろこをまとった巨大な龍が現れた。山のような体躯、青い稲妻を帯びる鱗、鋭い牙と爪。うなり声だけで大気が震える。
ラッセル様がその龍を見てつぶやく。
「水神殿……」
「! あれが……水神……?」
「そうですじゃ。水神……青龍殿ですじゃ!」
「青龍……!」
――――――
青龍(幼体)
→水の神獣。天地創造の獣、四神の娘。水と雷を司る。
――――――
幼体でこれか……親はどれほど巨大なんだ。
「ふにゃー! にゃ!」
ましろが腕の中から青龍に向かって何かを話しかける。
「にゃーにゃ! しゃー!」
『どうやら青龍とましろ様は面識があるようです。呼びかけていますが、応答はないですね』
「うにゃう……」
『【呪いが掛かってるわ】だそうです』
やはり、誰かが水神に呪いをかけて操っている。敵は我々の存在に気づき、水神に命じて排除しようとしているのだ。
「うにゃ、しゃー!」
ましろが私の腕から飛び出す。
「ましろたんっ!」
『【目を覚まさせてやるー!】ですって! 神獣同士、互角かも……』
しかし水神は口の周りに水を集め、一気に強烈な放射を放つ。
ビゴオオオオオオオオオオオオオオ!
「あぶにゃい!」
私は結界でましろを覆うが――スパァンッ! やすこにゃんの結界が真っ二つに裂ける。
ましろは結界を足場にして、たんっと跳んで避けた。水神のビームが聖域の木々をなぎ倒す。倒れた木の断面は鋭利に切り裂かれ、あれを食らえば体は真っ二つになるだろう。
「うにゃー!」
『【私がこいつを引きつけるから、呪いをかけてる馬鹿をぶん殴って!】だそうです!』
呪いは、かけた本人を倒さなければ解けない。つまり呪いの発動源を突き止め、排除しなくてはならない。
「私たちは呪いをかけてる奴を探しましょう」
「しかし、聖域からあふれ出る濁流はどうする? ここで食い止めないと、被害が森の外へ広がるぞ!」
確かに、濁流は森を抜けて街へ向かっている。
『森から出た水は、水路を通って街へ向かっています。ただ量が多すぎます。このままでは水路は氾濫し、街は濁流に飲まれてしまいます!』
状況は整理された。解決すべき問題は三つ。
1.暴れている水神を止める
2.濁流を止める
3.呪いをかけている者を見つけて倒す
「1つめは、ましろたんに任せるしかありません。2と3を、我々で対処しましょう!」
方針は決まった。役割分担を決める。
「貞子しゃんは呪いをかけてる奴を見付けて。アメリアしゃんとラッセル様はそいつを倒す。濁流は、わたしと愛美しゃんでなんとかします」
皆うなずく。
「ヨルしゃん、アメリアしゃんとラッセル様を乗っけて上げて」
探し回るには足が必要だ。ヨルに任せよう。
「ひゃーんひゃん!」
パァッとヨルが光り、巨大なフェンリルへと変化する。アメリアさんたちを乗せ、ヨルは空へ駆け出す。
『空歩スキルですね。持ってたんだ……』と愛美さん。
探索はあの二人に任せる。
「わたしたちは、この濁流を止めましゅよ! 本気モードでよろしくでしゅ!」
ぱぁっとカバンが光り、中から愛美さんの実体が現れる。
「しょうがないですね……見せてあげますよ、沈黙の聖女の実力って奴をね!」




