77.キレる猫
猫のひげスキルのおかげで、迷わず森の中を進めた。
「にゃ」
スッとましろが私の前に立ち、こちらを見上げる。
「どうしたんでしゅ?」
「ふにゃん」
『【止まって。あぶないわ】ですって。これはマジモードです』
いつもマイペースでわがままなましろが、他人を案じて「危ない」と言う。いったい、どんな凶悪な存在が待ち受けているのか――。
「ぷるぷる……」
「「「「え……?」」」」
私たちの前に現れたのは、スライムだった。ボール状の体に黒い目。どう見ても雑魚モンスター、スライムだ。
「ぷるぷる……ぼく……わるいすらいむじゃないよ……ぷるぷる……」
つぶらな瞳で見つめてくるその姿は、捨てられた子猫のようでもある。思わず庇護欲をそそられるが、ましろが止めた事実が私の足を止める。ましろの勘を信じよう。
『うほー、かわいい~♡ だきしめて~♡』
「愛美しゃん、だめでしゅって!」
『えー、なんで? こんな可愛いじゃあないですか~』
うかつに近づく愛美さん。霊体なので触れられないはずだが――。
「ふははは! 掛かったな! 阿呆がぁ……!」
びゅっ……! ジュッ……!
『ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
「ふはははは! 濃硫酸の弾丸よ! 馬鹿め! ぬははははは!」
――スライムが高笑いした。本性を現したのだ。しかも濃硫酸を飛ばすだと? 凶悪すぎる。
「あぶなかったでしゅね……ありがとう、ましろたん」
「ふにゃ」
「愛美しゃん、大丈夫でしょ? 霊体なんだから」
『はっ! そっか! あっぶなーい……』
濃硫酸弾は愛美さん(霊体)をすり抜け、地面を溶かして大穴をあけていた(じゅっ、という音が響く)。ましろがいなければ、あの可愛さに釣られて近づき、濃硫酸を食らっていただろう。
「チイィイ……! 警戒心の強いメスガキどもめ! だがまあいい、奇襲は失敗したが、貴様らはもう我のテリトリーの中よぉ!」
ざざざっ、と周囲に同種のスライムが何体も出現する。
「【鑑定】!」
――――――
上級水精霊
→意思を持つ水の精霊。実体を持たないので物理攻撃が通用しない。体内であらゆる水を生成する。
――――――
「水の精霊!? なぜ人を襲うのじゃ!」
「ふはははは! しれたこと! 我らが水神を襲う賊を、排除せよとのご命令がくだったからだ!」
水神を襲う賊……?
「ちがいましゅ。別に水神に危害は加えません」
「そうですじゃ! 我らはただ、雨が降らなくて困っているから、水神殿に助力を願いに来たのですじゃ!」
水精霊は鼻で笑う。
「賊の言葉なんぞ聞く耳を持たん! 元々耳など無いがな! ぬははは!」
腹立つなあ。
「こちらは争いたくありません。ですが襲ってくる以上、こちらも抵抗しますよ?」
「ふん! かかってこい! もっとも、貴様らのような脆弱なる存在に、我が後れを取るわけがないがな!」
相手が挑発するなら、受けて立つほかない。
「ましろたん。あいつ、ましろたんのこと脆弱って馬鹿にしてましゅよ?」
「にゃにぃ~~~~~~~~~~~~~~?」
プライドの高いましろにそんなことを言うのは自殺行為だ。猫神の怒りが燃え上がる。
ましろが水精霊の前へゆっくり歩み寄る。前足をあげて爪を伸ばす。
「ふは? 爪で攻撃でもするのか? 無駄だぁ! 我の体は水でできているのだぞ? 物理攻撃など通じぬわ阿呆め!」
くあぁ……と、ましろが「はぁ?」の顔で切り返す。ぶち切れているのは明白だ。
「皆しゃん、伏せ!」
ヨルが先に伏せの姿勢をとる。続いてラッセル様、私、アメリアさん。貞子さんも遅れて伏せる。
『貞子さん、私たち霊体だから別に伏せなくても……』
ましろが飛び上がり、ぐるんと一回転する。
ずばぁぁああああああああああああああああああん!
――私には見えた。ましろの力が付与された世界が。超高速で爪を振るい、その衝撃波が周囲に拡散する。
森の木々と水精霊の体が、斜めに切断される。木々はずれ、しかし途中で止まり、ついで元の位置に戻った。
『うびゃぁあああああああ! あたしの腕がぁ……! 霊体なのに腕がちょん切れたぁあああああ!』
愛美さんが腕を押さえてコロコロ転がる。
「霊体なのに……!?」
どういうことだろう。水精霊も目を見開く。
「あ、ありえん……水を絶つだと……? そもそも我ら精霊は実体を持たぬのに……」
「ふにゃお」
「空間を斬った……だと!? な、なんだそれは!? そんな神業……ただの猫にできるわけがない!」
水精霊はやがて水たまりになり、消滅した。
「えーっと……つまり?」
『多分、ましろ様は相手の居る“空間”を切断したのだと思います』
『空間の切断に防御は不可能です。たとえ相手が実体を持たぬ精霊であっても』
説明されてもわからないが、とにかく強烈だということは伝わった。
「でも、森の木々が戻ったのは?」
『それはあれでしょ、刀の達人が切ったわらがピタッと戻る的なアレ』
急に説明が雑になるのはご愛嬌だ。
「ましろたん、さっきなんでしゅか?」
「くあぁ……」
説明する気はないらしい。満足すると眠くなったのか、すぐにカバンに潜り込んでしまった。
「精霊を倒してしまわれるとは……さすが神様じゃ……!」
ラッセル様とヨルは目を輝かせている。飼い主としては複雑だ。ましろがあんなとんでもない技を持っているとは……いつまた暴発するかわからない。




