75.犬女王、肉を食う
またも猫神(猫耳)モードの私。ましろの絶対的な力を借りて強くなった……のはいいんだけど、強すぎて困る。コントロールできるようになりたい、はぁ……。
「ところで、この青猪たちはどうしますじゃ?」
ラッセル様が、青猪の死骸の山を見ながら言う。みんな首がちょんぱされていて、若干グロい。お子様には見せられないなぁ……。
「回収しましょう。放っておくと大地を汚してしまいましゅ」
『解体してからカバンにつっこんだほうがいいですね』
「別にカバンに入れてても腐らないでしゅよ?」
『あたしが嫌なんですよ!』
どうやら愛美さん、死骸と一緒にカバンに入るのが嫌らしい。いやまあ、それなら外に出てけばいいのに。貞子さんと違ってお尋ね者じゃないんだから……。
「解体……」
ましろが解体をやったことがある。猫神の力を使えば、死骸を一瞬でアイテムに替えることができる。猫神モードの私も多分できる。問題は出力だ。どれくらい力を込めるとどの程度の出力になるのかが不明だ。
「ましろたん、解体お願いできましゅ」
「な」
『【めんど】ですって……』
やっぱりか。じゃあ、試すしかない。
アメリアさんに手伝ってもらい、死骸の一つを持ってきてもらう。周りに誰もいないのを確認して——。
「解体……!」
ましろの爪を用いた、解体スキルを発動。
ズドンッ……!
「ずどんて……」
解体スキルで出ちゃいけない音が出てるんですけど……。しかも青猪が木っ端みじんになってるんですけど……。
「検証しておいてよかったぁ〜……」
ましろってこんな恐ろしい力をよくコントロールできるな……。特殊な訓練でも受けたのだろうか。
何度か試して出力を調整し、まとめて一発、とは行かないものの、一体ずつ解体することは私にもできるようになった。
「聖女殿は解体までできるんですな。器用ですのぅ」
「いえまあ」
私の力というよりは、ましろの力を横取りしているだけだ。ネコババスキル、恐るべし。
解体した肉に、ヨルがくっついていた。
「ふぁふ〜……」
「ヨルしゃん、どいて」
「ひゃーん……」
私はヨルを抱っこする。じたばたしている。狩猟族の血が騒ぐのだろうか。
「ヨル殿……じゅる……生肉は体に悪いです、じゃ……」
相変わらずラッセル様、ロイヤルな面と狩猟族の面を両方持ち合わせている。黙っていれば上品なのに、内面がケモノすぎる。
「せめて焼いてくだしゃいね……」
「うむ」
「ひゃーん!」
にっ、とラッセル様が笑う。
「気が合いますの、ヨル殿!」
「ひゃんひゃーん!」
『【おばさんもね……!】ですって……あわ、あわあわ……だめですよ! その年齢の女性に“オバサン”なんて言ったらぁ……!』
……そういえばラッセル様って何歳なんだろう。若々しい見た目だから二十代後半くらいかと思ったら。
「三十九歳ですじゃ」
…………………………OH。アラフォーだった。
『アラフォーであんなことを!? 歳を……』
「ましろたん、制裁」
「しゃー!」
ましろが愛美さんの霊体に飛びかかって制裁猫パンチを連打する。女性に年齢の話題はNGだ。
ましろが制裁している間に、私はカバンを開けて肉などを収納する。
「手に入れたアイテムはどうしましょうか? 分け前的な」
「すべてそなたらのものでよいですじゃ」
「いいんでしゅ?」
こちらとしては助かる(浪費家がいるので)。ラッセル様は即答で差し出してくれた。
「無論じゃ。依頼の道中に得たものは、そなたらのものでよい」
「ありがとうございじゃーましゅ!」
ラッセル様、カバンをじーっと凝視してよだれ垂らしてるし……。
「じゅる……」
「……じゅる?」
ラッセル様の反応が過剰だ。肉への本能的な反応が出ている。
「肉……」
「肉とな!?」
二人とも肉に過剰反応している。駄目だ、この女王様、ケダモノすぎる。
『獣人ですから……』
獣人だといっても、ここまで丸出しにする人は初めて見た。
「じゅる……肉……じゅるる……」
「えっと、どうぞ」
カバンからさっき手に入れた生肉を一枚取り出す。ラッセル様とヨルが二人してよだれを垂らしている。
「肉……肉……うま……うまそう……」
「ひゃう……ひゃ、ひゃうう……ひゃうん……」
駄目だ、この二人、既に肉に取りつかれてる……。
「火であぶりますから、待っててくだしゃいね」
「「わふ〜♡」」
わふーって……。三十九歳でそれでいいのか。女王なのに……。
なんだかラッセル様が面白存在に見えてきた。ロイヤルな雰囲気と獣性のギャップが強烈だ。シュナウザーさんは気づいてないのだろうか。お母さんがこんな狩猟本能丸出しの女王だってことを。
「早く、お肉をっ」
「あ、はい……。えっと、火を……」
私には火遁というスキルがあるが、森を燃やす危険がある。威力を落として使うのも面倒だ。地球の便利グッズを使う方が早い。
取り寄せカバンで現実世界からキャンプ用のガスバーナーを取り出す。
「肉っ、にくっ」
ラッセル様、精神が狩猟本能に汚染され、珍しいアイテムへの興味を完全に失っている……!
アメリアさんがバーナーを見ながら説明する。
「これは一体?」
「がすばーなーでしゅ。お湯を沸かすときや料理で使うものでしゅ」
バーナーをセットして点火。ボッ……。
「「ひぅぅ……!」」
ヨルはともかく、ラッセル様まで火に怯えてる。駄目だぁ。もう完全にラッセル様がケモノムーブしてる。こんな姿を国民に見せられない。
「すごいな……魔法を使わずとも火を起こせるなんて。一発で便利だ」
アメリアさんは言いつつもラッセル様を見ないようにしている。王族の痴態を直視したくないのだろう。
「火でこうして、ナイフに突き刺して、火であぶる……」
じゅう……と油が落ちる。ヨルたちの目がキラキラと輝く。焼き終えた肉の刺さったナイフを彼女らに向けると、二人が飛びかかってきそうだったので。
「おしゅわり!」
「「ひゃん……!」」
二人を座らせてから差し出す。
「どうぞ……」
「「あおぉおん!」」
ヨルとラッセル様が美味しそうに肉を頬張る。ああ、仲良しだ……。その姿はまるでケモノそのもの。王族の威厳はどこへやら。




