74.殺意ましまし
ラッセル様が青猪を一人で倒してしまった。
「申し訳ない……つい……血が騒いでしまったのじゃ……」
「そお、でしゅかぁ……」
場所は草原。私の前には、高貴な顔立ちの美女が正座している。
……口元を血で真っ赤に染めた美女だ。
「実は……妾、こう見えて……」
「はい」
「アウトドア派なんですじゃ!」
「あ、はい」
意外でもなんでもなかった。雨の中を駆け回っていたし、草原を走りたがっていたし、率先して狩りもしていた。こないだの件も含めれば予想の範囲内だ。
「娘には内緒にしててほしいのじゃ」
「と、いいましゅと?」
「妾がこのようにおてんばになってしまったので、せめて娘には女の子らしく、おしとやかに育って欲しいと思っておるのですじゃ……」
なるほど。娘の前では本性を隠していたのか。子を思う嘘――そこには確かな愛情がある。
その思いを踏みにじることはできない。
「あい、わかりました。黙ってましゅ。頑張るお母さんの邪魔はしないでしゅ」
「ありがとうございますじゃ……! ああ、なんて幼いのに立派な聖女殿なんじゃろうか……!」
すみません、中身アラサーなんです。嘘じゃない、ただ年齢は黙っているだけ。
「ふにゃー」
『【血だらけでひくわー】ですって。たしかにその姿はちょっと……』
ラッセル様、口から血をポタポタ垂らしてる。こわ……。
「動かないでくだしゃいね。浄ぉ……はっ!」
ここでハッと気づく。私の浄化は強力すぎて、全部「波ぁ……!」化してしまうのだ。
至近距離で「波ぁ……!」を出したら、ラッセル様の目が潰れるかもしれない。いや、最悪ショック死レベルかも! と妄想が暴走する。
『こういうときは! お決まりの水浴びイベントですよ!』
オタク気質な愛美さんが鼻息を荒くする。
『水浴びからの、えっちぃなイラスト! これで勝つる!』
何に勝つんだろう。美少女の水着をどこに持っていこうとしてるんだこの人は。
「愛美しゃん、今は水が不足してるんでしゅよ? 水浴びなんてできるわけないでしゅ」
『あー! そうだったー! ちくしょー! 美少女の水着がぁ!』
異世界生活を謳歌している人と一緒にしないでほしい。私は真面目なんだ(震)。
『……わたくしが浄化してみます』
「なるほど……貞子しゃんなら聖女パワー一人分でしゅもんね!」
三人分入っている私より、貞子さんの方が浄化を抑えられるかもしれない。貞子さんが右手をラッセル様に向ける。
ぽわ……とラッセル様の体が光ると、口元や服についた血が一瞬で綺麗になった。
おお、これが本来の浄化スキル。
「これなら波ァ……! にならずにすみましゅねっ」
パァン……!
「「えええええええええええええええええ!?」」
ラッセル様の服が、ぱぁん! と破裂してしまった。
「な、なんですじゃあこれはァ……!?」
『……わ、わたくしがなにかしてしまったのでしょうか……?』
涙目の貞子さん。いや貞子さんが暴走するとは思えないが……。
「ましろたん!」
「ふにゃ?」
「また何かしましたね!」
「んーにゃ」
ぷるぷるとましろが首を振っている。
ましろには他人を強くするバフスキルがある。それで貞子さんを強化してしまったのかもしれない。
『ああっ! 寧子さん……また猫耳が生えてます!』
「なんでしゅって!?」
ぴこぴこと耳と尻尾が動いている。猫神モード、また発動していたのだ。
さっきましろの腹をなでたのが喜ばせる判定になり、結果、猫神モードが発動してしまったらしい。
ぴょこぴょこっ、と私の耳が動く。くぅ……。つまり、貞子さんにバフをかけていたのは私のせいだ! またやらかした!
「ご、ごめんにゃしゃいでしゅ……」
「あ、いえ、謝ることじゃあないですじゃ……びっくりはしましたが」
ラッセル様は余裕の大人で、全裸でも動じないタイプだった。
「むしろ……血が騒ぎますじゃ」
「…………はい?」
ナニイッテルノ、コノヒト……?
「外で服を身につけておらぬと、なんだかこう……たぎるのじゃ!」
「ひゃん!」
『【わかるっ!】って……おいおい、もしかしてラッセルさん、裸族……?』
いやいやいや、そんな特殊性癖ではないだろう。ないよね?
「ケモノは、そもそも服を着てないじゃろう? ケモノに近い姿になってるから、興奮してる……とか」
「そうかもしれませぬじゃ! 妾、風呂に入るとやたらと興奮してしまうのじゃ!」
謎のカミングアウト。やはり裸族かもしれない。
「ともかく、陛下。お洋服を着てください」
アメリアさんが毛布を差し出しながら言う。
「おお、すまぬの騎士殿」
私はカバンからスッと着替えを取り出す。
「! これは……妾の服。なにゆえ、そなたが持ってるのじゃ……?」
「取り寄せたんでしゅ、スキルで」
「おお! なんと……! すごいのじゃ! モノを取り寄せるスキルなんて聞いたことがないのじゃ!」
しまった。慎重に使うべきだった。とはいえ事態は収束しつつある。
「大丈夫ですじゃ。お力のこと、そして聖女殿が聖女殿であることは、秘密にしますじゃ」
「助かりましゅ……」
「いえ、妾のことを秘密にしてもらってますしのぅ」
Win-Winの関係だろうか。
『それにしても……やすこにゃん』
じーっと愛美さんが私を見ている。なんだろう。
『もうすっかり猫耳が板についてきましたね。萌えを意識してるんですか? 良いと思います……!』
「ふにゃー」
『【おまえもわかってるじゃあないの。ヤスコの猫耳かわいいわ】って? あざます!』
もぉお。緊張感がないんだから。
「それにしても、万事休すだったな、コネコちゃん」
「と、いいましゅと?」
アメリアさんが額に汗をかきながら言う。
「猫神モードは通常より強い力を使えるのだろ? その状態で至近距離で浄化を使ったら……失神するどころではなかったのでは……?」
…………あ。あぶなかった。
たしかに失明どころか、下手すりゃショック死……いやいや、そこまではいかないだろう。いかないよね。
おかしい。聖女スキルってもっとサポート寄りだと思っていたのに、どうして私のは“殺意マシマシ”になってしまうのだろう……。




