73.狩猟女王
準備を整え、さっそく私たちは聖域へ向かうことにした。
メンツは、私・アメリアさん・ラッセル様。
愛美さんと貞子さんは、霊体として同行する。
「本当に大丈夫ですか、ラッセル様。我ら騎士もついていきますが……」
「不要じゃ。大勢で行けば、民を不安がらせてしまうじゃろう?」
それはたしかにそうかもしれない。
ラッセル様は、少し地味な装いをしていた。
頭からフードをかぶり、王族だとはわかりにくい姿だ。
「聖女殿たち、そして神獣殿たちもおるのじゃ。大丈夫じゃ」
ましろ、そしてヨルも同行するらしい。
正直、この時点でかなり過剰戦力だ。
ましろもヨルも普通に強い。
なんだったら、私とアメリアさんいらないんじゃ……と思う。
でも、ましろは私がいないとモチベが下がるし、ヨルは赤ちゃんで何をするかわからないから保護者が必要。
そして私は幼女なので、アメリアさんが必要。
――ということで、必要最低限のメンツで今回は森に入ることになった。
「では、参りましょう」
「あいっ」
「うむ」
アメリアさんは、国が用意した馬車を動かす。
私とラッセル様は荷台に乗った。
ちゃかぽこ……と馬車が走り出す。
シュナウザーさんはぶんぶん! と手を振って見送ってくれた。
頑張ろう……。友達のために。
ちゃかぽこ……と馬車が進む中、ラッセル様は窓の外に目を輝かせていた。
「どうかしたんでしゅ?」
「この広い草原を見てると……」
「見てると?」
「無性に……走り出したくなりますのじゃ……!」
「は、はぁ……」
……あれ? この人、見た目はロイヤルなのに、中身はただのわんちゃん……?
ヨルと同じ……?
いや、まあ、犬ってそういうもんだけど。
でもこの人、獣人じゃあ……?
「はっ! んんっ、なんでもないのじゃ」
「あ、しょうでしゅか……」
なんでもないって言いながら、うずうずしてるのはなんなんでしょうね。
『思ったより馬鹿犬属性なんですね、ラッセルさんって……ぷぷ、おもろ~』
「愛美しゃん、失礼でしゅよ。ましろたん、制裁」
「ふにゃー!」
待ってましたとばかりに、ましろが猫パンチを愛美さんの霊体に食らわせる。
「沈黙の聖女殿は……見事ですじゃ」
一体何が見事なんだろうか……。
「これより危険な場所へ行く妾の緊張をほぐそうと、あえて道化として振る舞ってくださっておる。いいお方じゃ……」
いえ、そんな気さらさら無いと思いますよ……。
――とは口に出さず、飲み込んでおいた。幻想、崩しちゃ悪いもんね。
「ふにゃう」
ましろがおなかを向けて、私を見てきた。
「はいはい、おなかなでなででしゅねー」
「にゃ」
『【敵よ】ですって』
「なでてる暇ないじゃないしゅかっ!」
「しゃー!」
『【なでなさいよ!】だそうで……』
「だからもー!」
その間も、貞子さんが目を閉じて周囲を探っている。
おそらく調教師の力を使っているのだろう。
『……あれは……青猪ですね。Cランクです』
Cランクなら、まあそこまで脅威ではないか。
私は荷台に立つ。
ドドドドドオ……!
「って、なんでしゅかあれ……!」
めっちゃ居る……! なんであんなに……!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ら、ラッセルしゃま……?」
恐怖で体を震わせるラッセル様……。
魔物を近くで見て怯えているのか……?
――いや、違う!
「妾……もう、駄目……!」
バッ! とラッセル様が飛び出す。
「ラッセルしゃま!?」
「お外走ってくりゅううううううううううううううううううう!」
「えーーーーーーーー!」
もの凄い速さで、ラッセル様が走り出したっ。
な、なんなのっ?
「ひゃーーーーーーーーーーん!」
「ヨルしゃん!?」
ヨルも荷台から飛び出す。
獣人&神獣コンビが走り出す!
近付いてくる青い毛皮の猪モンスター――青猪。
ラッセル様をひき殺そうと突っ込んでくる。
危ない……!
私は結界を発動し、ラッセル様を守る。
ドガッ……!
青猪は結界にぶつかり、反動で頭が潰れて倒れた。
『いつもながら、なんつー威力の結界……。結界って防御技なんですよ?』
愛美さんが感心しているのか、呆れているのか、そうつぶやく。
私もわかってはいる。
「…………」
ラッセル様がぶるぶると体を震わせ、血まみれの青猪を凝視していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今度はさすがに怯えているのだろう。血を怖がる人は多い。
彼女も……そうかと思った、そのとき。
「あおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
「ええええええええええええええええええええええええ!」
ラッセル様は両手を地面について、吠えた……!
「ひゃおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
ヨルも呼応するように吠える!
「バウバウ……! あおぉおおおおおおおおおおおおん!」
「あおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
ラッセル様はそのまま四つん這いで走り出し、青猪の首に――
か、かぶりついたァ……!?
「な、なんなんでしゅかぁ……あれぇ~……」
『あー……そういえば、ネログーマの王族って、狩りが一番得意な種族が王になる掟がありましたね』
「狩りが一番……得意、でしゅ?」
愛美さんがうなずく。
『そう。その部族最強の狩人が獣人王になると。その血をラッセルさんが継いでると考えると……』
……狩り。そうか、狩りか。
ラッセル様が獣を追い回す姿は、まるでライオンのようだった。
「ラッセルしゃん……あんなにおしとやかな見た目なのに……ゴリゴリの肉食獣ってことでしゅね……」
『まあ……犬ってほら、肉食ですから』
どっちかっていうと雑食のような気もするけど。
狩猟者の血が騒ぐのか、ラッセル様は目をギラギラさせて青猪を倒していく。
ヨルも協力しているが……。
「はぷはぷっ!」
……まあ、ヨルはまだ赤ん坊だから、噛みついて倒すのは無理。
実質、ラッセル様がお一人で倒しているようなものだ。
「……これ、わたしたち……必要でしゅかね……?」
「ど、どうだろうな……」
アメリアさんも私も、若干ドン引きしながら……。
ラッセル様の狩りを眺めているのだった。




