71.女王からの依頼
どうやら神獣のせいで、雨が降らないらしい。
ましろからその情報を聞いた私は、もう少し詳しく話を聞き、話の裏取りにラッセル様のもとへ向かった。
「あれ? バセンジーしゃん?」
「お、おうっ。嬢ちゃんたち……どうした?」
謁見の間の前には、バセンジーさんが立っていた。あれ、なんだか焦っているように見える。
「ラッセルしゃまに会いに来たんでしゅが……」
「そ、そっか。だが、その、すまんな。今、王は取り込み中だ」
「あら、そうなんでしゅね。出直しましゅね」
「ああ、そうしてくれ」
露骨に安堵の息をつくバセンジーさん。何かあるのだろうか──そのときだった。
「アオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
どこからか、けものの遠吠えが聞こえた。
「ケモノ……?」
「ああ……」
バセンジーさんが額に手を当てる。何か察したらしい。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン! 雨、雨、雨よぉお! ウォオオオオオオオオオオオォン!」
その声は、ラッセル様の声にも似ていた。まさか、と思いたくなるが──。
「……中に入っても」
「いや、やめといた方が良い。まじで」
「あ、そー……」
気になりすぎる。貞子さん、外の様子を見てきて。
調教師の力で貞子さんに外を見てもらうと、隣に浮いている貞子さんがぴしっと体をこわばらせた。
「どうでしゅ?」
『……庭を駆け回ってます』
「は……?」
そのとき、扉がばーんと開いた。
「雨じゃ雨ぇ……! 恵みの雨じゃぁ!」
そこには、全身ずぶ濡れで狂喜するラッセル様がいた。濡れた服が体に張り付き、下着まで見えている。王族らしからぬ大胆な格好だが、本人は気にしていない様子で、尻尾をぶんぶん振り、ぴょんぴょん跳ねている。
「はぅあ……!?」
私と目が合うと、ラッセル様は固まって真っ赤になった。
「……陛下。いったん戻りましょう」
バセンジーさんが、固まっているラッセル様を押し戻す。
やがて玉座に座ったラッセル様は、きりっとした表情だった。あれは夢だったのか……?
「あ、あの……さっきのは一体……?」
「何のことじゃ?」
とぼけるラッセル様に、愛美さんが告げる。
『雨の中、庭を駆け回ってた件ですよ』
触れてほしくなさそうだったのに、蒸し返してしまう愛美さん。ラッセル様は顔を覆って頼むように言った。
「……忘れてくださいじゃ」
「そっか。あれは、雨が降って国民が助かるから喜んでいたんでしゅね?」
「……いや、単に妾、雨が好きでの。庭を駆け回ってしまうのじゃ……」
犬っぽい。圧倒的に犬っぽい。どうやら本当に恥ずかしそうで、何度も窓の外を見ている。雨の中を走るのが好きらしい。
「雪が降ったら庭を駆け回るのは分かるけど、雨でもそうなるんでしゅね」
「うう……恥ずかしいのじゃぁ……。娘には黙っててくださいじゃ」
「は、はい……」
……なんというか、獣人国王の弱みをひとつ握ってしまった気がする。
『やすこにゃん、どんどん外交力を身につけてますね。このままネログーマの闇のフィクサーになれるですよ?』
なれるわけないよ。
「して、聖女殿。一体何のご用じゃ?」
「あ、えっとでしゅね……」
私はましろから聞いた話を、ラッセル様に伝える。
「……なるほど。神獣のせいだと」
「あい。ましろたんが言うには、水の神獣の仕業じゃないかって。何かご存じでしゅか?」
ラッセル様は神妙な顔で頷いた。
「水神様のことじゃろう」
「水神……様?」
「うむ。ネログーマには聖域と呼ばれる場所があるのじゃ。そこは王族以外立ち入れぬ巨大な湖。その地に、いにしえより一柱の神が住まいしておる。それが水神様じゃ」
「なるほど……」
「そういえば、ネログーマは神獣が国を守っているって言ってましたね。てっきりフェンリルのことかと」
「フェンリル様も神獣の一柱じゃ。水神様は、神獣たちの長のような存在でもあるのじゃ」
この国には神獣が複数いるらしい。緑豊かな国だから、神獣も暮らしやすいのだろう。
「でも、どうして水神様は雨を降らせないようにしているんでしょう?」
「分からぬじゃ。ただ、聖域へは定期的に食べ物などを奉納しておったのじゃが、最近の拉致事件でそれが滞っておる。水神様がそれを怒っておるのやもしれぬ」
子供っぽい理由だが、あり得なくもない。
「ふなー?」
カバンからましろが顔を出して私を見上げる。
『【まだー? 退屈ー】だそうです……マイペースですね、ましろ様』
……うん、ありそう。子供っぽいし、ヨルもバカ犬ムーブするし。
「妾は、水神様のもとへ行き、謝罪してこようと思うのじゃ。このまま雨が降らぬと民が困ってしまうからの」
「しょうでしゅか……」
「そこで、もしよければ依頼を受けてもらえぬじゃろうか」
「ふぇ……? 依頼でしゅ?」
ラッセル様が頷く。
「聞けば、そなたらは冒険者なのじゃろう? 妾を聖域にいる水神様のもとへ護衛してはくれぬか」
お願いではなく、依頼だ。シュナウザーさんも困っている。アメリアさんの目が輝く。
「あい。分かりました」
「おお! 助かるのじゃっ! 感謝するぞ、聖女殿っ!」
愛美さんが無駄遣いして金がないし、ネログーマ滞在中に稼ぐつもりだったのもある。シュナウザーさんのためにも、引き受けよう。
『でも、やすこにゃん、相手は神ですよ?』
「しゃー!」
『【あたしも神ですけど!】って、そりゃまあそうですけど……猫だし……あっあっ、やめてっ! パンチやめてっ!』
こうして、私はネログーマ女王から護衛依頼を受けたのだった。
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必要なら次の章も同じ調子で整えます。どうする?




