62.ツンデレ猫
橋を渡って、ネログーマへ到着した。
橋を渡った先には、ネログーマの検問所がある。壊れた橋のせいで道が塞がれ、検問所前には大勢の人が列を作っていた。そこへ人々が一斉に流れ込んできたのだ。仕方ない。
だが、バセンジーさんがいてくれたおかげで、長蛇の列に並ばずに済んだ。ありがたい。
『今さらなんですがー』
馬車の中で、愛美さんが思い出したようにつぶやく。
『橋が壊れてるのに、賊はどうやって獣人たちを国外に流してたんでしょうね』
「言われてみれば……確かに……」
するとシュナウザーさんが返す。
「あの橋以外にも、国を渡る術はありますわ」
「あ、そうなんでしゅね」
「ええ。ただし、正規ルートではありません」
なるほど。非合法ルートを使ったということか。
「非合法な手を使ってもバレないってことは……黒幕は相当な権力者かもしれませんね」
『たしかに……。シュナウザーさん、いませんか? 権力持ってそうで、悪そうな人って……?』
シュナウザーさんは首をかしげる。
「どうでしょう……。強いて言えば、財務大臣の【ボッタクルゾイ】でしょうか」
『それで決まりじゃん……。ボッタクルゾイって、名前からもう体を表してるよぉ!』
名前だけで決めつけるのはよくないが、大臣レベルの権力がないと拉致と隠蔽は難しいだろう。犯人候補の一人には違いない。
『ちゃっちゃと問題を片付けて、そのボッタクルゾイをぶっ倒してしまいましょう!』
「でしゅね……」
まあ、彼が犯人かは分からないが、候補として挙がっているのは確かだ。
てしてし……と、ましろが私の膝を尻尾でたたく。
「なんでしゅか、ましろたん?」
「…………」
ましろはつーんとそっぽを向いている。
「ましろたん?」
「…………」つーん。
ああ、これは……。
『ましろ様、どうしたんでしょう? あっ当たり! なんで猫パンチなんですかぁ……!?』
愛美さんに猫パンチをかますましろ。付き合いの長い私は分かっていた。
『……ましろ様、どうしたんでしょうか?』
「かまって欲しいんでしゅよ」
『……かまって欲しい?』
貞子さんが目を丸くする。神獣がそんな猫みたいなことをするのか、と驚いているのだろう。
残念ながら、うちのましろは神というより猫である。
「多分、さっきから私がかまってあげてないから、すねちゃってるんでしゅね」
「ふーにゃ」
『【そんなこと一言も言ってませんがー】って、言ってますけど……?』
経験則で分かる。これはましろの「かまってちゃんムーブ」だ。どれだけこの子の我がままに振り回されてきたか。
たしかにさっきから問題対処ばかりで、ましろにかまってあげられていなかった。相棒のご機嫌は取っておきたい。何かあったときに力を貸してほしいし——という下心もあるが、やっぱり可愛い愛猫だから構ってあげたい。
「ふっふっふ……ましろたん、じゃーん!」
スキルで取り寄せたのは——
「猫じゃらしでしゅ~!」
「にゃー!」
ましろの目が完全にロックオンした。道ばたの草ではなく、ペットショップのプラスチック製猫じゃらしだ。
「ほれほれ、ましろたん。ほれほれ~」
左右に振ると、ましろがぴょんと反応する。
「にゃ、あっ、あっ……!」
『【別に、あたしっ、こんなのっ、どうでもいいしっ】って言いながら、目で追ってますね……』
可愛い。素直じゃないところも可愛い。
「しゃー!」
ましろが猫じゃらしをてしっ! と叩く。私が引き抜いてまた揺らすと、夢中で追いかける。
「にゃ、にゃーん!」
『【か、体が勝手に! これはそう、体が勝手にだからあ……!】ふふ……楽しそうですねぇ、ましろ様』
つーんとしていた態度はどこへやら。すっかり夢中で遊んでいる。可愛い。
「ましろたん、ごめんね。別にあなたを放っておいたわけじゃないんでしゅよ?」
「ふにゃう……」
ひとしきり遊んだ後、満足したのかましろは膝の上に乗ってくる。私がそう言うと、ふんっと鼻を鳴らした。
『【別にヤスコは謝らなくて良いし。別にあたしすねてないし。神だし】ですって……うぷぷ、可愛い……あいたー!』
制裁の猫パンチが愛美さんに直撃。学ばない人である。
「ん? にゃー!」
『【毒蛙〈ポイズン・フロッグ〉の匂いよ。ヤスコ、気をつけて】だそうで』
ましろには猫のひげのような探知スキルがある。さらに、人間の何倍もの嗅覚も備えている。そのおかげで、敵の居場所が分かった。
「ありがとー、ましろたん」
「ふにゃ!」
『【サクッとお掃除しちゃってね】だそうで』
「あいっ!」
荷台から顔をのぞかせると、遠くにカエルが見えた。青い体で、ヤドクガエルを思わせる。
カエルがこちらを見てぴょんぴょん跳ねてくる。ちっちゃくて可愛い——と思いきや、
どすっ、どすっ。
「ふぇ……?」
どっすんどっすん。
「ちょっと……?」
どしーん! どしーん!
「で、でかすぎぃいいいいいいいい!」
毒蛙〈ポイズン・フロッグ〉は小さなカエルだと思っていたが、遠近法で小さく見えただけだ。実際はかなり巨大だった。
『魔物ですからー』
愛美さんは落ち着いている。霊体だから冷静なのだ。
「ま、ましろたん……どうしよう……」
しかしましろは、毒まみれのカエルなんて手が汚れるから斬りたくないと言いそうなタイプだ。だが——
ぱら……どさどさどさ……!
「!? 毒蛙〈ポイズン・フロッグ〉が……バラバラ死体に!?」
アメリアさんが馬車を止め、毒蛙の死体へ駆け寄る。確かに、細切れになっている。
「ふにゃん」
どうやらましろがやっつけてくれたようだ。普段は頼まないと動かないのに、今回は自発的に助けてくれたらしい。
「ふーにゃっ」
『【ま、さっき遊んでもらったお礼よ】ですってぇ~』
「ましろたーん! ありがとー!」
私はましろを抱き上げ、よしよしと撫でてやった。




