60.橋を直す
壊れた橋を、みんなで協力して直すことにした。
「皆さん、聞いてください……!」
シュナウザーさんが、その場にいた人たちに向かって言う。
「な、なんだぁ……?」
「お、おい……なんか、犬が喋ってるぞ……!?」
「まじかよぉ!?」
事情を知らない人たちからすれば、シュナウザーさん(犬)が喋っていることに驚き、戸惑うのは当然だ。
「わたくしはネログーマ王の娘、シュナウザーですわ!」
みんな困惑している。犬が喋る上に自称王女だと言うのだから、信じる方がむしろおかしい。
「わたくしが王族であることは……この方が証明してくれます! ですよね、ヨル様!」
「ひゃんっ!」
ぽてぽてとヨルがシュナウザーさんに近づく。
「なんだ、子犬がもう一匹現れたぞ……?」
「犬が増えたところで何だっていうんだ……?」
誰もが困惑している中、一人の獣人がこちらに近付いてきた。鎧を着た騎士だ。
「失礼します! 私はネログーマ城に仕える騎士の一人、バセンジーです。確かに見覚えがあります……間違いない。この子犬は国を守る神聖なる獣、神獣フェンリル様そのお方です!」
ざわ……と周囲がざわつく。騎士がそう言ったことで、発言に少し説得力が生まれたようだ。
「まじかよ」「フェンリル……?」「あんな子犬が……?」
騎士はヨルの前に跪く。
「貴方様は、フェンリル様でございますな?」
「ひゃんっ!」
ヨルが小さくうなずくと、信用する者の割合は増えていった。
「人間の言葉がわかってる!」「いや、そんな犬はいないだろ」「いるわけねえだろ、馬鹿かよ」
ヨルを神獣だと信じる者もいれば否定する者もいる。やがて獣人騎士・バセンジーはシュナウザーさんの前に跪いた。
「フェンリルをお連れになっている……。貴方様はシュナウザー殿下でいらっしゃいますか?」
「はいですわ。わたくしは貴方を城で拝見したことがございます。たしか……バセンジーさんでしたわね」
バセンジーが小さく頷く。
「騎士の名前を知っていたぞ、あの犬……」「いや、名前くらい知ってるだろ」「つまり神獣を連れ、喋り、しかも王国騎士の名を知るなんて」
周囲の人たちは、シュナウザーさんを王女だと信じ始めた。
「おお! シュナウザー殿下! よくぞ……ご無事で!」
バセンジーは感激して涙を流している。拉致されていた姫が見つかったのだ。騎士として嬉しいのだろう。
「バセンジー、今は泣いている暇はありません。わたくしは一刻も早く王城へ戻らねばなりません」
王城では獣人を犬に変え国外に売り払う悪事が行われている。シュナウザーさんはその陰謀を止めようとしているのだが、その事情はとりあえずここでは省く。
「しかし姫、橋が壊れております」
「そこで……ヨル様の出番です!」
ヨルが「ひゃんひゃーん!」と自分の尻尾を追いかけ回している。無論、ヨルに橋を直す力はない。
「神獣ヨル様は、そのお力で橋を直してくださるそうです」
「おお! それはありがたい! ヨル様、お願いします!」
ヨルは後ろ足で耳をかくしぐさをしている。了承したようには見えないが、シュナウザーさんは押し通すつもりらしい。
シュナウザーさんとバセンジーがてくてくと橋に近づくと、ギャラリーの反応はこうだ。
「まじか、神獣が橋を直すらしいぜ」「できるのかそんなこと……?」「まあ気になるし、見てみるか」
狙い通りだ。名付けて『聖女の力がばれないように、神の仕業にしちゃおう』作戦である。
みんながヨルに注目しているその間に、聖女である私が力を使う。
『準備オッケー! ばっちこーい!』
愛美さんが霊体で中空に浮かぶ。
「いきましゅ、結界!」
まず私が結界を張る。壊れた橋の部分を覆うように。
『引き継ぐよーん!!』
私から結界の主導権を愛美さんに渡す。彼女に結界を維持してもらう。
ここから私は別のことをしなければならない。
「【結界】+【治癒】」
私は二つの聖女スキルを同時に発動させる。
「おお! なんか橋が光り出したぞ!?」「神獣の力か……!?」
周囲はヨルが橋を直していると思っているが、実際に頑張っているのは私たちだ。念のため、外から見えないように貞子さんにも結界を張ってもらっている。
私の結界と治癒が作用すると、空間内にある壊れた橋が——。
「み、見ろ! 橋がぁ……!」「元に戻っていくぞぉ!?」
まるで時間を巻き戻すかのように、壊れた部分が修復されていく。結界はやがて砕け散るが、中の橋は元の状態のままだ。
「うそおお!?」「橋が治った!」「うぉおお! 神獣すげえぇー!」
沸き立つギャラリー。私はその場にぺたんと尻餅をつきそうになったが、アメリアさんがすぐに抱きかかえてくれた。
「お見事だ、コネコちゃん」
「ぜえ……はあ……どーもぉ~……」
上手くいってよかった。
「しかし、どういう理屈だったんだい? 結界と治癒を組み合わせたようだけど」
治癒は本来、細胞を活性化させ壊れた細胞を元通りにするスキルだ。つまり非生物には効かないはずだ。
「結界で作った空間を、治癒したんですわ」
「空間の……治癒?」
「あい。治癒は生物に効く。それをそのまま非生物に適用するのは難しい。だが結界で作った“空間”には適用できるかもしれない、と考えたんです」
「……つまり、橋そのものを直したのではなく、橋を覆う結界の内部の空間を、壊れる前の状態に戻した、ということですね」
「あい。できるかどうか微妙でした」
だいぶ屁理屈だが、治癒が非生物に効かないなら“空間”ならどうか——という発想は理にかなっていた。結果はご覧の通りだ。
「すごいぞ、コネコちゃん。壊れたものを瞬時に直すなんて、まさに神の奇跡じゃあないか……! 神獣の力を借りなくても、奇跡を起こすなんて!」
いつの間にか、ましろが私のおなかの上に現れていた。ふふんと鼻を鳴らす。
『【すごいでしょ? うちのヤスコは】って、今回はましろ様何もしてないのに、なんでそんな得意げなんですか』
「しゃー!」
ましろは飛び降りると、アメリアさんを追いかけ回し始める。
『ひー! おたしゅけー!』
こうして、壊れた橋は直った。私が力を使ったことはヨルの“神業”に見せかけられ、事態は無事に収まった。




