59.壊れた橋
私たちはゲータ・ニィガと、獣人国ネログーマの国境付近までやってきた。
……けれど。
「これは……やばいでしゅね」
「そうだな……」
国境付近には、幅広い川が流れていた。
そして、この川には大きな橋が架かっていた……らしい。
「橋が崩れちゃってましゅね」
橋の半ばにぽっかりと穴が開き、歩いて渡れる状態ではなくなっていた。
近くでは渡れずに困り果てている人たちが大勢いる。
アメリアさんが彼らから話を聞いてきてくれた。
「どうやら数日前、突然の大雨で川が増水し、そのせいで橋が壊れてしまったようだ」
……数日前?
「そんなに大雨ふりましたかね……」
私たちはゲータ・ニィガを出てからずっとネログーマを目指していた。
もしそんな大雨が降っていたなら、気付かないはずがない。
『こりゃあ事件のにおいですな』
と愛美さんが言う。
「事件? どういうことでしゅ?」
『てへ♡ 言ってみただけです……あっあっ! 痛い痛いですましろ様ぁ……!』
ましろが愛美さんに猫パンチを食らわせていた。
――余計なこと言って、私に心配をかけるな。そんな感じの制裁だろう。
止めはしない。実際、余計な一言だったから。
……大雨については情報が少なすぎる。今は置いておこう。
問題は、この橋をどうするかだ。
川は広く、泳いで渡ることも不可能ではない。
けれど、まだ増水している。下手をすれば流されて命を落としかねない。
「ヨルしゃんにおっきくなってもらって、私たちを背に乗せ、ジャンプしゅる……」
「その方法で我々【は】、渡れるだろうな」
問題は、他の人たち。そして今後、この橋を渡る人々だ。
彼らを見捨てるのは、なんだか気が引けた。
しかも、こちらにはこの国の王女・シュナウザーさんもいる。
彼女は何も言わず黙っていた。
ヨルがぺろりと口もとを舐める。
――シュナウザーさんがこの事態を憂えているのは、きっとその証拠だ。
けれど口に出さない。
自分に解決する力がないから。
私たちに迷惑をかけまいと、そうしているのだろう。
本当に優しい王女様だ。
……助ける義理があるかと言われれば、ない。
でも、問題を放置して自分たちだけ進むのは、胸にひっかかる。
「大丈夫でしゅ、なんとか……しましゅ!」
「! いいんですか……?」
「あいっ!」
シュナウザーさんが目に涙を浮かべ、何度も頭を下げてくる。
やっぱり心の底では、この橋をどうにかしたいと願っていたのだ。
よし、頑張ろう。
『実際、どうしましょうか。手っ取り早いのは橋を修復することですが……。修復魔法も修復スキルも、こちらにはありませんよ?』
聖女3、剣士1のパーティ。
(今思うと、だいぶ偏ってるな……)
修復スキルなんて凄い能力を持つ人間は、当然いない。
自分たちの手札で、クリアするしかない。
自分の手札……まずは。
「愛美しゃん、たとえば……治癒スキルで壊れたものって直せないでしょうか?」
治癒スキル。
人を直せるなら、物だって直せそうな気がする。
『できないですねぇ。治癒は生物の細胞を活性化させて元に戻すスキル。非生物は対象外です』
……橋は当然、非生物だ。無理か。
「貞子しゃんの調教師スキルで、魔物を操り工事させるとか……?」
マンパワーなら修復も早そうだ。
『命令はできますが、魔物たちに建築の知識がなければ直せません。我々にもありませんし……』
うーん。そっか。
私の手札は……火遁とか、ましろの飛爪とか。
……壊すほうばっかり!
壊すのが得意な聖女ってどうなんだろう……。
『時間遡行なんて魔法もありますけど、魔法使いはいませんしね』
時間を巻き戻せば修復できる。
けれど、そんな大規模な魔法を使えるわけがない。
「なう?」
ましろが首をかしげてくる。
……死者すら蘇らせる神の力を使えば――駄目だ。
あれは負担が大きすぎる。
友達を苦しめてまで解決するのは、嫌だ。
「ふにゃーにゃ?」
『【何悩んでるの……?】だそうです』
愛美さんが説明してくれる。
まあ、多分ましろは理解してない。興味ないから。
「ふなーう」
『【今のヤスコなら、複数の聖女スキルを組み合わせられるんじゃない?】ですって』
「複数の……聖女スキル?」
どういうことだ……?
「ふにゃ、にゃーう、な~~~~う」
『【あたしの育ての親も聖女だったわ。結界と浄化を組み合わせて呪いを解いたり、治癒と浄化を同時に使って怪我と病気を一気に治したりしてた】とのこと』
……なるほど。
聖女スキルは組み合わせて使えるのか。
「しょんなことできるでしょうか」
「にゃ」
『【やすこは奴隷と調教師から聖女としての経験値を引き継いでるし、いけるでしょ】……あ、奴隷ってもしかして私のことですか? ……すみません、そうですね! 奴隷ですぅう!』
……そうか。私は聖女として三人分の力を持っている。
だから、もっと強く、複雑なスキルの使い方ができるはず。
「あにょ……解決方法を思いつきました」
「! 本当ですのっ!?」
シュナウザーさんが目を輝かせる。
「はい。でも……割と派手なことをしましゅ。それは我々の本意ではありましぇん」
できれば国に存在を知られたくない。
ここで大規模な奇跡を起こせば、「あの銀髪の幼女は誰だ!?」と騒ぎになる。
「だから……協力してほしいんでしゅ」
「協力?」
「あい。シュナウザーしゃんにも、それと……愛美しゃんたちにも」
これは私ひとりではできない。
「無論ですわ!」
『お、仲間と協力して困難に立ち向かうやつですね! 王道少年漫画的展開! もちろん協力しますよ~!』
『……わずかでも、あなたのためにできるなら』
よし。協力は得た。
あとは、作戦を実行するだけだ。




