57.貞子さんも、もふもふする
花鹿の群れを倒した、獣人さんたち……。
これ、軍隊並みに強くなってない……?
『ば、バフはほら、一時的な強化なので、大丈夫……です……よ……』
愛美さんが気休めを言ってくれる。そ、そうだよね、一時的だよね(願望)。
皆さんのおかげで、花鹿大量ゲット。ましろにお願い(ブラッシング)したら、解体作業までやってくれた。やっぱり私の相棒はすごいな。
花鹿の肉を使い、大量にカレーをまた作る。人数が多いから、かなり時間を取られるな……まあしょうがないけども。
ややあって。
「うま……」「もうたべられないぃ~」「けぷ……」
みんな満足そうにつぶやき、おなかを向けて眠っている。か、可愛い……。絵面でいうと、たくさんの子犬が一斉におなかを向けて眠っているのだ。まさにもふもふパラダイス。
『でもこの子たち、恐ろしい魔物の喉笛をかっ切るほどの獰猛さ……もとい、勇猛果敢さがあるんですよねぇ……素直に可愛いって言えないですよぅ』
愛美さんの言葉に、心のなかで同意する私。まあ、言うてましろもプリティな見た目に反して、凶悪な魔物をやっつけたり、月を落としたりしてヤバいといえばヤバいのだけども。ましろは神様だから、まあ……ね。
「ありがとうございますわ。助かりました、コネコさん」
「いえいえ」
シュナウザーさんがぺこりと頭を下げる。まあ、手痛い出費&足止めは食らったけど、この人たちを放置できなかったしね。
「…………」
「ん? なんでしゅか?」
子犬(一見大人なのか子供なのかわからない)の一匹が近づいてくる。
「おねーたん」
話しぶりからすると子供だろうか。けれど「おねーたん」って呼ばれるのか……私、見た目幼女なんだけども。
「なんでしゅか?」
「ありがとー!」
ぴょんっと子犬が私の膝にのっかる。ふわふわ……だぁ……。ポメラニアンっぽい手触りの子犬である。
もふもふ……ふわっふわ。しかも暖かい……ああ……。
「ありがとー!」「おねーちゃん! ありがとー!」
他の子犬たちも私に近づいてきた! あっという間に、もふもふたちに囲まれてしまう……ああ……キモちいい……。
ふわふわのクッションに囲まれているようだ。右も左も、前も後ろも。もふもふいっぱい。
「ふにゃう」
てしてしてし、と、いつの間にか頭の上に移動していたましろが、叩いてきた。
「どうしたんでしゅ?」
『【浮気は許さないわよ!?】ですって。ぷすす~。ヤキモチ焼いてますよぉ、神様なのに~』
あーあ……。
ましろが降りると、カバンの中に顔を突っ込む。
『あっあっ! やめて! 制裁やめて!! あーーーーーーーーーーーーー』
本当に学習しない人だな、愛美さん……。もう放っておこう。一方で、もふもふを堪能する私。
「…………」
そわそわ、とアメリアさんもこちらの様子を見ている。
「どうしたんでしゅか?」
「あ、いや! 別に……あたしは、その、別に、あたしは別にそんな別にうらやましいとか思ってない!」
うらやましいと思ってるらしい。アメリアさんも可愛いものが好きなのか。いつも凛々しい彼女にもそんな一面があるなんて……友達の意外なところを知れて、ちょっとうれしい。
「あのおねえちゃんも、みなしゃんのためにがんばってくれたんでしゅよ? いっぱいお料理作ってくれました!」
「「「わー! ありがとぉ~!」」」
もふもふたちが、アメリアさんのもとへ押し寄せる。
「あっあっ♡ あたしはっ♡ 別にもふもふなんて♡ あー♡」
アメリアさんは大量のもふもふたちに囲まれて、目を♡にしていた。その場にぺたんと女の子座りして、ぎゅーっと抱きしめている。
『うう~……あたしももふもふしたいです……でも外にでるのは嫌』
生粋の引きこもりである愛美さんは、滅多なことがない限りカバンから出ない。出ても霊体だ。
『……わたくしは遠慮しておきます』
貞子さんはトラウマがあるから、あんまりもふもふに囲まれたくないらしい。調教師の力で人を襲わせたことがあったし(嫌々だったけど)。
でも、なんだかかわいそうだ。こんなにふわふわモフモフを触れると幸せな気持ちになれるのに。なんとかしてあげられないかな……。
「あの、貞子しゃん。もふもふしてみませんか?」
『え……? いや……でも……霊体ですし……』
外に出れば触れるだろう。でもトラウマのせいで、カバンの外に出たがらないようだ。
『ふにゃん!』
ぐいっとましろが尻尾を引っ張る。その尻尾の先には、貞子さんの霊体があった。くるんとましろの尻尾が貞子さんの霊体と接続される。ましろは尻尾を引っ張る。すると、貞子さんが引き寄せられる。
『【やすこがやれっていってんだから、やるのよ!】だそうで。もー、強引ですなぁ〜』
貞子さんが、そのまま私の体の中に吸い込まれていった。え、ええ!?
「あ、あれ……? これ……もしかして……寧子さんの中に入ってるんですか?」
私の体が勝手に動く。ど、どうなってんだろう……?
『やすこにゃんの肉体に、貞子っちの霊体が憑依で合体! したんでしょう! やすこにゃんが許してる限り、体を自由に動かせるはずです』
なるほど……合体か。
「貞子しゃん。ほら、もふもふでしゅよ〜」
友達にもこの天国を味わって欲しい。私がそう言うと、貞子さんはおずおずと手を伸ばす。近くにいた子犬の頭をなでる。ぴょんっと子犬が貞子さんに飛びついてきた。
「ふぁ……♡」
貞子さんは、私の体で、もふもふしだす。最初はおっかなびっくりだったけど、だんだん表情が緩んでいくのがわかった。……不思議な気分だ。他者の感情が自分の中に流れ込んでくる。
「きもちいいですね……」
「でしょう〜?」
貞子さんは獣人たちをモフっている。最初はおっかなびっくりな手つきだった。でも次第に、自然なものへと変わる。
「……ケモノを操り、人を殺めたこと……心の奥底に、ずっと……突き刺さっていたんです……」
ぽつり、と貞子さんがつぶやく。
「だから……必要最低限の関わりかたしか、してこなかったんです」
「……そうでしゅか。だから、シュナウザーしゃんたちを見つけてから、あんまり表に出てなかったんでしゅね」
彼女はましろの力で復活した。でも、愛美さんみたいにあまり出しゃばってこなかった。元々の気質や、お尋ね者だからという理由もあるけれど、本当の理由は彼女が今語ったとおり。ケモノが怖くて避けていたからだ。
「わたしは、貞子しゃんが悪いとは一切思いません! あなたを利用した、愚者がすべて悪いんでしゅ! あなたが心を痛める必要は……ありましぇん!」
その馬鹿への制裁も、もう済ませたのだ。いつまでも彼女は過去に縛られる必要はない。貞子さんがこくんと私の体でうなずく。彼女の心が軽くなっていくのがわかる。彼女と肉体を共有しているからだろう。
「……もっと、もふもふしていいですか?」
と貞子さんが獣人たちに問いかける。獣人たちは嬉しそうにおなかを見せてきた。貞子さんはもふったり、ぎゅーっと抱きしめたりする。
……私がそうであるように、彼女もまた動物好きなんだろう。だから、調教師という力が彼女の中に宿ったのだ。
「これからは、もっともっと、もふもふしてきましょう! ましろも、許してくれてましゅよ! ねー!」
「うにゃん!」
愛美さんが翻訳せずとも、ましろがどう思ってるか、私にはわかったのだった。




