52.殿下
ましろによる圧倒的な力の前に、盗賊たちは完全に戦意を喪失していた。
とりあえず、このままにしておくわけにはいかない。
「【結界】!」
私は野球ボール大の結界をいくつも作り、それらを操作して盗賊たちの手足に貼り付ける。
両足に結界がくっつき、まるで大きなシャボン玉の中に両足を突っ込んだようになる。硬さを変えると、足は固定される。腕も同様に固定した。
『やっぱ結界操作においては、やすこにゃんの右に出るものはいないですねぇ。お上手すぎますよ〜!』
「ふにゃう」
『【やすこがすごいのは当然よ、あたしのやすこだもん】ですって。いやこれは神獣と契約してるからというより、やすこにゃんの持って生まれたセンスが高いんだと思うんですけど……ひぃ!』
愛美さん(霊体)が頭を抱えて震えている。
「なにやってるんでしゅ?」
『あれ、ましろ様による制裁猫パンチが飛んでくるって思ったんですがぁ』
ましろはふふん、と鼻を鳴らす。
「にゃー」
『【やすこを誉めたからね】あ、な、なるほど……それはいいんだ』
「しゃ!」
『【それはそれとして、なに許可なくやすこを誉めてるのよ!】って、ひどいー、結局猫パンチ〜』
緊張感が一切ない。まあ、盗賊はもう全員無力化しているからだろう。
「事情聴取終えたぞ」
アメリアさんが貞子さんの霊体と共にこちらへ近づく。腕の中にはヨルがいた。ジタバタしている。
「どうやらやつらは人身売買をしていたようだ」
「最低でしゅ……」
異世界ってもっと夢のある場所だと思っていたのに、人身売買があるとは。現実と比べて、命の価値が軽いのかもしれない。世界を変える力はないので、受け入れるしかないのだろうか。
それはそれとして、目先のことを片付けねば。
「で、人はどこにいるんでしゅ?」
「それが、アジトを見てきたが、人らしい人は見当たらなかった。代わりに……まあ、見てみればわかる」
アメリアさんに続き、私たちは盗賊のアジトである洞穴の中へ入る。そこには――。
「!? い、犬……」
檻の中に、犬が何匹もぎゅうぎゅう詰めになっていた。みんな衰弱している。狭く、衛生状態は最悪だ。つんと鼻を突くアンモニア臭に、ところどころ血の匂いも混じっている。近くの檻には殴られたのか怪我をしている者もいた。
「ひゃん!」
『【シュナウザーと同じ!】ですって』
なるほど、彼らは元は獣人だったのだ。シュナウザーさんと同様、誰かが獣人を犬に変え、ここへ運び込んだのだろう。
「コネコさん。彼らを助けていただけないでしょうか?」
シュナウザーさんが私を見上げて言う。心を痛めているのが伝わる。そりゃそうだ。同胞がこんな扱いを受けていたら、胸が痛むだろう。
「もちろんでしゅ! ましろたん!」
「くぁ……」
『【やれやれ、やすこはお人よしねぇ。ま、そこがいいんだけど】』
ましろが素早く前足を動かす。キンッ、という音とともに檻の格子だけが切断された。
「な、なんだぁ」「いったいなにが?」「出られるぞ!」
子犬たちがわらわらと外へ出てくるが、みんな私たちを警戒している。知らない連中が突然現れたのだから当然だ。
「皆さん、落ち着いてくださいまし!」
シュナウザーさんが前に出て子犬たちに語りかける。
「この方達は旅の冒険者さんたちです。わたくしを助けてくださった、いい人たちですわ!」
――うーん、「いい人たち」と言ってすぐに信じてもらえるだろうか。言葉だけでは説得力が足りない気がする。
「その声は!」「殿下!」「シュナウザー王女殿下さま!」
――はい? はいぃい? シュナウザー、王女、殿下って……!?
『うぇええええ!? しゅ、シュナウザーさんって、王女なのぉおお!?』
愛美さんが驚愕している。アメリアさんも、そして私も動揺する。
シュナウザーさんは静かにうなずいた。
「言い出すのが遅れて申し訳ありませんわ。わたくしはネログーマ王女の娘、シュナウザーと申しますの」




