51.そういう理屈
「ひゃん……!」
馬車がネログーマへ、順調に向かっていた、そのときだ。
ヨルが、突如として鳴きだしたのである。
「ひゃん! ひゃんひゃん!」
「どうしたんでしゅ?」
『【犬! 犬犬!】だそうです。犬……?』
愛美さんも、はて? と首をかしげてる。
犬ってなんだろう……。
ヨルはシュナウザーさんを、見ていない。あさっての方向を見て、犬と言ってるようだ。
ただの犬が、森の中を歩いてる……? ペットが森の中にそもそもいるだろうか。……神獣であるこの子が、反応したってのが、気になるし。
「アメリアしゃん、馬車しゅとっぷで」
馬車が止まる。
「何かトラブルかい?」
「わからないでしゅ……ヨルが吠えて……あっ! 待って……!」
ヨルが勝手に、ぴょんっ、と荷台から降りてしまった。
「ふにゃう」
『【どっかいっちゃったわ】って。まじかぁ~……早すぎて、見失ったですよ』
私も荷台から顔をのぞかせる。……見えない。どこ行っちゃったんだろう……。
すると貞子さんが、目を閉じる。
『北へまっすぐ進んで行ってるようです』
「! 貞子しゃん、わかるんでしゅ?」
『……ええ、調教師の技能、視覚共有を使いました。登録したケモノと視覚を共有できるんです』
「しゅ、しゅごい……」
ヨルを、登録していたらしい。いつの間に……。
『……赤ん坊は、目を離したらいけませんから。だから、すみません』
「にゃるほど! たしゅかりましゅ! アメリアしゃん! 馬車をむかわしぇてくだしゃい!」
「承知だ……!」
私たちはヨルの向かう先へと向かう。
いったいヨルはどこへ向かってるんだろう。一人でふと立ち止まって、ここがどこかわからなくなって、さみしがらないといいんだけど……。
「ふにゃ~……」
『【嫌なにおいするわぁ~……】ですって。ましろ様、嫌なにおいってなんですか?』
「にゃう」
『【血のにおい】って……まさか、魔物?』
「にゃむ……」
『【ねむ……】って、自由すぎますよぉ……。戦うのやすこにゃんなんですよ?』
「しゃー!」
『【ヤスコがそんじょそこらの魔物にまけるわけないでしょなめんなよ!?】ですって、いやまあそうですけどぉ~』
ましろはどんなときもマイペースだった……。
お友達が行方不明一歩手前だっていうのに……もう……。
まあ猫だし、しょうがないのかも。
ほどなくして……。
「ひゃんひゃんひゃん……!」
ヨルの鳴き声が聞こえてきた……!
「なんだこのクソ犬……!」
……男の人の怒鳴り声も聞こえてきた。
馬車が、止まる。あれ……?
「アメリアしゃん……!」
アメリアさんは剣を抜いて、声のするほうへと駆けていった。
『……どうやらヨル様は、盗賊のかたともめてます』
「盗賊って……アメリアしゃん一人じゃ手に余る……!」
私も参戦することにした。
「みゃっ」
『【ヤスコがいくならあたしもついてってあげるわっ】さすがやすこにゃんファーストなましろ様ですぅ……』
幼女の足では、一生懸命走っても、あんまり進まない。
ドガッ……!
「ぐあぁあ……!」
男の悲鳴が聞こえてきた。多分アメリアさんが倒したんだろう。
彼女、なんだかんだいって強いのだ。
茂みを抜けると、アメリアさんが剣先を、盗賊に向けているところだった。どうやら勝ったらしい。
「ヨルしゃん!」
「ひゃん!」
ヨルも、アメリアさんも無傷だった。よかった……。
「しゃ!」
ましろが私の肩からおりて、ヨルの元へ向かう。
そうだよね。友達が急に居なくなったら心配するよね……。
てしてしてしっ! とましろがヨルの頭を猫パンチしてる。
『【てまかけさせんじゃあないわよ!】ですって。照れ隠し猫パンチですねぇ~。かわヨ~』
愛美さん余計なこと言わない方がいいと思うよ……。
あとで照れ隠し猫パンチくらいの、目に見えてる。
まあそっちはおいといて。
「アメリアしゃん、こいつ、盗賊でしゅって」
「! そうか……下郎め」
すると、盗賊がにやりと笑う。
「カモがネギしょってきやがったぜ。おおい、おまえらぁ……!」
盗賊たちがいたのは、洞穴の近くだった。
穴からは、ぞろぞろと、柄の悪そうな男たちが出てくる。
「おほほぉい、これは上玉だなぁ~」
盗賊たちが、アメリアさんを値踏みしている。
くっ……!
「そっちのちっこいのも、まあマニアが喜びそうだぜぇ」
……どうやらこいつらの目には、私たちが商品に見えてるようだ。
人を誘拐して、どこかへ売りさばいているのだろう。
「げしゅでしゅ……」
こういう人たち、ほんと許せない。
それに、さっきヨルを……友達を蹴っていた。ほんとうに……ゆるせない。
「やっちまえ、てめえらぁ……!」
盗賊たちが、アメリアさんに襲いかかってくる。
アメリアさんは、剣を構え……。
がきんっ!
「な!? くそっ、なんだこの壁……!?」
アメリアさんの前に、私が結界を張る。
「防御はまかしぇて!」
「心強い……!」
防御は私、攻撃はアメリアさん。
このコンビネーションで、盗賊を倒そうと……。
したのだけど。
「ふー……フー……」
ましろの、背中の毛が、立っていた。
怒りで喉が震えてる。
『あわわあぁ……! 二人とも伏せてぇ……!』
愛美さんが叫ぶと、アメリアさんが真っ先に、私に覆い被さった。
「ふしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ましろがジャンプすると……。
ぐるんっ、と空中で一回転する。
キンッ……!
ボトッ……!
「ぎゃぁああああああああ!」「腕が! 腕がぁああああああああああああ!」
盗賊たちの、腕だけが、ピンポイントで切断されていたのである。
それだけじゃあない。
ずずずう……。
どどどぉおおおおおおおおおおおん……。
「ええええええええええええ!」
「ま、周りの木々が……のきなみ切り倒されてる……!」
どうやらましろは、盗賊たちの腕だけでなく、まわりの木々さえも、一瞬で切り裂いてしまったようだ。
なんという……鋭い爪。なんという早業。
盗賊たちは恐怖でその場に尻餅をつく。
「って、あれ……? 腕から血ぃ……でてないでしゅね……」
「ほんとうだ。どうなってるのだ……?」
普通、刃物で人体を傷つけたら、出血するはずなのに。
「ふにゃ」
『刀の達人は、きったものをピタリとくっつけてしまうっていいます。多分……その理論ですよ! うわはー、すげー……』
そういえば、凄い刀鍛冶の作った刀で、大根切って、ぴったりくっつける、なんて漫画で描写あったような……。
いや、それと今の現象って、同じなの……?
わからない……。
まあでも、神様のやることだから、人間の理屈は通らないのかも。




