10.はじめての、人助け
……森の中に悲鳴が響き渡る。
「み」
ましろは気にせず、悲鳴がしたほうとは、逆方向へと歩き出す。
「ま、ましろたん……どこいくの?」
「みゃ?」
尻尾で、悲鳴がしたほうを差し、逆方向を指し、進む。
……危険が無い方へ、行こうとしてるのだろう。
「……ましろたんは、あの悲鳴を聞いてなんともおもわないんでしゅか?」
「みっ」
こくん、とましろがうなずく。
彼女が近づいてきて、私の足に頬ずりしてる。
「…………」
悲鳴。つまり、誰かが襲われてるのだろう。
なにに?
魔物の居る森の中なのだ。恐らく、誰かが魔物に襲われてると考えるほうが自然。
人の命が、失われそうになってる。
だというのに、ましろは……見殺しにしようとしてる。
……酷い。とは、思わない。わかってる。
ましろにとって、この先にいる人たちは、何の関係の無い人たちだ。
行って、助けてあげる義理は、ない。
わかってる。でも……。
「ましろたん、私……たしゅけにいきたい」
「みゃ~?」
まじか、みたいな顔で、ましろが私を見上げてくる。
「だって、ましろたん……助けにいってくれないでしょう?」
「みっ」
こくんとうなずく、ましろ。
この愛猫は、あくまで、飼い主である私のことだけを、守ってくれる。
見知らぬ誰かを助ける、正義の神様ではないのだ。
……ましろも、そして、私だって、そうだ。
別に私は、正義のスーパーヒーローじゃあない。
それでも……。
「ごめんね、ましろたん。行くね!」
「んにゃー!?」
ましろが驚愕するのを横目に、私は悲鳴のした方へと走り出す。
そうだよね。普通に考えれば、見知らぬ他人を助ける必要なんてない。
でも……私には、聖女スキルがある。
人を助ける力が、ある。結界、そして治癒のレベル10の力も、あるんだ。
困ってる人を助ける力があって、困ってる人が居て、何もしない。
その選択肢をとってしまったら、多分、一生後悔すると思う。
あのとき、助けてあげられたのに、おまえは見殺しにしたんだって。
……だから、私は助けに行く。
走る私に、ましろが直ぐに追いつく。
ぴょんっ、とジャンプして、鞄の中に入る混む。
「にゃふん」
仕方ない、とばかりに、ましろがため息をついていた。
「付いてきてくれて、ありがとう!」
私に何かあったら大変だと思ってるのだろう。
ましろが着いてきてくれた。それが……うれしかった。
ややあって。
私たちは少し開けた場所へと到着した。
「ブルルルルルルウウゥウウウウ……」
そこに居たのは、黒い毛皮の、巨大な猪だ。
硬そうな毛皮に、鋭い2本の牙が特徴的。
~~~~~~
黒猪
【レベル】70
→森に生息する猪型モンスター。
鋼鉄の剣すら折ってしまう硬い毛皮。岩をも貫く鋭い牙。相手の防御を無視したタックル、【猪突猛進】を放ってくる
~~~~~~
「はあ……はあ……! くそ……!」
黒猪の前には、一人の、女騎士さんが立っている。
白銀の鎧に身を包んだ、20代くらいの女性だ。
剣と盾を持っているが、どちらもボロボロだ。
彼女の周りには、たくさんの騎士達が倒れてる。
「……おれらを置いて逃げてください……」
倒れてる騎士の一人が、女性に言う。
~~~~~~
アメリア・ホワイトナイト
【レベル】23
~~~~~~
あの女性……アメリアさん、レベル23。
一方で黒猪はレベル70。3倍もレベル差がある。
あのままじゃ……死んじゃう。
「ブボォオオオオオオオオオオオ!」
黒猪がアメリアさんに向かって突進してくる。
「くそ! またあの防御無視タックルか! 見極めて避けてやる!」
アメリアさんが回避行動をとろうとする。
けど、黒猪のほうが早い。
これじゃ、避けられない……って、あれ?
私……なんで動きが、目で追えてるんだろう……。
猪も、そして、アメリアさんの動きも、ゆっくりに見える。
私のレベルが、高いから……?
いずれにしても、このままじゃあの猪にアメリアさん殺されちゃう。
「【結界】!」
アメリアさんの前に、半球状のドームが出現する。
防御を無視する猪突猛進の能力が、発動する……。
防御……すなわち、結界をすり抜けてくる……はずだった。
しかし。
グシャァア……!
「ブギィイイイイイイイイイ……」
猪は私の結界にぶつかると同時に、木っ端みじんになったのだ。
「な、なんで……?」
「くぁ……」
一方で、アメリアさんも呆然としてる。
「ど、どうなってるのだ……? いきなり、黒猪が……破裂した? なにがおきてるんだ……?」
凄いスピードで襲ってきた黒猪が、結界にぶつかって、ぐしゃりと潰れた。
現象を言葉にするとこうなる。
しかし、解せないのは、どうして防御無効の攻撃を、私の結界は防げたのか……。
それが、レベル10の聖女結界の力、ということ……以外に、結論が出ない。
「みゃ!」
ぴんっ、とましろが泣き声を上げる。
アメリアさんの背後を、ましろがにらみつけている。
「なに……?」
「みー!」
ドドドドド……と地面が揺れる。
「な、なんだ!? 何かが近づいて……」
「あ、アメリア様! あ、あれをぉ!」
振り返ったアメリアさんが、「なっ!?」と大きな声を上げる。
……黒猪が、10匹、群れとなって襲いかかってきたのだ。
「も、もう……お仕舞いだ……あんな強敵が10匹も来たら……」
「あの……」
「!? よ、幼女!? どうしてこんなとこに……いや! 今はそんなのどうでもいい!」
アメリアさんは私の襟首を掴んで、放り投げる。
「わー!」
「みゃー!」
私の襟が、ひときわ大きな木の、枝の先端に引っかかる。
もしかして……ううん、もしかしなくても、彼女は私を助けてくれたのだ。
自分たちの命も危ない状況だというのに……。
助けてくれた人の命を、助けられる状況にいるのに、何もしないなんてアリエナイ!
「ましろたん! 助けてあげて」
「み~……?」
「あの猪たち、ほっといたらこっちにやってきましゅ! 私……あの牙に串刺しになっちゃうかもでしゅよ!?」
結界スキルがあるから、そんなこと万に一つもアリエナイ。
これは、ましろを動かすための方便だ。
ましろもそのことは承知してるのだろう。
でも……私のお願いを、無視はできなかったのか。
やれやれ、とましろはバッグの中で、首を振る。
ぴょんっ……とジャンプして、空中に躍り出る。
「う~~~~~みゃっ!」
ましろは体を一回転させる。
ズバァアアアアアアアアアン!
スキル、飛爪を発動させた。
飛ぶ斬撃は、10匹の黒猪の体を、一刀両断してみせた。
「な、なんだぁ……!?」
腰を抜かす、アメリアさん。
仕方ないことだ。自分たちを襲ってきた魔物が、一斉に、死んだのだから。
「い、いったい全体……さっきから何が起きてるのだ……?」
困惑するアメリアさん。
とりあえず、助けることができたようだ。良かった……。
「み~?」
ましろがいつの間にかバッグの中に戻ってきていた。
こっちを見上げて、おねだりしてる。褒めて欲しいのだろう。
「ありがとう、ましろたん。わがまま、聞いてくれて」
「みっ♡」
ましろはうれしそうにそう鳴くのだった。
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