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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
【第二部】第十五話 異常に正常な日常
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15-4

「とはいえ、怪奇探究部の部員は誰でもウエルカムってわけにはいかないのよね」――再び席へついた常夜が気だるそうに頬杖をついて言った。

自分で言うのもなんだが、確かにこの怪奇探究部は万人が部員を務められる部活ではないだろう。

一口に新入部員勧誘といっても、ちょうどいい生徒を探すのは至難の技だろうと千博は思った。


「数じゃなくて、この部活では質が大事なのよ。怪異の類が見える目や、少々のことではうろたえないメンタルはもちろん。欲を言えば何らかの能力は持っててほしいのよね」

「条件が厳しすぎないですか?」

「もちろんこれは飽くまでも理想だけど――」


 言いかけた常夜は、瞳だけを鳴郎へ向けた。


「と、いうわけで。今日見た限りで、なにか良さそうな人材はいなかったかしら?」

「どうしてオレに聞くんだよ」

「あなたのことだもの、新入生や転入生にヤバいものが混じってないかくらい確認してるんでしょう? その時アンテナに引っかかる子はいなかった?」

「お見通しかよ。河童や化けカワウソの子が混じってはいたが、ソイツらはオレと目が合うなり死ぬほどビビッてたから、部員には無理だな。人間にはお前らみたいに使えそうな奴はいなかったぜ」

「あら残念」


 やはり常夜のおめがねにかなう人材はいないらしい。

普通に新入部員を募って使える人材に育てるかしらと、常夜はため息交じりに言った。

考え方としては常識的だが、果たして普通の中学生を化け物を見ても動じない人間に育成することはできるのだろうか。

千博は自分のことを棚に上げながら思った。

そもそも怪奇探究部なんて得体のしれない部活、部活紹介の場で部員を募っても入部希望者が来るかどうかも疑問である。


「入部希望者来ますかね……?」

「大丈夫よ。私達が壇上に並んで適当な勧誘文句を言えば、希望者なんていくらでも来るわ」

「そうでしょうか」

「きっと困るほど仮入部届が届くわよ。そしたらその中から適当に二人くらい抽選で選べばいいわね」


 そんな適当な方法でいいのだろうかと疑問を呈すると、常夜は大きくうなずいた。


「いいのよ。志望動機なんか見なくても。どうせ顔につられてくる奴らばっかなんだから」

「しかし運任せは……」

「あら、運は大事な要素じゃない。この部活に運がない奴が入ったら、最悪死ぬわよ」


(えっ……)


 硬直する千博を取り残して、新入生獲得のための会議は進められていった。

新入生に向けて行われる部活紹介の場で読む勧誘の文章は部長である常夜が考えることになり、議題は部員希望者に対してどんなオリエンテーションをするかに移る。


「……あの、最近テケテケが、校舎をうろついてるらしいんです。えと、それを退治するところを、見せたらどうでしょうか」


 テケテケとはよく都市伝説に登場する妖怪の名前である。

女の姿をしているが下半身はちぎれてなくなっており、こぼれた内蔵を引きずりながら両腕を使って移動するという化け物だ。

いきなり妖怪退治は刺激が強すぎないかと思ったが、他の部員たちはそろって花山の意見に賛成した。

反対を言い出せる空気ではなくなり、千博にとっては納得のいかないまま新入生勧誘のための作戦会議は幕を閉じる。

そのまま本日の部活も終了し、千博は久々に鬼灯兄弟と家路につくことになった。

また気まずくなったら嫌なので、他愛のない話題を振りながら歩いてると、あと少しのところで突然鳴郎が立ち止まる。


「どうした鳴郎?」


 千博が振り返ると、彼は珍しくうつむきながら道の真ん中に突っ立っていた。

いつもがなるようにして喋る彼が、力のない声で言う。


「部活中ずっと考えてたんだけどよぉ、千博が嫌なら部活やめたっていいんだからな」


 いきなり何を言うんだと、千博は思った。

先程は強固に反対したというのに、言っていることがまるで逆である。


「どうしたんだ急に?」

「さっきは考えてなかったけどよぉ、千博は今までこっち側の人間じゃなかったんだよな。常夜と花山は生まれた時からずっとこっち側にいるけど、お前は違う。ずっと普通の世界で生きてきたんだ」

「それはそうだけど……」

「だからこんな部活嫌になっても無理はねぇ。人が殺されて、化け物ぶっ殺して、人の嫌なところばかり見えてくる――こんなところに千博を引き留める権利なんてオレにはねぇから」


 鳴郎は言葉の出ない千博の横をうつむいたまま通り過ぎると、少し行ったところで再び立ち止まった。


「だから、いつ辞めてもかまわないからな。千博」


 こちらを振り向きもせず、彼はただ自分の足元を見つめていた。


「やだやだやだ! ちひろが部活やめたらやだ!」

「ウルセー。キクコは黙ってろ」


 喚くキクコを叱りつけると、鳴郎はやっと千博の方へ振り向いて言う。


「それに、本当は怖いんだろ? オレたちのことが」

「――え?」

「そう思ったって、オレはお前を責めたりしないぜ。オレたちと一緒にいるのは、怖くて嫌だって」


 鳴郎が自嘲するように小さく笑う。

西陽のせいだろうか、自分より強大な力をもっているはずの彼が、急にさびしそうに見えた。

本人の言うとおり彼の表情に怒りや恨みの気配はなく、それどころか笑ってすらいる。

だがその笑顔はまるで泣き笑いのようで、千博は胸の奥を締め付けられるような心地がした。


「違う!」


 気が付いたら千博は声を上げていた。

とっさに叫んだことは自分でも意外だったが、叫んだ内容について驚きはしなかった。


「それは違う! 俺はそんなこと思ってない!」

「ならどうして、朝あんなに驚いたりしたんだよ。人間が鬼を怖がるのは本能として当然だ。だからこの場で絶交されてもオレは怒ったりしないぜ」

「それは――。確かに朝はお前たちのこと怖かった。今も怖くないと思えば嘘になる」


 今の言葉は偽らざる本音だった。

だが千博は首を横に振る。


「鳴郎たちが鬼だって分かってから、俺は鬼についていろいろ調べた。そしたら会わないうちに、どんどん俺の中でお前らが恐ろしくなっていったんだ。だけど今日会ったら、二人とも今まで接してきたのと変わらない、いつもどおりのお前らだった」

「……それがどうしたよ」

「今まで仲良くしてきた友達を、正体が分かったからって急に切り捨てたりできないってことだよ。確かに俺は鳴郎が怖い。部活もたまに怖いと思う時がある。でも俺は部活もお前のことも大好きだ」


 喋りながら、千博はこれが自分の気持ちだったのかと思った。

鬼灯兄弟が鬼だと知ってから、二人へ抱いていた、恐怖、不安、戸惑いの感情。

だがそれと同時に、鳴郎へ対しては友人としての情も感じており、相反する自分の気持ちで板挟みになっていた。

だが勢いのまま自分の感情を吐露したおかげで、自分の中で気持ちの整理がついた気がする。


 千博の答えを聞いた鳴郎は、なぜか顔を真っ赤にして後ずさると、あらぬ方向へ走り出していってしまった。


「おい鳴郎! どこ行くんだ!? そっち道違うだろ!?」


 さすがの千博でも、鬼の走りには追いつけない。

置いてけぼりにされて立ち尽くしていると、同じく取り残されたキクコが千博の左手を握る。


「ねー、ちひろ。わたしのこともスキ?」

「え、うん、まぁ……」

「だいすきって言ってよーっ」


 通りがかった男子学生が、ものすごい形相で千博を睨んでくる。


(参ったなぁ……)


 いくら待っても鳴郎は戻って来ず、キクコは何度言っても手を離してくれないので、仕方なく千博は彼女と手をつないで帰った。












 新入生勧誘の結果は、常夜が言った通りだった。

仮入部届のために部室の前へ提げておいたポストは三日も経たないうちにいっぱいとなり、中には熱い思いを書いたラブレターまで混じっていた。

彼女らの容姿が優れていることは知っていたが、まさかここまで入れ食い状態になるとは。

改めて女子部員たちの魅力に驚くとともに、千博は「後輩たちよそれでいいのか」と少し空しい気分になった。

意外と女子生徒からの仮入部届が多かったのは、鳴郎の力によるものだろう。

かくして怪奇探究部に届けられた多数の仮入部届は、厳選なる審査という名の抽選のもと、三名までに絞られた。

選ばれたのは全員男子生徒で、名前を「田中」「山田」「鈴木」といった。


「よろしくお願いしまーす!」


 仮入部初日、彼らは部室へ来るといっせいに元気な声で挨拶した。

威勢が良いのはいいが、三人とも女子部員を眺めながらデレデレと鼻の下を伸ばしている。

取り立てて特徴のない未来の後輩たちを見ながら、千博はもう少し下心を隠せと言いたくなった。

荒い息遣いで女性陣を視線でなめまわす三人に、隣の鳴郎も呆れ顔である。


「……とりあえず、今日することを説明するわよ」


 常夜は田中、山田、鈴木の三人に今日はテケテケの退治をすることを説明した。

彼女の機嫌が多少悪そうに見えるのは、「はずれを引いた」と思っているからかもしれない。


「あのぉ、常夜部長ぉ、ホントにテケテケなんているんですかぁ?」


 常夜が全ての説明をすると、間延びした声で山田が言った。


「さあね。信じないなら信じないでいいわ」


 髪をかき上げながら冷たくあしらう常夜に、今度は田中が尋ねる。


「質問でーす! 常夜部長には今彼氏いるんですかー?」

「いないけど、募集もしてないわ。誰を彼氏にするかは私が決めるから」


 実質拒絶されたにも関わらず、田中は「オレがんばっちゃおうかなー」とヘラヘラ笑っている。

「ここは彼女作りの場じゃないんだぞ」と、千博は言いそうになったが、初日から怒るのもどうかと思い、ぐっとその言葉を飲み込んだ。

常夜は学年と名前だけを教える最低限の部員紹介をすると、彼らをテケテケ退治に連れ出す。


「危ないと思ったらすぐ逃げるのよ。最低限のことをしないなら、命の保証はできないわ」


 彼女は本気で忠告していたが、彼らは笑いながら聞き流すばかりであった。

美人と可愛い子揃いの部活に入部するチャンスを得て舞い上がっている所に、いるかも分からない化け物云々言われても、さっぱり耳に届かないのだろう。

油断して、危険な目に遭わないといいが。


(まぁ、鬼灯兄弟がいるから大丈夫だろうけど……)


 仮入部員を連れた怪奇探究部一行は、夕暮れの校舎内を回って行った。

外は運動部員たちの声で騒がしいが、放課後の校舎の中は静寂そのものである。

だがやがて千博はその静寂の中に、異質な音が混ざっていることに気付いた。

トマトをつぶしているような水っぽい音である。


 気が付いたのは当然千博だけではなく、鬼灯兄弟はもちろん、常夜も花山も異変を感じて立ち止まった。


「あれ? みんなどうしたんスか?」

「静かにして」


 千博たちが立っているのは、見通しの良い、一直線に伸びた廊下である。

なにか現れればすぐに見つけることができるだろう。


 部員たちが音のする方向を注視する中で、水っぽい音は次第にこちらへ近づいてきた。

音が大きくなってくるにつれ、千博は魚のはらわたを取り出すとき、似たようなそれを聞いたことを思い出す。

内蔵を掻き回すような、いやらしい音だ――千博がそう思った時、廊下の曲がり角から何者かの影が顔を出した。


 髪の長い、ピンクのカーディガンを着た若い女性である。

新任の教師にも見える薄い化粧の彼女だったが、身長が大人の半分くらいの高さしかなかった。

どうして女性の身長が低いのか。

その理由が彼女に下半身がないからだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

女性はむき出しになった内蔵をウエディングベールのように引きづりながら、こちらへ向かってくる。

彼女が移動するたびに、水っぽい音が辺りに響いた。


「テケテケだ」


 千博が呟くと、鈴木が悲鳴を上げた。

テケテケが出るという前情報がある上で、部員たちがただならぬ空気で同じ方向を凝視し、おまけに千博がその存在がいることを断言したため、妖怪を信じていない彼にもテケテケが見えたのだろう。

テケテケは鈴木の悲鳴を聞くと、進行の速度をいきなり加速させた。


「下がってろ!」


 鳴郎が一同の前に飛び出し、持っていた金棒をケースから抜く。

テケテケは彼の数歩前まで移動すると、加速した勢いを利用して飛び上がった。

鳴郎に向けられた爪が猛獣のように鋭い。

だが鳴郎は臆することなく、まるで野球ボールを打つように、金棒を振りかぶった。

金棒はテケテケにヒットし、哀れ彼女は肉塊に――と誰もが思っただろう。


「あ、やべ」


 妖怪退治のために何度も酷使したせいだろうか。

現実とはあり得ないことが起こるもので、鳴郎の振りかぶった金棒は、振りかぶった途端に持ち手からぼっきりと折れ、廊下の向こうへすっ飛んで行った。


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