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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
【第二部】第十五話 異常に正常な日常
62/69

15-3

 鬼やら殺人鬼やらの騒動ですっかり忘れていたが、新年度といえばクラス替えである。

久しぶりに学校へ登校した千博は、すれ違う生徒たちが騒いでいるのを見て初めてその事実を思い出した。

部活仲間以外の友人は秋原ぐらいだから、誰と一緒になっても大差ない所が少し悲しい。

今年は気の合う友人を見つけられたらいいが。

そう思いながら千博はクラス替えの結果が貼り出されている掲示板まで急いだ。

掲示板は校舎の壁に板をくくりつけて作られた急増のもので、辺りは結果を見に来た生徒と結果に一喜一憂する生徒でごった返している。

しかしいくら混雑していようとも、千博にはあまり関係ない。

中学校では百八十センチを超える千博と文字通り肩を並べられる生徒は、ほとんどいないからだ。

生徒たちの頭越しに目を細める。

二年A組から順に自分の名前を探していると、後ろから肩を叩かれた。

振り返れば、そこには夕暮れのように赤い髪と、夜よりも黒い髪がある。


「うわあああああっ! 出たああああっ!!」


 千博の後ろには誰であろう、人外の鬼にして、夢見の森第二中学校の生徒、鬼灯兄弟が揃っていた。

相変わらず鳴郎は同性すら魅了する美しさで、キクコは愛玩動物が束になってもかなわない愛らしさである。


 こんなに魅力的なのに人間ではないのかと一瞬思うが、人間ではないからこそ、人を強烈に惹きつける力を持っているのかもしれない。

驚きながらも二人の見てくれについて考えている千博に、鳴郎が不機嫌な様子でからんでくる。


「テメェなんだよコラ。新学期に会うなり人を化け物みたいに言いやがって」

「ス、スマン。あ、いや、実際似たようなものじゃ……」

「だいたい休みなのにメールの一つも寄越さないってナメてんのか? おかげで寂しかっただろうが!」

「え……?」

「千博もオレたちも2-Cだから、プリントもらったら教室来いよ! あと部活忘れんなよ!」


 頭から湯気を出しながら、鳴郎はキクコを連れて校舎に入って行った。


(今年も同じクラスなのか……)


 運命なのか、二人からは少なくとも今年いっぱい逃れられないようだ。

彼らと同じクラスになったのが良かったのか悪かったのかは分からないが、決まってしまったものは仕方がない。

千博は気持ちを切り替え、はりきって新クラスの第一日目に挑んだ。

初ホームルームでの自己紹介もまずまず上手くいったし、近くの席になった生徒とも話せたし、初日は悪くない結果だったと思う。

鳴郎が女子にも男子にも囲まれて身動き取れなくなっている様子は、はたから見ると少し面白かった。

かくいう千博も次々女子に話しかけられたせいで、危うく部活へ遅刻しそうになったのだが。

開始時間ぎりぎりになってしまったため、部室には全員そろっているかと思ったが、ふたを開けてみればいるのは鬼灯兄弟だけである。

初日のため、常夜も花山もホームルームが伸びているのかもしれない。


「よぉ、大変だったなモテ男」


 自分の取り巻きどころかキクコの取り巻きも容赦なく蹴散らして教室を出た鳴郎が、からかうように言った。

朝あった時もそうだったが、正体を明かしても彼らはこちらに対する態度を変えない。

あえて変えないでいるのか、そもそも変える理由などないと思っているのか。

なんとなく後者だろうなと千博は思った。


「ああ、そうだな……」


 曖昧な返事をして、いつもの席へ腰かける。

普段どおり接しようとは思ったものの、いざ三人になると難しかった。

千博のすぐそばにいるのは退治不可能かつ強大な力を持つ、神とも悪魔とも化け物ともつかない存在、『鬼』二人である。

か弱い人間である千博に挙動不審になるなという方がムチャな注文だった。

しんと静まり返る部室に、なにか話さなければと思うのだが、うまく話題がでてこない。

かといって自身が鬼になるのかという本題をいきなり聞くのもためらわれ、気まずい沈黙が室内に続くばかりだった。


 無言の部室に嫌気がさしたのか、しびれを切らしたように鳴郎が言う。


「お前様子おかしいぞ。たしかにテメーはくそマジメだけど、もうちょっと普段は気安いだろ」

「そ、そうか……?」

「なに考えてんだよ。言えよ」


 鳴郎の鋭い視線に、千博は蛇に睨まれたカエルになる。

切り出すのは怖いが、話さなければもっと怖いことになりそうだった。

千博は覚悟を決め、口を開く。


「なぁ鳴郎、俺は鬼になるのか……?」


 一瞬彼が鼻白んだ様子が見て取れる。

キクコはいつもどおり、ニコニコ笑みを浮かべているばかりだった。

視線だけをこちらに向けると、鳴郎が答える。


「どうしてオレに聞くんだよ」

「なに考えてるか言えって言ったのは、鳴郎だろ」

「……あのな、お前が将来鬼になるかなんてオレが知るワケねーだろ」

「でも……」

オレは・・・未来のことなんて分かんねーし。千博がなりかけなのは確かだが、なりかけになったからって鬼になるとは限らなねぇよ。つーか、鬼になることはまずないっての」

「本当か?」

「素質のあるヤツの数からしたら比率的には少ないが、絶対数的にはなりかけなんてたくさんいるんだ。全部が全部鬼になってたら、それこそ世界が大変なことになるぜ」


 呆れ顔で鳴郎が足を組んだ。

ひょっとしたら既に鬼になった彼は、「鬼になる」ということろ大した問題だと思っていないのかもしれない。

だが未だ人間である千博にとっては、それこそ人生を左右する大問題である。


「仮に俺が鬼になるとしたら、どんな時になると思う?」

「分かるかよ。ただ一口に鬼になるって言っても、生きていくうちにどんどん悟って徐々になっていくタイプと、なんかのきっかけで一気にやめちまうヤツがいるな」

「俺は……?」

「徐々になっていくタイプだから、なりかけになってんじゃねぇのかよ。論理的に考えろ論理的に」

「スマン」

「まぁ今の気配から察するに、この進行速度なら鬼になるより先に寿命が来るだろ。あ、でも待てよ。徐々になるタイプのヤツって、進行が進んでくると割と些細なきっかけで鬼になっちまうって聞いたことあるな」

「えっ」

「お前の進行速度だと七十代以降ヤバいかもな……」


 大丈夫かと思いきや一気に突き落とされた千博は、さすがに顔面から血の気が引いた。

約六十年後の未来とはいえ、遠い将来の話だからと気にしないでいられるはずがない。

さらに鳴郎は無情な現実を千博へ叩きつける。


「あとさっき徐々に進むタイプ云々言ったけど、素質持ちである以上、きっかけ次第で一気に鬼になる可能性は捨てきれないからな」

「きっかけってどういう……」

「普通に生きてたら到底たどり着けない心理状態に陥らせるような出来事ってことだ」


(なら、この部活けっこう危ないんじゃ……)


 意外と安全ではあるものの、普通に生きていたらまずありえない出来事や状況とよく遭遇する怪奇探究部である。

あり得ない出来事が即千博を通常では辿り着けない心理状態に陥らせるわけではないだろうが、普通に生きているより、きっかけになる出来事が起きる可能性は格段に高いはずだった。


「俺、部活やめようかな……」


 らしくなく動転した千博の呟きに、鳴郎だけでなくキクコも目を剥いた。


「ちひろ、部活やめちゃうの!?」

「おいテメ、なにバカなこと言い出すんだ」

「だって仕方ないだろ!? この部活は人間やめるきっかけになりそうな出来事と遭遇する確率が高すぎる。部活は楽しいしみんなのことは大事に思ってるが、俺は人間やめるくらいなら部活をやめる!」

「微妙にうまいこといってんじゃねーよ! あのな、なにで人間やめるかなんて分かんないっての。いくら慎重に生きててもなる時はなるんだ。あきらめろ!」

「けどな――」

「オレもキクコも、そもそも怪奇探究部ができる以前に人間やめてんだぞ? なったオレだから言うけど、この部活の活動程度で人間やめられるほど世の中甘くねぇんだよ。なるときはなるし、ならないときはならない。ならない可能性が圧倒的に高いんだから、普通にしてりゃいいんだよ」


 時間がたって頭に上った血が下がり、千博は少し冷静になった。

言われてみれば、鳴郎とキクコは部活に関係ないところで鬼になっているのである。

つまりそれは普通の生活の中でも、きっかけになる出来事が起こりうるということだろう。

彼の言うとおり、鬼になるときにはいくら慎重に生きててもなるのかもしれないと思った。

不安だが、今千博にできるのは運を天に任せることぐらいらしい。


「自分が人間やめかけてるなんて、まだ信じたくないよ……」


 異常なまでに理性的と評された千博は、その理性で募る不安と恐怖を、ボヤキだけで自分の中に押しとどめた。

部活はまだ辞めないことにする。

母はもっと家にいてほしがっているが、千博にとって怪奇探究部は自宅と同じくらい大事な居場所だった。

なんせこの部活のおかげで、生まれてはじめて友達や仲間といえる存在ができたのだ。

さっきは取り乱して悪かったというと、鳴郎は大げさなほど疲れた様子で背もたれに寄りかかり、キクコは再び誰にでもなく微笑み始めた。


「まったく、脅かすんじゃねーよ」


 鳴郎が軽くこちらを睨む。


「悪かったって。それでさっき話してて思ったんだけどさ」

「なんだよ」


「鳴郎とキクコって、本当は年いくつなんだ?」――それは話の流れを変えようとして、千博が軽い気持ちではなった一言だった。

だがその一言に、鳴郎が思い切り眉をしかめる。


「どういう意味で聞いてんだソレ」

「どういう意味もなにも、そのままの意味だよ。鬼って年取らないんだろ? 人間やめて一、二年ってわけでもなさそうだし、実年齢はオレよりけっこう上なんじゃないかって」

「だったらどうしたっていうだんよ。諸事情によりオレもキクコも義務教育受けられなかったんだよ。年いってるヤツが勉強しちゃ悪いかコノヤロウ」

「いや、俺はそういう意味で言ったわけじゃ……」

「じゃあどういう意味だテメェ」


 どうやら彼の地雷を踏んでしまったらしい。

空気を変えようとしたのに参ったなと思っていると、部室の引き戸が開き常夜と花山、そして尾崎八百が入ってきた。

尾崎八百はかつての部長の形ではなく、一匹の尾裂狐としてである。


「おやおやおや~、クロちゃんと千博クンたら痴話げんか中?」

「ちげぇよボケ!」

「ウソウソ、冗談だって」


 尾崎は器用に千博の脚をつたって机の上に上ると、二本足で立ちあがった。

まるで巣穴から顔を出したオコジョのような姿である。


「聞こえてたよ。千博クンがクロちゃんの年齢聞いて怒らせたんでしょ?」

「……はい」

「千博クンもちょーっとデリカシーなかったかもしれないけど、クロちゃんもさ、千博クンの気持ちを考えたら、まぁ仕方ないんじゃない?」

「なんでだよ」

「アタシとクロちゃんキッコタンは結構つき合い長いからお互いのことまぁまぁ知ってるけど、千博君はほとんど何にも知らないんだよ? ひょっとしたらクロちゃんが何百年も生きてるとか思って不安になったんじゃないの?」


 何百年は行き過ぎだが、ひょっとしたら何倍も年上なのではないかと感じたのは事実である。

たとえいくつだろうと彼らとの付き合いを変えようとは思っていなかったとはいえ、ささやかな不安を感じなかったと言えば嘘になった。


 千博が黙って尾崎の言葉にうなずくと、彼女は鬼の首を取った様にふんぞり返る。


「ほらー、だから言ったじゃん。男の子は若い子の方が好きだしねぇ」

「あのなお前」

「千博クンも心配しなくても大丈夫だよ。アタシクロちゃんの年齢知ってるけど、ほとんど千博クンと同世代だから。少なくとも現役で中二病患ってるくらいには」

「おいコラテメェ!」

「おや? ひょっとして自分は健康体とでも? 退治屋連中に『黒き者の再来リターンオブダークネス』とか呼ばれて喜んでたのはどこのどの鬼かなー?」


(――り、りたーんおぶだーくねす?)


 千博が首をかしげたのも束の間、鳴郎は目では負えない程の早さで立ち上がると、尾崎の首元を両手でつかみ、激しく揺さぶり始めた。

尾崎の残像が生まれるほどの勢いに思わず止めようとするが、立ち上る鳴郎の殺気にとても声をかけることができない。


「いらんことを言うのはどの尾裂狐だコラァっ!!」

「あらぁ? 顔が真っ赤ですよ、退治ランク至上最高の『黒き者の再来リターンオブダークネス』さん。あ、『黒い堕天使ルシファー』とも呼ばれてたっけ?」

「オレが自分で言ったんじゃねぇ、アイツらが勝手につけたんだっ!!」

「えー? でもノリノリだったんじゃん。『オレが最強だ!』とか、あの頃のクロちゃん、最低三回は叫んでたよ」

「テメェ、いい加減にしないと……」

「覚えてるよ? クロちゃんの名ゼリフ。『オレが本当の暴力チカラってヤツを見せてやるよ。感謝しな弱者ども!』だっけ? そのセリフ聞いた時、アタシ色んな意味でゾクゾクしちゃ――」


 尾崎が言い終わるよりも早く、鳴郎は大きく振りかぶると彼女をぶん投げた。

風を切る音とともに尾崎はキレイな放物線を描き、片隅にあったゴミ箱へ叩きこまれる。

金属でできたゴミ箱のへこむ音がした。

一瞬死んだかと思ったが、箱の底から文句を言う声が聞こえるので大丈夫だろう。

一方尾崎を投げた鳴郎は机の上に突っ伏し、とても大丈夫とは言えない様子になっていた。

なにやら呻いているし、よほど彼女の台詞が堪えたのだろうか。

聞こえた単語から察するに、鳴郎は以前凄腕の退治屋だったようだが、本人としては思い出したくないことなのかもしれない。

千博は鳴郎の過去に興味を抱くとともに、そういえば出会う以前の彼のことをほとんど知らないことに気付いた。

だが同時に過去にふれたらまずいことにも気づいたので、今は様子をうかがうだけにしておくが。


「……オレ別に喜んでなかったし」


 うずくまったまま呟く彼に、常夜が覚めた口ぶりで言う。


「はいはい。現代の退魔師なんてみんな多かれ少なかれ中二病なんだからしょうがないわよ。ちょっと黒歴史さらされたくらいでいつまでも落ち込まないの」

「あの、ていうか、鳴郎さんこれでも快方に向かってたんですね」

「花山テメェ」

「もう部活始めるわよ。予定よりだいぶ遅れてるんだから」


 まだ沈んでいる鳴郎を放置した状態で、新年度最初の部活動が始まった。

常夜が部室についている小さな黒板に「新入生勧誘について」と書き上げる。

なんとなくスカウト以外では部員を増やしたりしないと思っていたので、千博は正直驚いた。


「一人卒業しちゃったことだし、最低でも一人は部員を増やすわよ」


 常夜は方法次第で新入部員が増えると思っているようである。

しかしここは呪われた街夢見の森タウンでも、最も恐ろしい場所の一つであろう怪奇探究部だ。

入部希望者なんてそうそう来るのだろうか――千博の不安に思ったが、常夜は張り切った様子で新入生獲得作戦会議の指揮を執り始めた。

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