表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十四話 殺人鬼
59/69

14-6

 至近距離でこめかみに弾丸を食らった鬼原は、頭を押さえてのた打ち回っていた。

先程響いた銃声よりも大きな声で、苦悶の叫びを上げる。

銃弾を頭に食らっても死なないのだから、やはり彼は化け物なのだろう。

だが痛みに呻き、もがき苦しむ姿は、千博が知っている人間のそれとほとんど変わらなかった。

引き金を引いた張本人である鳴郎は、地面でのたうつ鬼原に見下したような視線を向けると、容赦なくその巨体を蹴り飛ばす。


「おい怪物モンスター。銃弾一発でなに痛がってんだよ。化け物なめてんのか?」

「テメェ、殺っ、殺すぅ」


 さすが化け物を自称するだけあって、鬼原は涙と鼻水を垂らしながらも、何とか起き上がろうとする。

しかし鳴郎に髪の毛を鷲掴みにされ、鬼原は彼の目線の高さまでその巨体を宙吊りにされた。


「おい、往生際が悪いぞ。『なりそこない』。お前は自分が化け物だと信じ込んでるが、お前は化け物になり損ねた人間だ。勘違いするな」

「俺は……化け物だ……」

「たかが銃弾一つで瀕死のくせに笑わせるなよ。本物の化け物になった人間に拳銃は効かない。たとえ頭に弾丸食らっても、平気な顔で立ってるんだぜ」


 「こんなふうにな」――余った片手に持ったままだった拳銃を、鳴郎が自分のこめかみにつきつけた。

冗談でも危ないと千博は止めようとするが、声をかけるより早く彼は引き金に指をかける。


 次の瞬間、何を思ったか、鳴郎は自分の頭に向けて拳銃をぶっ放していた。


 激しい破裂音が響いた後は、再び静寂が戻る。

言葉も出ず、千博はただ目を見開いたまま棒立ちしていた。

鳴郎は片手で鬼原をぶら下げ、片手で銃を持ったまま、微動だにせず立っている。

銃声から数拍遅れて、彼の足元に鈍い金色をした弾丸が落ちた。

見間違いかと思ったが、落ちているのは確かに弾丸だった。

――ただ、形は潰れたポップコーンのようにひしゃげていたが。


「――な? なんともないだろ?」


 ぶら下げた鬼原を鼻先まで近づけると、彼は満面の笑みを浮かべながら言った。

笑っているはずなのに、その笑顔は怒りのそれよりも威圧感を放っている。

鬼原も千博も、信じられないとばかりに鳴郎の顔を凝視していた。


「信じられないって顔をしてるな。これが化け物になった人間だよ。なぁキクコ」

「クロ、アタシにもやって!」

「しょうがねぇな」


 鳴郎は振り返りもせず、正確にキクコの顔へ照準を合わせると三回引き金を引いた。

銃声がし、確かに撃たれたのに、彼女は水鉄砲をかけられた子供のようにはしゃいでいる。


 化け物だ、と思った。


 今まで鬼灯兄弟の人間離れした所業を目の当たりにしてきたが、千博はやっと現実を受け入れる。

あの二人は人間ではなく、人間の形をした化け物なのだと。

銃弾を食らって平気なところを見せつけられては、もはや彼らの正体を認めるしかできない。

鬼灯兄弟は化け物だ。

それも他の化け物とは比べ物にならないほど強大な化け物だ。


 鳴郎が構えていた拳銃を、器用に手の中へ納める。

まるで生卵程度の堅さだと言わんばかりに、彼は拳銃を握りつぶした。

残っていた弾丸が爆発音を立てるが、握った拳が爆ぜることはない。


「鳴郎、お前は何者だ――?」


 やっとのことで言葉を発した千博へ、鳴郎は牙を見せながら嗤った。


「最初に言ったろ? オレたちは恐ろしくて強いものだって。人間がそういう存在のことを何と呼ぶか分かるか?」

「……分かるか。そんなこと」

「『鬼』だよ。昔から、人間は、日本人は、恐ろしくて強いもののことを『鬼』と呼ぶんだ。――つまりオレたちは鬼なんだよ、千博」


 「今さら分かったのかよ」と、鳴郎が女性のように高い声で笑い出した。

彼が大声で笑うところをみるのは、これが初めてかもしれない。

千博は本人に断言されてもまだ信じられず、拳を握りしめていた。


「嘘だ。たとえお前が妖怪だったとしても、鬼じゃないだろ? ……だって、角が生えていないじゃないか」

「角? コイツみたいにか?」


 彼がまだ持ったままだった鬼原の頭部を乱暴に揺さぶる。

いいようにされても、鬼原は抵抗一つできないままだった。

それほど嗤う鳴郎から立ち上る気迫が強大で、有無を言わさぬ圧迫感を秘めていたからだ。


「あのなぁ千博、前にファミレスで話したよな。鬼に形なんて半ばないようなものだって。本物の鬼に角なんか生えてねーんだよ。お前ら人間がイメージしてる鬼の姿は、ほとんどが『なりそこない』のものだ」

「でも……」

「お前、鬼の語源って知ってるか? オニはな、昔は穏という字で、姿が見えないって意味だったんだぜ?」


 黒というよりも、無の世界がのぞく孔のような鳴郎の目が、千博を見据える。

正直彼と対峙しているだけで、足が震えてきた。

姿かたちは、普段の鳴郎とほとんど変わる所はない。

むしろ見た目だけでいえばずっと鬼原の方が恐ろしいのに、鳴郎は立っているだけで、ゆるぎない恐怖を周囲へ与えていた。

一見人の形をした彼から感じられるのは、人では決して対抗できない絶対的な力の存在。

人間など、瞬きをするよりも簡単にすり潰せる――そんな圧倒的な力の気配が、千博に吐き気を催すほどの恐怖を呼び起こしていた。


 自分の死が頭にちらつきながらも、千博はかろうじて言葉を絞り出す。


「これがお前の本性か……?」

「まさか。この程度なワケねーだろ」

「今まで俺が見ていた姿は一体……」

「ああこれ・・か。これは人間だったころの形を元にしてるだけだ。オレたちに姿なんてあってないようなものだからな」

「……だろうな」


 鳴郎から絶大な力を感じる今なら分かった。

今見ている彼の姿は単なる飾りで、本当は人形ひとがたの背後に、とてつもなく巨大な何かが潜んでいるということを。

だがその巨大な「何か」の正体は、千博にはとてもとらえることができない。

だから鬼は姿が見えぬもの、かつては『穏』と書いて『おに』と呼ばれたのだろう。


 鳴郎は息も止まる気迫もそのままに、ぶら下げた鬼原へ言う。


「な? 分かっただろ『なりそこない』。本物の化け物がどういうものか」

「う……ああ……」

「たかだか十人殺したくらいでよくもまぁ、怪物だのモンスターだの馬鹿かテメーは。お前は怪物でもモンスターでもなく、ただの『なりそこない』なんだよ」


 鬼原は鳴郎の片手によって近くの木へ叩きつけられた。

衝撃に呻く間もなく、瞬時に移動した鳴郎に頭を掴まれ、地面へ打ち付けられる。

鳴郎は起き上がれないよう頭を押さえつけたまま、彼の耳に唇を寄せて囁いた。


「なぁ『なりそこない』教えてくれよ」


 その声は、普通の人間なら失禁の上気絶するような、凶暴さと禍々しさに満ちていた。


「お前さっき殺すのが好きでたまらないと言ったな? ならなんで殺したい相手も殺した相手も、若い女ばかりなんだ?」

「え? ……え?」

「殺すの好きなら最初から殺せよ。若い女だけじゃなく、老人も子供も男も女も。誰であろうとかまわず殺せよ。殺すの好きなんだろ?」

「う、あ……」

「早く答えろよ。どうしてお前は若い女だけ殺した? 抵抗できないからか? なら老人と子供を殺せばいい。理由があるんだろ? 若い女だけ殺す理由が」


 答えられないらしく、鬼原は大きな目玉を動かすばかりだった。

しかし鳴郎は彼が答えられないことなど想定の範囲内だったらしい。

嘲る笑みを浮かべながら歌うように続ける。


「やっぱり言えないか。そうなんだよなぁ、お前みたいなヤツはいつもそうだ。六月に現れた連続殺人犯もそうだったよ。お前みたいなヤツらは、いつまでも自分に嘘をついて人を殺し続ける。自分は化け物だの、モンスターだの言い訳しながらな」

「ち、ちが……」

「ちがわないだろ? ならなんで若い女だけ殺す? 本物の化け物は、そんなことしない。殺しやすいヤツを殺すだけだ。六月のヤツはな、女にモテないのを逆恨みしただけだったよ。当ててやったら逆上して襲い掛かってきやがった」


 押さえつけられながら、鬼原の目が泳ぐ。


「お前の本当の動機も当ててやろうか? お前、五歳の時母親が出て行ったって言ってな。お前の本当の動機は、母親への憎しみっていったところか? 殺した女は、みんな二十後半だった。お前が覚えてる最後の母の姿もそれくら――」

「ちがあああううっ!!」


 抵抗の余地すらないにもかかわらず、鬼原が怒鳴り声をとどろかせた。

口角に泡を飛ばしながら、違うと違うと喚くだけの抗弁を繰り返す。


「おいおい、そんな反応したら、ハイそうですって言ってるようなもんじゃないか」

「違う! 違うちがーうっ! 俺はあの女への復讐なんかじゃない。純粋に人が殺したくて――」

「わざわざ警察の印に似たマークの商品を置いたのは、父親への反発か?」

「そんなわけない! 俺は! 俺は!」

「生まれながらのモンスターが、父親の言うとおりに警官なんかするかよ。本当にお前が怪物だったら、まず手近な父親を殺して、次に母親を殺すはずだぜ?」

「そんなことしたら、警察にすぐバレるだろうが!」

「警察にバレたなら、警察を殺せばすむ話だ。邪魔な人間、目につく人間、片っ端から殺せばいい。いつか捕まって死刑になるだろうが、本当に殺すのが好きなら、殺しのために自分の命くらい投げ出せるはずだ。なあそうだろう?」


 鳴郎の言葉に、鬼そのものの姿をした鬼原は、ただ唸るだけである。

身分だけでいえば鳴郎は犯人を捕まえに来た中学生で、鬼原が殺人鬼なのに、千博の目には我が友の方がずっとイカレているように見えた。

鬼は精神が人間の範疇を越えた者、狂気の向こう側へ行ったものがなるという。

殺人鬼すら黙るようなことをよどみなく言える鳴郎は、やはり鬼なのだろうと千博は思った。


 鬼原を言葉で散々いたぶった鳴郎は、今までで一番飛び切りの笑顔で言う。


「なぁ鬼原、お前は自分のことを怪物だとか言う割に、両親すら殺せてないんだなぁ」

「俺は……俺は……」

「一番身近な両親さえ殺せない。殺したのは、自分より弱い若い女だけ。それも警察にばれないよう、共犯者まで作ってこっそりとだ。お前みたいなヤツのことを、世間はなんて言うと思う?」

「俺は、生まれながらの……」

「怪物なんて呼ばれるわけねーだろうが。お前みたいなヤツはな、世間で『臆病者』って呼ばれるんだよ」


 臆病者の烙印を押された途端、鬼原が空気を震わせるような大声で雄たけびを上げた。

渾身の力で鳴郎を跳ね除け、起き上がる。

だが跳ね除けたように見えただけで、千博には鳴郎がわざと押さえつける力を緩めたのだと分かった。

しかし手加減されたことなど考えもしていない鬼原は、下唇を貫くほど伸びた牙をむき出しにしながら怒鳴り散らす。


「ガキがいい気になりやがって! 殺してやる!!」


 鬼原は目の前の敵を引き裂こうと、残った片腕で鋭い爪を振るった。

人間なら避ける間もなく即死する攻撃を、鳴郎は半笑いのまま紙一重でかわす。

大ぶりの攻撃で隙のできた鬼原の脇に、彼はそのまま素手を突き刺した。


「まずは一回」


 鳴郎が手を引き抜くと、その勢いで血液が弧を描く。

彼の指先からは、いつのまにかレイピアのように尖った形をした爪が、皮膚を突き破るようにして生えていた。

爪は光さえも飲み込んでしまいそうなほど黒く、どんなものでも貫けそうなほど鋭い。

巨大な千枚通しに脇腹を刺されたも同然の鬼原は痛みに叫んでいた。


「貴様っ! 何を――!!」

「三百六十五回」

「なにがだ」

「覚えてないのか? お前が被害者を刺した合計回数だよ。移動してる時、スマホで死体の写真見て数えたんだ。だから残りはあと三百六十四回だ」

「なにが――」

「お前がオレに刺される回数がだ」


 言い終わると同時に、鳴郎が影も捕えられぬ速さで鬼原の体を貫いた。

一回の動作に見えたが、巨大な体には十か所近く穴が開いている。


「三百五十四。三百四十二。三百三十一」


 一回刺す度に、鳴郎が呟く。

約十刻みに数字が減っているのは、一回に見える動作で十回近く鬼原の体を刺しているのだろう。

当然鬼原は片腕を振るって抵抗したが、鳴郎の前にそれは空しい動きだった。

拳銃を奪われたことで分かるように、鬼原では彼の早さに着いていけないのだ。

怒鳴り声で威嚇しても効果があるはずもなく、奴の巨体には、赤い穴が増していく。

血をまき散らしながら痛みと怒りで暴れるその姿は、ただ狩られるばかりの獣にしか見えなかった。


 鳴郎が、物語に出てくる鬼そのままの姿をした鬼原を、「なりそこない」と言ったわけが今なら分かる。

なりそこなった鬼原となりきった鳴郎では、何もかも格が違ったからだ。

外見の美しさも、戦いでの強さも、内に秘める力も、そして人と化け物の違いを決めるその精神さえも、比べるという発想が浮かばないほど鳴郎の方が強大だった。

彼の前では、角をはやした人型の化け物など、少し強いだけの害獣に過ぎない。

世間で怖れられ、体さえも人外に変わった殺人鬼を簡単にいたぶれる鳴郎は、まさしく恐ろしくて強いもの。

人の範疇を超える精神を持ち、狂気の向こう側へ行った存在――「鬼」そのものであった。


「おい、喚いてんなよ鬼原巧。あと百五十回残ってんだぜ?」


 すでに皮膚という皮膚をうがたれた鬼原は、もはや怪物としての矜持も原形もなく、ただ赤いぼろきれとなって呻くだけである。


「テメェは散々突き刺したくせに、いざやられたらだんまりか。どうだよ? 強者にいたぶられる気分は」


 鬼原は答えない。

いや、答えることができない。


「ひょっとして、自分が強者に痛めつけられることは考えてもなかったとか? 意外にいるんだよ、そういう『自分だけは大丈夫』って思ってるヤツが」


 話している間にも、一切手を休めず、鳴郎はおぞましく変形した爪を振るう。

いつの間にか、突き刺す度に鬼原の身体から肉片が飛び散るようになっていた。

彼の身体から飛散する肉と血潮で、辺りは矢守ひろかの家と似たような惨状が作られていく。

ただあの家と違うのは、身体のほとんどが地面のしみになっても、まだ鬼原が生きているということだった。

「ひきこさん」の時も、森妃姫子は頭を潰されるまで死ななかったから、ヤツもきっとそうなのだろう。

やがて耐え切れなくなった鬼原は、ほとんどちぎれた四肢を引きずって、芋虫のようにその場から逃げようとした。

抵抗できないなら逃げようとするのは当たり前である。

意外なことに鳴郎は追いかける様子を見せなかったが、代わりに立ちふさがったのは、今までぼんやり無関心だったキクコだった。


 彼を見下ろすキクコの背後で、空が赤く染まる。

まだ夕焼けには早い時間だったが、まるで今が逢魔が時のように頭上は茜色で覆われていた。

この場に存在するありとあらゆるものの影が、次第に濃く長く伸びていく。

キクコの髪は偽りの茜空に溶け込むほど赤い。

迫りくる闇のように不安と恐怖を感じさせる昏い瞳が、這いつくばる鬼原を見据えた。


 キクコから立ち上る圧倒的なオーラは、鳴郎と違って背後に力を感じさせるものではなく、ただ純粋に恐怖と不条理と禍々しさが詰め込まれている。

キクコもまた鬼なのだと千博は思った。

鳴郎が黒鬼なら、彼女は赤鬼だろうか。


「刑事さん刑事さん」


 キクコが歌うようにうそぶいた。

その鈴が転がるような声に、千博は冷たい風が胸の奥をさらうような錯覚を覚える。


「刑事さん、やっぱりダメだったね」


 キクコが幼子のようにあどけない笑みを浮かべた。

笑った彼女は、万人が庇護欲をそそられるほど愛らしい。


「なにが――」


 鬼原が言い終わる前に、彼女の足が彼の頭部めがけて振り下ろされる。

牛に似た一対の角が生えた鬼原の頭は、トマトのようにあっさりと踏みつぶされた。

いくら人外になった存在といえど、頭部を潰されてはもはや生きていられない。

二三度大きく痙攣すると、十人もの人間を殺し続けた殺人鬼、鬼原巧は、その生命活動を永遠に停止した。











 千博たちが森の奥から戻ると、公園の入り口で常夜と花山が待っていた。

「遅かったじゃない」と、常夜が少しつまらなそうな声で言う。

いま起こったことを消化しきれていなかった千博は、言葉を返すことができなかった。


 鳴郎が普段の調子で常夜に言う。


「だったらさっさと合流すればいいじゃねーか、新部長」

「途中から行っても邪魔になると思ったのよ。それで結果は?」

「最後はキクコにとどめを刺されて、アイツは森の肥料になったぜ。殺人鬼とやらがざまあねぇな」


 言いながら呑気に頭をかく鳴郎は、学校にいる時と同じで、人間以外の何物にも見えなかった。

外見も気配も人間と寸分たがわぬ彼を見ていると、先ほどの出来事が夢だったように思えてくる。

だが鬼灯兄弟が人間ではなく、人の範疇を超えた存在だということは、紛れもない現実だった。

尾崎の尻尾をこねくり回して遊んでいるキクコも、少女の姿をした恐ろしい鬼なのだ。


「……氷野くん、どうかしましたか?」


 相変わらず背後霊をくっつけた花山が、心配そうにこちらの様子をうかがってくる。


「いや……。何でもないよ……」

「鳴郎さんたちのことですか……?」


 隠したつもりがズバリ言い当てられ、千博は柄にもなく動転した。


「どうしてそのことを……」

「さっき、わたしの霊たちが騒いだので……。それに、わたしもこう見えて霊感少女ですし……」

「実は、そうなんだ」

「気付いてしまったんですね。あの二人の正体に……」


 花山は既に鬼灯兄弟の正体を知っていたらしい。

いつごろ気付いたのかと聞いてみると、部活結成時の自己紹介で本人が話していたと返された。

「オレの名前は鬼灯鳴郎。オレもキクコも鬼だから。よろしく」――という彼の台詞が浮かんできて、千博は脱力する。


 初代部長は尾裂狐のコロニーで、部員の二人は化け物中の化け物。

それを知りながら一学年終わるまで参加した人間の少女二人。

呪われた街である夢見の森タウンの中でも、怪奇探究部が一番恐ろしい存在なのではないかと、千博は思った。


「じゃあ、殺人犯はあの刑事で間違いなかったわけだし、この事件もやっと解決というわけね」


 千博と花山の横で、常夜が言う。

彼女の台詞を聞いて、千博はやっとこの街を騒がせた一連の事件が終息したことを自覚した。

あの恐ろしい連続殺人事件は、鬼である鳴郎とキクコによって、ようやく幕を閉じたのだ。

世間を恐怖に陥れる連続殺人鬼でさえも、本物の鬼である鬼灯兄弟の前ではただの雑魚にすぎなかったのである。


(恐ろしくて強いものか……)


 「打ち上げだ」と騒ぐ輪の中にいる二人を見て、千博は思う。

奴らは人間が恐怖する存在でさえも恐怖する「何か」なのだろうと。

そしてその「何か」を人間は「鬼」と名付けた。

二人がなぜ人間から鬼になったのか、千博は知らないし、また想像もできない。

だが普通の人間では到底たどり着けない境地に行く何らかの理由があったことは確かだ。


 一人考え込む千博へ、鳴郎がいつものように声をかける。


「おい、お前は行かないのかよ」


 つい返事をするのに、時間がかかってしまった。


「俺はやめておく」

「そうか」


 なぜ千博が遠慮したのか、鳴郎も察したのだろう。

無理に誘うようなことはせず、あっさりと輪に戻って行った。

鳴郎の正体が鬼だということは出会った時から変わらないというのに、いまはロクに顔を見ることもできない。

彼がどんな性格なのか分かっていても、本能的な恐怖が千博を鬼灯兄弟から遠ざけようとしていた。


「では、俺はこの辺で」


 和気あいあいと騒ぐ部員たちに背を向け、一人歩き出す。

しかし少し行ったところで、後ろから肩を叩かれた。

振り返ると、キクコが手を後ろへ回し、嬉しそうに笑いながら立っている。


「またね。『なりかけさん』」


 同じセリフを、千博は以前どこかで聞いた気がした。

そう、確かそれは、鬼灯兄弟と最初に出会った時だ。

『なりかけさん』――あの時は意味が分からなかったが、鬼原巧と対峙した今ならわかる。


「おい、嘘だろ――?」


 頭を殴られたような衝撃のあまり、千博は戻っていくキクコを追いかけることもできなかった。




今回で夢見ノ森怪奇譚第一部は終了です。

まだ一部目なのに、終わりまで一年半もかかってしまいました。

一応三部まで予定して最終回までの流れもだいたい考えているんですが、一体終わるのにどれだけ時間がかかることやら……。

しかしお話を書くのも好きですし、この話も割と気に入ってるんで、ぼちぼち続けていきたいと思います。

(休日の動画鑑賞とゲームをやめればもっと早く進むんじゃないかというのは内緒)


 さて、前置きはこの辺にしておいて、夢見ノ森怪奇譚第一部、いかがだったでしょうか。

人外三人の正体はみなさん割と早い段階でお気付きだったと思います。

特に鳴郎は武器が金棒という、第一話で正体モロバレ状態でした。

でも鬼キャラといったら角ってイメージがあると思うので、「角なし」「実体がそもそもあってないようなもの」というのは、少し意外性を持たせられたかな?と勝手に思っています。

あと千博の「なりかけ」も、最後のシーンでキクコがああ言うのは最初から決めてました。

第二話で部長が言った通り、千博は「あの二人と並んでウチのエースになれる存在」なのです。

「千博はこれから鬼になるのか」とか「鬼灯兄弟はどうして鬼になったのか」とか「そもそもこの話の鬼って何?」とかは、第二部で明らかにしていく予定です。


 最後になりましたが、第一部最終話まで夢見ノ森怪奇譚をご覧下さった方、本当にありがとうございました。

現代ホラーというマイナージャンルかつ地味めなこの話を見つけ、その上全て読んで下さったなんて、感激のあまり言葉もありません。

厚かましいお願いですが、もしよかったらご感想をお願いします。

シャイすぎて感想を見つけて舞い上がり、返信が遅れがちな私ですが、やっぱり皆様からの感想はうれしいです。


 最後にもう一度、夢見ノ森怪奇譚をご覧いただき、ありがとうございました。

また第二部でお会いできれば幸いです。

それでは。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

NEWVELランキング

よろしければご投票よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ