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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十四話 殺人鬼
58/69

14-5

 矢守ひろかの自宅は停留所から一番離れた棟にあり、バスを降りた一同は全速力でそこへ向かった。

だが鬼灯兄弟と千博の走る速さに、あとの二人はついてこられなかったらしい。


「あ……。私の……。私のことは……。かまわず先に行って下さい……。」


 まず体育の苦手な花山が、気管を苦しそうに鳴らしながら脱落した。

尾崎を頭の上に乗せた常夜は、何ともないような顔をして走りながら、あと少しのところで突然へたり込む。


「も、もう限界。一子ちゃんと待ってるから、先に行って……」

「じゃあアタシもここで待ってるねー」


 OGと部長を置いて行くのは心苦しかったが、状況が状況だけに三人は迷わず前へ走った。

矢守ひろかが住んでいる棟の前へ辿り着くと、千博は鳴郎に尋ねる。


「一体どっちが『なりかけ』なんだろうな」

「十中八九刑事の方だろ」

「どうしてそう思うんだ?」

「素質のある奴は特徴があるんだ。まず背が高くて体つきがいい。頭もよくて、大抵のことは人並み以上にできる。顔がいい場合も多いな。刑事は体がデカかったんだろ?」

「ああ、俺より大きかった。顔は気にしなかったけど、もしキャリアなら頭もいいんだろう」

「多分女は実行犯じゃない。――なるべく多く情報を聞き出すぞ」


 矢守ひろかの住居は四階にあったため、三人は階段を駆け上った。

部屋の近くまで行くが、そこからは警察により規制線が貼られており、やむを得ず足を止める。

失念していたが、彼女の部屋は被害者宅のすぐ隣なのだ。

捜査のため辺り一帯の立ち入りが禁止されていても無理はない。

千博はこの先どうすべきか悩んだが、その横で鬼灯兄弟が当たり前のように規制線を乗り越えていった。


「バカ! お前ら何やってんだ!?」


 すぐに警官が飛んできて取り押さえられるかと思った。

しかし辺りを見回してみても、捕まえに来る警官はおろか、周囲を見張っている警察自体がいない。

さすがにおかしいと思っていると、振り向いたキクコが言う。


「血のにおいがね、いーっぱいするよ」


 嫌な予感がした千博はためらいを振り切って、立ち入りを禁じるテープの下を潜り抜けた。

二人はある扉の前で待っており、千博が行くと、鳴郎が足元を指さす。

扉の下からは血液が浸み出して、小さな水たまりを作っていた。

見上げた表札には「矢守」と書いてあるので、ここが例の婦人警官が住む家らしい。


「こじ開けるぞ」


 異論はなかった。

鳴郎がドアノブに手をかけて引き寄せると、鍵がかかっていたのだろう、金属を叩きつけるような音がする。

だが彼の前に玄関用の鍵はまったくの無力だった。

余りに強い力で引っ張ったため、扉を支える蝶番がはじけ飛んでしまったからだ。

固定する術を失ったドアは、もはや単なる鉄板である。

鳴郎によりドアは入り口から脇へどかされ、三人は家の中へと踏み込んだ。

したたる血を見て薄々察していたものの、室内は予想以上の惨状で、血しぶき血のりが床天井問わずべったりと張り付いている。

壁と床に付いたえぐるような爪痕は、この光景が人間でない何かによって作られたことを現していた。


 足元の血だまりに、紺色の袖をつけたままの腕が落ちている。


「これ、ひょっとして警備中だった警官の腕じゃ……」


 袖口のデザインと、はまった男性用の腕時計を見て千博は一人ごちた。

部屋を埋め尽くす血潮の量と、無人の捜査現場からして、多分そういうことなのだろう。

一体何人が犠牲になったのかは、散らばるミンチの量から逆算するしかないらしい。


「多くて三人、といったところか……」


 部屋の奥で鬼灯兄弟が肉塊の海をかき分けている。

何をしているのかと思えば、この中に矢守ひろかがいるのかを調べているようだ。


「クソッ、やっぱり死んでやがった」


 血の絡みついた長い髪を持ち上げて、鳴郎が呟いた。

まだ温かいと言っているので、犯人はたった今矢守ひろかを殺害したようである。

間に合わなかったという悔しさと、なぜ犯人は彼女を殺したのかという疑問が、千博の中で膨れ上がった。

こちらの推理が正しければ、矢守ひろかは殺人事件の共犯者だ。

今まで殺人を手伝ってくれていたであろう彼女を、なぜこの段階で殺そうと思ったのだろう。


 千博が疑問を口に出すと、鳴郎が答えを教えてくれる。


「そりゃあ犯人にとって、矢守ひろかが必要なくなったからだ。この惨状を見て分かる通り、もう犯人には好き放題できる――少なくともそう思えるだけの力がある。だからこの女の手助けなんていらなくなったんだよ」

「殺しを散々手伝わせておいて、必要なくなったら殺すのか」

「そういう人間だから連続殺人なんてやらかすんだ。ったく、どうしてこの女は自分だけは大丈夫だなんて思ったかね」


 鳴郎はそばにあった写真立てを取ると、千博へ投げつける。

写真立ての中では、矢守ひろかと例の刑事が仲睦まじそうにツーショットを披露していた。

彼女が共犯になった理由は察したが、果たして刑事はんにんの気持ちはどうだったのだろうか。

利用されたのだろうなと、千博は心の中で呟く。


「しかし表向きでも恋人を殺したら、真っ先に疑われるだろうに……」

「もうヤツにとって、警察なんか恐れるに足らずってことなんだろ。用はすんだんだ。早くいかないと人が来るぞ」


 千博と鬼灯兄弟は、静かにその場を後にした。

後で疑われないか少し心配だったが、写真立ての指紋は拭いたし、何より現場があの有様である。

おそらく捜査のしようがなくて迷宮入りになるだろうと思った。


 階段を下りた千博は、共用玄関部で待っていた二人と一匹に告げる。


「残念ですが間に合いませんでした。犯人は用済みになった矢守ひろかを口封じに殺したみたいです」

「あー、ついにやっちゃったか」

「そ、そんなっ! 殺すなんてヒドイです……」

「困ったわね。また手詰まりだわ」

「もう犯人は、人間らしく振る舞うのをやめてしまったのかもしれません」


 一同に沈黙が下りたところで、全員のケータイへ一斉にメールが着信した。

送り主は警察署にいる尾崎パート2からで、彼女はなんとか実行犯であろう刑事の情報を調べてくれたらしい。


 刑事の名前は鬼原巧おにはらたくみ

花山の予想通りキャリアとして警察へ入庁し、下積みのため夢見ノ森署の刑事課へ配属されたようだった。

二十三歳という年齢から考えるに、まだ警官になって一年もたっていないらしい。

尾崎パート2の手に入れた情報は詳しく、彼の父親も警察の上層部にいること、幼いころ両親が離婚していることも書いてあった。


「鬼原か、やっぱりな……」


 納得した顔で鳴郎が呟いたため、千博は首をかしげる。


「やっぱりって、どういうことだ?」

「鬼になり得る素質を持つ血筋ってのがあるんだよ。もちろん突然変異的に素質がある奴もいるけどな。素質を持った血筋は、過去に『なりかけ』や『なりそこない』になった奴がいたりするから、苗字に『鬼』の字が入ってることが多いんだ」

「つまりあの刑事――鬼原は、素質もちの家系だと」

「たぶんな。もともと危ない傾向があったのに、夢見の森に来て本格的におかしくなっちまったんだろ」


 もともと素質と危うさを持ち合わせた彼は、夢見の森タウンへ配属され、この地に漂う邪気によって体も心も怪物へと変化していったのだ。

もちろん鬼原へ同情する気などないが、不運といえば不運である。

夢見の森にさえこなければ、彼はエリートのまま人間として一生を終えられたかもしれない。


「それでこれからどうする? ヤツが次に行きそうな場所が分かるか?」

「それならコイツに聞けよ。『期待はずれ』は分かっただろうし、もうそろそろ教えてくれたっていいだろ?」


 鳴郎は忌々しげにキクコを睨んだ。

義理の兄弟に睨まれても、彼女は微笑を絶やさぬままである。


「刑事さんはね、いま夢見の森記念公園にいるよ」

「だってさ。この穢れを煮詰めたド腐れ野郎が言うんだから間違いねぇ」

「ちょっ、いくら兄弟でも言いすぎだろ!」

「言い過ぎなもんかよ。『なりかけ』育てるようなヤツに」


 言っている意味が分からなかったが、今は聞くより夢見の森記念公園へ向かう方が先だった。

キクコは以前、「なりそこない」であるひきこさんが、次どこに出るかを連続して言い当てたことがある。

だから彼女の言葉は、きっと正しいだろうと思った。

幸いここから公園までは歩いていける距離だったので、先ほどのように大急ぎで目的地へ向かう。

常夜と花山は再び途中でへばることになったが、尾崎はキクコの頭に乗かっていたため、彼女が脱落することはなかった。

リタイアした人間二人はタクシーを拾って合流するという。

残り三人と一匹になった怪奇探究部員たちは、自転車並みの速度で移動し、夢見の森記念公園へと到着した。

公園内からは、細かな場所が分かるらしいキクコに先導してもらう。

彼女はまるで最初から何もかも分かっていたように、一切の迷いなく公園の最深部である森の中へ突き進んでいった。

開発前の森をそのまま残したというだけあって、奥へ進むたびに木々の密度と高さが増してくる。


「ここだよ」


 やがてキクコが立ち止まったのは、、血の匂いが強く立ち込める場所だった。

遠くで、人型の何かが血に濡れた肉を引き裂いているのが見える。

手足が異様に長く伸び、体つきは人間より一回り以上大きくなっていたが、髪型から先日出会った刑事――鬼原巧だと判断できた。

ハイヒールが地面で転がっているところを見るに、あの肉の正体はきっと人間なのだろう。

彼が連続殺人事件の犯人だということは、これで間違いなくなった。

ヤツは矢守ひろかを殺した後、また人に手をかけたらしい。


 こちらの気配を察したのか、獲物で遊んでいた鬼原が、ゆっくりと千博たちへ視線を向

けた。

向こうが言葉を発するよりも早く、鳴郎が言う。


「これで十人めか? 鬼原巧」


 驚いたのか、鬼原が獲物から手を離した。

まだ顔は人間の時と変わっておらず、驚きといら立ちが混ざったような表情をしている。


「お前らは、警察気取りでパトロールしてたガキどもか?」


 まだ人型に近いせいか、言葉は話せるようだった。


「オレは違うが、残りはそうだぜ。ったく、オレがそっち側見てたら、あの時ぶっ殺してやったのによぉ」

「……どうしてここが分かった」

「お前が期待はずれ・・・・・だったからだ。『なりそこない』」


 鳴郎の言っていることは、千博はもちろんのこと鬼原も分かっていないようであった。

ヤツはわずかに怪訝な顔をした後、こちらへ近づいてくる。

次第に細部が明らかになる鬼原の姿を見て、千博は言葉を無くした。

彼の変化した身体が、あまりにも鬼そのものだったからだ。


 筋肉の鎧で覆われた巨体と、指の先から伸びる鋭い爪。

もちろん頭には鬼の象徴である一対の角が生えている。


 つい数日前まで人間だった鬼原巧は、まさしく物語に出てくる鬼そのものへと変貌を遂げていた。

鳴郎は「なりそこない」と言ったが、彼の外見はどう見ても鬼である。


「鳴郎、逃げよう」

「なんでだよ」

「あれは鬼だろ?」

「バーカ。鬼なめてんのか。あんなの単なる『なりそこない』だ。いつそうなったか知らないが、アイツ『なりかけ』から『なりそこない』に進化……いや、退化したらしいぜ」


 鳴郎は鼻で笑うと、近づいてくる鬼原へ余裕たっぷりに言う。


「おい『なりそこない』。テメェなんで人殺すようになったんだ? 聞いてやるから言ってみろ」

「あのな……。答えるわけないだろう」

「言いたいことがなけりゃ、犯行予告なんか残したりしねーよ。だから聞いてやってんだ」


 訳知り顔で言う鳴郎がよほど面白かったらしい。

鬼原は足を止めると、高らかに笑い声を上げた。


「まるで全部分かっているみたいなことを言うな、クソガキ」

「警察よりは優秀なつもりだぜ。あとオレはクソガキじゃねぇ」

「べつに犯行予告に大した意味はないよ。ただ世間を――この街を怖がらせたかっただけだ」

「犯行予告でか?」

「犯行予告をすればみんな怖がるだろ? 次は自分じゃないかって」


 彼は悦に浸るような笑みを浮かべる。

散々人を殺した後とは思えない軽妙な語り口に、千博は血の気が引く思いだった。

だが恐怖を感じているのは千博一人だけのようで、鳴郎と尾崎は馬鹿らしいと言わんばかりの表情をしている。

キクコに至っては、興味がないのか、飛び回るモンキチョウをひたすら目線で追いかけていた。


「で、テメーは、怖がらせたいからわざわざ犯行予告を残したと。なら日章生活の商品を使ったのはなんのためだ?」

「あそこのマークは警察のマークに似てるだろ? ちょっとした遊び心だよ。警察の俺が連続殺人犯で、わざわざ警察の印そっくりのマークが入った商品を現場に置く――スリルたっぷりだし、何より洒落が聞いてて面白いじゃないか」


 恐ろしいことに、鬼原は本気であの犯行予告を面白いと思っているようだった。

常軌を逸していると思うが、鳴郎たちは彼の狂った言葉を聞いても、冷めた姿勢を崩さないままである。


「分かった。犯行予告についてはそういうことにしといてやるよ」


 鳴郎は恐ろしい殺人鬼に対し、譲ってやると言わんばかりの態度だった。


「だけどな、こっちが知りたいのは犯行予告のことじゃなくて、テメェが人殺しになった理由なんだよ」

「人殺しになった理由?」

「そうさ。人間は理由もないのに人を殺さないだろ?」


 何が面白いのか、鳴郎に問いかけられた鬼原は、再び笑い声を上げ始めた。

嗚咽が出るほど笑った後、鬼原はまだ笑いをこらえながら言う。


「人殺しになった理由だって? やっぱり人間は馬鹿だなぁ。理由なんてないに決まってるだろぉ?」

「……そうかよ」

「しいてあげるなら、楽しいからだ。人を殺すのがな。殺される寸前の人の恐怖に染まった顔が俺は好きで好きでたまらないんだよ。俺は楽しいから人を殺す。そこに動機や恨みなんて下らないものはないんだ」

「本当にそうなのか?」

「お前ら一般人には分からないだろうがな」


 渋っていた割には饒舌に話す鬼原を、鳴郎はただ真っ直ぐ見つめていた。

その視線には憤りも恐怖もなく、感情が込められているとしたら、ただ哀れみだけがそこにあった。

黙ったままの鳴郎を、鬼原は怯えていると思ったらしい。

もはや聞かれていないのに、とうとうと人殺しと人を殺した自分について語りだす。


「俺は昔から普通の人間とは違ったんだよ。頭が良くて顔が良くて何でもできる。そして何より、生き物が苦しむのと死ぬのが好きだった。鳥や猫を、今までいっぱい殺したよ。そんな俺が怖くて、母親は俺が五つの時に家を出ていったんだ」

「……そうか」

「だけど本当は俺は小動物なんかじゃ飽き足らなくてねぇ。ずーっと人を殺したいと思ってたんだ。周りが恋愛に現を抜かす中も、ずっとクラスの女を見ては、刺したい、切り裂きたいと思ってた。人が殺したくて人が殺したくてしょうがなかった。――俺はみたいなヤツを怪物モンスターっていうんだろうね。そう、俺は生まれながらの怪物なんだ」

「……ふーん」

「ずっと殺したいと思っていた俺は、父親の言うとおり警官になって、この街に来て、もう欲望が抑えきれなくなってなぁ。何のことはない、やってみたら大したことなかったよ。俺の頭脳なら完全犯罪なんて余裕だし、警官だからなおさら疑われることはなかった。だからあとは欲望のままに、目につく人間人間殺しまくった。楽しかったなぁ。そしたら、俺の精神に体が追い付いて来たらしい。決して警察に捕まることなんてない力を手に入れ、、俺は正真正銘怪物になった。――そう、俺はモンスターになったんだ」


 ひとしきり語り終えた満足したのだろう。

鬼原は歪な笑みを浮かべ「これで全部だ」とうそぶいた。

鳴郎はまだ何も言わないままである。

尾崎もキクコも、無言のまま静かにたたずんでいた。

見方によっては恐怖で言葉が出ないようにも見える三人の様子が、彼はよほど気に入ったようだ。


「ああ、実に残念だよ。俺の正体を突き止めて、なおかつ俺の考えを全部聞いてくれたのは君たちが初めてなのに、俺は君たちのことを殺さなければならない。なぜなら俺が怪物もんすたーだから。俺の前に来た人間は殺さなければならないんだ」


 芝居がかった口調で言った彼は、大げさに首を振った。

こちらがまた無言を貫いていると、鬼原は「だが――」と続ける。


「だが、ここまで来た君たちを、ただ力のまま殺すのはもったいない。だから君たちはさっき手に入れたコレで殺してあげよう」


 鬼原が人の三倍はある右手でポケットから取り出したのは、黒光りする拳銃だった。

おそらく先ほど殺した警官から奪ったものだろう。

一般人なら死ぬまでお目にかからないだろうソレを見た千博は、正直鬼と化した鬼原を見た時より血の気が引いた。

鳴郎曰く、鬼原は鬼に見えても『なりそこない』だというし、彼相手なら鬼灯兄弟でも勝算はあると思っていた。

しかしいくらあの二人でも、拳銃相手に無事ではいられないだろう。

逃げようかとも思ったが、背を向けたら格好の的になるのが関の山だ。


 「どうする――?」と千博はとっさに鳴郎の方を見る。

しかし鳴郎は銃を見ても怯えるどころか、むしろつまらなそうな顔で、黒い銃口を見詰めていた。

目の前で鬼原が安全装置を外し、引き金に指をかけても、その表情が変わることはない。


「――残念だよ」


 そう呟いたのは鬼原でなく、鳴郎であった。

彼は底知れぬ闇のような黒い瞳で、銃を構える鬼原に視線を向ける。

見られているのは自分でないにもかかわらず、千博はその小さな二点の闇に、喉を締められる心地だった。


「残念だよ。せっかく理由を聞いてやったのに、お前は最後まで取り繕った動機を話すばかりだった。お前は最後まで自分自身にまで嘘をつき続けた」


 鳴郎が動く。

正確に言うと、気付いたら彼が別の場所へ移動していたので、後から動いたのだと分かった。

鬼原の手に、もはや拳銃はない。

彼が手にしていた黒いリボルバー式拳銃は、彼の手首ごと姿を消していた。

呆然とする鬼原の足元に手首が落ちている。

共に消えた拳銃は、彼の側頭部に狙いを定める鳴郎の手の中にあった。


 まさか瞬きにも満たない時間で、鳴郎はヤツの手首を切り落とし、拳銃を奪い、銃口を向けたというのか――。


 千博はつばを飲み込むのも忘れて、目の前の両者に見入った。

今まで感じていた恐ろしいという感情は、対象が鬼原から鳴郎へと移り変わっている。

口が裂けたように見えるほど唇をつり上げながら、鳴郎が言った。


「なぁ、お前怪物なんだろ?」


 おののいた様子で、鬼原が目玉だけを鳴郎に向ける。

鳴郎は微塵の隙間もなく生えそろった猛獣のごとき牙を、嗤いながらのぞかせた。


「なぁ、お前怪物なんだろ? だったら拳銃で撃たれたも、なんともないよな?」


 「やめろ――!」と鬼原が叫ぶ。

たとえ鬼そのものの姿になっても、元が人間である以上銃が怖いらしい。

その場から逃げればいいものの、ヤツは嗤う鳴郎に身がすくんで動けないようだった。

ただ笑っているだけにもかかわらず、いまの鳴郎の姿には有無を言わさぬ「恐怖」がある。


「なあ、ちょっと見せてくれよ。――怪物モンスター


 鳴郎が引き金を引く。

肉片が転がる森の中に、銃声が響いた。

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