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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十三話 家の中の怪物
50/69

13-3

 千博が鬼灯兄弟と共に約束のファミリーレストランへ着くと、そこには他の仲間全員が集っていた。

楽しい場所であるはずのファミレスにも関わらず、一同の表情は険しい。

千博が飯田の首を発見してから、まだ三時間も経っていなかった。


 千博たちは無言で彼女たちのいるテーブルへつく。

電話でだいたいのあらましは説明してあった。


「……まさか、こんなことになるなんて」


 最悪中の最悪の事態だと千博は思った。

昨日の時点で飯田の話を真剣に聞いていれば、彼を助けられたかもしれない。

それを、まさかあのような酷い死に方をさせてしまうなんて。

自分のせいだと、千博は自分を責めた。


「それで、どんなかんじだったの? 飯田クンの死体は」


 開口一番、部長が尋ねてくる。

その軽い口ぶりに、千博は思わず怒りを覚えた。

そもそも彼女がちゃんと彼の話を聞いていれば、彼の死は避けられたかもしれないのだ。

それをよくもぬけぬけと、他人事のような言い方ができるものである。


「部長、そんな言い方ないでしょう? 人が殺されたんですよ」

「あれ? 千博クンもしかして怒ってる?」

「当たり前です! あの時部長がちゃんと話を聞いていれば、こんなことにはならなかったんだ」


 部員たちが顔を見合わせた。

千博が真面目に怒る姿を初めて見たからだろうか。

部長は少し驚いていたが、すぐに悪びれた様子もなくうそぶく。


「確かに飯田クンのことは気の毒だと思うよ? でもそんなこと言ったってさぁ、こっちは部活でやってんだもん。遊びでやってんだから、こうなることもあるって」

「遊びって、確かに部活ですけど――」

「もう起きたことは仕方ないんだから、早く飯田クンに化けてるヤツ倒す計画立てよ?ね?」


 部長が飛び切りの笑顔を浮かべながらウインクをする。

それを見て、千博は直感せざるを得なかった。

はっきり表にこそ出していないが、彼女はいま、この状況を楽しんでいるのだと。

でなければ、堅い顔からすぐにウインクなどできたりしない。


「部長! アンタはそれでも人間か!?」


 思った時には声を荒げていたが、後悔はなかった。

いくら化け物退治をしているとはいえ、犠牲者が出ても遊びだからと嘆きもしない。

そんな奴を罵倒して、なにが悪いものだろうか。

突然千博からなじられた彼女は、大きな目をさらに丸く見開いている。


「千博クン、なに分かりきったこと言ってんの?」

「そういう意味じゃありません!」


 もちろん本当に部長が人間でないと言っているわけではない。

お前は化け物のような性根の人間だと言っているのだ。

伝わらないようなら細かく解説してやろうかと思ったが、喋り出す前に常夜がそれを制する。


「千博君、気持ちは分かるけど、その辺にしておいてくれないかしら。今は、貴方のクラスメイトを殺した化け物を退治する、そのことだけを考えましょう」

「……常夜先輩」

「早く退治しないと、今夜にだってソイツはまた人を殺すかもしれないもの」


 彼女の言うとおりだと思った。

飯田とその両親を食い殺した化け物が同じなら、きっとソイツはまた外で人を殺すだろう。

飯田の死を嘆くことも必要だが、起きてしまったことはもうどうしようもない。

今はこれから起こる惨劇を阻止することが先決だった。


「すみません、常夜先輩。感情的になりすぎました」

「いいのよ。むしろホッとしたわ。貴方も完全に理性で全てを制御できるわけではないんだって」

「え?」

「まだ『こっち側』だと分かって安心したってことよ」


 常夜の横で、花山もうなずいている。

言っている意味はよく分からなかったが、褒められているようなので、曖昧に微笑んでおいた。


「――で、本題にはいるけどよぉ。千博は確かに飯田の姿をした『何か』に、家の中へ誘われたんだよな?」


 若干イラついた様子で、鳴郎が切りだした。

いつまでも進まない話に、短気な彼はしびれを切らしたのかもしれない。

ゆるんだ気持ちを切り替えると、千博は彼の問いに首肯する。


「ああ、電話で言ったとおりだ。飯田――の形をしたやつに家の中に呼ばれて、そのあと冷蔵庫の中で『本物』を見つけた」

「見つけるまでの間はどれくらいだ?」

「時計ではかったわけじゃないが、五分もないと思う。あと冷蔵庫は常に視界の中に入っていた」

「と、すると、やっぱり飯田は千博が来る前に死んでたのか……」


 そう考えるのがやはり自然だろう。

口元に手をやりながら考え込む鳴郎へ、今度は千博が尋ねる。


「ところで、飯田の両親どんな風に死んでたんだ? 俺はまだ昨日の情報しか知らないんだ」

「状況は昨日部活で出た話とそう変わらねぇ。夢見の森記念公園の林の中で、ほとんど白骨になるまで食い荒らされた状態でみつかったんだ。おそらく、夜のん気に公園まで散歩に行って、そこでやられたんだろ」


 夢見の森記念公園は、明るいうちでも命の危険がある場所である。

夜ならさらに危ないことはいうまでもなく、無知とは心底恐ろしいものだと千博は思った。


「鳴郎は、一体なにが犯人だと思う?」

「具体的な種類までは分からねぇ。ただ、獣の延長線にある化け物だと思う。遺体には牙でかじられたような痕があったらしいからな」

「……飯田の死体にも、似たような痕跡があったよ」

「人を喰うが、多少不自然でも人間に化けられて、なおかつ冷蔵庫を使える程度の知恵がある獣の化け物か……。狐やタヌキはもっと上手に化けられるしなぁ……」


 いつも妖怪退治をしているだけあって化け物にくわしい彼だが、今回の犯人はなかなかつかめないらしい。

だがしばらく考え込むと、鳴郎はパッと顔を上げて笑みを浮かべた。

好戦的で、なおかつ嗜虐さと残忍さに満ちた、すばらしく恐ろしい笑みである。


「おい、ちょっと待てよ? 千博にのって考えてみたが、別に正体が分からなくたっていいじゃねーか。おそらく、ホシはまだ飯田の家に潜んでる。居場所が知れてるなら、正体がなんだろうが関係ねぇ。妖怪だろうが神だろうが、そこへ行ってぶっ殺すだけだ」


 裂けたように笑った口から、鋭い牙がこぼれた。

見間違いではない。

確かに肉を引き裂く、肉食獣――強者特有の牙があった。

千博の目にいまの鳴郎は、獲物を前によだれを垂らす巨大な人食い虎に見える。

鋭く、それでいて締め付けられるような殺気に、このテーブルだけでなく、レストラン中が静まり返った。

しかし緊張感と恐怖に満ちた空間の中で、一人だけ彼の殺気に飲まれない者がいた。

他ならぬ彼の義姉――鬼灯キクコである。


「ワンワン! 犯人はね、ワンワンなんだよ!」


 そう言うとキクコは、凶悪な笑顔をする鳴郎の首をためらいなく揺すぶった。

その途端、鳴郎がいつもの鳴郎に戻る。

凶器のように鋭かった牙も、白く整った人間の歯にいつの間にか変わっていた。


「なんだよキクコ! ワンワンって、犯人は犬の化け物だって言いてぇのか?」

「だからね、ワンワンなんだよ! ワタシたちのニオイが分かったからね、千博はすぐにおそわれなかったの」

「……確かに、普通だったら玄関しめた途端に殺されるよな」


 恐ろしいが、鳴郎の言うとおりである。

相手は人を食い殺し、残った部分をバラバラにして冷蔵庫にしまうような化け物だ。

すぐに食べられなくても、その場で狩られたって不思議ではない。

鳴郎に言われて初めて、千博は「自分がすぐに殺されなかった」という疑問点に気付いた。


 キクコは鳴郎を揺すぶるのをやめたが、まだ無邪気な口調で続ける。


「ワタシたちはみんなにとってコワいからね。ワタシたちのニオイもコワいんだよ」

「オレたちは恐ろしくて強いからな」

「ワンワンは鼻がとってもいいから、千博についてるワタシたちのニオイに気付いたの」

「誘いこんだはいいが、オレたちの匂いに気付いて、しばらく様子を見たってことか……」


 よく分からないが、千博が生還できたのはとても幸運なことで、それも鬼灯兄弟のおかげだということはなんとなく理解できた。

そして飯田一家を食い殺したのは、犬の化け物らしいとも。

おそらく公園で飯田の両親を食い殺した犬の妖怪は、飯田の両親に化け、彼の家に入り込んだのだろう。

住所は、遺体が持っていた免許証でも見たに違いない。

そして飯田をも食い殺した。


「化け物の正体も分かった。居場所も分かってる。――殺すには十分だ。行こうぜ」


 鳴郎が床に置いてあった金棒入りのバットケースを持ち上げた。

一同がうなずく。

しかしその張りつめた空気は、店員がドリアを運んできたきたことで無残にも台無しにされた。


「誰だよっ!! こんな時にミラン風ドリア頼んだヤツは!!」

「ゴメーン、クロちゃん。アタシまだ夜ご飯食べてなくて」

「テメェ、この野郎」

「でもご飯頼んだのアタシだけじゃないからね? イッコちゃんもバーバーも頼んでるからね?」

「おいコラ、このクソ女ども」


 鳴郎が今にも殺さんとばかりに、三人を睨みつけた。

花山は激しく震えていたが、常夜と部長は平然とした顔をしている。


「腹が減っては戦ができないのよ? 鳴郎」

「テメーも十分『こっち側』だぜ、常夜。花山と千博はまだ『あっち側』にいるみたいだがな」

「あら? 今回一番頼んだのは一子ちゃんよ?」

「なっ、花山テメェ……」


 花山はいつの間にか運ばれていた特大ステーキ丼セットを頬張りながら目をそらした。

鳴郎の隣ではキクコが「おにくおにく~」と口ずさんでいる。

その光景を見て千博は慄然とし、そして確信した。

前から薄々感じてはいたが、この怪奇探究部の部員たちはおかしい。

同じ学校の生徒が化け物に喰われ、これから敵討ちへ行こうとしているはずなのに。

どうして放課後のファミレスと同じように料理を頼んで、おいしそうに頬張ることができるのか。

今まで抜群におかしいキクコのせいで霞んでいたが、この部活のメンバーは全員どこか壊れているとしか思えなかった。

部長鳴郎はもちろん、まともに見えた常夜や花山でさえもである。


「ねー、千博クンはなにか頼まないの?」


 能天気な声で聞いてくる部長を、千博は思い切り睨みつけた。


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