13-3
千博が鬼灯兄弟と共に約束のファミリーレストランへ着くと、そこには他の仲間全員が集っていた。
楽しい場所であるはずのファミレスにも関わらず、一同の表情は険しい。
千博が飯田の首を発見してから、まだ三時間も経っていなかった。
千博たちは無言で彼女たちのいるテーブルへつく。
電話でだいたいのあらましは説明してあった。
「……まさか、こんなことになるなんて」
最悪中の最悪の事態だと千博は思った。
昨日の時点で飯田の話を真剣に聞いていれば、彼を助けられたかもしれない。
それを、まさかあのような酷い死に方をさせてしまうなんて。
自分のせいだと、千博は自分を責めた。
「それで、どんなかんじだったの? 飯田クンの死体は」
開口一番、部長が尋ねてくる。
その軽い口ぶりに、千博は思わず怒りを覚えた。
そもそも彼女がちゃんと彼の話を聞いていれば、彼の死は避けられたかもしれないのだ。
それをよくもぬけぬけと、他人事のような言い方ができるものである。
「部長、そんな言い方ないでしょう? 人が殺されたんですよ」
「あれ? 千博クンもしかして怒ってる?」
「当たり前です! あの時部長がちゃんと話を聞いていれば、こんなことにはならなかったんだ」
部員たちが顔を見合わせた。
千博が真面目に怒る姿を初めて見たからだろうか。
部長は少し驚いていたが、すぐに悪びれた様子もなくうそぶく。
「確かに飯田クンのことは気の毒だと思うよ? でもそんなこと言ったってさぁ、こっちは部活でやってんだもん。遊びでやってんだから、こうなることもあるって」
「遊びって、確かに部活ですけど――」
「もう起きたことは仕方ないんだから、早く飯田クンに化けてるヤツ倒す計画立てよ?ね?」
部長が飛び切りの笑顔を浮かべながらウインクをする。
それを見て、千博は直感せざるを得なかった。
はっきり表にこそ出していないが、彼女はいま、この状況を楽しんでいるのだと。
でなければ、堅い顔からすぐにウインクなどできたりしない。
「部長! アンタはそれでも人間か!?」
思った時には声を荒げていたが、後悔はなかった。
いくら化け物退治をしているとはいえ、犠牲者が出ても遊びだからと嘆きもしない。
そんな奴を罵倒して、なにが悪いものだろうか。
突然千博からなじられた彼女は、大きな目をさらに丸く見開いている。
「千博クン、なに分かりきったこと言ってんの?」
「そういう意味じゃありません!」
もちろん本当に部長が人間でないと言っているわけではない。
お前は化け物のような性根の人間だと言っているのだ。
伝わらないようなら細かく解説してやろうかと思ったが、喋り出す前に常夜がそれを制する。
「千博君、気持ちは分かるけど、その辺にしておいてくれないかしら。今は、貴方のクラスメイトを殺した化け物を退治する、そのことだけを考えましょう」
「……常夜先輩」
「早く退治しないと、今夜にだってソイツはまた人を殺すかもしれないもの」
彼女の言うとおりだと思った。
飯田とその両親を食い殺した化け物が同じなら、きっとソイツはまた外で人を殺すだろう。
飯田の死を嘆くことも必要だが、起きてしまったことはもうどうしようもない。
今はこれから起こる惨劇を阻止することが先決だった。
「すみません、常夜先輩。感情的になりすぎました」
「いいのよ。むしろホッとしたわ。貴方も完全に理性で全てを制御できるわけではないんだって」
「え?」
「まだ『こっち側』だと分かって安心したってことよ」
常夜の横で、花山もうなずいている。
言っている意味はよく分からなかったが、褒められているようなので、曖昧に微笑んでおいた。
「――で、本題にはいるけどよぉ。千博は確かに飯田の姿をした『何か』に、家の中へ誘われたんだよな?」
若干イラついた様子で、鳴郎が切りだした。
いつまでも進まない話に、短気な彼はしびれを切らしたのかもしれない。
ゆるんだ気持ちを切り替えると、千博は彼の問いに首肯する。
「ああ、電話で言ったとおりだ。飯田――の形をしたやつに家の中に呼ばれて、そのあと冷蔵庫の中で『本物』を見つけた」
「見つけるまでの間はどれくらいだ?」
「時計ではかったわけじゃないが、五分もないと思う。あと冷蔵庫は常に視界の中に入っていた」
「と、すると、やっぱり飯田は千博が来る前に死んでたのか……」
そう考えるのがやはり自然だろう。
口元に手をやりながら考え込む鳴郎へ、今度は千博が尋ねる。
「ところで、飯田の両親どんな風に死んでたんだ? 俺はまだ昨日の情報しか知らないんだ」
「状況は昨日部活で出た話とそう変わらねぇ。夢見の森記念公園の林の中で、ほとんど白骨になるまで食い荒らされた状態でみつかったんだ。おそらく、夜のん気に公園まで散歩に行って、そこでやられたんだろ」
夢見の森記念公園は、明るいうちでも命の危険がある場所である。
夜ならさらに危ないことはいうまでもなく、無知とは心底恐ろしいものだと千博は思った。
「鳴郎は、一体なにが犯人だと思う?」
「具体的な種類までは分からねぇ。ただ、獣の延長線にある化け物だと思う。遺体には牙でかじられたような痕があったらしいからな」
「……飯田の死体にも、似たような痕跡があったよ」
「人を喰うが、多少不自然でも人間に化けられて、なおかつ冷蔵庫を使える程度の知恵がある獣の化け物か……。狐やタヌキはもっと上手に化けられるしなぁ……」
いつも妖怪退治をしているだけあって化け物にくわしい彼だが、今回の犯人はなかなかつかめないらしい。
だがしばらく考え込むと、鳴郎はパッと顔を上げて笑みを浮かべた。
好戦的で、なおかつ嗜虐さと残忍さに満ちた、すばらしく恐ろしい笑みである。
「おい、ちょっと待てよ? 千博にのって考えてみたが、別に正体が分からなくたっていいじゃねーか。おそらく、ホシはまだ飯田の家に潜んでる。居場所が知れてるなら、正体がなんだろうが関係ねぇ。妖怪だろうが神だろうが、そこへ行ってぶっ殺すだけだ」
裂けたように笑った口から、鋭い牙がこぼれた。
見間違いではない。
確かに肉を引き裂く、肉食獣――強者特有の牙があった。
千博の目にいまの鳴郎は、獲物を前によだれを垂らす巨大な人食い虎に見える。
鋭く、それでいて締め付けられるような殺気に、このテーブルだけでなく、レストラン中が静まり返った。
しかし緊張感と恐怖に満ちた空間の中で、一人だけ彼の殺気に飲まれない者がいた。
他ならぬ彼の義姉――鬼灯キクコである。
「ワンワン! 犯人はね、ワンワンなんだよ!」
そう言うとキクコは、凶悪な笑顔をする鳴郎の首をためらいなく揺すぶった。
その途端、鳴郎がいつもの鳴郎に戻る。
凶器のように鋭かった牙も、白く整った人間の歯にいつの間にか変わっていた。
「なんだよキクコ! ワンワンって、犯人は犬の化け物だって言いてぇのか?」
「だからね、ワンワンなんだよ! ワタシたちのニオイが分かったからね、千博はすぐにおそわれなかったの」
「……確かに、普通だったら玄関しめた途端に殺されるよな」
恐ろしいが、鳴郎の言うとおりである。
相手は人を食い殺し、残った部分をバラバラにして冷蔵庫にしまうような化け物だ。
すぐに食べられなくても、その場で狩られたって不思議ではない。
鳴郎に言われて初めて、千博は「自分がすぐに殺されなかった」という疑問点に気付いた。
キクコは鳴郎を揺すぶるのをやめたが、まだ無邪気な口調で続ける。
「ワタシたちはみんなにとってコワいからね。ワタシたちのニオイもコワいんだよ」
「オレたちは恐ろしくて強いからな」
「ワンワンは鼻がとってもいいから、千博についてるワタシたちのニオイに気付いたの」
「誘いこんだはいいが、オレたちの匂いに気付いて、しばらく様子を見たってことか……」
よく分からないが、千博が生還できたのはとても幸運なことで、それも鬼灯兄弟のおかげだということはなんとなく理解できた。
そして飯田一家を食い殺したのは、犬の化け物らしいとも。
おそらく公園で飯田の両親を食い殺した犬の妖怪は、飯田の両親に化け、彼の家に入り込んだのだろう。
住所は、遺体が持っていた免許証でも見たに違いない。
そして飯田をも食い殺した。
「化け物の正体も分かった。居場所も分かってる。――殺すには十分だ。行こうぜ」
鳴郎が床に置いてあった金棒入りのバットケースを持ち上げた。
一同がうなずく。
しかしその張りつめた空気は、店員がドリアを運んできたきたことで無残にも台無しにされた。
「誰だよっ!! こんな時にミラン風ドリア頼んだヤツは!!」
「ゴメーン、クロちゃん。アタシまだ夜ご飯食べてなくて」
「テメェ、この野郎」
「でもご飯頼んだのアタシだけじゃないからね? イッコちゃんもバーバーも頼んでるからね?」
「おいコラ、このクソ女ども」
鳴郎が今にも殺さんとばかりに、三人を睨みつけた。
花山は激しく震えていたが、常夜と部長は平然とした顔をしている。
「腹が減っては戦ができないのよ? 鳴郎」
「テメーも十分『こっち側』だぜ、常夜。花山と千博はまだ『あっち側』にいるみたいだがな」
「あら? 今回一番頼んだのは一子ちゃんよ?」
「なっ、花山テメェ……」
花山はいつの間にか運ばれていた特大ステーキ丼セットを頬張りながら目をそらした。
鳴郎の隣ではキクコが「おにくおにく~」と口ずさんでいる。
その光景を見て千博は慄然とし、そして確信した。
前から薄々感じてはいたが、この怪奇探究部の部員たちはおかしい。
同じ学校の生徒が化け物に喰われ、これから敵討ちへ行こうとしているはずなのに。
どうして放課後のファミレスと同じように料理を頼んで、おいしそうに頬張ることができるのか。
今まで抜群におかしいキクコのせいで霞んでいたが、この部活のメンバーは全員どこか壊れているとしか思えなかった。
部長鳴郎はもちろん、まともに見えた常夜や花山でさえもである。
「ねー、千博クンはなにか頼まないの?」
能天気な声で聞いてくる部長を、千博は思い切り睨みつけた。




