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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十三話 家の中の怪物
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13-1

 授業が終わり、千博がいつものように部室の扉を開けると、部長が机の上でぐったりしていた。

その萎れぶりたるやすさまじく、まるで茹ですぎたほうれん草のようである。

普段が、元気の有り余りすぎる彼女だ。

机に突っ伏す姿を見て、千博は一瞬ギョッとしたが、すぐその理由に思い当たった。


 ここ数日、事件が全く起きず、ロクに部活動ができていなかったからである。

以前、一回部活のネタがなくなった時、部長はげんなり元気をなくしていた。

たった一回ですらそうなるのだから、続けてネタがなくなった時の彼女の心情たるや、散々たるものだろう。


 他の部員たちも同じことを思ったようで、皆部室の扉を開けると、少し驚いた顔をして、すぐ納得したようにため息をついていた。

全員が室内に揃っても顔を上げない部長に、常夜が言う。


「いくらすることがないからといったって、少しは顔を上げたらどうなの? みんなそろってるわよ」

「だってぇ~。こんなのあんまりだもん……」


 伏せたまま、這うような声で部長が答えた。


「だってぇ、もうすぐアタシ卒業なのにぃ~。最後の最後で何もないまま終わるなんて、あんまりでしょー?」

「卒業? そういえば貴女、三年生だったわね」


 常夜はまるで今気づいたかのような口ぶりだった。

軽口ではなく、本当にそう思っていたようである。

普通ならあり得ない勘違いであるが、千博は彼女を責める気にはなれなかった。

かくいう千博自身も、今の今まで部長がもうすぐ卒業をすることを失念していたからである。

言い訳になるが、なんせ当の部長自身に、そういった三年生らしい素振りがまったくなかったのだ。

高校受験の話題はおろか、進路のことすらまったく口にせず、それよりなにより、本来三年生は二学期から部活を引退するのが普通である。


「おい、部長卒業するってマジかよ?」

「すっかり忘れてました……。えっと、いま三月ですよね? あと二週間!?」

「部長、もうすぐバイバイだったんだね」


 人のことは言えないが、なんと部長以外全員が、彼女がもうすぐ卒業することを忘れていたらしい。


「まぁね、ぶっちゃけアタシも昨日思い出したんだけど」


 突っ伏したまま部長がポツリと呟いた。

彼女の声音に冗談の色は見えない。

なんということだろう。

恐ろしいことに、怪奇探究部六人中六人、まさか本人でさえも、「尾崎八百」がもうすぐ卒業することを忘れていたのである。

それも、卒業式二週間前まで。

自分で言うのもなんだが、信じられないことであった。


「まぁ、本人が忘れてたんだから、こっちが気付かなくても仕方ねぇよな」

「そんなわけないだろ!」

「で、部長。高校にはいくのかよ?」

「うーん。気が向いたら行こうと思ってる……」


 いつから高校は「気が向いたら」で行けるほど、気軽な施設になったのだろうか。

やはり怪奇探究部には常識が通用しないらしい。

千博が頭を抱えていると、部長がおもむろに顔を上げた。


「というワケでさ、アタシはもうすぐ卒業するんだけど――。アタシの中学生活最後を飾る、とびっきりの大事件はないわけ? いやもうこの際、大事件じゃなくていいから、とにかくまともに部活動できる事件をさぁ」


 部長が必死に訴えかけても、部員たちは首を横に振るばかりだった。

最後にこんな形で部活を終えるのは可哀想だと思うが、ないものはないのである。

結局、その日も部室にいるだけで部活は終わった。


 翌日、千博は鳴郎へ言う。


「昨日のことなんだけどさ、最後に何もしないまま部活を引退するんじゃ、部長があまりにも可哀想じゃないか? なんかいいネタないのかな」

「そのことなんだけどよぉ、昨日オレもずっと考えてたんだが、さっぱり何もねーんだよ」

「平和なのはいいことかもしれないけどなぁ」

「こうなったら一日がかりでツチノコ狩りでもするか?」


(ツチノコ? いるのか……?)


 千博の疑問をよそに、鳴郎は腕を組みながらうなっている。

部長の最後を飾るのに、やはりツチノコ狩りでは不満なのだろうか。

確かに、あまりパッとしないイベントではあるかもしれない――そう千博が思っていると、珍しくクラスメイトの飯田から声をかけられた。


 飯田は勉強も運動もできる、クラスの中心に近い男子生徒だ。

明るく、誰とでも話せる彼だったが、今日ばかりはその童顔を不安に曇らせていた。

なにがあったのだろうと鳴郎と顔を見合わせていると、飯田が話し出す。


「なあ、鳴郎さんと氷野は怪奇探究部なんだろ? オカルトとか超常現象とか詳しいんだよな?」


 普段快活明朗な彼から、そう言った言葉が出るとは思わなかった。

千博が驚いているうちに、鳴郎が答える。


「ああ。まぁまぁ詳しいんじゃないか? どうしたんだよ急に」

「いきなりで悪いんだけどさ、俺の両親、昨日からおかしいんだよ」

「おかしい? どんな風に?」

「うまく言えないけど、なんか目がギョロギョロギラギラして、口もなんか変なんだよ。歯がむき出しになってるっていうかさ。動きもなんかぎこちないし」

「ふーん」


 さすがの鳴郎も話を聞いただけでは何とも言えないようだった。

飯田の顔がますます暗くなるが、そんな彼に鳴郎は気楽な口ぶりで言う。


「ま、とりあえず、今日ウチの部活に来て部長に相談してみろよ。アイツいま暇でしょうがねーから」

「それで分かる?」

「少なくともオレよりは詳しいと思うぜ。なんせ年季がケタ違いだ」

「そっか。ありがとう!」


 飯田は少し元気を取り戻したようだった。

部長に聞いて理由が分かれば彼も幸せだし、部長もやることができて幸せだろう。

しかし期待に反して、放課後。

飯田から話を聞いた部長の反応は、意外なことにあまりよくなかった。

せっかくやることができたのにどうしたのかと思ってみれば、飯田の話よりもっと興味をそそる出来事があったらしい。


「昨日の夜にさ、人間の死体が見つかったんだって。それも二人。なんか獣に食い殺されたみたいなんだよねー」

「獣にですか? この辺、そんな猛獣出ますっけ?」

「世間はクマの仕業だと思ってるみたいだけど、アタシのカンが違うって告げてるんだな、コレが。これは絶対化け物のし・わ・ざ」


 そういう部長の姿は昨日と打って変わり、生き生きとしていた。

人間が妖怪に食い殺されたかもしれないのだ。

不謹慎だが、要領の得ない飯田の話より、よほど面白味のある事件である。

部長は楽しそうにその場をグルグル回ると、ピタリと止まって人差し指を飯田の鼻先へ突きつけた。


「と、いうわけで、悪いけど、キミの話は後回しだよん。なーに大丈夫だって。どうせ低級動物霊に憑りつかれただけだから」

「そうなんですか?」

「よくあることなんだよねー。しばらく唸ったり、生肉食べたりするかもしれないけど、放っておけばいいよ。この件が終わったら何とかしてあげるからさ」

「あの、生肉食べたらおなか壊すんじゃ……」

「おなか壊したって死にゃしないってーの。寄生虫なら虫下し飲めばすむ話だしね」


 飯田はがっかりしながら帰っていった。

せっかく期待して来たのに、部長の応対はあんまりである。

千博はそれとなく抗議してみたが、彼女は手をひらひらさせながら笑うばかりだった。


「千博クン、ここは夢見ノ森なんだよ? 動物霊ごときで騒いでたら始末におえないって」

「しかしですね……」

「それにひょっとしたら、霊ですらないかもしれないよ? この街は突然頭がおかしくなる人間がたくさんいるんだから」


 言われてみればそうかもしれなかった。

この街に満ちる邪気は、人をいとも簡単に狂わせる。

昨日までまともだった近所の人が、公園で一人よだれを垂らしながら大笑いしているのを見たこともあった。

ひょっとしたら飯田の両親はその近所の人のように、突然狂ってしまったのかもしれない。


「でも、原因が分からないままじゃ彼も可哀想ですし……。」

「分かってるって。今回のことが終わったら、きっちり面倒見てあげるから。それでさ、その死体の話なんだけど、ほとんど骨しか残ってなかったらしくて――」


 その日の部活動は、食い殺された身元不明の遺体の話で終わった。

恐ろしい事件だし、犯人の正体が気にかかるが、千博にはそれよりも飯田の両親のことが気がかりだった。

今日は悪いことをしたし、明日一言謝った方がいいのかもしれない。

そんなことを考えながら千博は帰路に着いたが、翌日、飯田は学校を無断欠席した。

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