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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十二話 恋文に生きる
46/69

12-4

 廊下に走り出してしまった小倉を、千博は慌てて追いかけた。

怪奇探究部の部員たちも、急いで千博の後に続く。

廊下に出た小倉は、まるで行くべき場所が分かっているかのように、真っ直ぐ走り続けていた。

千博は捕まえようとするが、それを鳴郎が制する。


「ひょっとして小倉は、行かなきゃいけない所があるんじゃねーのか?」

「行かなきゃいけない……?どこに?」

「それを追っかけて見つけるんだよ」


 鳴郎の言うことも一理ある。

千博は追い抜かない速さで、一直線に走る彼女の後を追った。

小倉は小さな足を必死に動かしながら、階段を降り、校舎の外へ出る。

ひな人形の大きさしかない彼女のどこからこんな力が湧いてくるのか、不思議なくらいだった。

校舎から出た小倉は裏へ回り、雑草の隙間を縫いながら先を目指す。

そのまま彼女の姿を追っていくと、敷地の行き止まりにあるゴミの集積場所が目に入った。


(ひょっとして、ここが目的地なのか?)


 集積場所には、ちょうどゴミ収集車が来ている所だった。

彼女は集積場の入口でいったん立ち止まると、なにかを探すように辺りを見回す。

しかしすぐに視線を止め、彼女は左側に積んであるゴミ袋の方へ向かった。

辿り着いた彼女は、そのうちの一つにしがみつき、小さな手でしきりにそれを開けようとする。


(この中に、なにか大事なものが――?)


 小倉の様子を察した千博は、ゴミの収集係に向かって叫んだ。


「すいません! 間違えて大事なもの捨てちゃって……。このゴミ袋持ってきます!」


 忙しいのか、特に怪しまれることもなく、ゴミ袋を持ち去ることができた。

しかし千博が袋を確保しても、小倉はそれから離れようとしない。

無理に引きはがすのも可哀想なので、彼女をくっつけたままゴミを部室まで持って帰った。

部室の机にゴミ袋を乗せると、やはり小倉は中を見ようとする。


「ここで開けてみてもいいですか?」

「汚いけど、しょうがないんじゃない?」


 部長の許可をもらえたので、千博は袋の口を開いた。

幸い生ごみの袋ではなかったらしく、埃っぽい匂いが辺りに立ち込める。

袋が開いたのを見た小倉は、迷わず中に飛び込んだ。


「おい、汚いぞ! 着物が汚れてもいいのか?」


 しかし小倉は出てこない。

着物を埃まみれにしながら中を動き回り、そのうち小さな紙切れを手に顔を出した。

よく見ると、紙切れには手書きで文字が書かれている。


「ひょっとして、これを探してるのか?」


 薄汚れてしまった顔で、小倉がうなずく。

千博は覚悟を決めると、ゴミ袋の中身を床にすべてぶちまけた。

一緒に探そうと思ったからだ。

紙切れは薄紅色をしており、千博は数あるゴミの中から小さなそれを探す。

何枚か見つけていくうちに、それが破かれた便せんの切れ端であることが分かった。


「小倉は、この破かれた便せんを探しているみたいです」


 他の部員も一緒になってゴミの中から便せんのかけらを探す。

総動員のかいもあってか、散り散りになった便せんは一時間足らずですべて見つけることができた。

しかし小倉は切れ端が全部そろっただけでは満足していないようだ。

なにかを訴えるように、じっと千博の目を見詰めている。


「もしかして、元に戻してほしいんじゃないかしら?」


 常夜の一言に、小倉がうなずいた。

かけらがそろっているなら、あとはジグソーパズルの容量と一緒だろう。

もともとパズルが得意な千博は、内容と形を頼りに、次々破片を組み合わせて行った。

出来上がっていくうちに、その手紙がどんな内容か分かっていく。

このバラバラに破かれてゴミ箱に捨てられた手紙が恋文ラブレターであると気づくのに、そう時間はかからなかった。

いったい誰が誰に宛てて、どんな気持ちで破ったのだろう。

千博はなかば感傷にひたっていたが「小野沢さん」という人名が出てきて息をのむ。


(どういうことだ――?)


 偶然か必然か、このラブレターでまだ揃っていないのは、送り主と贈られた相手の名前だけだった。

千博は急いで残りのピースをつなぎあわせ、そして愕然とする。

――そう、この手紙が千博自身に送られた物だったからだ。

驚きの声が、作業を後で見ていた部員たちから上がる。

千博は送り主である「川崎美緒」という名前に、聞き覚えがあった。

たしか彼女の名前を聞いたのは数か月前。

女の子が具合が悪いのに重たいものを運んでいたので、手伝ってあげた時だ。


(あの子が俺に、この手紙を――)


 千博は継ぎ合わせた手紙の内容を、改めて読む。


『 こんにちは。

 いきなりこんな手紙を渡しちゃってごめんなさい。

あの時助けてくれたこと、覚えてますか? 

あの時本当につらかったので、氷野くんに助けてもらってとてもうれしかったんです。

だから、お菓子と一緒にこの手紙を渡しました。

て、いっても渡したのはわたしじゃなくて、わたしがたのんだ小野沢さんなんですけど…(+_+)

ちょっと恥ずかしかったので、友だちの彼女に頼みました。


 それで図々しいお願いなんですけど、もしよかったら、わたしと友だちになってくれませんか? 

彼女にしてほしいとか、そういう変なことは言いません。

わたしなんかが友だちになったらイヤかもしれないけど、どうしても氷野君と仲良くなりたいんです。

 

 勝手に手紙を渡しておいてこんなこと言うのはなんですが、どうかお返事を待っています。


   氷野千博くんへ                川崎美緒より  』


 千博は読み終わってから一息つくと思った。

どうして川崎直美は、この手紙を破ってしまったんだろうと。

そしてなぜ小倉がこの手紙を千博に読ませようとしたのか不思議だった。


「なぁ、どうしてお前は俺にこの手紙を読ませたかったんだ?」


 聞きながら小倉の方を向いた千博は、彼女の姿を見て息を詰まらせた。

なぜなら小倉の姿が、足元からどんどん薄れていっていたからだ。


「どうした小倉! 具合が悪いのか!?」


 とっさに千博は机にいた小倉を抱き上げた。

消えていっているはずなのに、彼女はにこにこ微笑んでいる。

赤い袴を履いていた足は完全に消え去り、上半身も薄らいでいたが、それでも彼女は満足げに笑っていた。

まるで消えてしまうことなど、恐くないと言わんばかりだ。


「小倉! 消えるな小倉!」


 小倉は千博の目を見詰めて微笑みかける。

それから自分を抱く千博の指先を握手のように握りしめると、煙のように消えてしまった。

あとに残るのは、彼女を抱いた形の両手のひらだけである。


「小倉! 小倉! どうして――」


 しばらくご飯をやらなかったのが悪かったのだろうか。

それとももっと遊んでやらなかったのが悪かったのだろうか。

後悔と自責の念が、頭の中を繰り返し駆け巡る。

千博は誰もいなくなった両手を見詰めるしかできなかった。

目の奥が、痛みと熱を持ってくる。

他の部員たちも誰一人として言葉を発さなかったが、しばらくの沈黙ののち、常夜が口を開いた。


「ああ、彼女の正体が、今分かったわ」

「常夜先輩……?」

「『文車妖妃』よ。読まれなかった恋文の念が妖怪化した存在。今時恋文なんて流行らないから、すっかり忘れていたわ」

「そんな小倉が……」

「きっと小倉は、その破かれたラブレターの文車妖妃だったのよ。氷野君に読んでもらいたくて、姿を現したんじゃないかしら」

「でも、どうして消えて……」

「手紙を読んでもらえたからよ」


 なら、手紙を読んだせいで小倉は消えてしまったのだろうか。

千博は手のひらで顔を覆ったが、常夜は首を振る。


「氷野君、彼女が消えたことは悪いことじゃないわ。文車妖妃は、読んでもらいたかった恋文、思いを伝えたかったの恋文の念なの。だから彼女の一番の幸せは、貴方にこの手紙を読んでもらうことだったのよ」

「本当に良かったんですか」

「ええ。手紙を読んでもらうことが、彼女の存在意義だったのだから」


 そう言えば小倉が書いた百人一首は、どれも伝えられない恋を詠んだものばかりであった。

常夜の言うとおり、彼女は届かなかった恋文の――破り捨てられた川崎美緒の手紙の――化身だったのだろう。


 千博はつばを飲み込んだ。

そうしないと、目の奥から熱いものがこぼれ落ちてしまいそうだったからだ。

だが、こぼしたら彼女の思いを踏みにじる気がして、ぐっとこらえる。

小倉は満足して消えていったのだ。

それを悲しんだら、自分の役目を果たした彼女が可哀想だろう。


 千博は立ち上がった。


「ずいぶん散らかしちゃいましたね。片づけるの手伝ってくれませんか」


 仲間たちが笑顔でうなずいた。

広範囲に広がったゴミを、みんなで袋の中にしまっていく。

落ち込んだ雰囲気は、ゴミを片付けるうちに段々元へ戻って行った。

しかしごみの袋を縛ったところで、部長が気が付いたように言う。


「でも、なんかおかしくない?」

「……なにがですか?」

「文車妖妃は、読んでもらいたい恋文の念なんでしょ? 読んでもらいたいのに、なんで破いて捨てちゃったの?」

「それは、複雑な乙女心とか……」


 千博はとりあえず答えたが、正直言われてみると違和感があった。

鳴郎も部長に同意しながら言う。


「たしかに、部長の言う通りじゃねーか? それにこの手紙、小野沢に渡すよう頼んだって書いてある。小野沢って、今日弁当持ってきた女だろ?」

「あ、ああ……」

「あの女、たしかバレンタインデーの当日、千博になんか渡してたよな」


 鳴郎に言われて、千博は小野沢からもらったお菓子の袋を思い出す。

ピンク色の、小花模様が散らしてある小さな袋。

千博の中で、その袋と、小倉の着ていた十二単のイメージが被った。

小倉の着物も、同じピンク色で小花を散らしてあったはずだ。


 これは偶然だろうか。


 なにか直感のようなものを感じ、千博はつなぎ合わされた便せんに目をやる。

川崎美緒の便せんも、小倉の着物と小野沢の菓子袋とまったく同じ小花模様だった。

これが意味するところは、一体なんなのだろうか。

そういえば、鳴郎がバレンタインデーにもらったチョコの中に、手紙と袋が同じ模様をしている物があったと思い出す。


「もしかして川崎美緒の手紙と小野沢がくれた袋、最初は一つだったんじゃ……」


 自分で言いながらまさかと思ったが、鳴郎も同じ考えだったらしい。


「オレもそうだったと思うぜ。川崎美緒の手紙には、小野沢に手紙とお菓子を渡すよう頼んだって書いてある。なのにバレンタインデー当日、小野沢が千博に渡したのはなんだ。川崎美緒の手紙と同じ模様の袋に入った、菓子だけだったじゃねーか」

「つまりどういうことだ……?」

「だから小野沢は川崎美緒から手紙とお菓子を受け取って、手紙だけ捨てたんだよ。そんで残った菓子は自作だと嘘ついて、千博に渡したんだ」

「そんなまさか……」


 仮説としてはありかもしれないが、どうして小野沢がそんなひどい真似をする必要があるのだろう。

千博が尋ねると鳴郎は「人のものが好きな女だからさ」と笑った。

彼は同じ表情のまま、話の行方を見守っていた花山に言う。


「おい、花山! お前小野沢の噂知ってんだろ? ソレ全部言ってみろよ」

「えっ、でも――」

「いいから言えコラ」


 鳴郎が凄むと、花山は仕方ないと言わんばかりにため息を吐いた。


「わ、分かりました。でも、これはあくまで人に聞いた話ですから……。それを念頭に置いておいてくださいね……?」

「分かったからさっさと話せよ」

「あ、あのですね。実はわたしの小学校の時の同級生が、小野沢さんといま同じクラスでして――。その子から聞いたんです。その子、わたしとちがってリア充というか、いわゆるイケてるグループで……。前は小野沢さんもそのグループにいたそうです」

「それで?」

「それである時、その同じグループの別の子に好きな人ができたんです。でも相手の名前を言ったら、小野沢さん、わざとその相手にベタベタするようになったらしくて……。小野沢さんは可愛いから、相手もすっかりその気になっちゃって、告白されたらしいですよ」


 「まぁ、即ふっちゃったらしいんですけど」――その言葉を聞いて、千博以外の部員たちが、なぜか納得したような表情になった。

席に座った鳴郎が大きく足を組みながら呟く。


「はぁ~、大した女だなソイツ」

「その時、もちろんグループ内でもめたんですけど、悪気はなかったってことになって、一度は仲直りしたみたいなんです」

「でもまたやったと」

「そうなんです! 今度は小学校の時の同級生が被害者でした。気になってる先輩を取られちゃったんですよ。接点まったくないのに、わざわざ近づいて告白させて、それでまたふったんですよ」


 花山の声は次第に大きくなっていった。

部長と常夜が顔を見合わせながらヒソヒソと何かを話している。

キクコはポカンとした顔で、その場に突っ立っていた。


「それに彼女ひどいんですよ。えーと、家政科部にお菓子の上手な子がいるらしくてですね。その男の子たちに近づくとき、その子が作ったお菓子を自分が作ったって言って渡してたんですよ。その子が何も知らないのをいいことに。もうイケてるグループからはハブにされたみたいですけど、ざまあみろです!」

「へぇ~、随分やるじゃねーかソイツ」


 鳴郎は親指で花山を指しながら「だってよ、千博」と肩をすくめた。

千博は片手で頭を抱える。

単に噂を聞いただけだったら、多分千博はただの噂だと言ってこの話に耳を貸さなかったであろう。

しかしいま手元には、捨てられた川崎美緒の便せんがあった。

彼女は手紙と菓子を渡してもらうよう、小野沢に頼んだと書いている。


 全く同じ模様している、捨てられた手紙と渡された菓子袋。


 可能性だけなら、川崎美緒の気が変わり、途中で便せんを破り捨てたというセンもある。

便せんを捨てた後、偶然同じ模様の袋を購入した小野沢が千博に菓子を渡した――そんなこともまったくないとは言い切れなかった。

だが自分で手紙を破いたのなら、小倉は千博の元へ現れなかったはずである。

常夜は、文車妖妃は読まれたかった恋文の妖怪なのだと言っていた。

それが本当なら、あの手紙は送り主以外の手によって捨てられたと、小倉自身が証明してくれたことになった。


 鳴郎の言うように、小野沢は川崎美緒の手紙を捨てたあと、自作だと偽って彼女の菓子袋を千博へ渡したのだろう。

小倉の存在と噂を考慮すると、そう考えるのが自然に思えた。


 考えがまとまった千博はかたい声で部員たちへ言う。


「明日、小野沢さんと話をつけに行きます」


 小野沢が川崎美緒の手紙を捨てたことは、たぶん間違いない。

しかし一体なぜ、彼女はそんなひどい真似をしたのか。

なんとしてでもその答えを教えてもらおう――そう千博は強く思った。

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