11-1
「あけましておめでとうございまーす」
鬼灯邸で、怪奇探究クラブの部員たちが挨拶する。
年が明けてから三日目の朝。
千博を含めた怪奇探究部の部員たちは、そろって鬼灯邸を訪れていた。
玄関先で応対するのは、桃色の振袖に身を包んだ鬼灯社である。
久しぶりに会う彼女は、相変わらず綺麗だった。
社の透き通るような白い髪に、小花を散らした着物がとてもよく似合っている。
彼女の本性を知っていても、千博は思わず見とれてしまったくらいだ。
「明日は一日キッコタン家で遊ぶから!」―-部長からそんな連絡が来たのは、昨日の夜のことである。
迷惑にならないかと千博は気を揉んだが、社はこれっぽっちも気にしていないらしい。
「今日は一日ゆっくりしていってね」
着物と同じ桃色の頬で彼女は微笑んでいた。
正月早々部員一同が押しかけても、いやな顔一つしないなんて。
やはり社は心優しい女性だった。
挨拶がすむと、彼女は家に上がるよう言ってくれる。
リビングへ通される途中、千博はあらかじめ用意していた手土産を彼女に手渡した。
「これ、つまらないものですが」
「あら、ありがとう。千博くんて本当にしっかりしてるねぇ」
「その着物も、とてもよく似合ってますよ」
「本当に? えへへ、うれしい」
社は袖を上げながら、くるくるとその場を一回転する。
(マズイ……。可愛い……)
年は二十半ばくらいだが、彼女には少女のような可愛らしさがあった。
しかし喜ぶ社へ、鳴郎が冷たい視線を投げかける。
「ったく、いい年こいたババァが振袖着て喜んでんじゃねーよ」
「クロちゃんヒドイよ。私は立派な乙女なのにー」
「乙女ってなぁ――お前の同年代ほとんど墓の中だろうが」
冗談にしても酷いので、思わず千博は鳴郎をとがめる。
「いくらなんでもヒドイだろ。社さんに謝れよ」
「ヒドイもなにも本当にババァだからしょうがねーだろ」
「ババアって――、社さんのどこがババアなんだよ。まだ二十半ばじゃないか」
「二十半ばぁ? あのな、コイツの年齢いくつだと思ってんだよ?」
鳴郎が言いかけたところで、社が止めに入る。
「いいの千博君、ありがとう」
「しかしですね――」
「クロちゃんも、ちょっと焼きもち焼いちゃっただけだもんね?」
「だれが焼きもち焼くかよ!!」という鳴郎の叫び声を聞きながら、千博はリビングへ足を踏み入れた。
一家惨殺があったとは思えない、カントリー調の綺麗なリビングである。
部員全員が集合すると、当然のようにこれから何して遊ぶのか話し合いが始まった。
まずキクコが元気いっぱいに手を上げる。
「ワタシね、こっくりさんがいい。こっくりさんからかってあそぼ!」
「あ、キッコタン、それやると家メチャクチャにされない? ポルターガイストで」
「ぬー。シロにおこられちゃう」
他には「ひとりかくれんぼ」「メリーさんを釣る」などが上がったが、どれ一つとして正月にふさわしいものはなかった。
そのうち、花山が申し訳なさそうな声で言う。
「あの、これだと普通過ぎてつまんないかもしれないんですけど……わたしゲーム機持ってきてるんです」
花山の提案は、これまでの中で一番無難だと千博は思った。
「へぇ、花山さんゲーム持ってきてくれたんだ。エンテンドウとか?」
「い、いえ、×ボックスです……」
意外と花山は本格派だった。
彼女は同じく持参してきたゲームソフトを床の上に並べる。
クリーチャーになった人間を倒すものや、戦場を生き抜くFPSもの。
当然、パッケージにはどれも残酷な描写に対する注意が記載されていた。
大人しそうに見えて、やはり花山も怪奇探究部の部員だけはある。
千博の中であきらめに近いものが広がったが、そのうち、一本のソフトが目に入った。
他のグロテスクなゲームと毛色の違うそれは、表に「グランドドライブレーシング」と記されている。
タイトルどおり、レーシングゲームのようであった。
「これならみんなで楽しめそうじゃないか? その、他のより殺伐としてなさそうだし」
周りも千博の意見に同意し、しばらくレーシングゲームで楽しむことが決まった。
車に興味がない人間ばかりでも、みんなでレースをすればそれなりに楽しい。
時間を忘れてプレイしてしまい、社に声をかけられた時にはもう昼過ぎであった。
「みんなお節あるから食べてね」
聞けば社お手製の御節料理が用意されているらしい。
食べない選択肢はもちろんなかった。
ゲームにポーズをかけ、用意されたテーブルに着く。
重箱の中身を見た千博は、あまりの素晴らしさにため息をついてしまった。
デパートから購入した氷野家のそれより、ずっと豪華ないでたちをしていたからである。
使われている食材はごく平凡なのだが、調理の仕方が鮮やかなのだろう。
重箱に詰まっている一品一品がどれも際立っているように見えた。
もちろん味も見た目に負けず劣らず。
一流料亭に出しても、遜色ないレベルだった。
仮に漫画家をやめても、彼女は料理人として成功するに違いない。
正月のごちそうを腹いっぱい堪能したあと、部員たちは再びテレビへと戻った。
鳴郎が画面のポーズを解こうとするが、その前に常夜が声を上げる。
「画面のあそこ……。あれ、なにかしら?」
いま画面上にあるのは、レーシングカー数台と、道路わきにある観客席だ。
常夜が指さしているのは、その観客席の部分だった。
最近のゲームはよくできており、レースを眺める観客たちも本物そっくりである。
しかしよく見ると、すし詰めになった客席の中に一人だけ妙な人物が座っていた。
形は人間だが目鼻はなく、洋服も着ていない。
かといって裸なわけでもなく、彼は緑と黄色がつぎはぎになったような、奇妙な体表をしていた。
どことなく画面から浮いているような感じもするし、この人物は一体何なのだろうか。
「ね、気持ち悪いでしょう?」
常夜の言葉に一同はうなずいた。
深夜にこれを発見したら、悲鳴を上げる人間は少なくないはずだ。
しかし部員の中で花山だけが、笑いながら首を横に振る。
「コレたしかに不気味ですけど……。単なるミスだと思いますよ」
「そうなの? 一子ちゃん」
「は、はい。このゲーム、納期ギリギリに完成したことで、有名なんです。多分スタッフが、このキャラのテクスチャ反転させたり、貼り付け間違えたり、ミスしちゃっただけだと思います」
用語はよく分からないが、とにかくオカルトの類ではないということだろう。
もしそうだったらキクコと鳴郎が何か言ってるだろうし、彼女の意見は間違ってなさそうだった。
しかし単なるミスだと分かり、部長はつまらなさそうな顔をしている。
「え~、単なるミスとかつまんなーい。でもコレ、そのうち都市伝説とかになりそうじゃない?」
「と、都市伝説ですか?」
「うんうん。コイツを見つけると、三日後に全身緑と黄色で覆われた人間が家に訪ねてくるの。それで『お前の皮をよこせ~』って――」
「くっだらない」と鳴郎と常夜が言ったのは、ほぼ同時だった。
たしかに下らないと千博も思うが、はっきり言うとは二人とも手厳しい。
「いくら世間がバカでもな、んなアホみたいな都市伝説が生まれるかよ。バカバカしい」
「八百、そこまで人間は馬鹿じゃないのよ。見くびらないでくれるかしら?」
しかし結果的に、二人は世間と人間を過大評価していたようだ。
冬休みが終わり、学校へ登校すると、千博は秋原からこんな話を聞かされた。
「おい千博! 『グランドドライブレーシング』ってゲーム知ってるか?」
「ああ、知ってるけど。それがどうかしたか?」
「そのゲームさぁ、最近発売されたばっかなんだけど、こえぇ噂があるんだよ。ゲームの観客席の中にさ、全身が黄色と緑色の人間がいて……」
「そいつを見ると、何日後かにそいつが現実世界に現れて、皮をはぎ取っていくとか?」
「何だよ千博。知ってたのかよ」
どうやら部長が即興で思いついたレヴェルの都市伝説が、しっかり出回っているらしい。
千博は世の中のマヌケぶりにため息をつきつつ、部長の発想力へ素直に敬意を抱いた。
さすが、くさっても怪奇探究部で部長をやっているだけはある。
どこでその噂を聞いたのか秋原に尋ねてみると、どうもネットの掲示板で情報を仕入れたらしい。
「グランドドライブレーシング」が大ヒットしているせいもあってか、この新たな都市伝説はかなり流行っているとのことだった。
(まぁ、ほっとけばそのうち噂も消えるだろ)
それにこの都市伝説が流行ったからといって、なにか害があるわけでもない。
バカバカしいと思っていたこともあり、聞いた噂はすぐに記憶の片隅へ追いやられた。
しかし秋原から噂を聞いてから数週間後。
千博は仕舞い込んだその都市伝説に関する記憶を、奥から引っ張り出すはめになった。
部活で例の都市伝説が議題に上ったからである。
「あの馬鹿らしい都市伝説がどうしたんですか?」
「それがさぁ、バカらしいとも言ってられなくなっちゃってさ」
「どういうことです?」
「とにかくコレ見てコレ」
そう言うと、部長は学生かばんからタブレットPCを取り出した。
液晶には、すぐに動画が表示される。
それはTVで放映されたバラエティ番組を、動画サイトにUPしたものだった。
テロップから察するに、都市伝説を扱う特番のようである。
画面の中央には三十代の男が座っており、彼の前には「オカルト芸人、トム織原」と字幕が表示されていた。
茶色く染めた髪をワックスで整え、芸人というよりもアイドル崩れのような容貌である。
「なんですかこの番組? というか、こういうのって違法視聴じゃ――」
「そういうのはあとで聞くから、今はとにかくこのシーン見て」
言いながら、部長が動画を早送りする。
細切れのシーンを見ただけだが、その「トム織原」が様々な都市伝説を紹介する番組だということは理解できた。
ありきたりな内容だと思っていると、常夜が低い声で言う。
「私、このトム織原って嫌いなのよね」
「あ、常夜先輩知ってるんですか?」
「最近かなり流行ってるから、いやでも目に入ってくるのよ。この芸人、ネットで流行ってる噂をさも自分が仕入れたように喋るから、虫が好かなくて。友達から聞いたとか、先輩の体験だとか言ってね」
常夜が言い終わるのと同じタイミングで、部長が早送りをやめた。
「ほら、ここが問題のシーン」
映像が通常の早さで動き出す。
画面端のテロップには「レーシングゲームの怪人。カワハギさん」という文字が躍っていた。
それを見て、千博ははっと息をのむ。
画面ではすでに、トム織原がもったいぶった口調で話を始めていた。
「……で、体験したのはボクの中学の同級生なんですけど、彼、とてもゲーマーでしてね。最近あるゲーム――まぁ名前は伏せて、レーシングゲームとだけ言っておきましょう――それを買ったんですけど……」
体験した体を取っているせいか、再現VTRとともに話は進んでいった。
無駄なシーンを盛り込んでいるものの、話の筋は秋原から聞いたあの話と全く同じである。
レーシングゲームの観客席にいる、全身緑と黄色で覆われた人間。
彼の姿を見てしまうと、そのうち現実世界に彼が現れ、全身の皮をはぎ取られてしまうという――。
「友人は途中でボクが部屋に入ってきたので、なんとか助かりましたが……。左手の皮は全てはぎ取られてしまいました。警察? もちろん通報してません。だってこんな話、信じてもらえるはずありませんから。――あなたも、『カワハギさん』には十分気をつけてください」
トム織原がいかにも沈痛そうな面持ちになったところで、部長は動画を止めた。
こんなバカバカしい番組を、なぜわざわざ彼女は部員たちに見せたのだろう。
他の部員たちも戸惑っているに違いない――そう千博は思ったが、見回しても不可解な顔をしているのは自分一人だけであった。
皆一様に、緊迫した表情で画面を見つめている。
驚いていると、こちらの視線に気づいた鳴郎と目があった。
「一体どうしたんだ? みんな揃って怖い顔して……」
千博の問いへ、彼が非常にシンプルな答えを返す。
「この都市伝説、現実になるぞ」
思ってもみない答えに、千博はハトが豆鉄砲を食らったような顔になった。




