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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十話 形
37/69

10-4

 朝起きて居間に降りると、千博はまずニュースをつける習慣がある。

今日もその習慣通りにニュースをつけた千博は、画面を見て「またか」と首を横に振った。

昨夜夢見ノ森タウンで、中学教諭が殺されたとアナウンサーが報じている。

殺されたのは、千博が通っている夢見ノ森第二中学校の男性教師であった。

学校関係者が殺されたとなれば、今日は臨時休校となるのが普通である。

しかしここは人死になど珍しくもない夢見ノ森。

生徒がダース単位で殺されたのでもなければ、休校になどならない。

千博は身支度をすると、いつも通りの時間に学校へ出かけた。

通学路の途中、部長から電話がかかってきたのでケータイに出る。


「大変千博クン! イッコちゃんがケーサツに捕まったの!」


 事情を説明するから早く部室に来いと言われ、千博は学校へ走った。

部室に飛び込むと、もう花山以外の全員がそろっている。


「花山さんはどうして捕まったんですか!?」

「なんか昨日殺された教師と一緒にいるところを目撃されてたみたいで」

「それだけで逮捕はされないでしょう」

「逮捕はされてないけど、取り調べは受けてるみたいよ」


 逮捕されたわけではないと知り、千博はほっと胸をなでおろした。

だがこれで安心できるわけではない。


「その事件について詳しく教えてください」

「それがどうもさ、その教師は肉吸いに殺されたみたいなのね。やっぱり骨と皮だけになってたって」

「じゃあ肉吸いは花山さんに化けて近づいた?」

「たぶんね。肉吸いからのメールは残ってなかったみたいだけど、教師から送ったメールは残ってたみたい」


 生徒に注意を呼び掛けたら、今度は教師が狙われたとは。

千博は悔しくなって拳を机に叩きつけた。

とはいえ、起きてしまったことはもう仕方がない。

気を取り直してメールの内容を尋ねると、部長はなぜか赤面して口ごもった。

珍しい彼女の反応に、一同顔を見合わせる。


「どうしたんだよ、気色ワリィ」

「だってそのメールの内容がなんというかさ、アハハ」

「もったいぶらずに早く言えよ」

「後悔しても知らないよ?」

「しつけぇよ。さっさと言え」

「じゃ、いくよ? 『メールありがとう。誘ってくれてうれしいよ。どんなホテルがいい?』」


 室内にいる全員が、ポカンと口を開けた。

みんなの戸惑いをよそに、部長はさらに続ける。


「『大人しそうなコだと思ってたけど、そういうコト好きなんだね。先生嬉しいな』『じゃ、その駅前のホテルに八時半ね』『制服着てきて』『お父さんとお母さんには――』」

「ストーップ! やめなさい尾崎八百!!」

「えー、だって言えって言ったじゃん」

「そういう方向は予想してなかったのよ! てっきり相談したいから会いたいとか、悩んでるとか……。そっちの方だと思ってたのよ!」


 常夜の言う通りであった。

まさか肉吸いが、露骨なスケベメールを送っていたとは予想外である。

もっと花山らしい誘い文句をメールしたのかと思っていた。

ひょっとして肉吸いは、化けた相手の性格など考慮していないのだろうか。


(部長に化けた理由も、性格云々は関係なかったのかもしれないな)


 どうやら相手を過大評価していたようだ。

しかしそんなオリジナルの人格をまるで無視したエロメールに、誘われる輩がいようとは。


「同級生ならともかく、教師がそんなメールに引っかかるなんてな……」

「自業自得じゃねーか。自業自得! むしろ殺されてよかったんじゃねーの? 生徒どんな目で見てんだよ変態が!」


 言い過ぎといいたいところだが、言えなかった。

殺された教師は、一体普段どんな目で女子生徒を見詰めていたのだろう。

不機嫌極まりない様子で、鳴郎は机の脚を蹴った。


「ったく、ホントしょうがない野郎どもだぜ。最初に殺された菅森健一だってそうだよ。顔しか見たことない美少女から、どうしてデートに誘ってもらえると思うんだ?」

「男って、みんなそんなもんなんじゃない?」

「けど話したこともない、学校のアイドルからだぞ? さえない男が、美少女にいきなり。怪しむだろフツー」

「ま、そうだけどさぁ」

「昨日殺されたクソ教師もだ。花山がそんなメール送るかどうか、ちょっとでも話したことありゃ分かるだろ。なのにそんなバカみたいなメール本気にしてよぉ。一体なんだと思ってやがる」


 鳴郎から鋭い怒りの気配が漂ってきた。

対象が自分でないことは分かっていても、つい身をすくませてしまう。


「馬鹿どもがよぉ、相手を単なる綺麗な人形だと思ってるからそうなんだよ。ちょっと相手について考えりゃ、顔しか知らない美少女がデートに誘ってくるわけないと思うし、内気な美少女がエロメール送ってくるわけないって分かるだろうが。相手をぬいぐるみだと思って『人格』を認めないからそうなるんだバカが」


 今回の事件は、鳴郎の怒りのツボに入ってしまったらしい。

一連の犠牲者たちは、鳴郎が一番嫌う類の人種だった。

容姿の優れたものを当然のように人形扱いし、人格を認めない。

鳴郎の指摘は手厳しいが、的を外してはいなかった。

ちょっと相手の人格――つまり気持ちを考慮すれば、二人は肉吸いの罠に引っかからなかったはずなのである。


 いくら軽い性格の少女でも、顔しか知らない相手をいきなりデートに誘ったりはしない。

気弱な少女が、いかがわしいメールを突然送ってきたりはしない。


 少し考えれば、分かることである。

しかし被害者の二人は気が付かなかった。

相手の気持ちなど何も考えなかったからだ。


「だけど、二人が殺されて良かったわけじゃないし、肉吸いのやったことが許されるわけじゃないだろ?」

「たりめーだ。アイツはオレたちがきっちりぶっ殺す。おい部長? 花山はどうなりそうだ?」

「さいわいイッコちゃん、教師が殺された時間は塾にいたみたい。だからアリバイはばっちりだよ。殺され方が殺され方だしねー。すぐに解放されるっしょ」


 部長の予想は正しかったらしく、花山は正午ごろに学校へやってきた。

ぐったりした様子だったが、容疑が晴れて何よりである。


「もうダメかと思いましたよぉ~」


 部活が始まると、花山はそう言って部長に泣きついていた。

鳴郎、部長、花山と、肉吸いが部員に化けたのはコレで三度目である。

肉吸いが怪奇探究部の姿を借りて動いているのは、間違いなさそうだった。

早く何とかしないと、また濡れ衣を着させられる部員が出てしまう。


「よーし、みんな! ぜぇったいに肉吸いをぶっ殺すんだからね!!」


 部長の掛け声とともに、怪奇探究部の部員たちは肉吸いを退治すべく動き出したのだった。













 結局肉吸いは見つからず、何の収穫もないまま今日の部活動は終わった。

生徒たちへの注意喚起はしてあるものの、『モト』を断たねば意味がない。

尾崎八百は学校からの帰り道、がっくりと肩を落とした。

あっさり殺せるとは思っていなかったが、まさか手掛かりすら見つからないなんて。

人の姿を借りて動く妖怪を見つけるのは、予想以上に難しいようだった。


 八百は居候先へ帰ると、すぐさま寝床の上にダイブした。

腹の内側からは、悔しさといら立ちが込み上げてきている。


 あのクソ妖怪。

ヒトの「デザイン」を勝手に使った挙句、悪さまでするとは図々しいにもほどがある。


「パクるならせめて使用料払えー!」


 怒りのあまり寝床でうごめいていると、そばにあったケータイが鳴り始めた。

出ると、低く、それでいて艶のある声が響く。

八百の耳がピクピクと動いた。


(この男らしく、なおかつどこか色気を感じさせる声は千博クン!?)


 ムカつきを引っ込め、八百は普段通りの底抜けに明るい声で言う。


「どったの千博クン? さみしくなってついアタシに電話しちゃったぁ?」

「いえ、その……」


 自分から電話してきたというのに、彼はなかなか話を切り出そうとしなかった。

しかしやがて、意を決したように言う。


「あの、部長。これから二人で会えませんか?」

「え? 今から?」

「……ダメですか?」

「まぁいいけど」


 面食い、尾崎八百。

イケメンの誘いなら、たとえ丑三つ時でも呼ばれていく自信がある。

八百が快諾すると、受話器の向こうからホッとした気配が伝わってきた。


「じゃあ今から三十分後に、三丁目の公園でいいですか? 用件はその時話します」

「オッケー。じゃ、行くから」


 所要を済ませた八百は、時間ピッタリに約束の公園へついた。

日はとうに暮れているため遊んでいる子供もおらず、冬の公園は静まり返っている。

千博はほのかに街灯に照らされたベンチの前で立っていた。

遠くからでも目立つ、引き締まった長身の体。

顔は日本人離れして彫りが深く、かといって骨ばっているわけでもない。

精悍さのある整った彼の顔立ちは、例えるならハリウッド俳優のようであった。

これで頭脳明晰、運動神経抜群なのだから、『素質』のある人間はやはり違うなと八百は思う。


「ごめんね、待った?」


 八百が白い息を吐きながら言うと、千博は首を横に振った。


「いいえ。オレもいま来たところです」

「で、用ってなんなの? わざわざ部長呼び出したんだから、大したことじゃないと怒っちゃうゾ」

「あの、部長……」


 千博はうつむいて、しばらく沈黙した。

八百が上目づかいに様子をうかがっていると、彼は顔を赤らめながら言う。


「あの、部長、もしよければオレと付き合ってもらえませんか?」


 八百はその大きな目を丸くし、長いまつげを何度も上下させた。


「ち、千博クン?」

「いきなりすいません。でもオレ、前から部長のことが好きだったんです」

「で、でも、クロちゃんのことはいいの? あんなに仲良さそうだったのに」

「クロのことはあの……、友だちとしか見れないというか……」


 二人は互いに見つめ合った。

精悍な美形と、華美な美少女。

たとえ言葉を交わしていなくても、立っているだけで映画のワンシーンのような光景である。

無言で見つめ合って、どれくらい時間がたった頃だろうか。

八百は千博の鳶色の瞳を見詰めながら口を開いた。


「あのね、千博クン……」

「なんですか部長」

「ふざけたこと言ってんじゃねーよバァーカっ!!」


 八百は細い眉を眉間に寄せ、思い切り舌を出した。

豹変した彼女の様子に、千博は驚きを隠せないでいる。


「一体どうしたんですか部長!?」

「部長なんてなれなれしく呼んでんじゃないよ! 『部長』って言っていいのは、怪奇探究部の部員だけなんだからっ」

「お、オレは部員ですよ」

「なめんなボケェ。アンタが部員だって!? アタシはアンタを部員にした覚えはないよ肉吸い!!」


 肉吸いと呼ばれた千博は、面食らった表情になった。

その様子は、彼が本当に戸惑っているようにも見える。


「部長なんですかいきなり。ていうか、肉吸いってなんなんです?」

「往生際が悪いよ肉吸い !ホントの千博クンは肉吸いがなんなのか聞かないし、そもそもクロちゃんのこと鳴郎って呼ぶもんね。バレバレなんですけど!」

「ぶ、部長……」

「そうやってアンタは前の二人を餌食にしたわけか。アタシやイッコちゃんに化けてデートに誘ってさ。やってくれるじゃない」


 もう逃れられないと思ったのだろう。

千博、いや、肉吸いは、千博の面相のまま八百を睨みつけた。

歯をむき出し、両目を怒りに燃やすその様は、まるで憤怒する鬼のようにも見える。


「千博クンの顔でそんな表情すんなし! せっかくのイケメンが台無しなんですけど! こーゆーの名誉棄損っていうんですけど!」

「貴様一体何者だ! ただの人間が肉吸いを知ってるわけがない!」

「アタシ? アタシたち・・・・・はねぇ、尾崎八百だよ」

「名前ならもう知っている。貴様の正体はなんだ!」

「一回化けたくせに、正体も調べてないワケ? まーそうだもんね、ちょっと調べてたら怪奇探究部の部員になんか化けようなんて思わないもんね」


 ただ外見の良い者がそろっているから、異性が憧れる存在だから――そんな理由で

肉吸いは怪奇探究部の部員に化けたのだろう。

ロクに調べもせず、よくやったものだと八百は呆れる。

しかもそれで二人も獲物が引っ掛かったのだから、情けないを通り越して笑いが出そうになった。


「あーったく、男ってバカばっかり。千博クン競争率高そうだし、どっかにイケメンでいい男落ちてないかなー。アタシって結構尽くしちゃうタイプなんだけどなー」

「そんなこと知るか。こっちは貴様の正体を聞いてるんだ!」

「ニセモノ野郎にいちいち説明してやるほどアタシは親切じゃないよ。アタシとイッコちゃんの姿をパクッた報い、ちゃんと受けてもらうからね?」


 八百の瞳が獣のように光った。

地面を蹴って跳躍し、肉吸いとの距離を一気に詰める。

相手の目前まで迫ると、八百は両手でがっしりと肉吸いの頭部を捕まえた。

肉吸いは振り払おうとするが、彼女の手が離れることはない。


「覚悟しな」――そう八百は呟くと、なにを思ったか肉吸いの口に吸いついた。

今通行人が通りかかったら、カップルが熱いキスをしているように見えただろう。

だが八百のしていることは、もちろんただの接吻ではなかった。

彼女は口から尾裂狐を吐き出し、それを肉吸いの口に送り込んでいたのである。

いわば尾裂狐の口移しであった。

満足いくまで肉吸いに尾裂狐を移すと、再び八百は妖しい笑みを浮かべながら言う。


「食い荒らせ」


 その言葉とほぼ同時に、肉吸いが悲鳴を上げた。

腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら言う。


「貴様っ! 何をした!!」

「食い荒らせって命令しただけだよ。アンタの中へ送り込んだ尾裂狐にね」

「な……に……」

「どーせアタシを殺してアタシに成り替わろうとしてたんでしょ? 残念でした」


 うめき声を上げながら、肉吸いが地面に倒れた。

なにせ体の内側から尾裂狐に食われているのだ。

その苦痛たるや想像を絶するだろう。

千博に化けている余裕もなくなったのか、肉吸いは本来の姿を現した。

蝋のように白い皮膚で覆われた全身と、ハニワのように虚ろな顔。

それが肉吸いの正体であった。

金属をこすり合わすような悲鳴を上げながら、大きくソレはのた打ち回る。

やがて破裂するような音がして、肉吸いの腹から無数の尾裂狐が飛び出してきた。

飛び出した狐たちは肉吸いの外側を覆い尽くし、その血肉を食らう。

小さな獣に食い荒らされ、肉吸いは五分もたたずに「消滅」した。

それが立っていた場所には、骨と皮どころか、血の一滴も残されていない。


「お残しはダメだもんね」


 八百はそう呟くと、公園の茂みに向かって手を振った。

それを合図に、茂みからひょっこり四つの頭がのぞく。

植え込みから出てきたのは、千博以外の怪奇探究部員たちであった。

公園に呼び出された時点で怪しんでいた八百は、あらかじめ部員たちを呼んでいたのである。

ちなみに千博を呼ばなかったのは、ニセモノとはいえ、自分が惨殺される姿を見せたくなかったからだ。


 部員たちを呼び寄せた八百は、彼女らの前でふんぞり返りながら言う。


「どーお? アタシの活躍ぶりは。 みんな部長のこと見直しちゃったぁ?」


 一子とキクコは素直にうなずいていたが、鳴郎と常夜はあきれ顔だった。


「あのなぁ、テメーのやり方はいちいちグロいんだよ。少しはオレみたいにスマートにやれ」

「まったく、いちいちキスしなくてもいいでしょうに」


 冷めた二人へ、八百は頬をフグのようにふくらませる。


「もーっ、少しは褒めてくれたってイイじゃんっ。キッコタンとイッコちゃんは褒めてくれるよね」

「部長スゴイ! 千博が殺されてるみたいで楽しかった!」

「さ、さすが部長は強いです」

「うんうん、二人は分かってるねぇ。肉吸いも倒したことだし、みんなでどっかご飯食べに行こっ」


 上機嫌になった八百は、鼻歌を歌いながら公園の出口へ向かった。

肉吸いを倒して部長の面目も保てたし、これにて一件落着である。


「みんななにがいーい? イタリアン? それともファーストフード? アタシ奢っちゃうよー」


 調子に乗った八百は、歩きながら後ろにいる部員たちへ振り返った。

ふり返りざまに、冷たい木枯らしが八百の長い髪を大きく揺らす。

本来なら、そこには彼女の白い首筋があってしかるべきだったのだろう。

しかし髪の下から露わになったのは、ちょうど首筋の形になるよう密集した、尾崎狐たちであった。

ラインは首そのものになっているが、そこに滑らかな肌はなく、茶色い毛皮と獣の目玉があるばかりである。

毛皮と目玉は八百のうなじが制服に隠れるまで続いており、それぞれが蟲のように微動していた。


 いったん風がやみ、もう一度凍てつくような突風が吹く。

ふたたび八百の髪が舞い上がったが、そこにはもう先ほどのような光景はなかった。

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