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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十話 形
36/69

10-3

 部長とデートしていた少年は、今日の午後三時ごろ死体で発見されたらしい。

千博たちがファーストフード店へ入ったのも、ちょうど三時ごろだった。

千博は無意識のうちに部長たちを見た時間を逆算する。

二人を見てから二階に上がって、プリクラを取って、ゲーセンを出て――デートを目撃したのは、だいたい午後二時半くらいという計算になった。


 千博は青ざめた。


 なんど見積もっても、デートを目撃してから死体発見まで三十分しかない。

千博は自分でも気づかぬうちに、顔を覆っていた。

死体が発見された時刻と、部長たちを目撃した時刻が近すぎる。

ニュースは、まだ犯人が捕まっていないと報じていた。

常識的に考えれば、被害者を目撃したことを警察へ通報すべきなのだろう。

しかし被害者の隣にいたのが部長であるがゆえに、千博はためらった。


 いつも底抜けに明るい、華やかな美少女。

尾裂き狐という得体のしれない妖怪を、体内に忍ばせている――。


 彼女がやったと思いたくなかった。


(ひょっとしたらあの後すぐ二人は別れて、それから殺されたのかもしれない)


 なかばすがるようにして、千博は自分の思い付きを信じ込んだ。

あの部長が人を殺したりするはずがない。

だが翌日、いざ部活で部長本人を目の前にすると、千博は彼女を正視することができなかった。


「みんなー、今週も楽しい部活動がはっじまっるよーっ!」


 部長は普段と何一つ変わらぬテンションだった。


「さっそくなんだけどー、昨日の夕方、この辺で殺人事件があったの知ってる?」


 千博の全身が固くなった。

「知ってるわ」と向かいに座っていた常夜が答える。


「たしか被害者はこの学校の三年生だったわよね。部長の知り合い?」

「それがさっぱりなんだよねー。顔は見たことあるんだけどさ」

「あら残念。何か手がかりがつかめたかと思ったのに」


(さっぱりって、そんなはずないだろう――!)


 千博は思わず叫びそうになった。

休日にデートまでしておいて、顔しか知らないわけがない。

疑念がますます強くなっていくのを感じた。

いつも通りの言動でさえ、怪しい振る舞いに見えてしまう。


 同学年の生徒が死んだのに、平気な顔をしているなんておかしい。

自分が殺したから平然としてられるのではないか。


 自然と彼女が犯人だという方向に、思考回路が組み立てられていった。

部長は千博がデートを目撃していたとは夢にも思っていないのだろう。

平然とした態度で、事件の詳細について部員たちへ喋っている。


「アタシが手に入れた情報だとさ、死体スゴイことになってたみたいなんだけど」

「ちょっ、ぶ、部長。グロい話はやめて下さいよぉ……」

「なに言ってんのイッコちゃん。いっつも首がない霊つれてるくせにー」

「それとこれは別ですよ……」

「んでね、その被害者――菅森健一っていうんだけど。その死体、骨と皮だけだったんだって」


 「骨と皮だけ?」と、千博を含む部員全員が聞き返した。

皆の反応へ満足げに部長がうなずく。


「そ、残ってたのは骨と皮だけ。あとは内蔵も筋肉も血も眼球もみーんな無くなってたらしいよ」

「そりゃぁもう決まったようなもんだろ。吸引力の変わらないただ一つのアレが犯人だろ」

「それはそれで面白そうなんだけどねー。でもアタシの見込みだと、菅森健一の『中身』は食べられたんじゃないかなって」

「食べられたぁ?」

「そ、あくまでもカンだけどね。人間の『中身』が好きな妖怪なんていくらでもいるじゃん。ね、キッコタン?」

「ワタシはぜんぶ好きだよ」

「おー、キッコタンえらい! お残しはダメだもんねっ」


(冗談だか本気なんだか分からない会話はやめてほしい……)


 千博はキクコが頭から人をかじっている姿を想像して、気分が悪くなった。

とにかく部長が言ったことが本当なら、菅森健一は悲惨な姿で発見されたことになる。

食べられたのかどうかは分からないが、ただの殺人事件でないことは間違いなかった。

一体誰が彼を殺したのだろう。

千博はどうしても部長の姿を思い浮かべてしまい、眉間を押さえた。

彼女と同じ部屋にいることが、こんなにも苦痛に感じるとは。


「鳴郎、ちょっと一緒に来てくれないか」


 耐え切れなくなった千博は、席を立ちながら彼を呼んだ。

「ひょっとして告白ぅ?」と、部長が黄色い声を上げる。


「なんだよ千博。まさかテメー、ホントに告白する気じゃねーだろうな?」

「なに言ってんだ。とにかくオレと一緒に来てくれ」

「用ならここで言えよ」

「ここで言えることならわざわざ呼びつけるか。いいから来てくれ」


 強引に彼の肩をひっつかむと、千博は彼を部室から引きずり出した。

普段見せない千博のふるまいに、鳴郎は目を白黒させている。


「おいテメーマジでどうした? なんか変なモンでも食ったかよ」

「ちがうんだ。ほら俺、昨日言っただろ」

「なにを」

「部長がデートしてるところ見たって。その、あんまりイケメンじゃない生徒と」

「ああ、そーいやそんなこと……。それがどうしたんだよ」

「菅森健一だったんだよ! その部長と一緒にいた男子ってのは。部長は彼が殺される直前、一緒にデートしてたんだ!」


 鳴郎の顔色が変わった。

くわしく聞かせろと言うので、覚えていることを全て話してやった。

聞き終えた鳴郎は、眉間にしわを寄せながら顎に手を当てる。


「……けどよぉ、オレには部長がやったとは思えねーな」

「俺だって思いたくないさ。けど状況からすると、どうしても部長が犯人としか考えられないんだ」

「どうしてそう思う?」

「だって殺される直前に部長は被害者と一緒にいたんだぞ! ひょっとしたらあの後すぐ別れたのかもしれないけど……」

「あのなぁ。一緒にいたヤツの外見が『部長』だったとしても、それが本当に部長だったとは限らないんだぜ?」


 千博は「なに言ってるんだコイツ」と、怪訝な表情になった。

鳴郎は鳴郎で同じ顔をしていたが、そのうち呆れたように言う。


「お前なぁ、本当に妖怪について勉強したのかよ。姿を変えられるヤツなんざ腐るほどいるんだぜ?」

「そういうヤツがいるのは知ってるが、そんなこと現実にあり得るのか?」

「あるに決まってんだろ。だいたいオレやキクコだってそうじゃねーか」

「え」

「ったく、これだから頭の固いヤツは……。とにかく部長に報告するぞ」


 千博の疑問をほったらかして、鳴郎はガラリと部室の扉を開ける。


「おい部長! 昨日千博がお前と菅森健一がデートしてるの見たってよ」

「ちょっ、鳴郎!」


 あわてて止めようとしたが、時すでに遅し。

鳴郎はためらいなく部長へ尋ねる。


「まさかお前、とち狂ってソイツ殺したんじゃねーだろうな。お前なら体内食い荒らして骨と皮だけにできるだろ」

「ちょっ、そんなことしてないし! だいたい昨日寝床から一歩もでてないから!」

「ホントかぁ? お腹がすいたから食ったんじゃねーの?」

「あのね、どうせ食べるなら千博くんみたいなイケメン食べるんですけど! あ、千博くんなら食べるより食べられたい……?」


 「だってよ、千博」――そう鳴郎が白けた顔で言った。

部長はブツブツ口に出しながら、食べたいのか食べられたいのか悩んでいる。

そのバカバカしくも真剣な姿は、彼女が犯人でないと証明するのに十分であった。

考えてみれば、部長が人を殺したりするはずがないのだ。

千博は疑ってかかっていた自分が恥ずかしくなった。


「部長、すみません」

「ちょっと待って! 今抱くのか抱かれるのか考えてる最中だから! 千博くんに」

「何考えてるんですか!!」

「押し倒すのか押し倒されるのか、それが問題だ!」


 部長は鳴郎に蹴り倒された。

真っ赤な顔をする花山と、きょとんとしているキクコ。

常夜がひとつ咳ばらいをした。


「――で、肝心なのは菅森健一を殺したのが何者なのかよ。犯人は人間? それとも化け物?」


 常夜の問いに、間髪入れず鳴郎が答える。


「そりゃ化け物だろ。千博は昨日、部長の姿をした『何か』が菅森健一とデートしてるのを見たって言ってる。それも殺される直前にな」

「そう。部長が本当に殺したんなら、わざわざここで話題に出すのは変ね。鳴郎の言うとおり『何か』が部長に化けてたんだわ」

「どうして部長に化けたのかは分からないが、とにかくその『何か』は部長になって菅森健一を誘い出した。そして骨と皮だけにして殺した」

「部長のカンが正しいなら、『何か』は食べるために被害者を誘い出したことになるのかしら。そして菅森健一は食い殺された」


 花山が小さく悲鳴を上げて身震いした。

二人の言うとおり、菅森健一は部長のフリをした何かに誘い出され、食い殺されたのだろう。

しかし千博は二人の会話にはどこか不自然な点があると思った。

具体的にはまだ分からないが、漠然と引っ掛かりを感じるのである。


「なあ、鳴郎。菅森健一は本当にニセの部長に誘い出されて殺されたのかな?」

「あ? まだ部長のこと疑ってるのかよ?」

「そうじゃないんだ。でもなにかおかしな所がある」

「はぁ? 部長に化けた妖怪が、菅森健一を誘い出して食ったんじゃねーのかよ」

「たしか部長は、菅森健一の顔しか知らないんじゃなかったか?」


 千博はつい先ほどの会話を思い返していた。

あの時部長は菅森健一のことを知り合いではなく、顔しか見たことがないと言っていたはずである。


「顔しか知らない間柄の相手を誘い出せると思うか?」


 名前も知らないような相手から誘われて、ホイホイついていく奴はいない。

千博がそう言うと、鳴郎が確かにとうなずいた。

一体どうして化け物は、大して相手と親しくもない部長に化けたのだろう。

千博たちが首をひねっていると、そのうち花山がおそるおそる手を上げた。


「あのぉ~、も、申し訳ないんですけど、わたし、顔しか知らない間柄でも、相手を誘い出せると思います……」


 意外な意見に、千博は聞き返す。


「どうして?」

「その、もし化けてたのが、わたしみたいな、その、可愛くない女の子なら無理ですけど……。部長みたいな美人だったら、男の子なら舞い上がってOKしちゃうと思います。たとえ名前すら知らない相手でも……」


 鳴郎が呆れたように大きく息を吐いた。

花山がビクリと震えるが、それは彼女に対してのものではなかったらしい。


「あ~、たしかに一理あるぜ花山」


 常夜も首を縦に振った。


「そうね。中身はともかく、部長は美人だもの。直接かメールか……。とにかく誘われたらホイホイついてっちゃうと思うわ」

「そんなもんなんですか?」

「さすが氷野君。他のオスザルとは違うわね。貴方のようなハイレベルな男性はともかく、中学生男子なんてそんなものなのよ」

「……はぁ」

「なんで化け物が部長に化けたか今分かったわ。獲物が釣りやすいからよ。男が涎を垂らすグラビア体系の美少女。おまけに尻軽なキャラだから、いきなり誘っても相手に警戒されにくい――。格好の擬態対象だわ」


 部長には失礼だが、千博は常夜の意見に納得した。

もし常夜が大して親しくもない異性を誘ったら、相手は当然警戒するだろう。

それは常夜が真面目で、親しくない相手をデートに誘うような人間ではないと思われているからだ。

しかし部長はどうだろうか。

常日頃はしゃぎまわり、誰彼かまわずイケメン好きを公言する性格。

外見も、いかにも遊んでそうな雰囲気である。

人を食らう化け物が、獲物をおびき出すため誰かに化けるのなら。

頭も尻も軽そうな美少女――つまり部長は、絶好の成りすまし対象であった。


「ちょっとバーバー! アタシのどこが尻軽なワケ? ちょーヒドいんだけど!」

「食べるか食べられるかなんて考えちゃう所よ。――とにかく、その『何か』は部長の外見で獲物をおびき寄せ、殺してることになるわ。食べるためか単に殺したかっただけかは分からないけど」

「一体誰がそんなことしてんの? マジ迷惑なんですけど」

「誰かに変化できて、人の中身を吸い尽くす妖怪ね……」


 一同は腕を組んで思考をめぐらす。

やがて鳴郎が「肉吸い」と呟いた。

肉吸いはたしか、美女に化けて男の前へ現れる妖怪だ。

その体に少しでも触れると、体の肉を全て吸い取られてしまうという。


「単に美女に化けるだけじゃなく、他の誰かにも化けられるなら――そうかもしれないな」

「普通は山道に出るんだが、ここは夢見ノ森だ。そこら辺ウロウロしててもおかしくねぇ」

「早くしないとまた犠牲者が出るぞ」


 すると部長が勢いよく席から立ち上がった。


「アタシの姿勝手に使って悪さするなんてマジ許せない! このままじゃアタシ猟奇殺人犯にされるんですけど!」

「それはそれで面白そうだけど、これ以上犠牲者が出るのは困るわ。他にも成りすましてる人間はいるのかしら?」


 常夜の疑問を聞いた途端、千博の脳内で火花がはじける感覚がした。

「肉吸い」は獲物をおびき寄せるために美女に化ける。

だが別に、必ずしも美女に化ける必要はないのだろう。

要は効率よく獲物をおびき出せればいいのだ。

千博は隣に座っている鳴郎の横顔を見る。

同性さえも惹きつけてやまないこの美貌。

彼に成りすましても肉吸いはその目的を果たせるはずだ。


「ひょっとしたら、肉吸いは鳴郎にも化けているかもしれません」


 千博が言うと、一同の視線がこちらへ集まった。

千博は先日あった秋原の悲劇を――もちろん彼の思いは伏せて――部員たちに伝える。

あのニセメール。

ずっと悪質ないたずらだと思っていたが、ひょっとしたら肉吸いの罠だったのかもしれない。

話を聞いた常夜の目つきが鋭くなった。


「つまり鳴郎は抜け駆けで氷野君とデートしたってことね?」

「ちょっ、常夜先輩! そんなこと言ってる場合じゃ……」

「冗談よ。じゃあ千博くんが指摘しなかったら、そのクラスメイトは今ごろミイラになってたかもしれないのね」

「タイミングが合っただけで、単なるイタズラだったのかもしれませんが」

「でも最悪、肉吸いはここの部員全員に化けてるかもしれないわ。この部活、周りには美男美女しかが入れないサークルだと思われてるらしいから。その噂を聞きつけて相手は利用してるのかもしれない」


 美男美女しか入れないサークルのメンバーからデートに誘われたら。

大して面識はなくとも、舞い上がってオッケーしてしまう生徒もいるかもしれない。

千博が美男子かどうかは置いておいて、怪奇探究部にそういう噂が出回っているのは事実であった。


「注意を呼びかけないと大変なことになりますよ」

「意匠権侵害の肉吸いを探すのは別にやるとして、ビラでも撒いた方がいいかもしれないわね」

「ビラってどんな……」


 話し合いの結果生まれたのは、「親しくない相手からメールで誘われても無視するように!」という、バカバカしいキャッチコピーが書かれたチラシであった。


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