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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第十話 形
35/69

10-2

 今日は鳴郎とゲームセンターへ行く約束をした日だった。

あらかじめ決めておいた待ち合わせ場所へ行くと、すでに鳴郎が立っていた。

彼は「クロ」というあだ名そのままに、全身を黒で統一している。

威嚇するようについた銀色の鋲と鎖が、午後の日差しを反射していた。

下手すると痛々しくて正視に耐えない服装なのに、どうして彼は着こなせるのだろう。

千博が疑問に思っていると、こちらを見つけた鳴郎が片手を上げた。


「おい千博! 遅かったな」

「悪いな。時間通りきたつもりだったんだけど」

「五分前に来いよ」


 チンピラのような言動の鳴郎だが、こういうところはしっかりしているのである。

今日は日曜日。

夢見の森の中心街は、休日を楽しむ人でごった返していた。

平日とは違う空気の中、千博は鳴郎に目的のゲーセンまで連れて行かれる。

鳴郎がよく利用するというそこは駅前にあり、開けっ放しの扉からはゲームの音楽が垂れ流されていた。

ゲーセンというと暗い印象を持ちがちだが、ここは明るく、まるでコンビニのようだ。

滅多にこういう場所へ来ない千博は、珍しくて周囲を盛んに見まわした。

どうやら一階は、クレーンゲームを中心とした配置らしい。


「どうする? 何のゲームを最初にする?」


 千博が尋ねると、鳴郎はまっすぐ一つのクレーンゲームを指さした。


「あれをやりたい」


 そのクレーンゲームは、ウサギのぬいぐるみを景品としていた。

丸くてかわいいウサギのキャラだが、なぜか至る所に血しぶきがプリントされている。


「何だこのウサギ。血まみれじゃないか」

「死にかけウサギってキャラでな。猟師に撃たれて瀕死っていう設定なんだ」

「……ずいぶん特殊な設定だな」

「結構人気あるんだぜ。オレも集めてんだけどよぉ、ゲーセンでしか手に入らないからいちいち通わないといけねぇんだよ」


 千博に言いながら、鳴郎はコインを機体へ投入した。

百円玉を一気に五枚。

どうやら本気で狙いにいくようである。

慣れているのか彼のクレーン捌きは上手く、二回で目的のぬいぐるみをゲットした。


「よかったな。回数余っちゃったけど」

「なに言ってんだ。全種類取るに決まってんだろ」


 機体に詰まったウサギをよく見ると、ポーズの種類が五種類ほどあった。

今一個取ったのに、あと四個も手に入れるつもりなのだろうか。

千博は鳴郎がゲーセンへ行きたがった理由を察した。

半分呆れている間にも、黒づくめの彼は二羽めのウサギをゲットしている。

コインも何度か投入しているし、よく金があるなとむしろ感心した。


「そんなに使って、小遣いなくならないのか?」

「シロのアシスタントしてるから、金は結構もらってる」

「……なるほど」

「あとぬいぐるみがいっぱいになったら、ネットオークションで売って足しにしてる」

「情熱かたむけすぎだろ!」


 ものの五分も経たないうちに、鳴郎の周りは瀕死のウサギでいっぱいになった。

彼は慣れた様子で店員から袋をもらい、ぬいぐるみを特大のそれに詰める。


「次はイラックマだな」

「まだやるのかよ!」

「悪い。後でなんかおごるからさ」

「べつにそこまでしなくてもいいって。でもなんでわざわざ俺と?」

「オレ一人だと絡まれて面倒なんだよ。キクコといても絡まれるし。いちいちぶん殴るのもダルいだろ? その点千博がいれば平気だからな。ゴツイお前にケンカ売るバカはそうそういねぇ」


 言われてみて、確かに鳴郎は絡まれやすいだろうなと思った。

人目を引く外見だから、男女ともに不必要な人間が寄ってくるのだろう。

キクコや部員たちも美少女だから、連れて行っても人避けとしては機能しない。

それどころか、もっと絡まれやすくなるかもしれなかった。


「どうせ俺は外見ゴリラだよ」

「そうは言ってねぇよ。体格がいいからチンピラが寄ってこないだけだって」

「力ははるかに鳴郎の方が強いんだけどなぁ」


 改めて、鳴郎の腕力が疑問になる。

どうしてそんなに強いのか聞きたいが、なんとなく恐ろしい答えが返ってきそうで、口には出せなかった。

とにかく今は彼との遊びを楽しもうと、千博は一緒にイラックマが入っている機体まで移動する。

機体には三種類のクマが入っており、やはり全部ゲットするつもりらしかった。


(なんか秋原に申し訳ない気分だな……)


 目を輝かせながらクレーンを動かす鳴郎を見て、千博は思った。

同性を想う気持ちはさっぱり分からないが、秋原がこの場にいたらさぞかし喜んだだろう。

デートに誘われたと有頂天になっていたら、それがイタズラだったなんて。

あの時の彼の心中は察するに余りあった。

沈む千博の横で、鳴郎は手に入れたクマを抱きしめている。


「……お前は女子か?」

「あ?」

「いや、なんでもない」

「……まぁいいか。もう全部取ったからオレの目的は終わりだ。つき合わせて悪かったな」


 そう言うと鳴郎は袋から一匹ウサギを取り出し、千博へ向かって差し出した。


「くれるのか?」

「他に何があるって言うんだよ。いらなかったらいいんだけどよぉ、付き合ってもらったからな。お礼だ」

「ありがとう。な、なかなか可愛いじゃないか」

「ダブったヤツだから気にすんなよ」


 千博の腕の中で、ウサギは半分白目を剥いていた。

胸には撃たれた跡がプリントされており、ゲーセンの景品にしては凝ったつくりである。

見た目はアレだが、大切にしようと思った。


「鳴郎の用はすんだし、これからどうする? 別の場所行くか?」

「んー、あー、アレとりたい」

「え? まだなんか取りたい景品あるのか?」

「……プリクラ撮りたい」


 千博は目を見開いたまま絶句した。

色々つっこむところが多すぎて、なかなか考えがまとまらない。

鳴郎がまさかプリクラなんぞを取りたがるなんて。

取るだけならまだしも、一体どうして千博と撮ろうと思ったのだろうか。

そもそもプリクラとは女同士やカップルが撮るものである。

男二人が利用する代物だとは思えなかった。

しかしせっかくの誘いをむげにするのも心苦しい。


「ま、まぁ、いいんじゃないか? プリクラとっても。うん、最近は男同士でもとるのかもしれないし」


 千博は自分へ言い聞かせるようにして答えた。

心なしか鳴郎の表情が明るくなる。


「じゃあ二階行こうぜ。そこプリクラコーナーだから」

「あ、でも、ポスターに男性のみの利用はお断りって書いてあるぞ?」

「は? 関係ないだろ?」

「いやでも」

「だから関係ないだろ?」


 ルール違反は気にかかったが、ここでダメだと言ったら怖いことになりそうだった。

鳴郎に従い、千博は二階へ上がる。

プリクラ機が詰め込まれているそこは、どことなく香水臭かった。

様々な機種があるが、もちろん千博はどれがいいかなど分からない。


「一体どれにすればいいんだろう……。どれも同じなのか?」

「同じわけねーだろ。写りとラクガキどっち重視する?」

「鳴郎撮ったことあるのかよ!」

「あるよ」

「お前女子か!?」

「テメェいい加減にしないと怒るぞ!!」


 眉をつり上げた鳴郎は千博の腕をつかみ、一台のプリクラ機へ引っ張り込んだ。

そこで千博は何かを忘れていることに気付く。

そういえば、鳴郎からもらったウサギがどこにもいなかった。

プリクラを撮ろうと言われた衝撃で、置き忘れてしまったらしい。


「鳴郎スマン! ウサギ忘れた!!」

「テメェ忘れんなよ!」

「急いでとってくる。本当にゴメン!」


 千博は大急ぎで一階へ駆け下りた。

時間がたっていなかったせいか、幸いウサギは千博たちのいた所にそのまま放置されていた。

いくら驚いたとはいえ、悪いことをしてしまったと思う。

一安心してウサギを胸に抱いていると、ふと見知った顔が隣を通り過ぎた。


 毛先をアイロンで巻いた金色の髪。

長いまつげの目立つ、派手な美少女。


 すれ違ったのは、紛れもなく怪奇探究部の部長――尾崎八百おさきやおであった。

これは奇遇だと思い、千博は挨拶へ行こうとする、

しかし彼女が男を連れていること気付き、あわてて言葉を飲み込んだ。

もしかして、彼氏とデートでもしているのだろうか。

相手の男は中学生くらいの年齢で、どことなくあか抜けない雰囲気が漂わせていた。

体型も小太りだし、鼻の下には産毛ともヒゲともつかない毛が生えている。

部長は以前から面食いを公言していたため、正直意外な取り合わせだった。


(でも、好みと実際つき合う相手は違うって言うしな……)


 割って入るのも野暮だと思ったので、千博は声をかけないまま二階へ戻った。


「ずいぶん遅かったじゃねーかテメェ」


 不機嫌な鳴郎に、千博は今見たことを説明した。


「おいマジかよ。あの部長がデートだぁ?」

「彼氏かどうかは分からないけど、あの雰囲気は確かにデートだった」

「で、相手はどんなだよ」

「こう言っちゃなんだが、少なくともイケメンではなかったな」

「信じらんねぇ。アイツスゲェイケメン好きなんだぞ。どういう風の吹き回しだオイ」

「嘘はついてないからな。もしかしたらよほど惚れ込んだのかもしれないぞ」


 てっきり見に行くと言うかと思いきや、鳴郎は「邪魔したら悪い」と下へ降りなかった。

少々意外に思いつつ、千博は鳴郎おすすめのプリクラ機で写真を撮る。

補正されたせいで、写真の中の千博はやたら真っ白だった。

もちろんラクガキ加工は鳴郎の手でてんこ盛りである。


(コイツほんと女子力高いよなぁ……)


 もう特に用事はなかったので、二人はゲーセンを後にした。

時間はまだ三時。

帰るのには早い時間だったため、二人は適当に近くのファーストフード店へ入った。

千博はコーヒーを、鳴郎はシェイクを頼み、向かい合わせの形で席に着く。

部長のデート相手についてぼちぼち話をしていると、見知らぬ少女たちが声をかけてきた。

人数は三人ほど。

華美なメイクはしているが、着ているのは地元高校の制服である。

「あのぉ、ひょっとして二人だけですかぁ?」――それが彼女たちの第一声だった。

何だろうと首をかしげつつも、律儀な千博は返事を返す。


「あの、そうですけどどうかしましたか?」

「もしよかったらぁ、一緒にお食事でもどうですかぁ?」

「ええっ?」

「年おいくつですか―?」

「十三歳ですけど」

「ウソ! 信じらんない! 年下なのにカッコいー!」


 彼女たちは千博たちを見ながら黄色い声で騒いだ。


「キミどこの中学通ってるのぉ? ワタシはねぇ、夢見の森第一高校」

「夢見の森第二中学ですけど……」

「あっ、もしかしてキミ最近転校してきたコ? 同じ中学に妹通ってんだけどぉ、超イケメンが転校してきたって言ってたからさぁ」


 千博は目を丸くしたが、すぐに別人のことだろうと思い直した。

西洋風の顔だという自覚はあれど、さすがに自分を超イケメンだとは思えない。


「ち、違う人のことだと思いますよ?」

「えー、うっそだぁ。イケメンと美人しか入れないクラブ入ってるんでしょ? あ、もしかして隣の彼もメンバー? ヤベェ超美形」

「べつにあの部活はそういうワケじゃ……」

「ねー、君たちこれからアタシらとカラオケ行かない? 年下だしおごるよー」


 彼女たちの熱視線が千博と鳴郎に突き刺さった。

女の子に声をかけられるのは、これが初めてではない。

しかし何度経験しても、こういった状況は苦手だった。

鳴郎を見ると、彼は明らかに不快そうな顔で少女たちをにらんでいる。


「ウッセーんだよテメェら。邪魔だからとっとと失せろ」

「おい鳴郎!」

「シェイク飲んでんだから邪魔すんじゃねーよ。男なら別のヤツナンパしてろ!」


 ただならぬ鳴郎の迫力に、少女たちはすごすご千博たちから離れて行った。

たしかに彼女たちは迷惑だったが、もう少し他の方法があったのではないだろうか。

鳴郎は何食わぬ顔でシェイクをすすっている。


「なにもあそこまでしなくてもいいじゃないか」

「テメェだって困ってたんだし、別にいいだろ」

「でもせっかく声をかけてくれたんだぞ。秋原にもそうだけど、お前好意を持ってくれてる人にはもうちょっと優しくしろよ」


 鳴郎が射抜くような視線をこちらへよこした。

何度も睨まれてはいるが、そのたびに千博の肝は半分くらいの大きさに縮み上がる。

怒らせるようなことを言った覚えはないのだが。


「ちょっ、なに怒ってんだよ」

「――嫌いなんだよ」

「え?」

「オレの面につられてミツバチみたいに飛んでくる輩が、俺は死ぬほど大嫌いなんだよ」


 鳴郎の声からは深い憎しみがありありと感じ取れた。

暗闇を宿す鋭い目は、千博ではなく別の何かをにらんでいるようにもみえる。


 鳴郎が続けた。


「秋原がオレに気があるのは前から気づいてるよ。だけどあの野郎は毎日『鳴郎さんは美人ですねー』とか『キレイすぎてまいっちゃいますよー』とか。顔が好きなんですって言ってるようなもんじゃねーか。ふざけやがって」

「別に秋原も悪気があっていってるわけじゃないって」

「悪気がねーから余計悪いんだよ。キレイだからとか可愛いからだとか、そういうのは人形やぬいぐるみ選ぶときに言うセリフだろ? じゃあオレはなんだ? ぬいぐるみか? 美少女フィギュアか?」

「鳴郎は――」

「大体ああいうヤツらは人のことなんだと思ってんだよ。見た目がいいヤツはオモチャ扱いされねぇといけないのか? ベクトルが違うだけでブサイクと同じだ。『ガワ』で判断されるのが当然の存在だと思われてる――」


 歯ぎしりとともに、鳴郎が牙を剥いた。

肉食獣のようにとがった歯がずらりと揃っている。

ギョッとした次の瞬間には、鳴郎のソレは何の変哲もない人間の歯に戻っていた。

見間違いだったのだろう。

そう自分に言い聞かせてから、千博は彼に同情の気持ちを抱いた。

類まれな美しい容姿を持った鳴郎は、それゆえに今まで苦労してきたに違いない。

妙に攻撃的なのも、つらい経験を重ねてきたせいかもしれなかった。


「なぁ、千博なら経験あるだろ? 大して話したこともない女がいきなり告白してくるとかさ」

「まぁ何度か……」

「ソイツはお前のこと人形だと思ったんだよ。自分の好みの形した人形だって」

「言われてみれば、そうかもしれないな」

「見てくれがイイ奴の中には、人形としていい思いしようとする奴もいる。でもオレはそんなの嫌だ。他人に『外見』を消費される存在なんて、真っ平だなんだよ」


 珍しく鳴郎がうつむいた。

美形でなくとも、人は多かれ少なかれ外見で判断されてしまう存在である。

しかし鳴郎のように容姿が平均から大きく外れている者は、容姿がその人の「すべて」になってしまうのかもしれなかった。


「つまり鳴郎は、みんなに人格を認めてもらいたいんだな」

「難しい言い方しやがって。つーかテメェ、なに他人事みたいに言ってんだよ」

「ん?」

「お前もオレと同じで、世間ではぬいぐるみなんだぜ? いやそれどころじゃない、きっとお前はそのうち大金稼ぐようになる。そしたらお前はヒトじゃなくて、ぬいぐるみ兼金のなる木になるわけさ」


 からからと鳴郎が乾いた笑い声を上げた。

しかしある程度笑ったところで、深くため息を吐く。


「変な話して悪かったな。せっかく出かけたのによぉ」


 もう彼の瞳に刺々しさはなかった。

気持ちを吐き出して、気分が落ち着いたのだろう。


「いや、いいんだ。むしろ鳴郎のことが知れてよかったよ」

「テメーはよくそんなセリフをさらりと吐けるな。少女漫画のヒーローじゃあるまいし」

「少女漫画の王子様は、こんなガタイよくないだろ」

「そういやそうだったな」


 鳴郎がいつものように薄い唇をつり上げた。

普段は見れない友人の一面が見れて、一緒に出掛けたかいがあったと千博は思う

中学生らしからぬところの多い彼だが、時にはこんな風に思い悩んだりもするのだ。

千博は感情的になった鳴郎を見て、どこか安心した。

だが同時に、秋原へ同情の念が湧き上がってくる。


 恋人になるのは始めから無理。

友人になれる可能性も、ここまで嫌われていたらゼロに等しいだろう。


(……せめてご冥福だけは祈ってあげよう)


 注文したドリンクを飲み干すと、二人は店を出て千博の自宅前で別れた。

まだ五時過ぎだったが、十一月下旬の日の入りは早い。

辺りには夜が押し寄せ、扉から漏れるオレンジ色の光だけが明るかった。

千博が玄関を開けると、リビングからテレビの音が聞こえてくる。

この時間、母は夕食の支度だから、父が観ているのだろう。

案の定リビングへ行くと、父がパジャマ姿でニュースを眺めていた。

緊迫した様子のキャスターが、夢見の森タウンで殺人事件が起きたと告げている。


(……ああ、またか)


 もはや千博は驚かなくなっていた。

住民が逃げ出さないのが不思議なくらい、夢見の森では事件がよく起きる。

この街に漂う邪気が人の精神へ悪影響を及ぼし、犯罪に走らせるからだ。

凄惨な事件も悲惨な事故も、いちいち気にしていたらきりがない。


 いつもだったら事件の詳細も聞かず、千博はすぐ自分の部屋へ向かおうとしただろう。

しかし今日ばかりはそうならなかった。

画面に映っているのが、知っている人間の顔だったからである。


 つい先ほど部長と一緒にいた、中学生くらいのあか抜けない少年。

彼はいま、殺人事件の被害者として全国に報道されていた。


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