10-2
今日は鳴郎とゲームセンターへ行く約束をした日だった。
あらかじめ決めておいた待ち合わせ場所へ行くと、すでに鳴郎が立っていた。
彼は「クロ」というあだ名そのままに、全身を黒で統一している。
威嚇するようについた銀色の鋲と鎖が、午後の日差しを反射していた。
下手すると痛々しくて正視に耐えない服装なのに、どうして彼は着こなせるのだろう。
千博が疑問に思っていると、こちらを見つけた鳴郎が片手を上げた。
「おい千博! 遅かったな」
「悪いな。時間通りきたつもりだったんだけど」
「五分前に来いよ」
チンピラのような言動の鳴郎だが、こういうところはしっかりしているのである。
今日は日曜日。
夢見の森の中心街は、休日を楽しむ人でごった返していた。
平日とは違う空気の中、千博は鳴郎に目的のゲーセンまで連れて行かれる。
鳴郎がよく利用するというそこは駅前にあり、開けっ放しの扉からはゲームの音楽が垂れ流されていた。
ゲーセンというと暗い印象を持ちがちだが、ここは明るく、まるでコンビニのようだ。
滅多にこういう場所へ来ない千博は、珍しくて周囲を盛んに見まわした。
どうやら一階は、クレーンゲームを中心とした配置らしい。
「どうする? 何のゲームを最初にする?」
千博が尋ねると、鳴郎はまっすぐ一つのクレーンゲームを指さした。
「あれをやりたい」
そのクレーンゲームは、ウサギのぬいぐるみを景品としていた。
丸くてかわいいウサギのキャラだが、なぜか至る所に血しぶきがプリントされている。
「何だこのウサギ。血まみれじゃないか」
「死にかけウサギってキャラでな。猟師に撃たれて瀕死っていう設定なんだ」
「……ずいぶん特殊な設定だな」
「結構人気あるんだぜ。オレも集めてんだけどよぉ、ゲーセンでしか手に入らないからいちいち通わないといけねぇんだよ」
千博に言いながら、鳴郎はコインを機体へ投入した。
百円玉を一気に五枚。
どうやら本気で狙いにいくようである。
慣れているのか彼のクレーン捌きは上手く、二回で目的のぬいぐるみをゲットした。
「よかったな。回数余っちゃったけど」
「なに言ってんだ。全種類取るに決まってんだろ」
機体に詰まったウサギをよく見ると、ポーズの種類が五種類ほどあった。
今一個取ったのに、あと四個も手に入れるつもりなのだろうか。
千博は鳴郎がゲーセンへ行きたがった理由を察した。
半分呆れている間にも、黒づくめの彼は二羽めのウサギをゲットしている。
コインも何度か投入しているし、よく金があるなとむしろ感心した。
「そんなに使って、小遣いなくならないのか?」
「シロのアシスタントしてるから、金は結構もらってる」
「……なるほど」
「あとぬいぐるみがいっぱいになったら、ネットオークションで売って足しにしてる」
「情熱かたむけすぎだろ!」
ものの五分も経たないうちに、鳴郎の周りは瀕死のウサギでいっぱいになった。
彼は慣れた様子で店員から袋をもらい、ぬいぐるみを特大のそれに詰める。
「次はイラックマだな」
「まだやるのかよ!」
「悪い。後でなんかおごるからさ」
「べつにそこまでしなくてもいいって。でもなんでわざわざ俺と?」
「オレ一人だと絡まれて面倒なんだよ。キクコといても絡まれるし。いちいちぶん殴るのもダルいだろ? その点千博がいれば平気だからな。ゴツイお前にケンカ売るバカはそうそういねぇ」
言われてみて、確かに鳴郎は絡まれやすいだろうなと思った。
人目を引く外見だから、男女ともに不必要な人間が寄ってくるのだろう。
キクコや部員たちも美少女だから、連れて行っても人避けとしては機能しない。
それどころか、もっと絡まれやすくなるかもしれなかった。
「どうせ俺は外見ゴリラだよ」
「そうは言ってねぇよ。体格がいいからチンピラが寄ってこないだけだって」
「力ははるかに鳴郎の方が強いんだけどなぁ」
改めて、鳴郎の腕力が疑問になる。
どうしてそんなに強いのか聞きたいが、なんとなく恐ろしい答えが返ってきそうで、口には出せなかった。
とにかく今は彼との遊びを楽しもうと、千博は一緒にイラックマが入っている機体まで移動する。
機体には三種類のクマが入っており、やはり全部ゲットするつもりらしかった。
(なんか秋原に申し訳ない気分だな……)
目を輝かせながらクレーンを動かす鳴郎を見て、千博は思った。
同性を想う気持ちはさっぱり分からないが、秋原がこの場にいたらさぞかし喜んだだろう。
デートに誘われたと有頂天になっていたら、それがイタズラだったなんて。
あの時の彼の心中は察するに余りあった。
沈む千博の横で、鳴郎は手に入れたクマを抱きしめている。
「……お前は女子か?」
「あ?」
「いや、なんでもない」
「……まぁいいか。もう全部取ったからオレの目的は終わりだ。つき合わせて悪かったな」
そう言うと鳴郎は袋から一匹ウサギを取り出し、千博へ向かって差し出した。
「くれるのか?」
「他に何があるって言うんだよ。いらなかったらいいんだけどよぉ、付き合ってもらったからな。お礼だ」
「ありがとう。な、なかなか可愛いじゃないか」
「ダブったヤツだから気にすんなよ」
千博の腕の中で、ウサギは半分白目を剥いていた。
胸には撃たれた跡がプリントされており、ゲーセンの景品にしては凝ったつくりである。
見た目はアレだが、大切にしようと思った。
「鳴郎の用はすんだし、これからどうする? 別の場所行くか?」
「んー、あー、アレとりたい」
「え? まだなんか取りたい景品あるのか?」
「……プリクラ撮りたい」
千博は目を見開いたまま絶句した。
色々つっこむところが多すぎて、なかなか考えがまとまらない。
鳴郎がまさかプリクラなんぞを取りたがるなんて。
取るだけならまだしも、一体どうして千博と撮ろうと思ったのだろうか。
そもそもプリクラとは女同士やカップルが撮るものである。
男二人が利用する代物だとは思えなかった。
しかしせっかくの誘いをむげにするのも心苦しい。
「ま、まぁ、いいんじゃないか? プリクラとっても。うん、最近は男同士でもとるのかもしれないし」
千博は自分へ言い聞かせるようにして答えた。
心なしか鳴郎の表情が明るくなる。
「じゃあ二階行こうぜ。そこプリクラコーナーだから」
「あ、でも、ポスターに男性のみの利用はお断りって書いてあるぞ?」
「は? 関係ないだろ?」
「いやでも」
「だから関係ないだろ?」
ルール違反は気にかかったが、ここでダメだと言ったら怖いことになりそうだった。
鳴郎に従い、千博は二階へ上がる。
プリクラ機が詰め込まれているそこは、どことなく香水臭かった。
様々な機種があるが、もちろん千博はどれがいいかなど分からない。
「一体どれにすればいいんだろう……。どれも同じなのか?」
「同じわけねーだろ。写りとラクガキどっち重視する?」
「鳴郎撮ったことあるのかよ!」
「あるよ」
「お前女子か!?」
「テメェいい加減にしないと怒るぞ!!」
眉をつり上げた鳴郎は千博の腕をつかみ、一台のプリクラ機へ引っ張り込んだ。
そこで千博は何かを忘れていることに気付く。
そういえば、鳴郎からもらったウサギがどこにもいなかった。
プリクラを撮ろうと言われた衝撃で、置き忘れてしまったらしい。
「鳴郎スマン! ウサギ忘れた!!」
「テメェ忘れんなよ!」
「急いでとってくる。本当にゴメン!」
千博は大急ぎで一階へ駆け下りた。
時間がたっていなかったせいか、幸いウサギは千博たちのいた所にそのまま放置されていた。
いくら驚いたとはいえ、悪いことをしてしまったと思う。
一安心してウサギを胸に抱いていると、ふと見知った顔が隣を通り過ぎた。
毛先をアイロンで巻いた金色の髪。
長いまつげの目立つ、派手な美少女。
すれ違ったのは、紛れもなく怪奇探究部の部長――尾崎八百であった。
これは奇遇だと思い、千博は挨拶へ行こうとする、
しかし彼女が男を連れていること気付き、あわてて言葉を飲み込んだ。
もしかして、彼氏とデートでもしているのだろうか。
相手の男は中学生くらいの年齢で、どことなくあか抜けない雰囲気が漂わせていた。
体型も小太りだし、鼻の下には産毛ともヒゲともつかない毛が生えている。
部長は以前から面食いを公言していたため、正直意外な取り合わせだった。
(でも、好みと実際つき合う相手は違うって言うしな……)
割って入るのも野暮だと思ったので、千博は声をかけないまま二階へ戻った。
「ずいぶん遅かったじゃねーかテメェ」
不機嫌な鳴郎に、千博は今見たことを説明した。
「おいマジかよ。あの部長がデートだぁ?」
「彼氏かどうかは分からないけど、あの雰囲気は確かにデートだった」
「で、相手はどんなだよ」
「こう言っちゃなんだが、少なくともイケメンではなかったな」
「信じらんねぇ。アイツスゲェイケメン好きなんだぞ。どういう風の吹き回しだオイ」
「嘘はついてないからな。もしかしたらよほど惚れ込んだのかもしれないぞ」
てっきり見に行くと言うかと思いきや、鳴郎は「邪魔したら悪い」と下へ降りなかった。
少々意外に思いつつ、千博は鳴郎おすすめのプリクラ機で写真を撮る。
補正されたせいで、写真の中の千博はやたら真っ白だった。
もちろんラクガキ加工は鳴郎の手でてんこ盛りである。
(コイツほんと女子力高いよなぁ……)
もう特に用事はなかったので、二人はゲーセンを後にした。
時間はまだ三時。
帰るのには早い時間だったため、二人は適当に近くのファーストフード店へ入った。
千博はコーヒーを、鳴郎はシェイクを頼み、向かい合わせの形で席に着く。
部長のデート相手についてぼちぼち話をしていると、見知らぬ少女たちが声をかけてきた。
人数は三人ほど。
華美なメイクはしているが、着ているのは地元高校の制服である。
「あのぉ、ひょっとして二人だけですかぁ?」――それが彼女たちの第一声だった。
何だろうと首をかしげつつも、律儀な千博は返事を返す。
「あの、そうですけどどうかしましたか?」
「もしよかったらぁ、一緒にお食事でもどうですかぁ?」
「ええっ?」
「年おいくつですか―?」
「十三歳ですけど」
「ウソ! 信じらんない! 年下なのにカッコいー!」
彼女たちは千博たちを見ながら黄色い声で騒いだ。
「キミどこの中学通ってるのぉ? ワタシはねぇ、夢見の森第一高校」
「夢見の森第二中学ですけど……」
「あっ、もしかしてキミ最近転校してきたコ? 同じ中学に妹通ってんだけどぉ、超イケメンが転校してきたって言ってたからさぁ」
千博は目を丸くしたが、すぐに別人のことだろうと思い直した。
西洋風の顔だという自覚はあれど、さすがに自分を超イケメンだとは思えない。
「ち、違う人のことだと思いますよ?」
「えー、うっそだぁ。イケメンと美人しか入れないクラブ入ってるんでしょ? あ、もしかして隣の彼もメンバー? ヤベェ超美形」
「べつにあの部活はそういうワケじゃ……」
「ねー、君たちこれからアタシらとカラオケ行かない? 年下だしおごるよー」
彼女たちの熱視線が千博と鳴郎に突き刺さった。
女の子に声をかけられるのは、これが初めてではない。
しかし何度経験しても、こういった状況は苦手だった。
鳴郎を見ると、彼は明らかに不快そうな顔で少女たちをにらんでいる。
「ウッセーんだよテメェら。邪魔だからとっとと失せろ」
「おい鳴郎!」
「シェイク飲んでんだから邪魔すんじゃねーよ。男なら別のヤツナンパしてろ!」
ただならぬ鳴郎の迫力に、少女たちはすごすご千博たちから離れて行った。
たしかに彼女たちは迷惑だったが、もう少し他の方法があったのではないだろうか。
鳴郎は何食わぬ顔でシェイクをすすっている。
「なにもあそこまでしなくてもいいじゃないか」
「テメェだって困ってたんだし、別にいいだろ」
「でもせっかく声をかけてくれたんだぞ。秋原にもそうだけど、お前好意を持ってくれてる人にはもうちょっと優しくしろよ」
鳴郎が射抜くような視線をこちらへよこした。
何度も睨まれてはいるが、そのたびに千博の肝は半分くらいの大きさに縮み上がる。
怒らせるようなことを言った覚えはないのだが。
「ちょっ、なに怒ってんだよ」
「――嫌いなんだよ」
「え?」
「オレの面につられてミツバチみたいに飛んでくる輩が、俺は死ぬほど大嫌いなんだよ」
鳴郎の声からは深い憎しみがありありと感じ取れた。
暗闇を宿す鋭い目は、千博ではなく別の何かをにらんでいるようにもみえる。
鳴郎が続けた。
「秋原がオレに気があるのは前から気づいてるよ。だけどあの野郎は毎日『鳴郎さんは美人ですねー』とか『キレイすぎてまいっちゃいますよー』とか。顔が好きなんですって言ってるようなもんじゃねーか。ふざけやがって」
「別に秋原も悪気があっていってるわけじゃないって」
「悪気がねーから余計悪いんだよ。キレイだからとか可愛いからだとか、そういうのは人形やぬいぐるみ選ぶときに言うセリフだろ? じゃあオレはなんだ? ぬいぐるみか? 美少女フィギュアか?」
「鳴郎は――」
「大体ああいうヤツらは人のことなんだと思ってんだよ。見た目がいいヤツはオモチャ扱いされねぇといけないのか? ベクトルが違うだけでブサイクと同じだ。『ガワ』で判断されるのが当然の存在だと思われてる――」
歯ぎしりとともに、鳴郎が牙を剥いた。
肉食獣のようにとがった歯がずらりと揃っている。
ギョッとした次の瞬間には、鳴郎のソレは何の変哲もない人間の歯に戻っていた。
見間違いだったのだろう。
そう自分に言い聞かせてから、千博は彼に同情の気持ちを抱いた。
類まれな美しい容姿を持った鳴郎は、それゆえに今まで苦労してきたに違いない。
妙に攻撃的なのも、つらい経験を重ねてきたせいかもしれなかった。
「なぁ、千博なら経験あるだろ? 大して話したこともない女がいきなり告白してくるとかさ」
「まぁ何度か……」
「ソイツはお前のこと人形だと思ったんだよ。自分の好みの形した人形だって」
「言われてみれば、そうかもしれないな」
「見てくれがイイ奴の中には、人形としていい思いしようとする奴もいる。でもオレはそんなの嫌だ。他人に『外見』を消費される存在なんて、真っ平だなんだよ」
珍しく鳴郎がうつむいた。
美形でなくとも、人は多かれ少なかれ外見で判断されてしまう存在である。
しかし鳴郎のように容姿が平均から大きく外れている者は、容姿がその人の「すべて」になってしまうのかもしれなかった。
「つまり鳴郎は、みんなに人格を認めてもらいたいんだな」
「難しい言い方しやがって。つーかテメェ、なに他人事みたいに言ってんだよ」
「ん?」
「お前もオレと同じで、世間ではぬいぐるみなんだぜ? いやそれどころじゃない、きっとお前はそのうち大金稼ぐようになる。そしたらお前はヒトじゃなくて、ぬいぐるみ兼金のなる木になるわけさ」
からからと鳴郎が乾いた笑い声を上げた。
しかしある程度笑ったところで、深くため息を吐く。
「変な話して悪かったな。せっかく出かけたのによぉ」
もう彼の瞳に刺々しさはなかった。
気持ちを吐き出して、気分が落ち着いたのだろう。
「いや、いいんだ。むしろ鳴郎のことが知れてよかったよ」
「テメーはよくそんなセリフをさらりと吐けるな。少女漫画のヒーローじゃあるまいし」
「少女漫画の王子様は、こんなガタイよくないだろ」
「そういやそうだったな」
鳴郎がいつものように薄い唇をつり上げた。
普段は見れない友人の一面が見れて、一緒に出掛けたかいがあったと千博は思う
中学生らしからぬところの多い彼だが、時にはこんな風に思い悩んだりもするのだ。
千博は感情的になった鳴郎を見て、どこか安心した。
だが同時に、秋原へ同情の念が湧き上がってくる。
恋人になるのは始めから無理。
友人になれる可能性も、ここまで嫌われていたらゼロに等しいだろう。
(……せめてご冥福だけは祈ってあげよう)
注文したドリンクを飲み干すと、二人は店を出て千博の自宅前で別れた。
まだ五時過ぎだったが、十一月下旬の日の入りは早い。
辺りには夜が押し寄せ、扉から漏れるオレンジ色の光だけが明るかった。
千博が玄関を開けると、リビングからテレビの音が聞こえてくる。
この時間、母は夕食の支度だから、父が観ているのだろう。
案の定リビングへ行くと、父がパジャマ姿でニュースを眺めていた。
緊迫した様子のキャスターが、夢見の森タウンで殺人事件が起きたと告げている。
(……ああ、またか)
もはや千博は驚かなくなっていた。
住民が逃げ出さないのが不思議なくらい、夢見の森では事件がよく起きる。
この街に漂う邪気が人の精神へ悪影響を及ぼし、犯罪に走らせるからだ。
凄惨な事件も悲惨な事故も、いちいち気にしていたらきりがない。
いつもだったら事件の詳細も聞かず、千博はすぐ自分の部屋へ向かおうとしただろう。
しかし今日ばかりはそうならなかった。
画面に映っているのが、知っている人間の顔だったからである。
つい先ほど部長と一緒にいた、中学生くらいのあか抜けない少年。
彼はいま、殺人事件の被害者として全国に報道されていた。




