8-1
昼休み、千博はいつも鬼灯兄弟と昼食をとっている。
今日二人が食べている弁当は、三食そぼろとフルーツの詰め合わせだった。
料理の得意な社お手製だけあって、味はかなり美味いらしい。
口いっぱいに飯を頬張る二人を見ながら、千博は田舎で見た奇妙な墓のことを思い出していた。
鳴郎とキクコの名が記された、享年のめちゃくちゃな墓。
あのあと千博が親戚に墓のことを聞いても、詳細は何もわからずじまいだった。
そのせいか、二人が本当に生きてる人間か気になるようになり、こうして時折観察しているのだが――この食べっぷりを見ると、彼らが生きていることだけは間違いなさそうである。
やはり単なる偶然と間違いだったか。
千博が自嘲していると、ふと鳴郎と目がかちあう。
「おいテメェなに見てんだよ」
それは友だち相手とは思えない台詞と視線だった。
彼の射抜くような目つきに、千博は慌てて首を横に振る。
「べっ、別に何でもない。気にしないでくれ」
「それって気にしてくれって言ってるようなもんだろ。どうしたんだよテメェは」
「いや、ホントに大したことじゃないんだ。ただちょっと二人が本当に生きてるのか気になっただけで」
「は? お前頭大丈夫か?」
こう言われることが分かりきっていたから言いたくなかったのに。
千博は自分のおかずを咀嚼しながらため息をついた。
それは向こうも同じようで、いきなりバカなことを言い出した千博に鳴郎はため息をついている。
「まぁ確かにオレたちゃフツーじゃないぜ。でもいきなり生きているのか疑うんなんて飛躍しすぎだろ?」
「別に大した理由はないって」
「大した理由もないのにそんなこと考えんのかよ。お前そんなぶっ飛んだヤツだったか?」
「キクコじゃあるまいし」そう鳴郎が言うと、キクコは「ほめられた!」と喜んだ。
「別にほめてねーよ。で、どうしてんな馬鹿なこと考えたんだ?」
「なんというかその、鳴郎たちと同姓同名の墓があってな」
「墓?」
「ああ。『鬼灯鳴郎』と『鬼灯キクコ』。その二つの名前が彫られた墓があったんだよ。二人ともまずある名前じゃないから気になってさ」
「……単なる同姓同名だろ?」
「それに享年が滅茶苦茶なんだよ。その鬼灯鳴郎は三百歳。鬼灯キクコの方は百四十歳くらいで死んだことになってるんだ」
「ほら、鬼灯たちは普通じゃないから、何か関係あるのかと思って……」――そう付け加えながら鳴郎を見ると、彼は驚いたような顔をしていた。
てっきり一笑に付されるかと思っていたので、このような反応は少々予想外である。
キクコも目をぱちくりさせているし、二人とも何か引っかかるようだった。
そのうち鳴郎が、普段よりさらに押し殺した声で聞く。
「その墓……どこで見つけたんだよ?」
「俺の母方の実家だけど」
「そういうことじゃねぇ。具体的な地名を教えろ」
「○○県××郡××村の業庵寺ってところなんだが……」
千博が「業庵寺」と口に出したところで、鳴郎は「先代か?」と呟いた。
「仙台? 仙台がどうかしたか?」
「なんでもねぇよ。ところでお前のその母方の実家、苗字はなんていうんだ?」
「『木成』だけど」
「……なるほど、合点がいった」
鳴郎は腑に落ちたらしいが、こちらは何が何やらさっぱり分からない。
しかし千博が尋ねても彼は「テメェに教える義理はない」やら「テメェには関係ねぇ」やら、答えを渋るばかりである。
「とにかく、その墓に入ってるのは別人だ。それだけ分かれば充分だろ」
「そうかもしれないけどなぁ……。こっちは釈然としないというか、その墓と鳴郎たちはやっぱり関係あるのか?」
「プライベートなことだから教えらんねぇし、教える気もねぇよ。俺たちが生きてるのが分かったんだからそれでいいだろ」
その後いくら食い下がっても鳴郎は教えてくれず、千博は仕方なくあきらめることにした。
しかし納得した時の様子から、まったくあの墓と無関係ではない様子である。
よほど教えたくないことらしいが、一体千博が見つけた墓と鬼灯義兄弟はどんな関係があるのだろうか。
午後の授業中ずっと考えてみても、情報が少なすぎて答えは見つからなかった。
なんとなく釈然としない思いを抱えながら、放課後、千博は鳴郎たちといつものように部室へ向かう。
普段ならこちらより早く部長が座っているはずなのだが、今日ばかりは自分たちが一番乗りだった。
たまにはこういう日もあるだろうと思っていると、続いて花山と常夜がやって来る。
驚いたことに、部長は部活が始まる時間になっても姿を現さなかった。
部員の誰にも欠席の連絡はしていないらしく、一同顔を見合わせる。
しばらく待っても来ないので、直接教室に様子を見に行こうかという話が出始めたころ。
ようやく部長は怪奇探究部へ現れた。
しかしいつもの騒がしい様子とは打って変わって、しなびた植物のように元気がない。
「部長、どうしちゃったんですか?」
思わず千博が尋ねると、彼女はがっくりと肩を落とした。
「……やることがないの」
「へ?」
「部活をやれるようなことがぜーんぜんっないの!」
聞けばここ最近夢見の森はいたって平和で、怪奇探究部が活動できるような怪事件が起きていないらしい。
それは素晴らしいことだし喜ぶべきことだが、この部活にとっては死活問題だった。
部活動のネタがないと、ただ部室にいることしかできないのである。
「だったら夢見の森記念公園でも行って、テキトーに首つり死体でも探せばいいだろ?」
ぐったりと机に両腕を投げ出す部長へ、鳴郎が投げやりに言った。
夢見の森記念公園とは、夢見の森タウンの北側にある森林公園である。
この街が開発される前の森が残されており、市民の憩いの場として、そして夢見の森タウン一二を争う危険スポットとして有名だった。
特に瘴気が集まる場所のせいか、木を利用した首つり自殺や死体遺棄は珍しくないという。
千博は不謹慎極まりないなと感じつつも、確かにそこなら活動のネタがありそうだと思った。
しかし部長は首を横に振る。
「ムリムリ。なにもないって。だって夏休み中に首吊れそうな枝はみんなへし折っちゃたじゃん」
「そういやそうだったな」
「死体の養分吸ったせいで人を食うようになった木も燃やしちゃったし、しばらくはあそこなーんにもないと思うよ」
聞いているだけでクラクラしてくるような会話である。
鳴郎と部長の会話が途切れると、珍しく花山が手を上げた。
「あの、だったら心霊スタンプラリーはどうでしょうか?」
「ああ、心霊スポットめぐって、背中や足首に手の跡もらうヤツ?」
「は、はい。一番多く手形が付いた人が優勝ってルールの。今日はお天気も気候もいいですし、ピクニック気分でやれますよ」
「うーん、それも一応考えたんだけどねー。翌日体育あると恥ずかしいことになるじゃん?」
この部活、千博が入るまでの数か月はどんな活動をしていたのだろう。
霊の手形が体にビッシリなんて現象、怪談話だったら発狂エンドである。
それをまさか、レクリエーションに利用して喜ぶとは。
やはりここの部員たちは、持っている能力だけでなく思考回路も常人からかけ離れていた。
(ダメだ。みんなが喜ぶような活動なんて、とてもじゃないが思いつかない……)
そもそもいくら夢見の森とはいえ、毎回怪奇がらみで部活ができるはずないのだ。
千博はもうあきらめるしかないんじゃないかと思ったが、沈黙ののち、常夜が口を開いた。
「妖怪や怪異がらみではないけど、一応ネタがあるかもしれないわ」
「お? バーバーなになに?」
「だからバーバーはやめてって。――まぁいいわ。ネタっていうのは最近相次いでる盗難の話なんだけど」
彼女の話によると、近ごろ二年生の校舎では盗難がよく起きるという。
盗まれるのは現金や時計に加え、女子向けの文房具やキャラグッズなど。
犯人は可愛いものに目がなく、カバンについているぬいぐるみやキーホルダーなどが一番盗まれるそうだった。
どうも犯人は教室が体育や移動教室で無人になっている時を狙い、犯行を繰り返しているらしい。
「それじゃあ、常夜先輩の妹さんなんて真っ先に狙われるじゃないですか!」
彼女の話を聞いて千博は真っ先にそう思った。
常夜が持っている『妹』は、ため息が出るほど素晴らしい西洋人形である。
肌は生きているかのように滑らかで、目も髪もデパートで見かけるものとは格が違った。
素人の千博でも他と違いが分かるのだから、相当値打ち物なのだろう。
精巧過ぎるせいで不気味さを感じるが、可愛いといえば可愛いし、人形好きから見ればたまらない逸品に間違いなかった。
花山が常夜に抱かれた『妹』を見ながら、千博の言葉にうなずく。
「あの、残念ですけど、その、氷野君の言うとおりだと思います。 どうしたって、体育の時は教室でお留守番ですし……。やっぱり、しばらくお家に置いといたほうが――」
「ありがとう。でもそういうわけにもいかないのよ。この子、置いて行ったらさびしがって家中を荒らしちゃうから」
「そ、そうなんですか?」
「小学校の時家に忘れてったことがあってね。そしたら室内の家具が一斉に飛び回ったの。お母さんが大慌てで学校へ届けに来たわ」
どういう理屈か分からないがナイフを持って動くし、そういうこともアリなのだろう。
(ほとんど呪いの人形だよな……)
気持ちが伝わったのか、ぎょろりと『妹』の青い瞳がこちらを睨みつけた。
言葉を無くす千博をよそに常夜が再び口を開く。
「……で、私が言いたいのは、その泥棒を私たちで捕まえたらってことなんだけど」
「怪奇がらみは今ないし、それいいかも。っていうかソレけってーい!」
「あら、そんなにすぐ決めちゃっていいの?」
「だって部室でグダグダしているよりいいじゃん」
皆部長の決定に異存はなかったらしく、黙ってうなずく。
千博としては怪奇がらみで下手に恐ろしい目に遭うより、こちらの方がずっと良かった。
一同の同意に部長は口角を上げると、大きく右手を上げて声を高くする。
「よーし! じゃっ、さっそく捕まえる作戦を考えよー!」
全員による「おーっ」という掛け声を部長は期待していたのだろう。
しかし声を上げたのは案の定というべきか、キクコ一人だけであった。




