表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第七話 鬼灯家の墓
26/69

7-3

 扉から離れた千博は、足が不自由な祖母の妹を担ぐと、全速力で本堂の裏口に走った。

背後で扉が破られる音と無数の羽音が聞こえてくるが、振り返っている余裕はない。

幸い、老婆一人背負っていても千博の足が鈍ることはなく、すぐに先を走っていた住職たちへ追いついた。


「住職! 倉庫はどっちです!?」

「こ、こっち! 左!」


 千博が尋ねると、動転した様子で住職が左に曲がった。

彼が向かう先には、堅牢なコンクリート造りの倉庫がある。

扉は重たそうな鉄でできており、とりあえずオンモラキ達に入り口を破られる心配はなさそうだった。

しかし問題は、その倉庫の扉がすんなり開くかどうかである。

もし鍵がかかっていたら、すぐ化け物たちに追いつかれ、住職は哀れ鳥のエサとなるだろう。

背後に迫りくる鳥たちの気配を感じながら、住職と千博の一族たちは倉庫前へ辿り着いた。


「住職! 早く開けて下さい!!」

「今やってる!」


 幸運なことに、住職の言った通り扉に鍵はかかっていなかったらしい。

倉庫としてはどうかと思うが、おかげで千博たちは追いつかれる前に中へ入り、扉を閉めることができた。

倉庫内が完全に閉ざされた瞬間、オンモラキが扉にぶつかる音と衝撃が室内に響く。

真っ暗な倉庫の中で、皆が息をのむ気配がした。


「この倉庫、明かりか何かありませんか?」


 このまま明かりがない状態では精神衛生上まずいと、千博は住職に尋ねる。

住職が扉の右に電気のスイッチがあると答えたので、祖母の妹を降ろした千博は、手探りで電灯のスイッチをつけた。

少し頼りないが、室内を照らすには十分な光が天井から降り注ぐ。

電灯は倉庫一杯に押し込められた家具類と、それに混じるようにして放置してある仏具を照らしだした。

どれも長い間手入れされてないせいか、置いてある家具類には蜘蛛の巣が貼り、鳴り物の仏具には錆が浮いている。

そのうち千博は倒れて欠けてしまっている仏像を見つけ、目の前の住職をどうしようもないクソ坊主だと思った。

親戚一同は倉庫内の惨状にしばらく絶句していたが、お互いの顔が見えたことでホッと安どのため息を吐く。

しかし一安心している間にも、オンモラキの絶叫はたえることがなかった。

本堂が危ないのでとりあえず逃げてきたが、状況は全く変わっていないらしい。

千博がどうやって住職を狙う鳥たちを追い払うか考えていると、伯父がケータイを取り出しながら言った。


「もうこうなったら、猟友会に連絡しよう。二三発猟銃で脅かしてもらえば、あいつらだってすぐいなくなるさ」


 「それはいい」と一同がうなずく。

伯父はさらに「最悪でも、鳥だから日が暮れればいなくなるだろう」と続けた。

住職を含め、皆伯父と似たり寄ったりの考えを抱いているらしかったが、鳥の正体を知っている千博は彼らのように楽観視することはできない。

今千博たちを、いや住職を襲撃しようとしている鳥は、オンモラキというれっきとした妖怪なのだ。

目的を持った妖怪が鉄砲に驚いて逃げたり、暗くなったからといって帰るとは到底思えなかった。

とはいえ、銃で脅したり諦めるのを待つほかに追い払う方法が全く思いつかない。


(一体どうすればいなくなるんだ……?)


 もちろん、住職を差し出すという方法は却下である。

キクコは高僧の読経を聞かせれば帰ると言っていたが、目の前にいるのは、仏像を粗末にするクソ坊主だけ。

オンモラキを満足させられるような僧侶はどこにもいなかった。

目の前では伯父が猟友会に連絡して、早くこちらへ来てくれるよう頼んでいる。

「早くても、こっちに来るのは二時間くらい先になりそうだよ」――電話を切った彼は、若干うんざりした顔で皆に言った。

このガラクタだらけで狭苦しい、トイレも水もない倉庫で、二時間待機するのはなかなかの苦行である。

おまけにこちらには高齢者と子供がいて、さらに銃で解決するとは限らないのだ。


(やっぱり住職を倉庫の外に放りだそうかな……)


 もっといい方法はないのかと伯父に詰め寄る住職を見て、千博はついそんな考えがよぎった。

「アンタ! 坊さんならもっと落ち着くなりなんなりしなさいよ!!」と由美が住職に向かって怒鳴りつけている。

まだ立てこもって三十分も経っていないのに、皆疲労と不安でもうイラだっているようだ

今までは何とかこらえていた子供たちも、大人が不安がっているのを察してとうとう騒ぎ始める。


「おかあさーん! おうちかえろうよー!」

「ほーじいつおわるのー? つまんないー!」


 子供たちの声はオンモラキの鳴き声と同じくらい響いたが、むしろ今までよく我慢した方だと思った。

しかし我慢し続けていただけに、いったん騒ぎ出すともう止まらないらしい。

彼らの母親である由美がなだめても諌めても、二人は手足をばたつかせて暴れていた。

うるさいが無理もないと、一同は互いに目配せを送り合う。

だが身内でない住職だけは別だった。


「うるせぇんだよガキども!!」


 住職はこの場の誰よりも大きな声で怒鳴ると、そばにあった経机を蹴り上げた。

子どもたちは一瞬泣き止み、また火のついたように泣きわめく。


「だから黙れっつってんだろっ!! ババァも早くコイツらを黙らせろっ!!」

「ちょっと、アンタねぇ!」

「これだからガキとババァは嫌いなんだよ。ウザくて仕方ねぇ」


 千博の目にはもう、住職が袈裟を着たチンピラにしか見えなかった。

仏像を放置して破損させ、経もろくに読めず、おまけにイラだって子供を怒鳴りつける。

聖職者だからといって聖人君子になれとは言わないが、彼の態度は普通の大人としてでも落第点だった。

オンモラキはちゃんと経を上げてもらえなかった霊がなるというが、確かにこんな坊主の経じゃろくに成仏もできないだろう。

今回の騒動の原因が彼にあると知っていた千博は余計に腹が立ち、まだ怒鳴り続ける住職へ詰め寄った。


「おい坊さん。子供に八つ当たりするなよ。二人ともずっと我慢してたじゃないか」


 千博が言うと、住職は怒気をはらんだ視線をこちらにむけた。

目じりと眉は吊り上り、「ガンをつける」と表現するのがふさわしい睨みっぷりである。

このメンチの切りよう。

鳴郎には大きく負けるが、それでも飲んで騒ぎを起こしているのも嘘じゃないなと思わせる迫力だった。

しかし夢見の森で鍛えられつつある千博には、動揺するほどのものでもない。


「ただでさえ鳥がうるさいんだし、静かにしろよ」

「うるさい! 年下の檀家が指図するな!!」

「今そんなこと気にしてる状況じゃないだろ」

「黙れ!! クソガキ!」


 激高した住職にえりぐりをつかまれたが、千博はエリをつかむ彼の手首を握りしめると、逆に後ろに向かって押し付けた。

千博の腕力と腕の痛みに、住職はなす術もなく背後にあった棚へ叩きつけられる。

その衝撃で棚にあったガラクタがバラバラと床に落ちてきた。


「コレで分かっただろ。大人しくしててくれ」

「このクソガキ……」

「坊さんらしくしろとは言わないから、せめて大人の態度をとってくれよ」


 制服を着た少年に力負けした上にたしなめられ、住職はばつが悪そうに千博の前から逃げた。

親戚たちからも白い目を向けられた彼は、居場所がなくなって隅にあったタンスの影に引っ込む。


「みなさんすみません。お騒がせしました」


 千博はそう言って軽く頭を下げると、すぐに床に落ちたガラクタ類を片付けた。

いくらこちらに非がないからといって、人のものをとっ散らかして放置しておくわけにもいかない。

戸棚からこぼれ落ちたのは今ではてんで見かけなくなったカセットテープで、面白いことに、表には「○○宗○○派読経集」と印刷してあった。


(お経の録音テープなんてあるんだ……)


 状況が状況にもかかわらず、千博は妙な興味を抱いてしまった。

僧侶たちがこれを手本に読経の練習をしたり、信心深い老人が聞いたりするのだろうか。


「みなさん、コレ、お経のテープみたいですよ」


 千博が場を和ませるためにテープを見せると、皆張りつめた空気に疲れていたのか思いのほか反応を示した。

「こんなのあるのね。こういうのでお経読んでるのってどんな人なのかしら?」と由美が首をかしげる。

すると伯父が「そりゃ本山とかのエライお坊さんじゃないか?」と答えた。

確かにその方がありがたみがあるし、出しているのは本山のようなので、メンツ的にも下手な僧侶には任せられないだろう。


 そこまで考えたところで、千博は「そうだ!」と叫んだ。

オンモラキを退けるには高僧の読経が必要である。

ならばこの経が録音されたカセットテープで代用はできないだろうか。


(でも、たとえ代用できてもプレーヤーがなければ……)


 千博は不用品とほったらかしの仏具であふれた倉庫内を見回す。

綿の出たソファーや、灯篭。

そして皿などの日用品。

使わない物を放り込んだのがよく分かる様子だったが、カセットがあるならプレーヤーもあるのではないかと思った。

もしあるなら、おそらくテープがあった棚の近くだろう。

千博はテープをポケットにしまうと、さっそく棚の周りを片っ端から漁った。

先代の住職が使っていたと思しき日用品が次々見つかるが、肝心のプレーヤーはなかなか見当たらない。


「ちょっと千博。何してるの?」

「カセットプレーヤーを探してるんだ」


 一同の戸惑う視線を背中に感じつつ、プレイヤーのありそうな箱の中などを見て回る。


「あった――!」


 千博の予想通り、カセットプレイヤーは棚の前に置いてある段ボールの中にあった。

プレイヤーはラジオ付きで、見たところ故障はしていなさそうだったが、そこで千博ははたと肝心の電源がないことに気付く。

電池入れをのぞくいてみても、そこには錆びついたアルカリ電池が収まっているばかりだった。


(こりゃもう使えないだろうな……)


 たとえ故障していなくても、電気がなければ動かせない。

結局ふりだしに戻ったと千博は肩を落としたが、プレイヤーが入っていた段ボールの底にコードが丸まっているのが見つけた。

どうもこのラジカセ、電池だけでなくコードでも動かすことができるようである。

この倉庫は電気が通っているから、きっとコンセントもあるだろう――そう思って千博が壁周りを探すと、明かりのスイッチのしたに目的のものが設置されていた。

これで読経テープを再生するについての問題は全て解決である。


 周りが戸惑っているのをよそに千博はカセットをセットすると、コンセントにコードをつないだ。

ボリューム調整を最大にし、いよいよ再生ボタンを押す。

スピーカーから聞こえる、ざわつくような小さなノイズ音。

千博は読経が始まるのをいまかいまかと待ったが、テープは何も音を発しないままぷつんと切れてしまった。


「このカセット、壊れてるのか!」


 ラジカセの問題をクリアしたと思ったら、まさかテープの方が壊れているだなんて。

どうして精密機械であるはずのラジカセが無事でテープの方がダメなのか、千博はやりきれない気分になった。

無言で床にこぶしを叩きつけていると、若干引いた様子で従弟の重雄が声をかけてくる。


「ち、千博くんどうしたんだい?」

「テープが! テープが壊れてるんです!」

「壊れてる? ちょっと見せてみて?」


 ラジカセから取り出したテープを渡すと、重雄はそれをまじまじと見、それから大声で笑いだした。


「どうして笑うんですか?」

「だってこれ、テープが最後までいっちゃってるんだもん。巻き戻さないと」

「え? どういうことですか?」

「ああ、そうか。そうだな、コレがジェネレーションギャップってやつか。千博くんテープは聞き終わったら、いちいちボタンを押して巻き戻さないといけないんだよ」


 続けて重雄は笑いながら「キミの年齢じゃほとんどカセット使ったことないよね」と言った。

彼の言うとおり、千博は幼少期に数回しかテープレコーダーを使ったことがない。

それでもセット仕方までは覚えていたが、さすがに巻き戻しをすることまでは忘れてしまっていた。


「というか千博くん、どうして急にここでカセットなんか」

「お経を聞かせるんです。あのオンモ……いえ、黒い鳥たちに」

「お経? どうして?」

「逃げるかと思って」


 これには重雄だけではなく、他の親戚たちも笑い出した。

千博も事情を知らない者たちからしたら滑稽極まりないことをしている自覚はある。

だがこちらは真剣にテープの読経で黒い鳥を、オンモラキを退散させるつもりだった。

再びプレイヤーにカセットを入れ、巻き戻しボタンを押す。


「お経で逃がそうなんて面白いこと考えるなぁ。妖怪退治みたいだ」


 重雄はまだ千博の横で笑い声を上げていた。


「似たようなもんですよ。あの鳥普通じゃないしょ」

「まぁね。でもお経なら本物の住職がこの場にいるじゃないか」

「あの住職じゃダメなんです。ちゃんとした人のお経じゃないと」

「ちゃんとしたって、さすがにそりゃ失礼なんじゃないか?」

「仕方ないでしょう。あの鳥が来たのもそのせいなんだから。あの鳥はダメ坊主の所に来るんです」


 なかなか最後まで巻き戻らないことにいら立ち、つい千博はきつい物言いになった。

怒った住職が再び近づいてくるが、その前にテープが巻き戻り、千博は再生ボタンを押す。


(これでいなくなってくれよ――!)


 しばし雑音が続いた後、鳥の鳴き声に勝る大音量の読経が倉庫内に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

NEWVELランキング

よろしければご投票よろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ