7-1
列車の窓を覗くと、少し緑のあせてきた山々がどこまでも続いていた。
その山の麓には、刈りいれを終えた田畑が線路に沿うようにして広がっている。
見上げると空は高く澄みきり、上空で豆粒ほどの大きさになったトンビがピーロロロと鳴いていた。
ガラス戸を開けると、涼しく乾いた風が車内に吹き込んでくる。
「空気がうまいな……」
割と陳腐なセリフを、千博は無意識のうちに呟いた。
日中汗ばむこともなくなり、絶好の行楽日和が続く十月上旬。
千博は母と兄との三人で、母方の実家がある某県へと向かっていた。
理由は母、里美がとうとう離婚を決意したからではなく、祖母の三回忌に出席するためである。
日程の関係で学校を一日休む羽目になってしまったが、千博は世話になった祖母のためならこれくらい構わなかった。
窓の外を眺めて見知らぬ景色を楽しんでいた千博は、そのうちふと、一緒に来ている兄の方を見やる。
彼は先ほどまで乗っていた新幹線の時と同様、相変わらず熱心にポータブルゲーム機をいじっていた。
せっかく久しぶりに部屋から出てきてきたのだから、少しぐらい会話をすればいいのに。
そう思うが、ろくに学校にすら通っていない普段の彼からすれば、祖母の三回忌についてくること自体が驚きであった。
一体どんな心境の変化があったのか謎だが、おそらく兄なりに祖母には世話になったと思っているのだろう。
千博はほんの少し兄へ感心するとともに、この場にいない父への怒りをふつふつと募らせていった。
あの男ときたら生前散々世話になったというのに、母の里美から法事についてくるよう頼まれても、「俺には関係ない」の一点張り。
業を煮やした千博が詰め寄ると、「あー!!」と叫んで耳をふさぎ、自室にこもって鍵をかけてしまった。
おまけに慶弔休暇はばっちり申請し、会社はしっかり休むときたものだ。
(なんで母さんはあんな男と結婚したんだろう……)
いい機会だし、兄の勝のことと併せて親戚の大人たちに相談したほうがいいのではないか。
そう千博は中学生らしくない悩みに身をゆだねた。
幸い母方の親戚は人格者ばかりで、相談するにはもってこいの相手である。
だが身内の恥を晒すのはたとえ親戚相手だろうと勇気がいるもので、悩んでいるうちに、いつの間にか列車は目的地へと到着していた。
千博たち一行は大荷物を抱えながら、昭和の時代に建てられた粗末な駅舎へと降り立つ。
もちろん電子機能などない改札を通り抜けると、人気のないロータリーが三人を出迎えてくれた。
駅前にあるのは小さなコンビニと古びた食堂ぐらいだったが、千博にはこの過疎化した光景にある種の感動を覚える。
なぜなら夢見の森では重苦しいほど立ち込めている邪気が、この街にはこれっぽっちもなかったからだ。
夢見の森では鈍さを感じる日差しも、ここでは素直に明るさを保っている。
空気は爽やかでなおかつ吸いやすく、呼吸が夢見の森と比べると格段に楽だった。
(魑魅魍魎も毒気が少ないように見えるな……)
久しぶりの軽やかな環境に千博は羽を伸ばすが、同時に夢見の森がいかに恐ろしい街かを実感する。
部長は、邪気はどこの土地も少なからず発しているものだが、夢見の森はそれが桁違いに多いと言っていた。
おまけに風などで他の土地の邪気が運ばれてきて溜まり、本当なら人は住むべきではない濃度の瘴気があの土地には吹きだまっているという。
まだ一か月だとはいえ、よくあの重苦しい空気の中で暮らせたものだと、千博は自分で自分に感心してしまった。
確かにあの中に何年もいたら、気が狂ったり病気になったりしてもおかしくないだろう。
(できるなら早く引越したいんだけどな……)
そうはいかないと分かっていても、願望を抱かずにはいられない。
千博が今から帰りたくないと思っていると、山のトンネルを抜けて伯父の運転する車がロータリーに止まった。
「お久しぶりです。伯父さん」
車を降りてきた伯父に、千博はすぐ頭を下げる。
伯父は千博の礼儀正しさを誉めた後、里美と挨拶をかわし、千博たちに車へ乗り込むよう促した。
母の実家「木成家」は駅から離れた山のふもとで代々農家を営んでいる。
歩いていけない距離のため、こうして伯父が出迎えてくれたというワケだった。
ちなみにこの伯父、木成博は、伯父といっても千博と血がつながっているわけではなく、母の姉の夫である。
婿養子という奴やつで、祖母の生前は彼女の面倒を見ながら生成家の家業である農業に勤しんでいた。
「千博君やたら大きくなったねー。僕の息子もだけど、木成家の男はみんなデカくなるね」
そんないかにも「親戚」な話をしながら車は山際を通り、目的地である木成家へと到着する。
農作物加工のための工場と、農機具保管のための車庫。
その二つに加えてさらに豪農風の日本家屋と、三つの施設を有している木成家の敷地は非常に広大だった。
祖母が生きていたころと変わらない重たい瓦造りの屋敷を見ながら、千博はしばし懐かしさに浸る。
「立て直したいんだけど、文化財だからそうもいかなくてね」
伯父はそう言いながら玄関扉を開け、千博たちに入るよう勧めた。
相変わらずたくましい梁が印象的な、三和土の広い玄関である。
家のそこかしこに見える木製の柱は、今では買おうと思ってもなかなか手に入らないだろう逸品だった。
靴を脱いで荷物を置いていると、屋敷の奥から伯母の美千代と従弟の重雄がやってくる。
母里美と伯母の美千代は年が十以上も離れており、従弟の重雄も千博より二十近く年上だった。
「あらー! 千博君も勝君も、よく来たわねぇ」
里美とちがっていつも元気で明るい美千代が、ニコニコ笑いながら言う。
重雄も日に焼けた肌にまぶしい白い歯を見せながら、人懐こそうな笑顔を浮かべていた。
千博は小さいころよく彼に遊んでもらったことを思い出し、うれしくなって二人に挨拶する。
勝も同じ風に思ったのか、声は小さいものの、それなりにちゃんと言葉を交わしていた。
千博たち一行は今晩ここへ泊ることとなっているため、案内された部屋に荷物を置く。
千博は勝と同じ部屋で、母は昔自分が使っていた部屋で寝ることになったようだ。
千博が母の部屋を訪ねると、室内は彼女が住んでいたころそのままになっていたらしい。
古びた学習机や、アイドルのポスター、そして少女漫画がいっぱい詰まった本棚が部屋に並んでいた。
自分の部屋へ戻って荷解きをし、しばらくすると、伯父が夕食の出前が届いたと呼びに来た。
広い居間には大きなテーブルを配置してあり、合計六名で出前の寿司を囲む。
「そういえば千博君はますます私のお爺ちゃんに似てきたわねぇ」
伯母が千博をまじまじと眺めながら言ったのは、少し寿司樽に空白が目立ち始めてきた頃だった。
千博は食べる手を止め、彼女の言葉に首をかしげる。
千博は前から伯母の祖父、つまり自分の曾祖父と似ているとは言われていたが、今まで写真でも彼の姿を見たことはなかった。
「そんなに似てるんですか?」
「私も実際お爺ちゃんを見たことあるわけじゃないんだけどね。でも仏壇にしまってある写真とはそっくりよ」
「その、ひいお爺ちゃんてどんな人だったんでしたっけ?」
「とにかく大きかったらしいわよ。今でいうと二メートルくらい」
「そんなに!?」
今の日本でさえ二メートル近い人間は珍しいのに、当時の基準だと化け物並の大男ということになるだろう。
今の千博の身長は百八十一センチ。
色んなところで頭をぶつけまくる自分の未来が目に浮かび、千博はうんざりした気分になった。
「他にはどんな人だったんですか?」
「なんか顔も外人みたいで、髪の色も薄かったみたい。あとメチャクチャ頭が良くて運動ができて、嫌味なほど完璧超人だったらしいわよ」
「へぇ……」
「ウチの息子も大きいし、私も女にしちゃ大きいし、木成家は巨人の血筋ね。里美はお母さん似だから普通だけど」
明日三回忌を迎える祖母は外から嫁いできた人間なので、その祖母に似た千博の母は普通なのだろう。
兄の勝が普通なのは父親に似たからで、千博がデカいのは隔世遺伝に違いない。
「伯母さんが見たことないってことは、その俺のひい爺ちゃんは早くに亡くなったんですか?」
何気なく千博がたずねると、なぜか伯母がしまったという顔になった。
なにか失礼なことを聞いてしまったかと思ったが、伯母は申し訳なさそうに笑いながら言う。
「亡くなったっていうかね、うーん」
「どういうことですか?」
「失踪したのよ。ウチのお爺ちゃん」
「失踪って、行方不明のことですよね? 一体どうして」
「分からない。借金があったわけじゃないし、浮気するような人でもなかったみたいだし。お婆ちゃんは、きっと用水路に落ちて流れちゃったんだって思ってたみたいだけど」
「……」
どう返していいか、千博には分からなかった。
自分とよく似た人間が、行方不明になっているというのはあまり気分のいいものではない。
別に自分からいなくなったにせよ、事故誰にも知られず死んだにせよ、千博自身がどうなるというワケではないのだが、それでもいい気持ちはしなかった。
しかしこのまま黙っていると、伯母に余計な気を遣わせてしまう。
「生きてたら、何歳くらいになるんですかね」
千博はなんとか当たり障りのない、なおかつ話題に沿った言葉を絞り出した。
「生きてたら……そうねぇ、百歳超えてるかしら」
「じゃあ仮に蒸発でも、もう亡くなってますね」
「でしょうねぇ……」
話はなんとなくそこで終わりの雰囲気となる。
しかし一人ビール瓶を開けていた伯父が、終わりかけた話題を蒸し返した。
「そういえばあるんだよ千博君。そのいなくなった爺さんにまつわる怖い話が」
「怖い話……ですか?」
千博が尋ねると叔父は赤ら顔で「そうそう」とうなずき、話を続けた。
「驚いたことにな、なんとお義父さんの葬式の日に、そのいなくなった爺さんを見た人がいるんだよ」
「お義父さんて、俺のおじいちゃんのことですよね。おじいちゃんのお葬式の日に、その爺さん――つまり俺のひいじいちゃんが来たってことですか?」
「そういうこと」
満足げに答える叔父に「アンタなに言ってるの」と、伯母が止めに入った。
伯父の息子である重雄も怖い顔をしたが、酒の入った伯父は話をやめようとしない。
「見たのはお義父さんの幼馴染でな。確かに見たっていうんだよ、遠くから家の門を眺めてる失踪した爺さんを」
「でも、俺のおじいちゃんが亡くなったのは七年前ですよね。たとえ生きてたとしても、来られる状態じゃないんじゃないですか?」
「それがな、なんと失踪した二十台の姿で見たっていうんだよ。ひょっとしたら亡くなったお義父さんを、先立った爺さんがお迎えに来たんじゃないかって、近所ではしばらくの間噂になったんだ」
「なるほど。それならあり得ますね」
夢見の森タウンに越して来てから一か月。
担任に復讐した生徒の悪霊に始まり、花山の守護霊(?)と、霊を見慣れてきていた千博は、あっさり伯父の話を事実として受け取った。
酔っぱらいの与太話を実話として受け取った千博に、周囲はもちろん、話した伯父本人ですら驚いている。
「千博クンは幽霊信じるタイプなんだ……」と重雄がややひきつった笑いを浮かべた。
「親父、もうこの話はやめにしよう。で、そういえば伯母さん家引っ越したんでしょ? どんな所なんですか?」
重雄はこのまま話を続けるのはまずいと思ったのか、露骨に話題を変えてきた。
伯母も話を変えようと「そうそう。どんなところなのよ」とやけに押して聞いてくる。
里美は彼らの真意を知ってか知らずか、割とノリよく夢見の森タウンについて語りだした。
一通り街の話が終わると、重雄が今度は千博に向かって聞いてくる。
「そうだ、千博君はどんな感じだい? 新しい中学校は」
「結構楽しいですよ。一応友達もできたし、部活にも入ったし」
「部活? ひょっとしてバスケ部とか?」
「いえ、そうじゃなくて――」
「怪奇探究部」といったら、みんなドン引きするだろう――そう思った千博は「歴史研究会です」と口から出まかせを言った。
妖怪は一応歴史学や民俗学で研究されている存在だし、あながち嘘ではないなと言ってから考える。
重雄は少し意外そうな顔をした後、笑顔でうなずいた。
「へぇ、千博クンは勉強家だねぇ。末は博士か大臣か――って、ちょっと古いかな?」
「ハハ、そんな大したことやってないですよ。まだ塾にも通ってないし」
「まぁまだ中一だし、遊ぶことの方が大事だよ。友だちとバカやったり、女のコのことでヤキモキしたり。あっ、そうだ千博クン、今気になる女のコっているの?」
いきなりの重雄からの問いに、千博はつい口に含んでいた寿司を吹き出しそうになってしまった。
正直言って、周りにいるとびきり可愛い少女たちが千博はいたく気になっている。
しかしそれは恋愛的な意味ではなく、「幽霊に愛されすぎだろう」とか「なんで人形が動くのか」とか「どうして体内に妖怪がいるのだろう」とか「そもそも人間なのか」とか――とにかく好奇心と警戒心の延長線上にあるものだった。
一拍置いて呼吸を整えた千博は「全然いませんよ」と答える。
重雄は残念そうな顔をしたが、懲りずに「じゃあ可愛いコはいる?」と尋ねてきた。
「可愛い子ですか?」
「そうそう。クラスに一人ぐらいいるだろ?」
「可愛い子なら……そうですね、部活に――」
「なぜか妙にたくさんいます」――そう千博が答えようとした時だった。
里美がヒステリックな声で叫んだのは。
「やめて千博! 変なこと言わないで――!!」
突然里美が発した大声に、一同の視線が彼女へ集中する。
皆あっけに取られている様子だったが、ただ一人、兄の勝だけは何もかも分かったような顔をしていた。
千博の隣に座っていた里美は、興奮した面持ちですがるようにこちらの肩を掴む。
「ど、どうしたんだよ母さん?」
「どうしたもないでしょう? アナタ一体どんな目で周りの子を見てるの?」
「どんな目って、別に――」
「可愛い子がいないか物色してるの? やめてよそんなこと。そんな下品なことはやめて!」
「下品なことって――」
千博は中一という年齢の割に淡白で、周りの女の子たちをあまりそういう対象として品定めはしない。
それでも見目の良い少女を見れば事実として「可愛い」と思うし、キクコなどは不気味さを感じつつも、ついドキリとしてしまうこともある。
それすらも、下品なことなのだろうか。
「ちょっと叔母さん、そう興奮しないで。千博クンも中学生だし、そういうのは普通でしょ?」
まだ興奮冷めやらぬ里美をなだめるように、重雄が中腰になって「まぁまぁ」と両手を上下させる。
しかし苦笑いをしながらとりなそうとする重雄を、里美はキツク睨みつけた。
「そういうのは普通って言いますけどね、私の千博はそういう普通の中学生にはならないように育ててますから。そういうあの子が可愛いだの、あの子が好きだだの――。千博はそういうことに興味はないんです」
「いやでも叔母さん、それはねぇ――」
「もう私の千博に変なこと聞かないでください」
もう一度里美は鋭い視線を重雄に投げかけた。
睨まれた重雄は石のように硬直し、今まで賑やかだった食卓は水を打ったように静まり返っている。
「ちょっ、母さん言いすぎだよ。謝って」
「変なこと聞いてきたのは重雄君の方じゃない。千博はそんな子じゃないっていうのに」
「重雄さんも、伯父さん伯母さんもすみません――」
千博はとりあえず三人に頭を下げると、「お寿司ごちそう様でした」と言い、母を連れて居間を後にした。
このまま里美をあそこに置いておいたら、さらに空気が険悪になると思ったからである。
立ち去るとき、伯父たちがあっけに取られているのが手に取るように分かったが、千博はあえてそれに気付かないふりをすることにした。
二人で里美の部屋に戻ると、彼女は震えた声で聞いてくる。
「ねぇ千博。千博は周りの女の子に興味なんてないわよね?」
里美の顔を見ると、彼女の目には涙が浮かんでいた。
母の泣き顔を見るのは引っ越してから初めてかもしれないと、千博は彼女の肩を抱いて答える。
「……うん、ないよ」
「――良かった。私不安になっちゃって」
「不安にさせてごめんな、母さん」
引越し前までは母が涙を見せることは多々あったので、慰め方はよく心得ていた。
肩を抱いたまましばらくそうしていると、やっと彼女は落ち着いたらしい。
千博はほっとため息を吐いたが、と同時に将来のことが少し不安になった。
今は好きな女子も気になる女子もいないからいいものの、もしこの先そんな存在ができたら一体どうすればよいのだろうか。
(高校生ぐらいになれば、許してくれるのかな……?)
やっとひどい姑から解放された母の心を乱すような真似はしたくない。
千博は最低でも高校生になるまでは、女性に恋愛感情を抱くまいと心に決めた。
もう里美は一人にしても平気な様子になったので、千博は自分に与えられた部屋に戻る。
荷物の整理をしながらケータイに目をやると、鳴郎からメールが届いていた。
(そういえばアイツ、学校休むことにやたら文句付けてたな)
身内がいない彼は、法事で学校を休むことに昔から憧れを抱いていたらしい。
今日の連絡事項でも送ってくれたのかな、と千博はメールを開いた。
『件名 残念だったな(^O^)
本文 学校休めて喜んでるだろうが、今日は刃物を持った不審者が学校に侵入して一時間目で集団下校になった。お前のこと全然うらやましくないぞ』
刃物を持った不審者乱入とは、さすが精神に悪影響を及ぼす夢見の森である。
こっちに下らないメールを送ってる場合じゃないだろうと、千博はその後どうなったのかを尋ねようとしたが、返信しようとしたところでまだ本文に続きがあると気づいた。
『PS:不審者はオレがボコした(*^ω^*)』
(さすが鳴郎……。ていうか顔文字かわいいな)
人間サイズの鉄塊を振り回せる鳴郎にとって、刃物を持った不審者など敵ではないのだろう。
一体なんて返そうか考えていると、ふすまが開いて勝が部屋に入ってきた。
そういえばいなかったなと、千博は今さらになって意識する。
「どこいたんだよ」
「……居間」
一言だけ呟くと、勝は取りつく島もなくゲームをし始めた。
こんな状態で伯母たちと話せたのだろうかと思いつつ、千博もケータイの画面に視線を落とす。
『件名 おつかれさま
本文 集団下校とか大変だったな。オレは明日が法事だ。明日は休みだからって寝坊するなよ(-.-)』
不審者についてはどうコメントすればいいのか分からないので、スルーしておいた。
送信ボタンを押すと、それとほぼ同時に新しいメールが来たと画面に表示される。
(アイツ随分返事早いな……)
そう思って千博がメールを開くと、予想に反し、送り主は鳴郎ではなくキクコであった。
『件名 $'%HF?#*2※』
本文 あ゛したバоケモのがい・鮃っぱいく鬣ェるけどガン??バ?っ""てね』
(なんだこのメール。いたずらか……? つーか文字化けしすぎだろ)
とは思ったものの、キクコはイタズラメールをしてくる性質ではないので、千博はこのメールに首をかしげるしかなかった。
これは彼女の予言のようなものなのだろうか。
千博もキクコの化け物に対する『勘』が並外れてすぐれていることは知っている。
しかし夢見の森にいるときはともかく、遠く離れた田舎にいる千博に起こる出来事を、いくら妖怪関係とはいえキクコに予想できるとは思えなかった。
おまけに夢見の森にいるせいで少々感覚がマヒしているが、今の世の中そうそう化け物なんて出ないのだ。
(きっと鳴郎みたいに俺が休んだのを妬んで、イタズラしてきたんだろ)
とりあえず千博はそう考えることにしたが、なぜか嫌な予感が胸の中に立ち込めてきた。
まさかと思いつつも、その不安をなかなか拭い去ることができない。
もしメールがイタズラなら、キクコの目論見は大成功だろう。
(あーっ、もう! 気にするのはよそう!!)
千博は無理やりメールのことを頭から振り払って田舎での夜を過ごした。
だが最後の最後、慣れない布団に入って眠る直前、ある重大なことを思い出す。
(……そういえばキクコって、そもそもケータイ持ってたか?)
一気に千博の体が冷たくなった。
しかし睡魔は思いのほか強く、恐怖を意識するより先に体は眠りへと落ちて行った。




