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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第六話 おとまりとまり
22/69

6-2

 おそらく死神ピエロのメールをもらった山岸は、絶縁した友人ならちょうどいいと、千博にメールを回してきたのだろう。

いくら絶交した友人とはいえ余りいい気はしないが、今は山岸の仕打ちを気にしている場合ではなかった

今晩来るべく死神ピエロに備えるため、千博は早く鬼灯家に向かわなければならない。

しかしそうは言ってもこちらの身分は未成年。

友だちの家に泊まるためには、まず母親の許可を得る必要があった。


「母さん、今晩友だちの家に泊まりたいんだけど……」


 家に帰った千博はまずこう切り出したが、みなまで言わないうちに母が「ダメよ」と切り捨てた。

普段ならそこで諦めるところだが、今回ばかりはここで引くわけにはいかない。


「お願い。そこをなんとか。こないだ遊びに来た奴の――鳴郎の家なんだ。いいだろ?」

「ダメよ。アナタはまだ中学生なんだから。友だちの家に泊まるなんて……」

「そこを何とか! クラスメイトも、お互いの家に泊まったりしてるしさ」

「だからダメだっていってるじゃない! そんなに家にいたくないの?」


 母の里美は声を荒げると、黒目がちな目をうるませて千博を見詰めた。

里美は小柄で、頼りなげな雰囲気がある。

そんな彼女を悲しませるというのは、千博の中で最も避けたい行為の一つだった。

絶対許可を得なけれなならないと分かっているが、なかなかどうして、これ以上ゴネることができない。


「最近、千博おかしいわよ。部活は始めちゃうし、友達は連れてくるし……。前はずっと家にいてくれたのに……」


 里美が口をつぐむ千博に涙声で続けた。


「どうしてそんな風になっちゃったの? 私のこと、嫌いになっちゃった?」

「そんなことないよ。俺は母さんのこと前と変わらず大事に思ってる」

「でも、前はずっとそばにいてくれたじゃない」

「それは……。ばあちゃんがいたから……」


 転校する前、千博が学校以外ずっと家にいたのは、里美を祖母から守るためだ。

しかし引っ越して脅威である祖母がいなくなった今、千博が家に張り付く理由はない。


「もうばあちゃんもいないし、俺がいなくたって母さんは大丈夫だろ?」

「大丈夫じゃない! 勝がいるんだもの」

「……兄貴?」

「あの子引っ越してからますます何考えてるか分からなくて。学校には全然行かないし、部屋から出ないし。千博がいない時なんか、部屋で叫んだりしてるんだから」


 学校に行っていないことも、部屋から出ないことも知っていたが、まさか奇声まで上げているとは知らなかった。

肩を震わせる里美に、普段の苦労がしのばれる。

兄がこんなふうになったのは、祖母が彼を甘やかし続けたせいだと、千博は改めてあの老女に怒りを覚えた。

例え元が善良な子どもでも、お菓子やお金を欲しいだけ与えたら性根が腐るに決まっている。


「ねぇ、千博お願いよ。母さんのこと愛してるなら、部活をやめて。どこにもいかないで」

「でも母さん……」

「私怖いの! 私一人だったら、勝が何するか分からない。私のこと守って!」


 半分すがり付くように、里美が千博の腕を握る。

その時だった。

階段の影から勝がこちらを覗いていることに、千博が気付いたのは。


 話を聞いていたのだろうか。

糸のように細い目と突き出た腹をした彼は、荒い足音を立ててこちらへ向かってくる。

無意識に里美を背中に庇うと、勝は千博の肩越しに吐き捨てた。


「うっせぇんだよババァ! キモいんだよ!」

「おい兄貴……!」

「友だちの家くらいとっとといかせりゃいいだろ。ウッセェなっ!! キモババァがよぉ!!」


 ドスンと低い音を立てて壁を殴ると、勝は荒々しく部屋に戻っていた。

背後で里美がかすかに震えている気配が伝わってくる。


「兄貴も怒りそうだし、俺、やっぱり友だちの家行ってくるよ」


 勝を利用し、母を見捨てていくのは心苦しかったが、今の千博にはこうするしかなかった。

千博が行かなければ死神ピエロはこの家に来て、最悪里美にまで被害が及ぶかもしれない。

母が何か言わないうちに急いで荷物をまとめると、千博は自宅を飛び出した。

鬼灯家までの道のりは鳴郎から地図をもらっているので心配ない。

手ぶらでお邪魔するのもなんなので、千博は途中コンビニによると、お菓子の類を買いあさる。

中学生の小遣いでは少々キツイ出費だが、家に泊めてもらうのだからこれくらい当然だった。

両腕に袋を提げながら地図通り歩くと、意外とすぐに「鬼灯」と表札のかかった家に辿り着く。

方角が同じなのは知っていたが、案外鬼灯家はご近所さんだったらしい。

あの二人が住んでいる家は、割と新しい二世帯住宅だった。


(二世帯住宅……?)


 間違えていないか不安になるものの、鬼灯なんて苗字そうそうないだろう。

千博が門扉の呼び鈴を押すと、鳴郎が出てきて門を開けてくれた。


「そろそろ来るころだと思ってたぜ」

「今日は世話になるよ」


 軽く挨拶したところで、千博は二人が「奇特な人」に引き取られて暮らしていることを思い出す。

身寄りのない子供を二人も引き取って世話してくれるなんて、一体どんな人なのだろうか。

急に緊張と期待が高まるのを感じながら、千博は鳴郎に促され、いよいよ鬼灯家の中に入った。


 カントリー調の、意外とかわいい調度品が並ぶ玄関。

そこの上がり口で出迎えてくれたのは、背の高い一人の女性だった。

年は二十代前半か半ばといったところだろうか。

驚いたことに、その女性は真っ白な髪と真っ白な肌をしていた。

目は淡い紅色で、顔立ちはできすぎた人形のように整っている。

しかし決して冷たい印象はなく、彼女は見るからに優しそうな、柔和な顔つきであった。

垂れ目気味の目と、若干下がった眉がそう思わせるのだろうか。


(綺麗だ……)


 きらきらと光を反射する肩まで伸びた髪と、雪原のように穢れない肌。

千博は彼女の美しさに、思わず見とれてしまった。


「おい、なにボーっとしてんだよ」


 鳴郎に脇腹をつつかれてようやく我に返り、慌てて自己紹介する。


「すっ、すみません! 氷野千博十四歳。中一です! 今日はお世話になりますっ!!」

「……テメー、馬鹿か?」


 気が動転して、ついバカなことを口走ってしまった。

しかし女性は千博の失敗をにこにこと微笑ましそうに眺めている。


「うふふ。千博君て言うんだ。私は鬼灯社ほおずきやしろよろしくね」


 その声はまるで混じりけのない水晶のように透明感があった。


「コイツがオレたちを世話してくれてるんだ」

「こんなキレイな人が鳴郎たちの保護者なのか……」


 てっきりもっと年のいっている人かと思っていた。

まだ若いのに子供二人引き取って世話するなんて、本当に奇特というか、いや聖母のような人である。


「さ、千博君上がって」

「お、おじゃまします。あ、これ、お菓子です。良かったら召し上がってください」

「嬉しい! 私甘い物大好きなんだ」


 部活のみんなで食べることを考えて甘い物ばかりを買ってきたが、どうやら正解だったようだ。

花のように顔をほころばせる社を見ると、なんだか鼓動が早くなってくる。

とても鳴郎とキクコの保護者とは思えない、無邪気で可愛らしい人だと思った。

家の内装も彼女の性格が表れているのか、キルトやトールペイントがあしらわれた家具類など、温かく愛らしい雰囲気である。


「あの、可愛いお家ですね。オールドアメリカンとか、カントリーとか、そんな感じで」

「えへへ、分かる? カントリー風を意識してそろえたんだ。壁紙も自分たちで張ったんだよ」

「スゴイですね。好きなんですか? そういうインテリアとか……」

「まぁそれもあるけど、もともと事故物件だからねー。血しぶきとか、傷を隠すために仕方なくかな?」

「――えっ!?」


 「どういうことだよ!?」と鳴郎に耳打ちすると、彼はこともなげに答えた。


「どういうこともなにも、言葉通り事故物件だよ。ここの二世帯、オレたちの前はある息子家族とその両親が同居しててな」

「それで……?」

「嫁が夫両親のいびりに耐えかねて、夫と子供二人と舅姑を包丁で刺し殺した後、自分も首かっ切って自殺したんだ。ほら、ココの壁んところ、うっすら血の跡がみえるだろ?ここは夫が三十三回滅多刺しされたところで……」

「もういい。もうやめてくれ」

「だから広いのにめっちゃくちゃ安くてな。ちょうど良かったから買い取って、こっちは自宅、あっちは社の仕事場に使ってるんだ」


 さらに聞かずとも答えてくれた鳴郎によると、この物件、霊が出るとかで事件後の清掃もロクにされてなかったらしい。

自腹で業者を頼むもなぜか事故が続いて皆逃げ出してしまい、仕方なく自分たちで改装したそうだった。

一家六人が死んだ惨殺現場を、こともなげに掃除し、おまけにリフォームまでしてしまうとは。

可愛らしそうに見えて、社はやはり鳴郎とキクコの保護者だけあった。


(このほんわかしたインテリアの下に、殺害現場が眠っているのか……)


 そう思うと、温かい室内が急に恐ろしげに見えてくる。

通された居間にはキルトの絨毯が敷かれ、ドライフラワーがそこかしこに干されていたが、かつてこの家であったことを考えるとちっとも落着けなかった。

既に揃っていた怪奇探究クラブの面々は、やはりさすがと言うべきか。

事情を知っているだろうに、リビングでくつろぎまくっている。


「あっ、千博がきた! ゆっくりしていってね!!」


 落ち着いたピンクのソファーに座ったキクコが、何かを頬張りながら片手をあげた。

ソファー前にあるテーブルの上には、おそらく手作りだろうクッキーが皿に並べられている。

そういえば室内には先ほどから甘いにおいが漂っていた。


「これシロが作ったんだよ」

「シロって……社さんが?」

「えへへ。私お菓子作るの趣味なの。よかったら食べてね?」


 少しはにかんだようなシロの笑顔に、千博の胸が高鳴る。

普段は甘い物など口にしようとも思わなかったが、今日ばかりは迷わず手が伸びた。


 口に広がる上品な甘みと香ばしさ。

初めて食べた母以外の人の手によるクッキーは、驚くほど美味しかった。

小麦の風味が香りたかく、甘さもしっかり甘いのに、しつこくない甘さである。

これなら甘い物が苦手な千博でも、抵抗なく食べれる味だった。

堅さはサクサクと歯触りがよく、堅すぎずもろ過ぎない、ちょうどいい加減である。


「シロさん、コレすごくおいしいです。プロでもいけますよ!」

「ふふっ。そう言ってくれるとうれしいな」

「甘い物苦手だけど、これならいくつでも食べれます」

「ありがとう千博君。でもご飯の時間が近いから気を付けてね。私がハンバーグ作るつもりなんだけど、どうかな?」

「大歓迎です!!」


 プロ並みの菓子を作れる社の手料理。

千博がこれを喜ばない理由はなかった。

菓子と普通の料理は勝手が違うかもしれないが、絶対おいしいだろうと確信に近いものを抱く。

そして実際、夕食時に出された社のハンバーグは、頬が落ちるほどおいしかった。

噛みしめると広がるうまみたっぷりの肉汁に、絶妙なスパイスの香り。

これほど上手いハンバーグを、千博は生まれてこの方食べたことがなかった。

おまけに社の料理は味だけでなく彩りにも気を配られており、皿の上はスライスされたパプリカと新鮮なレタスで目にも楽しい。


「シロさん! 絶対プロになるべきですよ! そしたら僕絶対通いますから!!」


 他の部員たちも口々に料理を誉める中、千博は特に社の料理を絶賛した。

こんな素晴らしい料理を毎日食べれる鳴郎が、羨ましいを通り越して憎らしくなってくる。

社は皆から口々に褒められても謙虚な姿勢を崩さず、千博の中でますます彼女の好感度が上がっていった。


(こんな綺麗で素敵な女性と暮らしてるなんて、鳴郎め……)


 彼の不幸な事情を知ってはいるが、それでも一人の男として嫉妬の念を押さえきれない。

ならばせめてこの家にいる間はと思い、食事が終わると、千博は片付けの手伝いを申し出た。


「なにかお手伝いすることがあったら仰って下さい。なんでもやりますよ」

「そんな悪いよ」

「かまいませんから」

「んーと、じゃあ一緒にお皿洗ってくれないかな?」


(よっしきた!)


 もくろみ通り彼女に近づくことができ、千博は心の中でガッツポーズをする。

後ろから部長が一緒にトランプをしないか誘ってくるが、もちろん即座に断った。


「じゃあお手伝いさせていただきます」

「よろしくね」


 社の春の日差しのような微笑に、千博の心臓が一回大きく跳ね上がった。

だいたい中学生というのは、年上のお姉さんというものにすこぶる弱い。

おまけに絶世の美人で家庭的ときたら、ドギマギして舞い上がるのが当たり前だった。

素敵な年上の女性と横に並んでお皿洗いというシチュエーションに、緩む頬を引き締めるのが難しい。


「千博君て、手際がイイね」


 社に褒められ、千博は危うくだらしない顔つきになりそうになる。

今日ほど母親の家事を手伝ってきて良かったと思うことはなかった。

時おり彼女が寄ってくると、シャンプーの香りだろうか、香しいバラのニオイが鼻孔をくすぐる。

格好は桃色のTシャツにGパンというむしろ地味なものなのに、なかなかどうして社は女性らしかった。

おそらく喋り方や身のこなし、些細な仕草が、とても優美で柔らかなのだろう。

身長は千博と同じくらいにもかかわらず、彼女はガラス細工のように繊細な女性に見えた。

ひょっとしたら色素が非常に薄いせいで、余計儚げに見えるのかもしれない。


(もしかして、色素欠乏症とかなのかな?)


 考えてもみるが、失礼なので直接本人には聞けなかった。

目立つ外見でいろいろ苦労しただろうと思っていると、ふいに社が千博の顔を見詰めてくる。


「あっ、あの、どうかしましたか?」

「あ、ごめんね。ちょっと昔の知り合いに似てたから」

「えっ、ひょっとして恋人とか……」

「ちがうちがう! お友達だよ!」


(なに言ってんだ俺は――!)


 気が動転しておかしなことを言ってしまったと、千博は穴があったら入りたい気分になった。

幸い社は大して気にしてないらしく、「千博君ておませさんだね」と笑っている。

軽く流してくれてよかったと思いつつ二人で皿洗いを終えると、社はリビングにいる部員たちに向かって声をかけた。


「お風呂沸かしておいたから、みんな順番に入ってね」


 皿を洗っている間に、彼女は手際よく風呂も沸かしていたらしい。

トランプをしていた部員たちはいったんその手を止めると、誰から入るか相談をし始めた。


「やっぱり、ここは家主の人が最初に入るべきじゃないかしら」


 そう常夜が言うと、千博を含め泊まりに来た全員が彼女の意見に賛成する。


「じゃあ悪いけどオレたちが先に入るか。社、お前先に入れよ」

「あ、私が先でいいの?」

「今日は迷惑かけたからな。それからオレとキクコが一緒に入るから」

「うん分かった」


 社がうなずく。

誰も何の反応もしなかったため、鳴郎がとんでもないことを言ったと気づくのに、千博は少し時間がかかった。


「おい鳴郎! お前今なんて言った!?」


 青ざめながら千博が尋ねても、鳴郎はきょとんとした顔をしている。


「なにって、オレとキクコが一緒に入るって言ったけど……。それがどうかしたかよ?」

「どうかするだろ! いくらなんでもヤバいって!!」

「ヤバくねーだろ。赤の他人ならともかく、一応キクコとは兄弟だしな」

「いや兄弟って――。兄弟って――!」


 (血がつながってないだろ!!)


 千博が叫びたかったが、はっきり口に出すのもためらわれ、「とにかくダメだ!」と喚くしかなかった。


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