6-1
月曜日、朝一番に開かれた全校集会で、千博は丸山田が死んだことを知らされた。
校長の話によると、彼は体育倉庫の裏で餓死していたらしい。
人気のない場所のため、見つかった時には死後三日がたっていたそうだ。
校長はなぜ餓死したのか首をひねっていたが、千博にはなぜそうなったのかなんとなく分かる。
おそらくヒダル神は鳴郎が潰した一匹だけではなかったのだろう。
きっとどこかに潜んでいたのが丸山田に憑りつき、そして彼を殺したのだ。
(生徒を校庭で殺して放置したヤツが、校庭で死んで放置されたのか……)
まるで天罰だなと、千博は思った。
丸山田には悪いが、彼に同情する気持ちはほとんど持てない。
校長は丸山田について当たり障りない世辞と弔辞を述べると、次に昨日生徒が一人亡くなったことを告げた。
丸山田の時と同じように、会場がしばしの間ざわつく。
亡くなった生徒は二年生で、昨日の夜部屋で倒れているのが見つかったらしい。
病院で死亡が確認されたらしいが、死因は心臓マヒの可能性が高いそうだった。
「ひょっとして、これも化け物の仕業か?」
集会が終わり、教室に戻った千博は鳴郎に尋ねる。
「知るか。話聞いただけで分かるかよ」
彼が面倒臭そうに答えた。
「悪い。さすがにお前もそれだけじゃ分からないよな」
「ったく。それに何でもかんでも妖怪のせいにすんなっつーんだよ。ここは夢見の森だぜ。邪気に蝕まれてコロリと逝っちまうヤツなんざいくらでもいる。年齢問わず人死になんて珍しくもねーよ」
「この街って、本当によく人が死ぬよな……」
千博がこの街に越して来てからまだ一か月。
それなのに近所ではすでに子供が三人も化け物に殺されていた。
救急車のサイレンも毎日のように聞いているし、近所で働き盛りの人が死んだと母から聞かされたことも何度かある。
気のせいではなく、夢見の森で死ぬ人間の数は平均より確実に多かった。
「俺たちは街のことを知ってるからまだしも、よく他の人間は住んでられるよな。病気も事故も多いみたいだし、みんなおかしいと思わないのか?」
「おかしいとは思ってんだろ。でも気のせいですませてんのさ」
「気のせいですむレベルじゃないだろ」
「あのな、人間ってのは、自分の見たいようにしか見れない生き物なんだよ。夢見の森に住んでる人間は、この街がごく普通の街だと思いたい。だからいくら周りで人が死んでも、気のせいだとか、偶然死人が続いたんだと思い込む。本当なら逃げ出したくなる状況にも関わらずだ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ。千博、テメェだって言われるまで魑魅魍魎が見えなかっただろ。それはテメェが妖怪なんてありえないと思ってたから見えなかったんだ。人間は余程差し迫った状況に陥らないと、見たくない物を見ない。テメェにとって妖怪は見たくない物だったのさ」
鳴郎の言うとおり、千博はつい最近まで妖怪や幽霊なんてありえないと思っていた。
そんなものが見えるのは、嘘つきか、はたまた頭のおかしい奴だとずっと思っていた。
そう、千博にとって妖怪とは、有りえないもの、見えてはいけないもの、つまり見たくないものだったのである。
しかし口裂け女に襲われると言う差し迫った状況になり、千博は妖怪が見えるようになった。
今考えれば、どうやって視界にいる魑魅魍魎たちを無視していたのか、自分でも不思議になるくらいである。
そんな「当たり前の存在」さえも人は無視できるなら、夢見の森の違和感だって気に留めずに暮らしていけるのかもしれなかった。
「考えようによっては、スゴイ怖い話だな……」
たとえ命にさえ関わる状況に置かれていても、人間は何事もないと思い込んで生きていけるのだ。
「まぁ、人間は多かれ少ななかれみんなそうなんだよ。何もかも真実を見詰めるのは怖いからな」
「鳴郎もそうなのか?」
「……さぁ」
投げやりに答えると、彼は腕を頭の後ろで組む。
だがちょうどその時、教室の前方にいる女子のかたまりから悲鳴が上がった。
最初はただはしゃいでいるだけかと思ったが、よく見てみるとどうも様子がおかしい。
そのうち中央にいるケータイを握りしめた女子――江藤が、顔を覆って泣き始めた。
「どうしよう、あたし、今日殺されちゃうかもしれない!」
物騒なセリフに、つい千博は話しかける。
「えっと江藤さんだっけ、一体何があったの?」
いきなり声をかけて来た千博に江藤はしばし戸惑っていたが、そのうちおずおずとケータイの画面を見せてきた。
可愛らしいケータイの液晶画面には「アナタの魂を奪いに行きます」というおどろおどろしい文字列が並んでいる。
「……なんだコレ?」
「死神ピエロからのメールなの。これのメールが来た人は、その日のうちに同じメールを二人以上送らないと、死神ピエロに魂を持ってかれちゃうんだって」
(チェーンメールか)
本当なら、こんなのは昭和の昔からあるイタズラだと笑い飛ばしてやるところである。しかし今までの経験からして、気安くそんなことは言えなかった。
メールには江藤の言うように「これは死神ピエロからのメールであること」「明日の午前零時零分に魂を奪いに来ること」「それが嫌なら同じメールを二人以上に送ること」と書いてある。
「一体誰がこんなメールを……」
「昨日死んだ二年の生徒も、このメールが来てたんだって……」
さすがに口には出せなかったが、いやな予感がした。
どうすべきか困っていると、いつの間にか来ていた鳴郎が江藤のケータイを取り上げる。
周囲は鳴郎の勝手な行動に声を上げたが、彼は意に介せずまじまじ液晶画面を眺めていた。
「なんだこのメール。死神ピエロ? だっせぇ名前だな」
「ちょっ、鳴郎さん返してよ」
「そんなに気にしてんなら、オレにこのメール回せよ。もし来たら返り討ちにしてやるぜ」
(コイツ、できる……!)
千博は鳴郎が、根っからの女殺しであると直感した。
事実江藤も、男前な彼の言葉に心なしか顔を赤らめている。
しかし彼女の表情はすぐに曇った。
「でも、コレ二人以上に送らないといけないから……」
「だったらオレとキクコに送れよ。そうすりゃ死神ピエロは文字通りアイツの餌食だ」
「い、いいの?」
「かまやしねぇよ」
その後鳴郎は江藤に自分とキクコのメールアドレスを教えていた。
形はどうあれ女子メルアド交換しているというのに、彼は浮ついた様子一つ見せない。
さすが一学期の間、美少女に囲まれて部活を過ごした男である。
メールを送ってもらっても「任せろ」以外に調子のいいことは言わず、彼はすぐ自分の席へ戻っていった。
「お前……やるな」
「なにがだよ」
「ところで、その死神ピエロが本当に来ると思うか?」
「さぁな。でももし昨日の生徒がソイツに殺されたっていうんなら、部長が何か掴んでるはずだぜ。アイツは情報収集にかけちゃお手のもんだ」
部長の尾裂狐は、非常に優秀な調査役らしい。
そういえば以前スーパーの死角を洗い出したのも、部長の尾裂狐だったと千博は思い出した。
今日はちょうど部活のある日だから、直接彼女に尋ねてみればいいだろう。
しかし放課後部活が始まると、部長は千博が聞くより先に言った。
「みんなさぁ、死神ピエロって知ってるー?」
まさか最初からその話になるとは思わず、千博は驚いた。
「部長、その話知ってたんだすか」
「そりゃ今巷で話題の噂だからね。この中学だけじゃなく、全国的に流行ってるみたいよん」
「全国!?」
「そ。まぁこういう噂が流行るのはよくあるんだけど、死神ピエロはホントに来るんだよね」
「ホントに来るんですか!?」と千博は思わず叫んでしまった。
こういうチェーンメールは、単なるいたずらというのが常識である。
噂が本当である可能性は考慮していたものの、つい最近まで平凡な環境にいた身としては、衝撃を覚えずにはいられなかった。
千博があっけに取られていると、今度は常夜が部長に尋ねる。
「そういえば昨日死んだ生徒の所にそのメールが来てたらしいけど、その子はピエロに殺されたのかしら?」
「アタシの調査だと多分そうだね。その生徒が『ピエロだ!』って叫ぶのが聞こえて、お母さんが部屋に行ってみたら、もう死んでたんだって」
「メールの通り、魂を持っていかれたわけね」
「うん。ピエロは必ずくるみたいじゃないんだけどさ、夢見の森は出やすいから確実にくるみたい」
「多分にメーワクな話ね」
常夜は気だるげにため息を吐くと「そのメール、今日私にも来てたわ」と告げた。
しかし千博が驚く間もなく、花山が後に続く。
「じ、実はそのメール、わたしにも来てたんです……」
「花山さんにもか!?」
「はい。昼休みケータイ開いたらメールが来てて……。部長、わたし一体どうしたらいいんでしょうか?」
「二人とも奇遇だねぇ。アタシにも朝メールきてたし」
「部長にも!?」
どうやらこの怪奇探究クラブ、千博以外全員に死神ピエロからメールが来ているらしい。
(ひょっとして嫌われているのか? いや、頼りにされてるのか……?)
考えても答えは見つからない。
しかし頭を抱える千博をよそに、他の部員たちは割と能天気に対策を話し合っていた。
「……つまり明日の午前零時零分、最低でも五人の所にピエロが来るのよね? それって五匹のピエロがこの街に来るのかしら? それとも一匹が順に回って行くのかしら?」
「後者だと、零時零分に間に合わないんじゃねーか?」
「でも零時零分零秒に来るとは書いてないでしょう? 一人殺すのに十秒かからないんなら、零分の間に全員回れるんじゃないかしら?」
「十秒かからねーだと? ハッ、ピエロのヤツなめやがって」
「クロ―、今日ピエロがお家来るの? 楽しみ!」
「キクコさん、そんな楽しみするようなものじゃないですよ。わ、わたしの霊でなんとかなる相手かな?」
「でもイッコちゃん、ピエロって言うんだしなんか芸くらいするんじゃね? アタシ絶対写メとろっと」
「なんでそんなに呑気にしてられんですか!!」――気が付いたら、千博はそう叫んでいた。
相手は少なくとも一人は殺している化け物である。
こんな緊張感もなく駄弁っている間にも、午前零時零分は確実に迫っているのだ。
しかし千博に怒鳴られても、部員たちの態度が変わることはない。
「ヤダ―、千博くん何怒ってるのー?」
「だって相手は一人殺してるんですよ? 死んだらどうするんですか!?」
「大丈夫だって。こんなチェーンメール妖怪ごときにやられるほど、ウチの部員はヤワじゃないって。あ、そうだ。どうせみんなに来るなら、全員でいっぺんに返り討ちにしてやればよくね?」
「面白そう!」と部長の思い付きに、キクコが手を上げた。
他の部員たちもみな悪くないという顔をしている。
賛同を得た部長は、さらにいいことを思いついたとばかりに手を叩いた。
「ねぇ、ピエロが来るのは真夜中なんだからさ。もう、みんなでお泊り会でもしよーよ。みんなでご飯食べて―、みんなでオヤツ食べながらしゃべって―、んでピエロが来たらボコるっての」
(死神ピエロはお泊り会の余興か!?)
さすが怪奇探究クラブの部長。
彼女にかかれば、惨劇の夜も楽しいパジャマパーティーに早変わりらしい。
そしてやはりさすが怪奇探究クラブというべきか、部長の提案に皆が次々賛成していく。
「それ、いいわね。倒したピエロの死体は、メールを送ってきた奴らに届けて回りましょ」
「わーい。お泊りお泊り!」
「おいキクコ、どっちが多く倒せるか競争しようぜ」
しかしはしゃぐ面々に、花山が冷静な突込みを入れる。
「あの、お泊りは楽しそうなんですけど……。誰の家に泊まればいいんでしょうか」
急に皆の勢いが弱くなった。
考えてみれば、中学生をいきなり何人も泊めてくれる家など普通ない。
しかも日付が変わるときに、死神ピエロがやって来るというおまけつきである。
流石に計画は実現しないだろうと千博は思ったが、そこにキクコが声を上げた。
「だったらね、うちに来ればいいよ」
聞くとキクコの家は広く、余っている部屋もあるらしい。
「でも今夜化け物までくるんだろ? 大丈夫なのか?」
「うーん、じゃお家の人に電話してみる。クロ、ケータイかして」
キクコは鳴郎から受け取ったケータイで電話を掛けると、家の人らしき相手にモゴモゴなにかしゃべり始めた。
意外にも早く話は終わり、壁の方を向いていたキクコは満面の笑みでこちらに振り返る。
「お家きていいって!」
「ホントにいいのか?」
「うん。ちょうど〆切終わったし、ワタシたちのおともだちの顔みたいって」
「やったじゃん!」と部長がガッツポーズをした。
驚いたことに、思いつきのお泊り会は無事開催の運びとなりそうである。
いきなりなのに中学生数人を泊まらせてくれるなんて、キクコの家の人はなんて心が広いのだろうと思った。
しかし一同が楽しいお泊り会を控え、楽しげな雰囲気になっても、悲しいかなこちらは中学生男子。
「悪いけど、俺は鬼灯の家には行けません」
千博が告げると一同は「無理もないか」と納得した顔になった。
しかしキクコだけが空気を読まず頬を膨らませる。
「えー、千博どうして?」
「だって女子ばかりのお泊り会に、男子の俺が行っちゃマズイだろ」
「マズくないよ。一緒にお泊りしよっ」
「いやマズいって、とにかくダメだから」
キクコはつまらなそうな顔をしていたが、ここは譲るわけにはいかなかった。
鳴郎以外、すべて美少女のお泊り会。
ある意味天国だし、一人の男として参加したい気持ちは痛いほどあるが、年頃の女子たちと一つ屋根の下に泊まるのは、倫理的によろしくない。
というか、可愛い女の子たちの風呂上りおよびパジャマ姿を見て、平気な顔をしていられる自信がなかった。
「と、いうわけで、みんなはお泊り会楽しんできてください」
「あーあ。千博クンにもメールが来てたら、仕方なくでも来てくれたのになー」
部長が半ば本気で悔しそうな表情をする。
「しょうがないですよ。流石に俺が行くわけにはいかないんで」
「どうしてもイヤ?」
「というか、俺が参加したらみんな困るでしょう」
千博は食い下がる部長を笑って流す。
と、ちょうどその時、胸ポケットにしまっているケータイが振動した。
見れば転校前、千博を呼び出してリンチしようとした山岸からメールが来ている。
(なんでアイツが今になって……?)
今さ謝ってきたのかと思いメールを開けたが、そこには今朝見たのと同じ文面があった。
『これは死神ピエロからのメールです。
明日の午前零時零分にアナタの魂を奪いに行きます。
助かりたければ、このメールと同じものを二人以上に送信してください』
「これ、死神ピエロからのメール……」
「あ、千博くんもお泊り決定?」
いつの間にかこちらの背後へ回っていた部長が、千博の肩越しにケータイを覗き込む。
こうして千博は、否応なしにお泊り会へ参加するハメになったのだった。




