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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第五話 助けての声は
20/69

5-3

 改めて考えてみると、鳴郎とキクコは互いに似ても似つかぬ容姿をしていた。

鳴郎の髪は闇のように黒く、対してキクコの髪は暮れかけの空のように赤い。

瞳の色も鳴郎は漆黒で、キクコは青色だった。

顔立ちだって共通点はほとんどない。

鳴郎は深く鋭い切れ長の目に、つんと尖った高い鼻梁。

キクコは大きなアーモンド形の目に、筋は通っているが控えめの鼻である。

似ているどころか、二人はまるで対照的な外見だった。


「血がつながってなかったのか……」

「むしろどうしてつながってると思ったんだよ」


 確かに双子なのに似てない兄妹だとは思っていた。

しかし苗字が一緒なのと、二人とも背が高く、何より顔立ちが嘘のように整っているところから、血縁があるだろうと考えていたのだ。


「変なこと聞いて悪かったな……」


 まさか完全に他人とは思わず、酷いことを聞いてしまったと千博は反省した。

鳴郎は気にしていないようだが、だからといってこちらの罪悪感が薄れるわけではない。

しかし反省すると同時に、どうしてキクコと鳴郎が一緒に暮らすようになったのか気になるのも事実であった。

我ながらあさましい好奇心だと自嘲していると、鳴郎が言う。


「なんで一緒に暮らしてるか聞かないのかよ」


 こちらの内心を見透かすような彼の問いに、千博はどきりとした。


「だって悪いだろ」

「妙に黙ってられるのよりはマシだよ。気になってるけど悪いから聞けませんって、顔に書いてあるぞ」

「……すまん」

「まぁ気になるのも無理はねーけどな。別に期待してるほど面白いことはねーけどよ」


 言いながら鳴郎は再びゲームのコントローラーを握った。

画面の中で、鳴郎の分身が畑を耕し始める。


「で、その、どうして鳴郎は鬼灯と暮らしてるんだ?」

「オレの両親、実は二人とも死んでてな」

「え――!?」

「そんなに驚くことじゃねぇよ。で、身寄りのないオレを引き取ってくれる奇特な奴がいて、ソイツの家に行ったら、キクコがいたってワケ」

「つまりキクコの両親とキクコと、お前が暮らしてるのか?」

「ちげぇよ。キクコもオレと同じで両親が死んでる。キクコもその奇特なヤツに拾われて、今一緒にいるんだ」


 「鳴郎」と「キクコ」そして「奇特な人」。

両親を亡くした鳴郎とキクコは、二人ともその奇特な人に引き取られるかたちで、一緒に暮らすようになったらしい。

てっきり親の再婚やなんだで義理の兄弟になったのかと思いきや、予想外の方向だった。

鳴郎もキクコも普段の様子では、両親を亡くした影のようなものは見えない。


(ひょっとして無理して振る舞ってるのか……?)


 そう思うとキレやすい鳴郎も妙に不気味なキクコも、また別の一面が見えてきた。

千博が考え込んでいると、まだ疑問があるのかと勘違いした鳴郎が話を続ける。


「べつにその奇特なヤツは変なヤツじゃねーよ。ソイツも昔両親を亡くしててな。同じように誰かに引き取られたことがあるらしくて、その恩返しをしたいんだってよ。ホントに奇特なヤツだよな」

「そうなのか……」

「こっちは何不自由なく暮らしてるし、両親のことも『全く気にしてない』から、変に気を回すんじゃねーぞ。キクコにもだ。もし憐れんだ目で惣菜とか差し入れやがったら、殴るからな」

「そんなことしないって」

「とにかく今オレたちは『幸せ』だし、これで『満足』してるんだ。他のヤツらがどう思おうがな」


 そう言いながら、鳴郎は画面の中でジョウロを取り出していた。

語り口はあっさりしていたものの、両親を亡くし、他人に引き取られるなんて、さぞかしつらい思いを味わっただろう。

なのに自分が置かれた状況を「幸せ」だと断言できるなんて、千博は鳴郎のことをすごいヤツだと思った。


「話してくれてありがとな」

「……別に」


 鳴郎は画面を見たまま返事をする。

視線一つこちらによこさなかったが、それは怒っているのではなくて、照れているだけだとすぐに分かった。

鳴郎と接するようになって約一か月。

彼が自分の感情を素直に表すタイプでないことは知っている。

部員に対してもなんだかんだで面倒見がいいし、一見キレやすいが、それは表面的なものだと千博は思うようになっていた。

初対面の時は教師を平気で殴るヤバいヤツだと思ったのに、印象とは変わるものである。


「鳴郎って、優しいよなぁ」


 千博がつい思っていたことを口に出すと、鳴郎がギョッとしてこちらに振り向いた。


「何言ってんだよ気色ワル!」

「なんだよ。だって事実だろ。俺何度もお前に助けられてるし、部活でも面倒見がいいじゃないか」

「それはなりゆきだなりゆき。オレが動かないとあいつらギャーギャーうるせぇし」

「鬼灯のことだって、いつも気にかけてるだろ」

「キクコほっとくと何しでかすか分かんねーからだよ。アイツ野放しにするとマジで惨劇だからな。知ってるか? アイツ一学期に生徒――」

「とにかくお前は優しいヤツだよ」


 千博が有無を言わさず言い切ると、鳴郎は目を白黒させていた。

なりゆきと言いつつも部長や千博の頼みは聞いてくれるし、血のつながらない義理の姉にいつも気を配っている。

自身で手一杯な環境にいながら他人に気を回せる鳴郎を、優しいと言わずとして何と言うのだろうか。


(ホントにコイツは優しくてイイヤツだよな)


 人間離れした身体能力を持ち、その正体さえ怪しくもある鳴郎。

しかし千博にとって、彼が優しくてイイ奴なのは変わりなかった。

今までもこれからも口に出すつもりはないが、例え正体が何物でも、鳴郎と友達になれたことをうれしく思う。


「優しくなんてねーよ」


 照れているのか、鳴郎はそっぽを向きながら吐き捨てるように呟いていた。












「……オレが優しいヤツか」


 鳴郎は体育倉庫の裏で、ふと千博の台詞を思い出していた。

足元には、青ざめて横たわる丸山田の体がある。

彼は見るものが見れば、一発でヒダル神に憑かれていると分かる状態だった。

おそらく一人で校庭を散策中、運悪く憑りつかれてしまったのだろう。

部活でまだ校庭にいるだろうヒダル神を探すことになり、手分けして探していたのだが、こんな風に見つかるとは思わなかった。

鳴郎は探し始めて早々に「お目当て」が見つかり、にんまりと薄い唇をつり上げる。

地面ではほくそ笑む鳴郎と対照的に、丸山田がますます元気をなくしていた。


 ヒダル神は餓死者や行き倒れの霊が集まって生まれた、死霊に近い妖怪だ。

他人に憑りついて貪るように生命力を奪い、やがて命を吸い尽くされた人間は死に至る。


「さて、どうするかな」


 口ではそう言いつつも、もちろん鳴郎はヒダル神の対処法など知り尽くしていた。

ヒダル神は倒すことこそ難しいが、憑りついた人間から引き離すのはさほど難しくない。

憑かれた人間の口に、何でもいいから食べ物を入れてやる。

それだけでヒダル神は満足し、あっさり離れていくのだ。


「た、たすけてくれ……」


 息も絶え絶えという様子で、丸山田がかすれた声を出した。

目は秋原の時と同じく落ち窪んできており、内側から命が吸われているのがよく分かる有様である。

しかし鳴郎は冬の夜のように冷たい瞳で丸山田を一瞥すると「嫌だね」と断言した。

丸山田のカサついてきた瞼が、驚愕に見開かれる。


「ど、どうして……」

「どうしてって、オレがテメェに聞きたいぐらいだよ。どうしてテメェは自分が助けてもらえると思う?」

「え……?」


 おののくような目で、丸山田が鳴郎を見据えた。


「だってそうだろ? テメェは前の学校で大勢生徒を見殺しにした。そしてそれを反省すらせず、昨日また生徒を殺しかけた。どうしてそんな人間が助けてもらえると思うんだ?」

「どうして……知って……」

「そんなこと今はどうでもいい。オレは昨日テメェが言ったことちゃんと覚えてるぜ。普段は人を見殺しにしておいて、いざ困ったら助けてもらおうなんて、甘えもいい所なんじゃないか? なぁセンセェ」


 おそらく丸山田は、鳴郎が本当にこちらを見捨てる気でいると気付いてしまったのだろう。

渾身のSOSを拒絶されるという予想外の事態に、彼は口を半開きにして絶望に打ちひしがれていた。

しかしこちらの真意を悟ってなおあきらめられないのか、丸山田は助けを求めるのをやめない。


「た、たす、たすけ……」

「だから嫌だっていってんだろ。聞いてなかったのか?」

「人を……ひとをよんで……」

「ヤだよ。メンドクセぇ」


 すげなく切り捨てる鳴郎に、丸山田の目に涙がにじむ。

それが感情によるものなのか、弱って行く体による生理的なものなのかは分からない。


「ごめんなさ……、ゆるして……」


 どういうわけだろうか。

今度はお願いから一転、彼はしおらしく謝り始めた。

ひょっとしたら丸山田は、鳴郎が昨日のことを根に持って、復讐しているとでも思ったのかもしれない。

しかしカクカクと頭を下げる丸山田を見下ろしながら、鳴郎は煩わしさと彼の愚かさに大きくため息を吐く。


「おいテメェ勘違いしてんじゃねーよ。オレは別に怒ってるから助けないんじゃないぜ。それに謝る相手はこっちじゃなくて、いまだにICUでおねんねしてる生徒なんじゃないのか?」

「み、みんなご、ごめ……」

「今さら謝っても遅ぇよバァーカ」


 容赦もためらいもなく、鳴郎は弱っている丸山田に対してはき捨てる。

その一言で、彼の動きが止まった。

こうべを垂れたままなので死んだかと思いきや、急に頭を上げてこちらを睨みつけてくる。


「ひ、ひとごろし、ひとごろし!」


 丸山田は最後の力を振り絞るようにして叫んでいた。

恰幅の良かった腹はごっそりとえぐれ、分厚かった頬も今や骨と皮ばかりである。

しかし鳴郎は死んでいこうとする丸山田を見ても、人殺しと罵られても、良心一つ痛まなかった。

それどころか、自分が今までやって来たことを棚に上げ、こちらを人殺し呼ばわりする彼に、苦笑が漏れるばかりである。


「そうだよ。オレは紛れもない人殺しだ。でもそれはテメェも同じだろ? だからあきらめてとっとと死んだらどうだ」


 往生際の悪い丸山田に、鳴郎は顔を近づけてとびきりの笑顔を見せてやった。

裂けるように吊り上った唇から覗くのは、まるで肉食獣のように鋭い歯列。

鳴郎の口内には、虎のような牙がびっしりと並んでいた。


「ば、ばけも、」


 丸山田は途中まで言うと、ぷつりと事切れた。

弱り切った彼の心臓には、この程度の驚きさえも命取りだったのだろう。


「よく分かったな」


 そう呟く鳴郎の歯は、元の白く揃った人間のそれへと戻っていた。

動かなくなった丸山田の体を見ても、別に何とも思わない。


 彼は今まで誰も助けなかった。

死に瀕している人間を見ても甘えだ、自業自得だと切り捨てて、助けなかった。

だから鳴郎も彼を助けなかった。

たったそれだけのことである。

自分「だけ」は助けてもらえるし、助けられるべきであると思っている人間に、手を差し伸べるほど鳴郎は甘くも優しくもない。


 丸山田が死に、憑りつくべき人間が死んだヒダル神は、次のターゲットを探すべく彼の服の下から這い出して来ていた。

鳴郎はすかさずそれを捕まえる。


「それちょーだいっ!」


 ヒダル神を握るのと、背後でキクコが叫んだのはほぼ同時だった。

いきなりのことだったため、鳴郎はつい「ひゃいっ」と声を上げてしまう。


「クロ今の声かわいい。女の子」

「テメェいつからそこに!」

「ずっと見てたよ。センセーが憑かれるとこから死ぬとこまでずっと」

「コイツ……」


 キクコが近くにいるなんて、全く気付かなかった。

こっちだってそこそこデキる方なのに、やはり彼女は実力もイカレぐあいも段違いだと思う。

こっちのおののきを知ってか知らずか、キクコは握られたヒダル神の頭を嬉しそうにつついていた。


「もらってどうすんだよ」


 鳴郎が聞くと、キクコは大きな瞳をきょろりと上目づかいにする。


「食べるの」

「食べる!?」

「ヒダル神はね、たくさん人の栄養吸ってるからおいしいんだって」


 「半分こしよう」とキクコは言ったが、鳴郎は首を横に振った。

自分が捕まえたヒダル神には、今死んだ丸山田の成分がたっぷり含まれている。

それを知ってなお食べたがるキクコは、やはりがぶっ飛んでいると思わざるを得なかった。

鳴郎が無言でヒダル神を突き出すと、彼女はためらいもなくそれにかじりつく。


 ヒダル神は一般的に倒すのが非常に難しいと言われている妖怪だ。

力は弱いが弾力があり、丈夫で、叩き潰してもすぐ復活してしまう。


(でも丸かじりされたらさすがになぁ……)


 キクコは鋭い牙でバリバリとヒダル神をかみ砕いていた。

こうなれば、さすがのヒダル神ももう二度と元には戻るまい。

本当のことを皆に話すわけにはいかないので、鳴郎は適当に倒したと言っておくことに決める。


 丸山田の死体をそのままに校庭の方へ戻ると、玄関の前では部活の皆がくたびた様子で集まっていた。


「鳴郎、見つかったか?」


 千博に聞かれたのでうなずくと、さらに部員たちがうなだれた。

疲れ切った様子で、部長がこちらに文句を垂れてくる。


「もー。いたんなら連絡してよね。こっちは探し疲れちゃったよ」

「悪い。つい踏みつぶしちまった」

「まったく、アレ丈夫なのによく倒せたねー」


 部長は真実に気が付いているのだろうか。

どちらにせよこれ以上追及してくる様子はなかったので、とりあえず良しとしておいた。

座っていた部長が立ち上がると、自然と他の部員たちも立ち上がり、やがて誰からともなく校舎へ戻り始める。


「鳴郎はホント妖怪退治得意だよな」


 後ろから千博が、ムカつくほどさわやかに話しかけてきた。

転校前はさぞかしモテただろうと思いながら、鳴郎は「別に」と答えてやる。


「なんだよ。怒ってんのか?」

「……そういうわけじゃねぇよ」


 実際鳴郎は千博に怒ってなどいない。

なのになぜか彼の顔をまともに見ることができなかった。

心の中で、とっくに失われたはず罪悪感がチカチカと瞬いているのが分かる。

それはもちろん死んだ丸山田への罪悪感ではなく、自分を優しいヤツだと思い込んでいる千博への罪悪感だった。

彼は鳴郎がどんなに残酷で恐ろしい化け物かも知らず、手放しにこちらを良いヤツだと信じきっている。

しょうのないバカだと思うと同時に、鳴郎はなぜか自分が千博を手ひどく裏切っているような気がしてならなかった。

別に真実を教えてやる必要なんてさらさらないのに、それでもこう言わずにはいられない。


「やっぱりオレ、お前が思ってるほどイイ奴でも優しい奴でもねーよ」


 鳴郎はそれだけ吐き捨てると、戸惑う彼を追い抜いて先に部室へと戻った。


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