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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第五話 助けての声は
19/69

5-2

 放課後、初めて友人が自宅へ遊びに来る。

その時はノリと勢いで誘ってしまったので何とも思わなかったが、千博は今になってうれしさが込み上げてきた。

学校が終わって自宅に帰ると、千博は母の里美へ開口一番に言う。


「母さん、今日友だちが家へ遊びに来るんだ」


 てっきり母も喜んでくれると思ったが、話を聞いた彼女の顔が曇った。


「お友達って、どんなお友達? まさか女の子じゃないでしょうね」

「んなワケないだろ。男だよ。鬼灯鳴郎ってヤツ」

「そうなの……。でもうちに来るのは――」


 「まずかった?」と千博が聞くと、里美の目線が天井に上がった。

上にあるのは、兄の勝の部屋である。

勝は引っ越して来てから、まだ一度しか転校先の高校へ行っていなかった。

それどころか、自室から出るのも食事の時だけという始末である。

里美はそんな自分の息子を、部外者の目に触れさせたくないのかもしれない。

そう思った千博は、母がはっきり結論を出す前に告げる。


「大丈夫だよ。兄貴は自分の部屋から出てこないし、高校行ってないのも言わなきゃ分かんないから」

「でも……」

「平気だって。じゃ、三時半ごろに来るから」


 多少強引だったが、千博は話を切り上げて二階の自室に上がった。

中学生の部屋の割には片付いている部屋を、さらにきれいに掃除しておく。

途中でなんだか彼女を呼ぶみたいだと思った千博は、自分で自分が気持ち悪くなった。


「まあ男同士だし、むしろ汚い方がイイだろ」


 わざと部屋を汚していると、ちょうど玄関のチャイムが鳴る。

急いで出たインターホンの液晶画面には、見慣れた鳴郎の顔が映っていた。


「こんにちはー。千博君の友だちの鬼灯ですー」


 ぶすくれた顔で丁寧語を使う鳴郎に笑いながら、千博は彼を家の中に通す。


「この人が俺の母さん。兄貴はいるけど今部屋の中だ。母さん、コイツが鳴郎だよ」


 鳴郎を里美に紹介すると、彼女は彼の顔に釘付けになっていた。

無理もない。

中身はともかく、彼は人が振り返るレベルの美形である。

妹も大層な美少女だと母に言って、千博は鳴郎を自室に案内した。


「お前の部屋汚いな」


 部屋の中に入るなり、彼は室内を見回しながら言う。

相手が鳴郎だからといって少し汚しすぎたのかもしれない。


「悪い。今片づけるから」

「テメェ、友達でも女呼ぶときはキレイにしとけよ」


 ありがたい鳴郎の忠告を、笑って受け流しながら千博は部屋を片付けた。

約束通り鳴郎がゲームを持ってきてくれたので、二人は備え付けてあるテレビの前に陣取る。


「これ、地デジ対応してないからゲームしかできないんだ」

「ふーん。お前もゲームするのか」


 下らない話をしながら、鳴郎が持ってきたゲーム機を協力してテレビにつなげる。


「これでいいかな?」

「いいんじゃねーか?」


 電源をつけた機体にソフトを入れると、ゲームが始まるまでの沈黙が訪れる。

鳴郎は気を利かせるタイプではないので、千博がまず口を開いた。


「そういえば今日授業出てないのに、どうしてあんなところにいたんだ?」


 なんとなく口から出た疑問だったが、千博は言ってから不思議になった。

サボりというにはどこか物陰にいたのだろうに、どうしてこちらの騒ぎに気付いたのだろう。

それにあの時、鳴郎はなぜかジャージ姿だった。

着替えてるところも見てないし、妙だなと思っていると、彼がムッとした表情になる。


「授業なら出てたよ。テメェが気付かなかっただけだろ」

「いや、いなかっただろ。つーかいつもいないだろ」

「いるよ! つーかいちいち確認してんのか気持ち悪い」

「いや、そういうワケじゃ……」


 いつも仲良くしている友人がいるかどうかぐらい、すぐに分かるのが普通である。

しかしそう言うとまた気持ち悪がられそうなので、千博は話題を変えることにした。

今日他に話すことといえば決まっている。


「あ、そういえば、あの丸山田って教師、一体何なんだろうな? 教師失格だろ」


 思い出して若干怒りのこもった声で言うと、コントローラーを握りながら鳴郎が答えた。


「ああ、アイツか? 部長の調査によると、あの教師、前の学校で部員二十人熱中症にしたらしい」

「ホントかそれ?」

「部長の管狐に調べさせたんだからホントだよ。今日みたいに平気だ、いつも怠けてるせいだって言ってな。心配する他の部員を恫喝して倒れた奴をほっといた結果、七人に後遺症。四人は脳死状態になって話だ」

「それってほとんど人殺しじゃないか」

「でも本人は『これくらいでどうにかなる方がおかしい』つって退職勧告にも応じず、こうして他県から特例で夢見の森送りというわけ――つーか、ゲーム始まるの遅くねぇか?」


 鳴郎は真面目な話を途中で切り上げると、配線のあたりをいじり始めた。


「おいコラ千博! テメェプラグの色間違えて差してるぞ!」

「……すまん」


 慣れないせいか、うっかりしていたらしい。

鳴郎がちゃんとプラグを差しなおすと、のどかなBGMとともに可愛いどうぶつたちが現れた。

『ほのぼの森物語』という題名が躍るタイトル画面は、なぜか見てはいけないもののように思える。


「あっ、鬼灯のソフト間違えて持ってきたんだな? そうだろ」

「ちげーよ。オレのだコレ」

「な……に……?」

「今日はミルタンと四時からお茶会の約束なんだよ。急ぐぞ」

「ミルタン……? お茶会……?」


 わけの分からないまま取り残される千博をよそに、鳴郎は早速プレイを始めている。

どうやら今家から出てた女の子が、彼の使っている主人公キャラらしかった。

ピンクの髪で目がキラキラしており、可愛いワンピースを着ている。


「このゲーム、どんなゲームなんだ? 動物たちと殺し合うのか?」

「ちげーよバカか! どうぶつの住人たちと仲良くしつつ、畑で作物育てるんだよ!」

「でも今カマを装備したぞ。それで戦うんじゃないのか?」

「畑の雑草を刈るんだよ!」


 なぜだか分からないが、千博は頭が痛くなってきた。

いつもどすの利いた口調で攻撃的な鳴郎。

そんな彼が動物たちとほのぼのライフを送っているなんて、一体誰に想像できよう。

ワンピースを着た鳴郎、いや主人公キャラは畑仕事を終えると、可愛らしい煉瓦のお家の扉を叩く。

家の中では目がウルウルした牛と、お下げのついたウサギがテーブルを囲んでいた。

「ユキさんいらっしゃい!」――そう二本足の牛が主人公キャへに告げる。


「ユキさん!?」

「ウルセー、テメエは黙ってろ」

「今のがミルタンか?」

「そうだよ。なんか文句あるか!?」


(いちいち凄まなくても……)


 画面内で牛ことミルタンは「今日のお洋服わたしに似合ってますか?」と聞いていた。

てっきり「似合ってない」を選択するものと思いきや、彼は「とても似合っている」を迷わず押す。

ミルタンはたいそううれしそうだった。


(そういえばコイツ、甘い物好きだし、カワイイの好きらしいし、一体何なんだろう……)


 ダメ教師にも化け物にも容赦ない少年なのに、趣味趣向はまるで別人のようである。

恐るべき二面性を前に千博が考え込んでいると、ふと鳴郎が画面から目を離して言った。


「あ、見てるばっかじゃつまんねーだろ。テメーもやるか?」

「いいのか?」

「おう。でも花蹴散らしたら殴るぞ」


 「やめとく」と千博は首を横に振った。

苦労して整備してるのか、「ユキ」の住む森は花だらけである。

どうぶつの住人たちとも仲が良さそうだし、鳴郎はゲームの中とはいえほのぼの生活を満喫しているようだった。


「あっヤベっ、間違えてフクロウ斧で殴っちまった」


 時折物騒なセリフが聞こえてくるが、それはスルーしておく。

住人のおかしな行動に笑ったりしていると、そのうち母の里美が部屋を訪ねてきた。


「千博、オヤツ持ってきたわよ」


 礼を言うとともに扉を開けると、なぜか少し不機嫌な様子で里美が入ってくる。

彼女の持つ盆の上には菓子皿が、そして一杯のジュースが置かれていた。

千博が疑問を口にする間もなく、里美は冷ややかな声で鳴郎に言う。


「あなた、鬼灯君て言ったけ」

「そうですけど……」

「随分と乱暴な話し方をするのね」


 一気に部屋の空気が凍った。

しばしあっけに取られた後、千博は声を高くして母親に抗議する。


「何言ってんだよ母さん! 変なこと言うなよ!」

「だって殴るだのなんだの聞こえてくるから……」

「それは単なる冗談だって。中学生同士なら普通だよ。心配しなくていいから……」


 千博が里美の背中を強引に押しやると、彼女は不満そうに部屋から出て行った。

慌てて鳴郎に謝り、一つだけのジュースを彼に手渡す。


「俺、実は友だち家に連れてくるの初めてなんだよ。だから母さんも動転してるんだと思う。ホントにゴメンな」

「気にしちゃいねーよ。オレが乱暴なのは確かだし」

「でも悪くないやつには優しいだろ。母さんが変なこと言って悪かった」

「だから気にしちゃいないって」


 本当に気に留めてない様子で、鳴郎はジュースを飲みほしていた。

母の言動のせいで、千博の背中は汗びっしょりである。

鳴郎には動転していたせいと言い訳したが、本当のところは分からなかった。

ひょっとしたら鳴郎を不良と勘違いし、息子を非行に走らせまいとあんな態度を取ったのかもしれない。

彼が帰ったら、母に良く言い聞かせなければと千博は思った。


「おい千博!」

「ん!?」


 考え込んでいたところに声を掛けられ、千博はハッとする。


「ん、じゃねーよ。さっきから話しかけてんだろ」

「そうだったか? ゴメン、考え事してた」

「ったく、もう一度言ってやるけど、お前兄貴がいるんだろ?」


 再び千博の背中に嫌な汗が流れた。

里美と約束した手前、うまくごまかさなければならない。


「そうだけど、それがどうかしたか?」

「ちょっと仲がいいのか気になったんだよ」

「正直あまり仲良くないぞ。そういや、お前と鬼灯は仲いいよな」

「まーな。オレんとこは姉貴だから、兄貴ってどんなカンジか気になったんだよ」


 さらりと彼の口から出た「姉貴」という単語に、千博は思わず「えっ!?」と叫んでしまった。

双子とはいえ、普段の役割からてっきり鳴郎が兄だと思っていたのだが。

意外な事実に戸惑っていると、鳴郎はその反応は当然だとばかりにうなずく。


「そうだよな。やっぱりそう思うよな」

「悪いけど、どう見てもお前の方が上にしか見えないぞ」

「だよな。アイツ子供だからなぁ~。でも実際はあっちが上なんだぜ。しかも五か月」

「そんなに!?」

「アイツが七月生まれで、オレは十二月だからな」

「鳴郎冬生まれなのかぁ……」


 そうなんだと千博は何も考えずに相槌を打っていたが、そのうちおかしなことに気が付いた。


 双子は、五か月も間を開けて生まれない。

双子じゃないとしても、五か月で下の子が生まれるわけがない。


 大変なことに気が付いた千博は、勢いよく鳴郎の顔を見た。

ひょっとして鬼灯兄妹は、ものすごく複雑な家庭に育っているのではないだろうか。

聞いてはいけないと思いつつも、千博はつい口を開いてしまう。


「鳴郎お前、鬼灯と双子じゃなかったのか……?」

「そんなわけねーだろ、第一全然顔違うじゃねーか」

「でも血はつながってるんじゃ……」

「ねーよ。赤の他人」


 とんでもない事実が軽く鳴郎の口から飛び出し、千博は目を見開いた。


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