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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第三話 口は語る
12/69

3-4

「やっぱりまずは、犯行の証拠を押さえないと始まらないっしょ!」


 保安員告発についての話し合いが始まると、まず部長がこう言った。

言い方は軽かったが、千博は彼女の言う通りだと納得する。

あの保安員が客に罪を着せているのは事実だろうが、まだこちらにはそれを証明する証拠がなかった。

ただスーパーに行って保安員の罪をまくし立てても、信じてもらえるはずがないだろう。


「じゃあどうやって証拠を押さえるっつーんだよ」

「そりゃ張り込みでしょ張り込み!」


 鳴郎の疑問に、彼女は張り切って答えた。

しかし鳴郎は馬鹿にしたような表情を浮かべている。


「張り込みってよぉ、スーパーの中でずっとあの女に張り付くっていうのか? 怪しすぎて捕まるだろフツー」

「えー、でもぉ」

「人数は足りるとして一日中張り付く気かよ。バカバカしい。別の方法を考えんぞ」


 鳴郎は吐き捨てるように言ったが、千博はそうとは思わなかった。


「いや、張り込みをするって方法は結構いいと思う」


 「要するに、時間が絞り込めればいいんだろ?」と、千博が尋ねると、鳴郎が鋭い視線でこちらを一瞥してきた。

彼が手を出してこないのは分かっているので、怖いながらも皆に向かって続ける。


「俺の考えだと、張り込みは一日中続ける必要はありません。あの保安員が何かするのは、多分混雑している時間帯だと思います。人が寄ってきても何も思われないですからね。それに混んでる時間なら万引きがあってもスーパー側も不審に思いにくいでしょうし、張り込みはその間だけすれば大丈夫じゃないでしょうか?」

「なるほど。千博君頭いい!」

「張り込みをするなら、俺たちが放課後でなおかつスーパーが混雑する夕方の時間帯が一番でしょう。あとは保安員が客の荷物に物を入れる場所ですが、これもある程度予測できると思います」


 この発言には部長だけでなく、部員全員――もちろん鳴郎もーー反応した。

注目されて少し気が引けるが、きちんと根拠があって行っているので発言をためら必要はない。


「花山さんが疑われた時、俺は店長に監視カメラをチェックしてもらいました。でもあの時店長は何も言わなかったし、何か気づいた様子もなかった。多分、保安員の不審な様子は何も映ってなかったんです」

「つまり何が言いたいんだテメェは」

「保安員は監視カメラの死角で犯行をしているってことだ、鳴郎。それこそ万引き犯みたいにな。だから店長はカメラを見ても気付かなかったんだ。保安員ならカメラの死角なんてそりゃあよく知ってるだろうさ」


 あの時、保安員が花山のカバンに商品を入れたのは確実だ。

しかしその様子が監視カメラに映っていたとすれば、店長はその場で何も言わなかったとしても、青ざめるなり、何らかの反応は示したであろう。

そこから考えていくと、保安員がカメラの死角で犯行に及んでいることはおのずと導き出された。


 常夜が机の上に置いた人形の頭を撫でながら、関心と、そして呆れが混じったため息を吐く。


「氷野君の推理は見事だわ。でも保安員の行動はチグハグしてるわね。カメラの死角で犯行に及ぶのは、もちろんバレないためだろうけど、それだけ頭は回るのに、やることが客に罪を着せることだなんて」

「さっき鳴郎が言っていた通り、静かに、正常に狂っているんでしょう。あの口が言っていることが本当なら、あの女は濡れ衣を着せて人の人生を潰すことを楽しんでるようです。そんなことを考えなおかつ実行に移すなんて、いくら頭が働いても――」


 「狂ってるってことね」と、常夜が静かに呟いた。

あの保安員が客に罪を着せるようになったのは、もともと彼女の性根が歪んでいるところに、邪気が浸み込んだせいか。

それとも全てがこの地に漂う悪い気のせいなのだろうか。

どちらにしても、あの女を放っておくわけにはいかなかった。


「とりあえず、私は氷野君の意見と推理を支持するわ。これならすぐに証拠を押さえられそうだし。そうなると、まずは監視カメラの死角を探した方がいいのかしら」

「あっ、それならこのアタシにお任せあれ!」


 元気いっぱいに部長が右手を上げる。

部長なのにとてもそうは見えないなと千博が思っていると、彼女の右腕に異変が現れ始めた。

白い皮膚の一枚下で蠢く、蛇のように細長い何か。

そののたうつ何かは徐々に手の方へ向かって登って行き、やがて部長の手のひらの皮膚を突き破る。

出てきたのはこの間見たのと同じ、イタチに似た尾の長い妖怪「尾裂狐」であった。

あまり美しくない飼い妖怪の登場に千博は少し気分が悪くなるが、尾裂狐の容姿そのものは大変可愛らしい。


「この子に頼めば、カメラの死角もバッチリ調べてくれるから」

「あらそう。ならお願いするわ」


 こんなよく分からない生き物に死角が調べられるのか。

そもそもなぜ体の中に妖怪を飼っているのか。

千博には突っ込みたいことも疑問もたくさんあったが、もちろん他の部員たちは平然と部長が狐に指示を出すところを眺めていた。

普通じゃないクラブだと分かって入部したのものの、いざ普通じゃないところを見ると頭がくらくらしてくる。

部長から指示を聞いた尾裂狐は「キュ」と一鳴きすると、窓からするりと外へ出て行った。

すると狐に向かってバイバイと手を振っていたキクコが、ふと部員たちに振り返る。


「それで張り込みするんだよね? みんなどんな変装するの?」


 いきなりすぎるキクコの発言に、鳴郎が煩わしそうに息を吐いた。


「変装なんてしねぇよバカ」

「えー、なんでなんで?」

「する必要がねぇだろうが」

「あるよー。ちょっとの時間でも、中学生が立ち止まってたらおかしいもん。それにね、クロと千博とイッコちゃんは、ホアンインさんに顔を覚えられちゃってるんだよー」


 言い方は少し幼稚だったが、キクコの言うことにも一理あった。

確かにわずかな時間でも中学生が立ち止まっているのは目立つだろうし、昨日買い物に行ったメンバーは顔が割れていて警戒される可能性が高い。


「なら昨日買い物に行ったメンバーはともかく、他の部員は私服で行けばいいんじゃないか?」


 少なくとも制服を着ているよりは目立たないだろうと千博が言うと、キクコがつまらなさそうに頬を膨らませた。


「じゃあ千博とクロとイッコちゃんは変装してね。アタシ手伝ってあげる」

「ヤダよ。メンドクセぇ」

「わ、わたしも変な格好はあんまり……」


 露骨に嫌がる鳴郎と、控えめに断る花山。

千博も表情で拒絶の意を示したが、キクコと部長は顔を見合わせてにやけだした。

ロクなことを考えてないなと千博が思っていると、部長が嫌らしい笑みを浮かべながら鳴郎を肘でつつく。


「ねぇクロちゃーん。いい機会だから可愛いワンピースとか着てみなーい?」

「ハァッ? 何言ってんだテメェ!?」

「クロちゃんがスカートはいてるとこ、キッコタンも見てみたいよねー?」

「みたいみたーい!」

「と、いうことでクロちゃんはワンピースで決定ね」


 確かに鳴郎はとてもきれいな顔をしているし、体も細いからワンピースを着ても違和感ないだろう。

しかし、彼は男である。

十三歳思春期真っ只中の少年に女装をさせるのは同性としてあまりに忍びなく、千博は思わず止めに入った。


「ぶっ、部長! 鳴郎がワンピース着ても似合うと思いますが、髪型が合いません!」


 鳴郎の髪型は外見に関心がないのかなんなのか、ハサミで適当にぶつ切りにしたような短髪である。

そんな髪でも美少年でいられるのが彼の凄い所だが、ワンピースを着たらさすがに不自然極まりなかった。


「カツラをかぶせるのはやりすぎだし、ここは惜しいですがやめときましょうよ」

「あー、確かにそうかもねー」

「だよな、鳴郎?」


 しかし鳴郎は千博渾身の助け舟にもかかわらず、ものすごい形相でこちらを睨んでいた。

何がいけないというのだろうか。


「ったく、とにかくオレはワンピースもスカートもはかないからな。女装は氷野にでもさせとけ」

「なんでそうなるんだよ!?」

「オレは私服にキャップをかぶる。花山は私服にメガネでも掛けさせときゃいいだろ。私服になるだけでもだいぶ違うからな」

「は、はい。わたしはそれで結構です」

「つーことで決まりだな」

「おい、俺の服装は!?」


 焦る千博にキクコが「スカートはく?」と尋ねてきた。

もちろん真っ平ごめんである。

細身で顔立ちも涼しげな鳴郎と違い、千博は中学生と思えない長身と筋肉質。

道端を歩いているだけで、職務質問、警察署同行コースになる自信があった。


「俺は卒業式で来たスーツにしときます。それなら中学生は見えませんから」


 キクコが「千博いつ大学卒業したの?」と聞いてきたが、千博はあえて無視しておく。

彼女の言うとおり「卒業」と言ったら、大学卒業にしか見えない自分の大人びた外見が少し悲しかった。

部長曰く、調査に出した尾裂狐が帰ってくるのは時間がかかるとのことだったので、今日の部活動はここで解散。

張り込みは明日することに決まる。


 翌日、千博が放課後部室に行くと、部長はすでに監視カメラの死角を描いた見取り図を完成させていた。

あの尾裂狐、ちゃんと調べてきたのも驚きだが、喋れないだろうにどうやって話を聞いたのだろうか。

そこは飼い主と飼い妖怪の絆でどうにかしたんだろうと千博は無理やり納得すると、渡された見取り図のコピーを覗き込む。

図に記された死角は、三個ほどあった。

その三個の中には、もちろん千博と花山がソフトドリンクを選んだ場所も含まれている。


「千博君、今日ちゃんと私服持ってきた?」


 そう部長が言ったので、千博はうなずいた。

昨日の時点で変装用の私服を持って来いと言われており、他の部員たちも、おのおの服を用意してきたらしい。


「カメラの死角は三個あって、こっちは六人。二人ずつ別れればちょうどいいカンジだね。ていうか既にそのつもりでペア決めてあるから!」


 部長の采配により、常夜は鳴郎と、部長は花山と、そして千博はキクコとペアになった。

キクコと話したことはあるが、二人になったことはないので、緊張しないといえば嘘になる。

可愛い女の子と二人きりという時点でも動揺するというのに、彼女は言動も素っ頓狂なところがあり、正直扱いづらいのだ。

本当は鳴郎かせめて常夜と一緒が良かったが、新入りが部長の決定を覆せない。


(まぁ彼女を知るいい機会になるし……)


 そんなことを思っていると、「着替えるから」と千博は女子部員たちに部室を追い出された。

多分男子は廊下で着替えろということなのだろう。

別にそれでもかまわなかったが、鳴郎はトイレで着替えるとのことなので、千博は一人でスーツに着替えた。

慣れないネクタイに多少戸惑いつつスーツを着終えると、ちょうど鳴郎がトイレから戻ってくる。

彼の身を包むのは上下とも安全ピン、鋲、そしてジッパーのついた黒い衣装であった。

黒に染め抜かれたTシャツとズボンが、彼の漆黒の髪と白い肌に良く似合っている。

普通なら痛い中学生に成り下がる所をしっかり着こなしているので、千博は流石鳴郎と妙な関心さえ覚えてしまった。


「なんというか、その、刺々しさ全開というか、パンクな格好だな」

「ナメてんのかテメェは。これはパンクじゃなくてゴシックだ。二度と間違えるんじゃねぇ」

「わっ悪い」

「そういうテメェは新人教師みたいだな。いや新入社員か?」


 鳴郎は千博の全身を軽く眺めた後、当然のように部室の扉を開けた。

もちろん、ノックせずにである。


「おいいつまで着替えてんだよ! 早くしないとタイミング逃すだろ」

「ちょっ、鳴郎お前!」


 すぐに悲鳴が聞こえるかと思ったが、幸い皆着替え終わっていたらしい。


「もー、クロちゃんったら、せっかちなんだからー」

「クロのあわてんぼ怒りんぼ」

「女って普通は身支度に時間がかかるのよ。あなたとは違って」

「な、鳴郎さん、格好コワいです……」


 対して怒る様子もなく、四人が部室から出てきた。

制服だった初対面の時から彼女らの容姿が優れていることは分かっていたが、私服になるとまた違った趣がある。

部長は華やかな外見に合うミニスカートに、フリルの付いたカットソー。

太ももが露わになる丈のオーバーオールを着ているのがキクコで、常夜は飾り気はないが品の良いワンピースを身に着けている

サイズに合う服がないのか、花山は少しゆるそうな半袖パーカーとスカートを着ていた。

こうして並んでいるところを見ると、それぞれ容姿のタイプは違えど、まるでティーンズモデルの撮影会のようである。


「なに鼻の下伸ばしてんだよテメェは」

「あららー、千博君、アタシたちの色気にやられちゃったぁ?」

「いえっあのっ」


 慌てる千博を部長とキクコが声を上げて笑い、他の部員たちも忍び笑いをもらしている。


「さて、みんなの私服鑑賞もいいけど、そろそろ目的を果たしに行きますか」


 すっかり忘れかけてきていたが、私服に着替えたのはそもそも保安員の決定的瞬間を押さえるためなのだ。

あの女が犯行に及ぶのは、おそらく夕方の混雑時。

千博の腕時計はもう四時過ぎをさしており、グズグズしている暇はなかった。


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