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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第三話 口は語る
11/69

3-3

 その生徒は一体なぜスーパーの屋上で自殺しようと思ったのだろう。

千博が驚くと同時に思ったのは、自殺場所の選択についてだった

いくら近いとはいえ、わざわざあのスーパーまで行かなくても、用は学校の屋上で事足りるはずである。

妙だなと思っていると、常夜が冷めた声で部長に尋ねた。


「で、その電話してきた友達はなんて言ってるの? まさか単なる報告じゃないわよね?」

「アタシたちに来てほしいってさー。警察は頼りにならないみたいだよん」


 まさか説得してほしいと、部長の友人は思っているのだろうか。

そんな馬鹿なと思いつつも、部長が現場に行くと言うので、新入りの千博は黙って従う。

歓迎会はまた延期になりそうだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

急いで例のスーパーの前まで行くと、情報通り、同じ中学の制服を着た女子生徒が屋上に立っている。

彼女は既にフェンスを乗り越えており、飛び降りようと思えばすぐに降りられる状態だった。

建物は三階建て。

死にはしないだろうが、落ちれば大ケガをするのは間違いないだろう。

スーパーの周りは野次馬と駆けつけた警察官で、半円状の人だかりができていた。


 メガネをかけた少女は泣きながら、下にいる群衆たちへ叫ぶ。


「私はやってない! 万引きなんてしてない! 私はやってない!」


 「落ち着いて!」と、トランシーバーを持った警察官が答えた。

彼以外に警察官は数人しかおらず、落下した時の準備は全く整っていない。

少女は警官たちになだめられても、首を振り、半狂乱になりながら叫んでいる。


「私はやってない! 私はやってない! 私は万引きなんかしてない!」


 怪奇探究部の部員たちはしばらく泣き叫ぶ少女を眺めていたが、そのうち部長が「どうする?」と聞いた。

千博はどうするもこうするもないと思ったが、キクコが元気よく答える。


「落ちるトコケータイで撮ろうよ。ムービーで撮るのがいいと思うよっ」

「おい鬼灯! 不謹慎すぎるぞ!」


 千博はつい反射的にキクコを怒鳴りつけてしまった。

たとえ冗談でも言ってはいけないことはあるので、怒鳴ったことに後悔はしない。

キクコはぷくっと頬を膨らませてふてくされる。


「じゃあ千博はどーすればいいと思うの? あ、後ろから突き落とすの?」

「ちょっお前――」

「はいはいキッコタン、今日はなるべく助ける方向でいくからそういうのナシね」


 すかさず部長が二人の間に割って入る。


(今日はって、いつもはどうなんだ……)


 にわかに千博の中で疑問が膨らんだが、女子生徒が急に身を乗り出したのでそれどころではなくなった。

横にいた鳴郎は舌打ちをすると、人込みをかき分けて彼女の真下に移動する。

次の瞬間、落下した女子生徒は鳴郎の腕の中にいた。

いくら中学生とはいえ相当の衝撃だったろうに、鳴郎は平然とした顔で彼女を受け止めている。

彼の胸で、女子生徒は白目を剥きながら気絶していた。


「ったく、気絶するくらいなら最初から飛び降りてんじゃねぇよ。根性ナシ」


 丁度到着した救急車の隊員が、鳴郎の腕から少女を搬送用のベッドに移す。

少年が飛び降りた少女を受け止めるという展開に、周囲は歓喜と驚きの声で大騒ぎだった。

ひょっとして部長の友人は、コレを期待して怪奇探究部を呼び出したのだろうか。

考えてみれば化け物退治も街の平和に一役かっているし、このクラブは千博が思っているより人の役に立っているのかもしれなかった。


 少女には目立った怪我はなかったものの、念のため病院へ運ばれることになったらしい。

少しほっとしながら千博は救急車を見送っていると、そのうち野次馬の中に見知った顔があると気づいた。

忘れもしない、昨日自分たちを万引き犯扱いした保安員の顔である。

千博はムカつきを覚えつつも、様子を見に来たのだろうと思ったが、髪をかき上げた彼女の腕を見てギョッとした。

保安員の右腕に、いくつもの口が付いていたのである。

口はまさしく人間の口そのもので、唇もあればちゃんと歯もついていた。

口はそれぞれ何か話しているらしく、唇が絶え間なく上下している。

千博は驚きつつも意を決すると、近寄って耳を澄ましてみた。


「あの子、推薦取り消しになったんだって。ざまぁみろ」

「真面目にいい子ぶってるから悪いのよ」

「ちょっと怒鳴ったら、泣きながら自白し始めて。やってもないのにバカね」

「開けっ放しのカバンに、私が口紅入れてやっただけで、アイツの人生はもうおしまいよ」

「あのまま死ねばもっとスッキリしたのに」


(何言ってるんだ? この口たちは……)


 以前なら見間違い聞き間違いで済ませるところだが、今の千博には目の前の状況を間違いで切り捨てることはできなかった。

口は複数で話しているものの、声はみな保安員のものである。

声は周囲の人間にも、保安員の女性自身にも聞こえないらしく、気づいているのは千博だけのようであった。

急いで部長か常夜を呼んでこようとするが、もう保安員は人込みに紛れて見当たらない。

部長に学校へ戻ると言われたので、千博は諦めてスーパーを後にした。

しかし部室へ帰っても、女性の腕に現れたたくさんの口が目に焼き付いて離れない。

考え込んでいると、部長がケータイを眺めながら言った。


「今、さっきの友だちからメールが来たんだけどさ。自殺しようとしてた子、以前あのスーパーで万引して、推薦取り消しになったんだって」

「ひょっとして、その子が万引きした商品は口紅じゃありませんでしたか?」

「……なんでそう思うの?」


 千博が先ほど見たことを説明すると、部員たちは一様に真剣な顔になった。

誰一人こちらの頭の具合を疑わないところが、怪奇探究クラブの特異性を現している。

そのうち花山が恐る恐る右手を上げた。


「あのぉ、もし口が言っていることが本当だとしたら、さっきの子はあのオバサンに口紅を入れられて、濡れ衣を着せられたってことになるんですか……?」


 多少怖い顔つきになった常夜が首を縦に振った。


「そういうことになるわね。にわかには信じられない話だけど、昨日のことを考えると、可能性がないわけじゃないわ」

「あの人、なんかすごくこわかったんです。いきなり鞄ひっくり返して、わたしが万引きするところ見たって言って。わたし一人で詰め寄られてたら、多分嘘でもやったっていっちゃうと思います」

「中学生の女の子にはキツイわよね。よほど気が強くないと、みんな嘘の自白をしちゃうわ」


 もっともだと千博が同意したところで、部長がケータイを見ながら声を上げた。


「今万引きした商品について聞いてみたんだけどさ。千博君が言うとおり口紅だったみたいよ」

「あら、がぜん信憑性が上がったじゃない」

「スーパーではやったって言ってたみたいだけど、学校ではずっとしてないって言ってたみたい」

「無実の罪で推薦が取り消しになったら、そりゃああてつけ自殺もしたくなるわね」


 千博はあの女子生徒の気持ちを考えると、胸が痛くなった。

大の大人にしてもいない罪を問い詰められ、怒鳴られ、どんな思いでやりましたと言ったのだろう。

同時に、あの保安員の女を殴りつけてやりたい気持ちに駆られる。

まだ確実にあの口が言っていたことが本当とは限らなかったが、考えてみればあの女に不自然な点はたくさんあった。


「俺、やっぱりあの口は真実を語っていたと思います」


 力強い断言に、一同の視線が千博の方に向けられる。


「おい氷野、どうしてそう思うんだよ?」

「考えてみろ鳴郎。中学生が集団で買い物をしてて、そのうち一人が万引きしたら普通どう思う?」

「オレだったら、まず全員グルだと考えるな。学生の集団万引きはスーパーに付きモノだろ」

「だよな。でもあの保安員は最初から花山さんだけを犯人扱いしていた。俺がかばっても、グルだとは言わず彼氏だのなんだの言ってたし。それからも花山さんだけを貶めようとしている感じじゃなかったか?」

「……考えてみれば、テメェの言うとおりだ」

「それに、決定的におかしな点が一つある。あの時あの女は、花山さんが盗むところを確かに見たといってたよな?」


 鳴郎も花山も、そうだとうなずいた。

他の部員たちは、話の行方を黙って見守っている。


「でもあの女は、監視カメラで俺たちがサラミ売場に行ってないと分かった時こう言ったんだ。『ひょっとしたら、他の買い物客の籠から盗んだのかもしれない』って。盗んだのを見たならこの発言は変だろ?」

「たっ、確かにそうです! 盗んだの見たなら、どこでどんな風に盗んだのか知ってるはずなんですから」

「あの時は気づかなかったけど、保安員の言動はおかしな所だらけなんだよ」

「じゃあ、あの時わたしのカバンにサラミが入ってたのは……」

「多分カバンを下に置いた時、あの女が入れたんだろうな。売り場は混んでたし、最初からそのつもりなら一瞬でできるよ」

「でもまさか、スーパーの人が濡れ衣を着せようとしてくるなんて――」


 花山の言うとおり、スーパーの保安員が客に万引きの罪を着せようとしてくるだなんて普通は思いつかない考えだった。

だからあの時千博も店長も、あの女が単に勘違いしただけだと思い込んだのだ。

もしあの口が言ってることを聞かなかったら、千博は保安員の言動に違和感を覚えつつも、真実には辿り着かなかったはずである。


「つまり氷野が見た口は本物で、口が喋っていたことも本当だったってわけだな」


 鳴郎が腕を組みながら、千博の話に結論を下した。

皆文句はないようだったが、常夜は少し納得いかない顔している。


「でも不思議ね。腕に無数の目ができる怪異は聞いたことがあるけど、腕に口ができる怪異なんて、寡聞にして聞かないわ」

「目ができる怪異なんてあるんですか?」

百目鬼どどめきって言ってね、スリなんかの腕にできるのよ。お金の祟りだなんて言われているけど、実際はどうか分からないわ」


 と、なると、千博が見たあの口は新手の怪異だったのだろうか。

新種に遭遇するなんてなかなかない偶然だろうが、口が真実を語っていたことから考えると、やはりあの口は確かにあったとしか思えない。


「しかしどうしてあの女の腕に口ができたんでしょうか?」


 千博が疑問を呟くと、今までボーっとしていたキクコが小さく笑った。


「それはね、きっとその女の人が、本当のことを言われるのをコワがってるからなんだよ」

「どういうことだ?」

「スリの手に目が生まれるのはね、お金の祟りじゃなくて、人の目が怖いからなの。盗むところを見られてたらどうしよう、バレたらどうしようって。その女の人がコワいのは、本当のことを言われること。本当はこの人は盗んでないとか、本当は自分が罪を着せたんだとか、本当のことを言われるのをすごくコワいの。だからね、その人の腕には口ができたんだよ」


 まるでキクコは全てを分かっているような口ぶりだった。

彼女の瞳はまるで暮れかけの空のように暗い。

表情はまるで子供のように無邪気だったが、キクコに対してうすら寒い心地がするのを千博は否定できなかった。


「キッコタンが言うなら、多分そういうことなんだろうね。アタシもなんとなくそんな感じがするし」


 部長はキクコの説が腑に落ちたようである。

常夜も同意するような顔をしているし、先輩方が納得したなら千博の言うことはもうなにもなかった。

ただなぜあの保安員が、見も知らぬ客に罪を着せようとしたのかが気にかかる。

誰にともなく尋ねると、鳴郎が当たり前のように答えた。


「そりゃあ憂さ晴らしに決まってんだろ。通り魔みたいなもんだ」

「でもそんな理由で、あんな大それたことをするか? バレたら自分もただじゃ済まないし、頭おかしいだろ」

「分かってんじゃねぇか。あの女は頭おかしいんだよ」

「でも、一応言動はまともに見えたし」

「昨日言ったろ? 一番怖いのは一見普通に見えて中身がイカレてる奴だって」


 千博は菓子売り場でのことを思い出した。

静かに狂っている人間とはあの女のようなことを言うのだと、鳴郎の言葉に今さら実感がわく。

確かに彼の言うとおり、ああいう人間が一番怖いかもしれなかった。


「多分あの女、バレるまで同じことするだろうな」


 千博も鳴郎の言うとおりだと思った。

被害者が自殺しようとしても平気な人間が、このまま大人しくしているはずがない。

新たな被害者が出るのも時間の問題だった。

部長も口をへの字に曲げながらため息を吐く。


「ウチの部員も被害にあってるし、このままにしておくのも社会セーギに反するよね」

「捕まえるんですか?」

「怪異も関わってることだし、ここはいっちょ怪奇探究クラブの出番といきますか!」


 もちろん誰も異論を唱えることはなく、部室内で保安員告発の作戦会議が始められたのだった。

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