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夢見ノ森怪奇譚  作者: 種子島やつき
第三話 口は語る
10/69

3-2

 千博たちがいくらそんなことはないと言っても、女性はこちらが万引きしたとの一点張りだった。

どうもこの中年女性は、ここで万引きなどの犯罪行為を取り締まる保安員の仕事をしているらしい。

ワイドショーなどで保安員が万引き犯を捕まえているのは知っていたが、まさか自分たちが疑われる立場になるとは思わなかった。

いわゆる中年太り体型をした女性は、千博がそんなことをしてないと言っても「事務所に来い」と譲らない。

花山は今にも泣きだしそうなくらいに怯え、鳴郎は最初黙っていたが、ついにキレた。


「おいクソババァ。テメェ人をナメるのも大概にしとけよ?」


 押し殺したように低い彼の声は、人を脅かすのに十分である。

鳴郎は女性を無視して帰ろうとしたが、店長らしき男がやって来たのを見て、千博は鳴郎を呼び止めた。


「鳴郎、ここは一度事務所に行っておこう」

「なんでだよ。オレたちは万引きなんてしてねぇんだぞ」

「だからだ」


 男の下げている名札には、予想どおり店長と記されていた。

彼も三人に事務所へ来るように言い、千博は大人しく従おうと鳴郎を説得する。


「事務所で無実だとしっかり話そう。このまま帰ったら警察を呼ばれるかもしれないぞ」


 流石に警察はマズイと思ったのか、鳴郎もしぶしぶ事務所へついて行った。

花山は警察という単語が出た途端震えだし、怯えさせてしまったと千博は反省する。

連れてこられた事務所は、チラシやら値札の入った段ボールやらで雑然としており、五人もいると肩がぶつかりそうなくらい窮屈だった。

部屋に入るなり、保安員の女性が花山に向かって怒鳴る。


「早く万引きした商品を出しなさい!!」

「わっ、わたしそんなことしてないです……」

「嘘を吐くんじゃない! はっきりアンタが取るのを、確かにこの目で見たのよ!」


 どうも女性は花山が商品を取ったと思っているらしかった。

激高する女性に、千博は思わず「待ってください」と止めに入る。

花山とはスーパーに入った時からずっと一緒にいたが、彼女が万引きしたところなんて見ていない。

不審な素振りをしたら、隣にいる千博が気付くはずだった。


「おばさん、彼女は万引きなんてしていませんよ。ずっとこの目で見ていましたから」

「アンタ、この子のカレシなの?」

「違いますけど、それが何か?」

「そっちのアンタは?」


 女性はしかめ面をする鳴郎の方を見やった。


「テメェには関係ないだろ。あと一子は万引きなんかしてねぇし、するタマでもねぇ」

「あらぁ、随分この子のこと信用しているのねぇ」


 保安員の女性は大げさに驚いてみせると、花山のカバンをひっくり返した。

中から教科書や手鏡などが転がり落ちる。

かばんの中身は事務所の机の上に山積みになったが、その中に一つ、おつまみ用のサラミが混じっていた。

女子中学生の荷物にはふさわしくないそれに、千博は思わず眉根を寄せる。


「コレよコレ! このサラミをこの子は取ったのよ」

「わっ、わたしこんな物知らな――」

「黙りなさい!」


 女性の怒鳴り声が、花山のか細い声を遮った。

花山は凍死する寸前のように激しく震え、自分のカバンから転がり出たサラミを見詰めている。


「まったくこんな可愛いふりして、泥棒なんて。男の子二人はすっかり騙されたみたいだけど、私の目はごまかせないわよ!」

「わたし、ど、泥棒なんて、してません……」

「じゃあなんなのよこれは! そうやって弱々しくしてれば何とかなると思ってるわけ!?」

「わたし、本当に……」


 とうとう花山は泣き出してしまった。

震える小さな肩の後ろでは、死霊たちが激しくのた打ち回っている。

時々しゃくりあげながら涙を流す花山の姿を、保安員は勝ち誇ったような顔で眺めていた。


「まったく、泣いたってどうにかなるわけじゃないのよ。店長、もう警察を呼びましょう」


 女性が言うとおりに、店長が備え付けの電話を取ろうとした。

しかし千博はそれに待ったをかける。


「待ってください! 彼女はやってないと言ってるじゃないですか」

「しかしね、キミ。現に彼女のカバンから証拠が出てきてるんだよ?」

「花山、お前本当に取ってないんだよな?」


 千博が尋ねると、花山は泣きながらも力強くうなずいた。

まだ花山と出会ってほんの少ししか経ってないが、彼女は同じ怪奇探究クラブの部員である。

信じてみよう――そう決断した千博は、保安員と店長を射抜くように見据えた。

なるべく冷静に、落ち着いた声を心掛けて、千博はゆっくり口を開く。


「お二人はこのサラミを彼女が取ったとおっしゃいますが、彼女がサラミを取ったという証拠はあるんですか?」

「何言ってるんだねキミ。この子のカバンからサラミが出てきてるじゃないか。それが彼女が盗んだという何よりの証拠だろう」

「確かにサラミは彼女のカバンから出てきましたが、それは彼女が自分で・・・・・・サラミを入れたという証拠にはなりません。ひょっとしたら偶然入ったのかもしれないでしょう」

「そんな屁理屈を……」

「屁理屈ではありません」


 一見無茶なことを言っているように見えるかもしれないが、千博はそう思うだけの根拠があって言っていた。

いきなり鞄をひっくり返して中身が散乱することからも分かるように、花山のカバンのジッパーは基本開けっ放し。

さらにドリンクを買う時、彼女が床に鞄を置いているのを見ていたので、千博はその時サラミが混入したのではないかと思った。

ただでさえサラミは円柱状の転がりやすい形だ。

夕飯の食材をいっぱいに詰め込んだ買い物かごからサラミが落ち、偶然花山のカバンに入ることもないわけではなかった。


しかし千博が根拠を述べても、勢いを落とす店長とは違い、保安員の女性は鼻で笑うばかりである。


「そんな偶然そうそうあるわけないでしょ。言い訳するならもっとマシなのを考えたら?」

「でも、そうとしか考えられないんですよ」


 「だって俺たち、スーパーに入ってから、サラミを売ってるようなところ通ってないんですから」

そう千博が言うと、店長と保安員は絶句した。


「サラミって、多分おつまみコーナーにあるんでしょう? もちろん俺たちはそんなところ行ってないし、通路としても通ってませんから」

「ア、アンタ、嘘つくんじゃないわよ! いちいち通ったところなんて覚えてるわけないでしょ!?」

「自慢じゃないですが、これでも記憶力には自信があるんです。なんなら、監視カメラで確認してもらってもいいですよ? ありますよね? カメラ」


 「カメラは店内全部を監視してるわけじゃないし」と女性は食い下がったが、店長は監視カメラを確認しに行った。

結果、千博の記憶力が正しかったことが証明され、店長は土下座せんとばかりに三人へ謝罪をする。


「本当に申し訳なかった。キミたちはサラミを売ってるところを一度も通っていない。盗むのは絶対に不可能だ」

「でも店長、他の買い物客から取ったのかもしれないし……」

「君は黙りたまえ!!」


 店長は大人しそうな男だったが、さすがに保安員へ声を荒げていた。

確認が取れてもまだこちらを犯人扱いする彼女に、千博も腹が立ってくる。


「なんなら、警察を呼んでくれても構いませんよ。それでサラミの指紋を調べてもらうんです。多分彼女の指紋は出ないと思いますよ。だって触ってませんから」

「も、申し訳ない! こちらとしてはキミたちの無実はよーく分かった。彼女にはきつく言っておく! おいキミ、頭下げろ!!」


 店長はふてくされる女性の頭を無理やり下げさせていた。

後でお詫びに伺うからと住所を尋ねてきたが、三人で話し合った結果、それはしなくていいということにする。

その代り今回の事件の顛末を扉に張り出して、周囲の誤解を解いてほしいと千博が言うと、店長はもちろんだとばかりに了承した。


 ひたすら頭を下げる店長の見送り付きで、やっと三人はスーパーを後にする。

疑いが晴れたのはいいものの、結局買い物はできなかったし、時間もずいぶん遅くなってしまった。

花山はスーパーから出ても、まだ鼻をぐすぐすさせている。


「そんなに怖かったのか? まぁ無理もないか……」

「ど、どうもありがとうございました……。わたし、もし一人だったら、きっと――」

「いいんだって。でも不運なこともあるもんだな。商品が鞄に紛れ込むなんて」

「わたし、霊のせいでいっつも不運なんです……」


 花山が死霊付きの肩を落とすと、鳴郎がわずらわしそうにため息を吐いた。


「そもそも、テメェがちゃんと鞄の口閉めときゃよかったんだろうが。李下に冠を正さずってことわざ知ってるのかよ?」

「うっ、ごめんなさい」

「つーか氷野、お前幽霊や化けモンにはビビるくせに、ああいう時は堂々としてんだな」

「あのなぁ、幽霊や化け物には誰だってビビるだろう」


 行きよりも口数が多くなりながら学校へ戻ると、残りのメンバーが部室で待ちくたびれていた。

キクコに至っては、席で寝息を立てている始末である。

千博がスーパーで何があったか説明すると、部長は苦笑していた。


「そりゃあ災難だったね。万引きに間違えられるなんて」

「もううんざりですよ」

「あそこのスーパー万引き多いらしくてさ。アタシの同学年の子も、万引きして推薦取り消しになってたよ」


 だからといって誤認逮捕を許す気にはなれないが、スーパーが万引きで疲労困憊しているのは確からしい。


「大変なのは分かるけど、確認はちゃんとしてほしいですよ」


 そう千博がしみじみいうと、常夜が人形を抱えながら同意した。

人形もうなずいたように見えたのは、いつものように気のせいだということにしておく。


「まったく、氷野君の言うとおりね。もし貴方がいなかったら、今頃一子ちゃんはしてもいない罪を認めて、鳴郎は店の人を殴って警察だったわ」

「おい、常夜テメェ」

「だけど氷野君、貴方なかなか切れ者じゃない。普通そんな状況で冷静にはしてられないわよ」


 美人に褒められて、千博は柄にもなく赤面した。


 結局、今日は遅くなってしまった上に買い物もできなかったため、歓迎会は明日に繰り上げになる。

だが無実の罪は晴れたし、部内での株も上がったというのに、千博はなぜかスッキリしない気分だった。

具体的な言葉にはできないが、今日の出来事の何かが胸の奥で引っかかっているのである。


 翌日、本来なら部活休みの日に、部員たちは怪奇探究部の部室へ集まった。

今度こそはと意気込みながら、部長がそろった部員たちに向かって宣言する。


「今日は絶対に千博君の歓迎会だからね! 今日の買い出しはアタシとキッコタンとバーバーが行くよ!」

「部長に行ってもらっていいんですか? というか、バーバーってどなたです?」


 千博が聞くと、常夜が心底嫌そうな顔で答えた。


「バーバーは私のアダ名よ。部長しか呼ばないけど」

「え? バーバーと呼ばれる理由が見当たらないんですけど」

「『常夜とこよ』は読もうと思えば『とこや』とも読めるから、『床屋』でバーバー」

「……なるほど」


 はっちゃけた性格だと千博が思っているとはつゆ知らず、部長は張り切って財布を用意していた。

だが準備を邪魔するように、彼女の胸ポケットからケータイの着信音がする。

最初は無視するもなかなか鳴りやまないので、部長が電話に出ると、すぐに彼女の顔色が変わった。


「なんか昨日のスーパーの屋上で、ウチの生徒が自殺しようとしてるらしいよ」


 通話口を押さえながら言われた部長の言葉に、部員たちは顔を見合わせた。

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