閑話 バルム砦責任者の愚痴①
山に囲まれた難攻不落と名高いバルム砦。
帝国領側には高い城壁が有り攻めてくる帝国兵を阻んでいる。
戦闘は王国と帝国との矢の応酬から始まり、帝国兵が壁面に梯子を掛けて登ろうとする。
王国兵がそれを阻み、梯子から敵を落とす。
偶に王国兵が帝国領側に攻め込んで勝利したり退却したりの繰り返し。
砦が出来た当初から帝国の侵攻を防いだ難攻不落のバルム砦。
王国側は「この砦がある限り帝国からの侵入などありえない」と言う。
帝国側は「この砦を手に入れて王国領を攻めれば、辺境も平定が出来て戦略的に有利だ」と言う。
その為、帝国は砦の周辺にある険しい山を越え少人数で王国領に攻め入りバルム領の砦の補給線を断つ。
バルム領主は帝国の作戦を阻止するため、領地に兵を派遣する。砦の周辺は砦にいる兵隊に。ギルドの人間を派遣したり、他の領地に応援を頼んだりする。
それでも足りないので王都に応援を頼むのだが……。
砦に来た王都の貴族は私の前で言った。
「バルム砦は難攻不落だ。その程度の事では砦は落ちない。それよりもアイローン伯爵領の砦に応援に来い。アイローン砦の方が帝都に近く進軍しやすい」
逆に派遣される兵を減らされる羽目になった。
徐々に兵の数が減らされ兵の質も段々と落ちていく。
砦の責任者として兵の質を下げない為に、領地内で兵を補充したり、傭兵ギルド・魔法ギルドの人間を派遣させたり、質の良い武器を作らせたり様々な事をする。
医療関係にも力を入れた。戦死者を減らす為、徴兵された兵を無事に故郷に帰らせる為に。
そして回復魔法の使い手を砦に来てもらうように手配もした。
しかし回復魔法の使い手は数が少ない上に王族や貴族達が雇っているため断られている。
断られても何度も王都に打診をするが、今度は賄賂を求めてきた。
「手配してやるが金が要る。どのくらい払える?」
私はキレて腰にある剣を抜こうとしたが側にいた騎士たちに止められた。
なんとか心を落ち着かせ冷静に対応しようとしたのだが。
「私が王都の貴族達を説得するには金が必要なのだ。金がないと応援を呼ぶことが出来ない」
賄賂ではなく貴族達を説得する為の金か……。
確かに金がないと兵を補充する事は出来ないが……。前にも金を送ったのだが、その件はどうなっている?
「他の者に渡った金など私は知らない。その者に聞いてくれ」
……再度、金を渡してその者に兵の補充を頼んだ。
しかし兵の補充は無かった。砦に来た王都の貴族に聞いたがそんな話は無かったとの事だ。
私は騙されたのか?領地の金を受け取って何もしなかったのか?
裏切られたと思い頭に血が上り物に当たろうとしたが周りの者達に止められた。
なんとか心を落ち着かせる。物に当たっても良い事なんてない。よくぞ止めてくれた。
兵の補充はされず、軍資金を取られる。騎士達や兵士達の怪我が増えて前線に出られない。
せめて回復魔法の使い手がいれば……。
……ないものねだりは止めよう。今ある戦力でこの砦を守らないと。
最悪、砦に居る住民達にも働いてもらわないといけないかもしれない。
先日きた我が兄、バルム伯爵からの手紙を読む。
なんでも伯爵がアイローン砦に援軍に向かうと手紙に書いてある。そしてバルム砦に騎士と兵士の補充。
数は少ないが援軍が来るだけでもありがたい。
しかしアイローン伯爵領の砦に行くのか。
手紙には王族がアイローン砦に来るからと書いてある。王族が砦に来るなんて王宮で何かあったのか?
アイローン砦は帝国軍との戦いに優勢と聞く。王族の人気取りか?それとも左遷でもされたのか?
……王族が左遷される訳がないか。
失敗したら下の人間の首が物理的に飛ぶだけだ。
やはり人気取りか。王都で何かあったのかな?後日伯爵に聞いてみるか。
その後の手紙の内容は……。
なんだと!回復魔法の使い手来るだと!
それに魔法の使い手?
……ギルドランクはEランクか。
魔法が使えて回復魔法が使えるにしてもEランクは低いと思うが……。
待て!十歳だと!!
子供が騎爵位をもっている?
なにかの暗号かな?
手紙には不審な事は書いてないが……。
十歳の子供が爵位持ちで回復魔法の使い手?
なにかの冗談か?
詳しくはバルム伯爵から直接聞こう。それしかない。
「失礼します。バルム伯爵がもうすぐお見えになります」
……早いな。手紙を読んで内容を吟味している最中に来るなんて……急いで来たのか?
いや私が手紙を受け取って放置していたからだろう。緊急の知らせではなかったし、戦後の事後処理に追われていたからな。
伯爵が部屋に来られた。後ろに子供がいる。身なりは……鎧は来ていないが騎爵位のマントをしている。
子供の様だが背の低い成人男性か?
「久しぶりだ。アーノルド ルウ バルム。我が弟よ。良く砦を守ってくれた」
久しぶりの伯爵の兄からお褒めの言葉を頂く。
「ありがとうございます。しかし次に同じような規模の戦が起こった場合、勝つのは難しくなるでしょう」
「兵の補充だが数は少ないが質は良いぞ。後から我が領地からも騎士を派遣する予定だ」
どのくらいの兵を連れて来たのだろうか?手紙にも書いていなかったが……。手紙といえば子供の回復魔法の使い手が来ると。
マントを着た子供を見る。……まさか。
「この子供が回復魔法の使い手なのですか?」
「うむ、騎士トルクだ。光魔法の使い手でもある」
「初めまして、バルム伯爵家の騎士トルクと申します」
……手紙に書いてあったが子供だな。本当に回復魔法が使えるのか?
「トルクを先に部屋に案内してくれ」
「わ、わかりました」
従者を呼んで騎士トルクを部屋に案内させる。
少し混乱している様だ。子供が騎爵位を持っていて、回復魔法の使い手?兄は私をからかっているのか?
「トルクは娘婿のウィール男爵領の村に住んでいてレオナルドが見つけてきたのだ。孫たちの側近として育てていたのだ。剣術も魔術も使える。戦闘力はEランクとギルドが認めた。魔法も下級ならほぼ使える。水と土魔法が中級レベルだ」
レオナルドが見つけた子供?バルム伯爵の孫の側近?
「孫や娘達が賊に襲われたときにアンジェが深い矢傷を負ったがトルクが回復魔法を使って治してくれたのだ。娘の命の恩人であり、私達の恩人の子でもある」
私達の恩人?……。どういう意味だ?
「トルクは水の聖女と呼ばれたリリア ルウ アイローン伯爵第二夫人の子だ」
「亡くなったと言われる水の聖女ですか!」
数年前に死んだと言われていた水の聖女。私やバルム伯爵の命の恩人だ。生きておられたのか!
「リリア殿の事は事情があるから秘匿してくれ。将来は私の養女にする予定だ」
「で、では騎士トルクは……」
「トルクは孫のポアラと婚約を結んでいる」
重大な秘密をしり背筋が凍る。とんでもない者が来たのではないか?私達の命の恩人の子にして将来はバルム伯爵家の親族になるのか。
「トルクには部下が十人付いている。いずれもトルクに救われた者達だ。その者達はリリア殿の事以外は知っている。アーノルド、半年の間だがトルクを頼んだ」
「半年ですか?」
「長くても一年未満だ。来年は王都の学校に通わせる。本当なら今年から通う予定だったのだ」
半年から一年未満か……。少しでも回復魔法の使い手がいるのならなんでも良いか。
「騎士トルクが王都に行っても兵の補充は出来そうですか?回復魔法の使い手は?」
「私も王都に連絡をしているが、返事が来ておらん。私自身もアイローン砦に向かうのだが……。なんでも第二王子がアイローン砦に向かい帝国に攻め入るので貴族や兵達を集めるようだ」
なるほど第二王子か……。王族の指揮のもと戦うために徴兵しているのか。
「私は王都で詳しい情報を集めてアイローン砦に行く。それからバルム領地にはクレインを置く。何かあったらクレインと相談してくれ」
私の義理の甥のクレイン。姪と結婚しており人となりも良く信頼できる。
「それからトルクに従者を付けてくれないか?騎士なのにトルクには従者をつけ忘れてしまってな。誰か良い者はいないか?」
従者?……余っている者がひとり居たな。
「わかりました。では従者を付けておきましょう」
「できれば魔法を使える者が好ましいが難しいだろうか?」
「魔法を使える従者などいません。魔法を使える者は少ないので」
「トルクに回復魔法を教えてもらえれば、トルクが砦を去った後でも怪我人が癒すことが出来るかもな。今もトルクがその部下達に魔法を教えておる。回復魔法を覚えてくれたら良いのだが……」
随分と難しい事を言ってくれる。
……魔法が使える者に覚えさせてみるか。
難しいかもしれない。この砦にいる魔法使いは王都出身の者で左遷された者だから、プライドだけは高い。子供に教えを乞う事など出来ないだろう。
従者や何人かの兵達に教えてもらうか。
「頼む。では私達は王都に向かう」
「もう行かれるのですか?少し休まれたらどうですか?」
「そうなのだが上手くいけば王都の学校の入学式に間に合いそうなのだ」
……エイルドとポアラの入学式か。相変わらず孫には甘い兄だ。
「わかりました。道中お気を付けて」
「頼んだぞ!我が弟よ!」
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスをお願いします。




