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第五話

これで完結です。第三章は駆け足になってしまい申し訳ありません。

お読みくださりありがとうございました‼︎





 迂闊に歯向かうことができず、絵里はされるがままベッドへと押し倒された。


 ザギトスの事を考えるとシールドを張ることはできない。



「さあ、楽しませておくれ」


 厭らしい笑みを隠すことなく皇帝は絵里に近づいた。




 ぶよぶよして湿った皇帝の手が無遠慮に絵里の体を撫でまわす。



「やめろ……頼む……やめてくれ」


 少し離れたところからザギトスが懇願する声が聞こえる。


――こんなことをさせたいわけじゃない。彼女をこんな目に合わせるくらいなら、死んだ方がマシだった。


ザギトスは己の無力さに絶望した。





 絵里のドレスがはぎとられる。


 露になる白い肢体。

 散らばる黒髪が絵里の体を際立たせている。



「ロベルト……」


――ごめんなさい。



 絶望の中、絵里がギュッと目を閉じた時……。



「助けるって言ったろ」


 閉じた瞼に一筋の柔らかい光が差し。

 頭の中で聞こえるはずのない声を聞いた。


 愛する彼の声を。




 ハッとした絵里の瞳に映ったのは、会いたくてたまらなかった最愛の人。


「ロベルトっ!」


 わき目も振らずに彼の腕に飛び込んだ。






 絵里がギュッと抱き着くと、ロベルトも力強く抱きしめてくれる。



 温かな温もりが絵里の全身を包む。

 かぎ慣れたロベルトの匂い。


 安心した絵里は声を上げて泣き出した。







*~*~*~*~*~*~*~*~*







 ようやく絵里が泣き終わった時には全てが終わっていた。


「ロベルト、どうして、どうやってきたの?」


「城の外で突入の準備をしてたんだが……絵里の助けを求める声が聞こえたんだ。だからハーグの制止を振り切ってきちまった。まあ、結果的に絵里を助けられ、ザギトス皇子も保護できた。絵里のおかげだな」



 聞こえるはずのない声が聞こえ、届くはずのない声が届いた。

 これも送り人の力なのだろうか。


 いや。

 そんなことどうでもいい。

 ただ、ロベルトが助けに来てくれた。

 それだけで十分だ。




「ロベルト……ごめんなさい、わたし……」


 いくらザギトスを助けるためとはいえ、絵里は皇帝に身を任せようとした。


――決して許されることじゃない……。


 申し訳なくて、軽蔑されるんじゃないかと怖くて、絵里はロベルトの目を見ることができない。


「絵里」


 静かな声が絵里の名前を紡ぐ。


 決して怒っているわけじゃないのに、その声に逆らえない。


 ゆっくりと顔を上げ、ロベルトと視線を合わせた絵里は――驚いた。



 軽蔑も、怒りも、悲しみの色さえもその瞳にはなくて。

 ただ包み込むような、全てを受け入れてくれる温かな瞳だった。



「大丈夫だ。仕方がなかったって分かってる。言ったろ? 俺は何があっても絵里を大切にするって。俺の愛情はそんなことじゃ変わらない。ただ、怖い思いをさせて悪かった。守るって言ったのに、ぎりぎりになって悪かった」


 懺悔するかのように頭を下げるロベルトに絵里は慌てる。


「ロベルトは悪くない! 潜入するって言ったのは私だし、決断したのも私。それにちゃんと助けてくれたじゃない。ありがとう。本当にありがとう。それと……一瞬でも諦めちゃってごめんなさい」


 あの時、あの瞬間、絵里は確かに諦めた。

 信じるって言ったのに、ロベルトの助けを疑った。


「いいんだ。絵里が無事ならそれでいい。……帰ろう、俺たちの家に。一緒に」


「うん」


 素直にうなずいた。素直にうなずけた。

 罪悪感も自責の念も、何もかもを受け入れ、受け止めてくれる彼だから。



「愛してる、絵里」


 いつも真っ直ぐに愛を伝えてくれるロベルトだから。



 絵里は素直な自分で居られるのだ。




「私も愛してる。誰よりも、何よりも。世界で一番大切なあなた」








*~*~*~*~*~*~*~*~*







 ザギトスの怪我は重傷だったが何とか持ちこたえ、会話ができるほどには回復した。


「絵里……本当にすまない。俺のせいで……申し訳ない」


 これは、事件後初めて絵里と顔を合わせた時にザギトスが言ったセリフだ。



 あの救出劇から一週間後、ようやくザギトスとの面会が可能になった絵里は真っ先に会いに行った。



 お互いに話し合わねばならないことが山ほどある。



「ザギトス……あなたのせいじゃないわ。私が勝手にしたことよ。私が勝手にあなたを心配して、私が勝手に乗り込んでしまっただけ。あなたに悪いところなんて一つもない」


「だが……」


「……そうね、ごめんなさい、やっぱり訂正するわ。あなたにも一つ悪かったところがある。……どうして助けを求めてくれなかったの? 私は待ってた。約束したでしょう? たとえあなたがもうそうは思っていなくても……私にとってあなたは大事な友人で、何を置いても助けに行くわよ」


 そう、絵里は待っていたのだ。

 手紙が途絶えた一か月、心配だった。

 ザギトスが窮地に陥っていると聞いた時には、どうして知らせてくれないのかと切なかった。


 ――あの約束をもう忘れてしまったの?

 ――私の事を信頼していないの?


 ただ、手を伸ばしてくれれば。

 絵里はためらいなく駆け付けるのに。



「っ! 悪かった」


 声を詰まらせるロベルト。


「だが、決して、決して絵里を信じていなかったわけじゃない。むしろ誰よりも信じてた。俺が手を伸ばせばためらいなく助けに来てくれるって信じてた。……だから、言えなかった。迷惑かけたくなかったんだ……。絵里の幸せを壊したくなかった……本当にごめん」




 あのザギトスが、泣いていた。

 声を殺して泣いている。



――ああ、なんて優しくて……なんて切ないの……。


 同じだったからこそわかる。

 自分の幸せを諦めてしまう彼の心情が。


 同じだったからこそわかる。

 ようやく見つけた信頼できる人を失う怖さを。



 でも、それじゃあ。

 ザギトスはいつまでも一人ぼっちだ。



 そんなの……。

――寂しすぎるよ。切なすぎるよ。




「ねえ、ザギトス。人を頼ることを恐れないで。あなたが無事で、生きててくれて本当に良かったわ」



「絵里……ありがとう。本当に、ありがとう」



「ね、今度からは我慢しないで。一人で背負い込まないで。待ってるから」


「ああ」




 信じることが何より怖かった。

 絵里と出会い、誰よりも信頼できる人を手に入れた。

 愛する者を手に入れた。


 だが、今度は失うことが怖くなった。

 手を伸ばした結果、大切な人をなくしてしまうのではないかと怯えた。


 誰よりも信頼し、誰よりも手を伸ばせなかった人。



 でも。

 絵里は助けに来てくれた。


 何もかも分かって、それでも来てくれた。


 そして、自身の安全と引き換えに助けようとしてくれた。



 絵里とまたこうして会えた。


 そのことが無性に嬉しいのだ。





 絵里のおかげで、ザギトスは信頼することを覚え、頼ることを学んだ。



――やはり、適わない。誰よりも優しく、強く、真っ直ぐな君だから、俺は……。





「あいしている」




 その言葉は音になることなくザギトスの胸の内へと消えていった。





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