第四話
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拘束された絵里は皇帝の前に連れていかれた。
――この人が……皇帝。
ブクブクとだらしないほど太り、たるんだ肌とぎょろりと濁った目。
――為政者としての威厳が全く感じられない。
「そなたが送り人か……。なかなかいいじゃないか」
下卑た視線を隠すことなく全身を眺められ、絵里は嫌悪に身を震わせる。
「そなたはザギトスには勿体ない。わしがじっくり可愛がってやろう」
ゾッとする。
そして、彼の、ザギトスの悔しさと絶望を思い知る。
――こんな、こんな奴が親だなんて……。
「今夜、楽しみにしておるぞ。おい、これを磨き上げろ」
まるで物のように絵里を扱う皇帝とそれに反論せず粛々と従う家臣たち。
こんな空間に居ればおかしくなりそうでゾッとする。
――ロベルト!
今無性に彼に会いたい。
だが。
まだ計画は始まったばかり。
ここで弱音を吐くわけにはいかない。
ここで逃げるわけにはいかない。
――私だけはザギトスの希望であり続けたいから。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
メイドたちに隅々まで洗われ薄く化粧を施した絵里は美しかった。
変装用のソバカスは綺麗に洗い落とされ、シミ一つない真っ白な肌とプルりとした唇。
物憂げで神秘的な黒い瞳。
艶やかな黒髪。
着せられた衣装は胸元が大きく開き、薄い素材で身体の線がよく分かる。
部屋に入ってきた皇帝はそんな絵里を一目見ると、目をギラつかせ欲にまみれた顔をする。
皇帝でも何でもない、ただの獣がそこにいた。
「美しいではないか。玉のような肌に柔らかそうな胸。そんなに太ももを晒して、誘っておるのか?」
下種なセリフに反吐が出そうだ。
「さあ、楽しむとするか」
ニタニタ笑いながら近づいてくる皇帝。
――こんな奴に触られてたまるかっ!
絵里が強く思うと同時に、絵里の周りを青白い光が取り囲む。
「な、なんだこれは? おまえ、何をした?」
触れようとした皇帝の手がバチっとはじかれた。
――このまま、ロベルト達が来るまで持ちこたえれば……!
「何なんだ! 今すぐその妙な守りを解け!」
醜く喚く皇帝に向け、絵里は絶対零度の眼差しを向ける。
「絶対に嫌!」
しばらく忌々し気にしていた皇帝だったが、ふいにニヤリと笑った。
「おい、あいつを連れてこい」
扉の外に控えていた護衛にそう言っ他皇帝は、先ほどとは打って変わって上機嫌だ。
なにかよからぬ事を考えているのだろう、いやらしい顔だ。
――いったい誰が来るのだろう。
――どんな怪力の持ち主でも、どんな剣の達人でも、私を傷つけることはできないわ!
そして。
さほど時間が経たないうちに扉が開かれた。
護衛と共に入ってきた人物は……。
「……ザギ……トス……」
ボロボロになったザギトスだった。
「ザギトス!」
悲鳴のような叫び声をあげる絵里。
その声に引き戻されてか、ぐったりしているザギトスの目がうっすら開かれた。
「え……り。……ど……して……」
かすれた弱弱しい彼の声に泣きそうになる。
――ひどい……。
すぐさま駆け寄ろうとするが、それを阻むように男がザギトスに剣を突き付ける。
「酷い! なんで、どうしてこんなこと……」
「こいつがわしに歯向かうからじゃ。生意気な奴には躾をせんとの」
後悔も、罪悪感も、これっぽっちも感じていないのだろう。
むしろ得意げですらある。
「おまえはこいつを助けに来たんじゃろ? いいのか? おまえがその障壁を消さねばザギトスを今この場で殺すぞ」
――!!
「だ……だめ……だ。えり……やめろ」
ザギトスが瀕死の状態の中、それでも絵里の身を一番に考えてくれる。
ああ、胸が痛い。
怒りと、悲しみと、切なさと……やるせなさ。
――ザギトス……あなたは、どんな思いで……ずっと、ずっと。
動く力もないのだろう。
ただ絵里だけを見つめて首を振るザギトス。
そんな彼を見捨てる事なんて……できない。
あの日の約束。
孤独な彼の苦悩。
何があっても、どんな理由でも、私はあなたを助ける――。
――ロベルト、ごめんなさい……。
――たった一人戦い続ける友人を、私は見捨てることはできない……したくない。
「わかったわ。だから……彼に酷いことしないで」
「だめだ……」
苦痛に顔が歪み、それでもなお絵里を心配するザギトス。
――優しすぎるよ……。
もう、分かっている。
彼は絵里を信用していなかったわけじゃない。
むしろ誰よりも信用し、信頼していた。
だからこそ、助けを求めることはできなかった。
危険にさらすことなど……。
愛する少女に、ずっとずっと笑っていて欲しかったから。
幸せでいてほしかったから。
絵里が念じると同時に、絵里を覆っていた光がふっと消えた。
「ぐふふ。手間をかけさせたおまえも躾てやらんとなぁ。安心せい、すぐに気持ちよくなる」
下卑た視線に吐き気がする。
「約束です、彼を解放して」
「ああ、いいぞ。ただし伽が終わったらな」
振り返ると、ザギトスの瞳には絶望の色が。
――大丈夫。大丈夫だから。
精一杯の想いを込め、絵里はぎこちなく微笑んだ。
――今できる、精一杯の笑顔を。
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