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第十六話

お読みくださりありがとうございます。





 事件解決から二週間。

 その間、いろんなことが起こった。


 その中でもっとも関心が集まったのはやはりザギトスとの協力についてだ。


 議会は大荒れに荒れ、様々な意見が飛び交った。


――サザールの王族の言うことは信じられない。


――だが、いいチャンスなのではないか。


――これ以上ゴンドラスの好き勝手にさせるわけにはいかない、協力すべきだ。


――いや、ザギトス皇子が裏切るかもしれない。


――そもそも、この話自体が罠なのではないか。



 無理もないことだ。


 かつての戦禍の影響はまだ人々の心を蝕み、疑心暗鬼に陥ってしまう心情も理解できる。



 その不信はきっと、クーデターの成果が出て初めて和らぐのだろう。




「俺は一度国に帰る。なあ、絵里。一緒に来てくれないか?」



 パーティーの前夜、優しく照らす月光の元で、ザギトスが絵里に乞う。


 切実な想いを乗せたその声はどこまでも真摯で、漆黒の瞳は強く絵里を射抜く。



――わかってた。彼の気持ちは痛いほどよく分かってた。

絵里とザギトスはよく似ているから。


 この先、こんなにも理解し合える存在には出会えないかもしれない。


 それでも……。

 絵里が救われたのはロベルトがいてくれたからだ。


 どんなに近く、どんなに共感しあえたとしても……それだけは変わらない。


 ロベルトのおかげで今の絵里がある。



「ごめんなさい」


 だから絵里は断る。


 一緒には行けない。





「……わかってたさ。君が誰を想っているかくらい。それでも、わずかな望みにかけたかった。俺は絵里に救われたから。俺は君がいてくれたら何もいらない。それくらい好きなんだ」



 真っ直ぐな想いだった。

 だからこそ絵里はきちんと断らねばならない。



「知ってるよ。きっとロベルトに出会わなければ、あなたと一緒に行ったと思う。でも、それは恋じゃない。誰よりも近い存在だけど、それは恋愛感情じゃないわ。だから……ね。あなたも私に恋しているわけじゃない。きっと本当に好きな人に出会えるわ。だってこれからだもの、あなたの国は。サザールは」



「絵里……」


 その迷子のような、途方に暮れた眼差しに、切なくなる。


「大丈夫。だって私たち、友達でしょ? 何かあったらいつでも言って。何があっても必ず駆けつけるわ。それが友達だから。だから一人で抱え込まないで。苦しくなったら吐き出して。ザギトス、あなたは一人じゃない」



 切れ長の瞳が大きく見開かれた。



「この世界で、私の気持ちを本当の意味で理解できるのはあなただけ。ね、こんなに強い繋がりってないでしょ?」




「……ああ、そうだな。君は俺の唯一。希望であり、光であり、もう一人の俺だ。――ありがとう」




 この先、彼は帝国を背負って生きていく。

 途方もない重責がその背にのしかかるだろう。


 そしてそれを支える家族はいない。


 それでも、彼は立ち向かうと決めた。


 遠く離れていても、国が違っても、信じ、想い、理解してくれる人がいると分かったから。


――絵里。俺は君のことが好きだよ。唯一の理解者であることと関係なく愛している。


 言えなかったザギトスの本当の想い。

 二か月という短い時間の中だったけど、知れば知るほど側にいたいと思った。

離れたくないと思った。


――でもきっと、言えば困らせる。


 だからこの気持ちは伝えない。


――だが。

「絵里、俺ももし君が困っていたら真っ先に駆け付ける。俺に出来ることはなんだってする。……覚えておいて」





 それがサザール帝国にとって良くないことだとしても、彼はためらわずに助けてくれるのだろう。

 彼はそういう男だ。


 そしてまた絵里も、何を置いてもザギトスを助けるのだ。

 それがヴェリトスの危機につながったとしても……。


 お互いだけにしか分かり得ない絆がそこにはある。








*~*~*~*~*~*~*~*~*







 そしてパーティー当日。


 何か月も前から準備に準備を重ねてきた鮮やかなブルーのドレスを身にまとい、黒髪は編みこんで肩に垂らし、何時間もかけて化粧を施された絵里は……とても美しい。



 ロベルトにエスコートされしずしずと会場に姿を現した絵里に、会場中が注目し、感嘆のため息をこぼす。



 注目を集めることになれていない絵里はわずかに震えるが、ロベルトはそんな彼女の変化を見逃さず、大丈夫というようにギュッと手を握ってくれる。



「大丈夫。みんな絵里の美しさに見惚れているだけだ」


 そんな冗談まで言ってくれ、絵里は体のこわばりが少しほぐれた。

――ロベルトは冗談のつもりではなく本気で言ったのだが……。



 日頃から絵里の事は可愛いと思っていたが、化粧をし、ドレスを着た絵里はまさに女神のような美しさだった。

 外見からは、日頃の残念な言動は全く想像できない。


 部屋から出てきた絵里を見た時、ロベルトは不覚にも見とれてしまった。

もしあの瞬間奇襲があっても対応できなかっただろう。



――今日は絶対にそばを離れないぞ!



 こんなに美しい絵里を一人にしたらマズイ。





「皆さん、本日は私の五十歳の生誕祭に参加いただきありがとうございます。これからも各国と仲良くしていきたい所存です。本日は精一杯楽しんでいってください」


 国王陛下の挨拶が終わり、楽団たちの演奏が始まった。


 華やかな音楽が響き渡る中、参加者はダンスをしたり、談笑したり、料理を食べたりと思い思いに楽しみ始める。



「私たちも行きましょうか」


 ロベルトが腕を差し出してくれ、絵里はありがたくその腕に手を置いた。


 ロベルトの敬語は違和感があるが、公の場では仕方がない。

 少し寂しさを感じながらも、絵里は料理の方へと歩を進めた。




「絵里様!」


 麗しい声に、お肉を食べる手を止めて顔を上げると、そこには予想通りミカエルの姿が。


 紺色の衣装にシルバーのアクセサリーを組み合わせたその格好は、シンプルながらも彼の美貌を存分に引き立てている。


 まさに大天使ミカエルのような麗しさだ。



「ミカエル様! お久しぶりです。衣装、とっても素敵です!」


「ありがとうございます。絵里さんもとても美しいです。青いドレス……よくお似合いです」


 意味ありげなミカエルの様子に、絵里の隣でロベルトが盛大にむせている。



 絵里は知らないが、好きな男性の瞳の色のドレスを着るというのはこの国では広く知られたジンクスなのだ。


 もちろんロベルトはそれを知っていて、だからこそ盛大に照れているのだ。





「絵里様」


 今度はザギトスだ。


 大国の皇子が続けざまに絵里に話しかけるため、他の国からの賓客はなかなか側に近づけない。



「とても綺麗です。本当はダメもとでもう一度告白するつもりだったんですが……。その色のドレスを着ていることで諦めがつきましたよ。どうみても俺には望みなしですからね」


 ザギトスの大胆な発言にロベルトは動揺する。


――もう一度って……一度告白されてるのか!? いや、だが断ったんだよな……よかった。



 そんなロベルトの内心の動揺に気づくことのない絵里。


「このドレスがどうかしたんですか?」


「そうか、知らないんですね……。じゃあ俺の口からは言えません。ムカつきますから」


 そう言ってザギトスはチラリとロベルトを見る。


 答えを得られなかった絵里は、絶対後で聞こうと思った。――もちろん、ロベルトに。



「俺は明日国に帰ります。次会う時は……多分俺が皇帝になっています。そして、絶対に絵里様に誇れる国にしますよ。……また会ってくれますか?」


「もちろんです。ザギトス皇子、あなたは私の友人です。きっと困難な道のりになるでしょう。でもあなたなら成し遂げるって信じています。応援しています。でも、これだけは覚えておいて。どんなあなたでも、例え皇帝でなくても、皇子でなくても、会いに来て。ずっとずっと待ってるから」



 そう言って絵里は思いっきりザギトスに抱き着いた。



 周りがざわめくがそんなこと関係ない。


 ただ、示したかった。

 ザギトスが絵里にとって大切な存在であることを。


 ただ、示したかった。

 この先の彼の道のりが、少しでも緩やかになるように。


「待ってるから」


 耳元で囁いた。





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