第十三話
お読みくださりありがとうございます。
「ねえねえ、絵里さんの新刊読んだ?」
「当り前じゃない」
「私も読んだわよ!」
「私なんて読む用と保管用に二冊買っちゃったわ」
朝から城のメイドたちがざわついている。
話題はもちろん、昨日発売された絵里の新刊の小説についてだ。
そのおしゃべりは早朝の訓練に精を出す騎士たちの耳にも届く――ロベルトの耳にも。
「聞きました? 団長。絵里さんの新刊が出たらしいですよ。今回も評判がよさそうですね」
共に朝稽古をしていたマックスが、剣を振るう腕を止めないまま言った。
「ああ。彼女の小説は俺も好きだ」
こちらも手を止めず、危なげなくマックスの攻撃をしのぎながら答える。
――このくらいでは動揺しませんか!
目論見外れたマックスは、今日も今日とてロベルトに一本取られてしまった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
「これ、読んだか?」
ザギトスが差し出した一冊の本。
「絵里さんの小説? 俺はまだ読んでないよ」
昨日発売されたばかりのそれを、ハリーはまだ読んでいない。
「俺もう読んだが、結構面白かったぜ。やっぱ……彼女は特別だ」
そう言う彼の横顔は、この間のような自信はなく、ただ真摯な表情で。
――やっと、おまえは前に進めたんだな。
ザギトスの過去に何があったのかは知らない。
何を抱えていたのかも知らない。
だが、出会ったころから変わらない、排他的でどこか諦観したような彼の雰囲気。
それが消え、彼は今自分の人生位向き直っていると感じる。
――ようやく重荷を下ろし、生きる事に希望を持てるようになったんだな。
彼を変えてくれた絵里に、心からの感謝をささげたハリーだった。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
その日の夜。
一日の業務を終え騎士団寮の自室に戻ったロベルトは、絵里の新刊を手に取る。
実は昨日から読みたくてうずうずしていたのだ。
――ようやく、読める!
――舞台は光華という架空の国。光華の皇太子烈火と、敵国である道烈の皇太子緑星が織りなす大河ラブロマンス。
互いにいがみ合い、長く戦争をしてきた両国だったが、五年前の停戦調停によってつかの間の平穏を享受していた。
国民は重い税の取り立て、徴兵、そして戦火によって家を失うなど、疲弊していた。
戦によって利益を上げるのは一部の特権階級の者たちだけ。
貴族、神殿、そして国王。
そんな中立ち上がったのはそれぞれの国の皇太子……。
民を守るため、父親殺しを強行しようと決意を固める。
その最中で互いに惹かれ合い、協力し、敵に立ち向かう二人の勇士。
最後には、それぞれの国のため、二人は結ばれることはないが、生涯お互いだけを一途に思い独身を貫く。
物語が進む中で、隣国の妨害や家臣たちの策略などが複雑に絡み合い、ページをめくる手が止まらない。
――最高に面白い。
ロベルトが読み終わった時にはとっくに真夜中を過ぎ、カーテンを開けたままの窓から銀色の月光が差し込んでいた。
――面白い。……そして、やはり絵里の慧眼には適わないな。
適わない……。だが、それがどうした。
あの、真実を見抜く漆黒の瞳。
――あの美しい瞳の前で隠し事をする方が無粋じゃないか。
全てを一人で背負い込み、ただひたすら仕事に邁進し続けたのは過去の事。
今はただ、彼女の事が誇らしい。
真実は、彼女の本に隠されている。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
パーティー当日まで二週間を切った今日、ロベルト達騎士、絵里、そして三大国の王子達が一堂に会した。
――何? 何が始まるの?
何が起こるのか知らされていない絵里。
物々しい雰囲気に戸惑うばかりだ。
「一体どういうことだ?」
この状況が分からないのはロナルド王子も一緒のようで、彼はハリーに険のある視線を向ける。
「それを今から説明するよ。だからそんなに荒ぶらないでくれ、みっともない」
「なっ」
にこにこしながら鋭い毒を吐くハリーに、ロナルドは怒りで顔を赤くする。
感情のまま怒鳴り散らそうとしたが、
「絵里さんも、すみません。こんなところに呼び出してしまって」
と言うハリーの言葉になんとか言葉を飲み込んだ。
送り人の前でみっともない姿を見せないだけの理性はあったようだ。
だが、それもハリーが本題を切り出すまで。
「単刀直入に言うよ。ハリー、ミカエル、君たちは我が国の国宝を盗んだね?」
「なっ、何言ってんだ? 俺らがそんなことするわけないだろ! 発言には気をつけろよ、国際問題だぞ」
真っ赤な顔で喚くロナルド。
その隣で静かにたたずむミカエル――その表情からは何も読み取れない。
「言い訳は結構。俺たちが何の証拠もなく言ってると思う? 君たちの部屋を見せてもらったよ。そしたらびっくりさ、盗まれたはずの国宝が出てきたんだから」
「なっ、勝手なことをするな! プライバシーの侵害だぞ!」
「ミカエルが入れてくれたのさ。迂闊だったね」
チラリとミカエルを見るが、未だ彼は口を開かない。
それどころか表情一つ変わらず、この状況を分かっているのか甚だ疑問だ。
「ミカエル! おまえ!」
一人激昂するロナルドが逆に滑稽ですらある。
「さあ、取り調べを受けてもらおうか。君たちのどちらが厨房に火をつけどちらが国宝を盗んだのか吐いてもらうよ」
「ハリー王子、そのことなのですが」
ここで初めてロベルトが声を上げた。
「何だい?」
「実は、ミカエル王子はこの件には関わっていないようなのです」
「え? だが、一人では不可能だ。同時に同じ場所にいたことになる」
「ええ。ですから、共犯者は別にいます」
確信に満ちたロベルトの声。
「話してくれ」
ハリーはロベルトに話の続きを促した。
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