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第七話

お読みくださりありがとうございます。





 それから一週間、ザギトスとの約束の日まで、絵里の捜査は一旦ストップしていた。


 三人にそれぞれ話を聞き終えたということもあるし、何よりドレスの採寸で忙しかったからだ。


「この間も採寸したじゃないですかー」


「女性の体形は日々変化するんです。毎日採寸したっていいくらいですよ」


 絵里の不満げな声を、白髪をきっちり結い上げたご婦人がぴしゃりと跳ね除けた。


 実際、貴族の女性たちの中には、毎日仕立て屋を呼び採寸をするという人も珍しくはないのだ。


――これぞ異文化理解……!





 ただザギトスと会って話をするだけなのに、そのためにドレスをしつらえるという大掛かりな準備に辟易しながらも、


「他国の皇子と会うのですから当然です」


という周りの声になんとか我慢した七日間であった。








 そして迎えた約束の日。



「お邪魔します」


 絵里は一人、ザギトスの部屋に足を踏み入れた。




「今日は来てくれてありがとうございます。一度二人きりで話してみたくて」


 にこやかに迎え入れてくれたザギトス。


 そして今日もやっぱり二人掛けのソファーに密着して座る。



「この間のワンピースも素敵でしたが、今日のドレス姿は一段と可愛らしいですね。よくお似合いです」


「ありがとうございます。あの、敬語じゃなくて普通にしゃべってくれて大丈夫ですよ」



 実は、彼が敬語を話すことにこの間から違和感があったのだ。



「いえ、でも送り人様にタメ口は……」


「年上の方から敬語で話されるの、慣れなくて。お願いできませんか?」



「わかった。だがその代わり、絵里さんも敬語はなしだぜ」


「はい! ……じゃなくて、うん!」



 慣れない絵里の話し方に、二人は顔を見合わせてプッと笑い合った。






「これ、読んだぜ。絵里が書いたんだろ? 男同士の恋愛なんて興味なかったが、これは面白かった。登場人物も魅力的だが、何よりストーリーが良かったよ」


 ザギトスが取り出したのは絵里の著書のうちの一冊。


「え、ほんと!? 読んでくれて嬉しい! 私のもとの世界では、ストーリーよりキャラの魅力が重視されがちだったんだけど、こっちの世界の人はちゃんとストーリーも認めてくれるから書くのが楽しくなっちゃう」



 そう。

 ストーリーを大事にしたい絵里は、魅力的なキャラを求める大衆の要求にこたえることができず、BLのジャンルで小説を書くことは挫折した。



 だけどここでは、この国では、絵里は自由で居られる。


 束縛も押し付けも存在しない。






「なあ、この世界……って言ったらちょっと大げさだが、この国を絵里はどう思ってる?」


 幸せそうな絵里の様子を見て、ザギトスはふっとそんなことを問う。



 チラッとザギトスを見上げるが、含むところはなく単純な好奇心で聞いているようだった。……少なくとも、絵里にはそう見えた。




 だから、絵里は素直に思ったままを述べる。


「そうだなぁー。すごく充実した毎日を過ごせて、皆優しくしてくれて、私はこの国に来てよかったって思ってる、本当に。私はまだ城の外に出たことは数えるほどしかないし、他の国に行ったこともないけど……この世界でなら、私は私で居られるって思ってる」



「だが、家族とも友人とももう二度と会えないんだぞ? 誰も知ってる人がいない、絵里の過ごした過去の日々を知る人がいないこの世界で……これから死ぬまで生きていきたいって思えるのか? ……恨んで、ないのか?」



――そっか。私がこの世界に来たことを恨んでるって思ってるんだ。



 全くのトンチンカンな彼の考えに、おかしくて思わずくすくすと笑ってしまう。



「恨んでなんてないよ。心の底から、私は送り人になれてよかったって思ってる。……私の事を誰も知らない、私を縛る人は誰もいない……それって、すっごく幸せなことなの、私にとっては。家族なんて私には必要ないから」


 声は明るいのに、そう答えた絵里の瞳は昏く陰っている。


 だが、その瞳が、闇を抱えたその瞳がザギトスを惹きつけてやまないのだ。



――知りたい。この子の事をもっとたくさん知りたい。



 そう思った次の瞬間、絵里の瞳がザギトスの瞳を射抜いた。

 お互いの漆黒の瞳が逸らされることなく交差した。



「私、ザギトスさんにも同じ匂いを感じてるんだよね。私と一緒で、家族とうまくいってないでしょ。……あるいは憎んでる?」





 核心を突くその言葉に息が止まった。


――憎んでる……。まさか、見抜かれるなんてな。ハリーでさえ気づかなかった、俺の本心。



 まだ十代の年下の女の子に言い当てられるなんて思っていなかった。





「……よく分かったな。絵里の言う通り、俺は家族とうまくいっていないし、憎んでる。血がつながっているなんて思いたくない程な。何度も想像したよ。誰も俺を知らない世界に行けたらいいのにって。あいつらがいない世界に行きたいって。だから、絵里に話を聞いてみたくなったんだ」




「そっか。……さっきも言ったように、私と同じ雰囲気を感じたから。だからかな、始めて廊下で会った時からあなたに惹きつけられたの」




「……俺の話、聞いてくれるか? 少し長くなるんだが……」



 いつ見ても自信満々だったザギトスが、今は迷子のような表情でこちらを窺っている。



 不覚にも、可愛いと思ってしまう絵里。



――そうよね、誰かに胸の内を話すだけで少しは心が楽になるわよね。私がロベルトさんに救われたように、私も彼を救ってあげたい。子供は親を自分で選ぶことができない……。それなのにそんな親のせいで苦しむ人がいるなんて間違ってるわ。



「大丈夫、話してみて。心の内を誰かに聞いてもらうだけで少しは楽になるよ」





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