表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

第五話

お読みくださりありがとうございます。





 絵里がロナルド王子に会えたのは、事件から三日後の午後だった。


 というのも、昨日ロナルドの部屋を訪れた時は留守だったので、一日中新作の執筆に勤しんでいたのだ。

 もちろんロベルトも絵里につき合いひたすら妄想を聞かされ、心なしか今日も疲れが見える。



「お邪魔します」


 ミカエルとは違い、ロナルドにはきちんと護衛の男がついている。


――平凡な顔がコンプレックスのロナルド王子と、そんな王子をひたすら甘やかす護衛の男。いつしか二人の間には愛が芽生え……。



 絵里の鼻がぴくぴくし始めたのに気づいたロベルトは慌てて咳払いをして絵里を正気に戻す。


――はっ、いけない。妄想は後でしなきゃ。



 慌てて姿勢を正し、本題を切り出す。


「私、この間の火事について調べてるんです。実はあれ、放火が原因らしくて。あの時部屋にいなかった方々に一応お話をお聞きしたくて」



 一瞬、ほんの一瞬不快そうな表情を見せたロナルドだが、すぐに真面目な顔に戻り話し始めた。


「話といっても……私はあの時中庭を散策していました。護衛の彼も一緒でした」


 無表情で直立する彼に目を向けるとわずかに頷く。


――真面目過ぎでしょ。この主人ありにしてこの護衛ありって感じね。


 少しだけうんざりする。



――いや、でも……。堅物な護衛が主人にだけスの顔を見せるっていうのもそそるわね。



 しらっとした顔になったかと思えば急に目を輝かせ、鼻をぴくぴくさせる絵里。



 目の前の二人は絵里の百面相に戸惑うが、ロベルトには絵里の思考が手に取るようにわかる……分かりすぎるほどに分かる。



 うぉっほん。


 いささか大きすぎるロベルトの咳払いでまたもやハッとさせられる絵里。


 彼女は懲りるということを知らないのだ。




「えっと、それじゃあ怪しい動きをしている人を見たとかはありますか?」


 一応尋ねた絵里だが、有力な情報を得られるとは全く期待していない。


――だって中庭に居たんだものね。



 だが、そんな絵里の予想に反してロナルドは身を乗り出して話し出した。

 さっきまでのいかにも真面目ですと言わんばかりの表情とは打って変わり、気が高ぶっているような、何とも言えない熱を感じる。



「見ましたよ。ザギトス皇子が厨房のあたりをコソコソ窺っていたんです」


――ふーん。あの人がそんな迂闊なことするかしら。


 一度邂逅しただけだが、彼がそんな凡人のような真似をするとは思えない。

脳裏に浮かぶあの人は、もっとずっと賢く厄介な存在のように思える。




「そうですか……。情報、ありがとうございます」


 内心を窺わせないニッコリ笑顔でそれ以上の会話を遮断し部屋から出た。








*~*~*~*~*~*~*~*~*








 部屋に戻るなり、絵里は不満をぶちまける。


「あの人、絶対怪しいですよ! 中庭に居たのになんで厨房の様子が分かるんだって話ですよ!」



 それを聞き、ロベルトはおや?っと思う。


「俺はてっきり擁護すると思ったんだがな。二人で妄想してただろ?」



 ウッと言葉に詰まる絵里。


 確かに二人で妄想していた……それも何度も。



「や、やだなーロベルトさん。それとこれとは別ですよ。えへへへ」



 下手なごまかしだったが、ロベルトは声を立てて笑い、瞳を和ませて絵里を見つめる。


 まるで……。


――ハッ、何考えてるの私!


 ドキドキする心臓を抑え、思考を呼び戻す。


 柔らかい、普段と違う雰囲気のロベルトの様子に、絵里は柄にもなくクラクラしてしまった。



――まるで……私の事を大切に思ってくれているかのような……そんな視線。私なんかが誰かから大切に思ってもらえるわけなんてないのに。



 絵里は、分不相応な考えをしてしまった自分を恥じた。







「どうした?」


 黙ってしまった絵里を心配そうに覗き込むロベルト。


「何でもないです、大丈夫」


 至近距離で見つめられ、またもやドギマギしてしまう。


――最近私、変だ。ロベルトさんといると、私が私じゃないみたいに、気持ちがフワフワする。




「大丈夫ならいいんだが……。じゃあ、話を戻すが、俺もロナルド王子は怪しいと思う。もし本当に中庭に居たならザギトス皇子を見たというのは嘘だし、本当にザギトス皇子を見たのだとしたら中庭に居たというのは嘘だ。どっちみち何か隠し事があると考えていいだろう」



「ですよね……。あの、今更なんですけど、どうして犯人は宝物庫に侵入できたんですか? 扉前の騎士たちが離れたって、鍵がない限り入れないんじゃないんですか?」



「ああ、ちょうどあの日の十四時に、希望する来賓者たちに宝物庫を見学してもらう予定で鍵を外していたんだ。十分前に騎士が鍵を外したんだがそのすぐ後にあの火事騒ぎが起こってしまったってわけだ。ちなみに、宝物庫見学の事は我々騎士と両陛下、ハリー王子、そして来賓者の方々しか知らないはずで、だからこそ俺はあの場に居ず、なおかつ情報を知っていたあの三人を疑っている。タイミングが良すぎたからな」



「なるほど。確かにタイミングぴったりですね……」



「明日はザギトス皇子の話を聞きに行きたいんだが、大丈夫か?」


「もちろんです!」






 話がひと段落つくと、二人の間に落ちる沈黙。



 お互い、一気に気恥ずかしくなって意味もなく視線をさまよわせ、相手の目を直視できない。



――二人っきり……。密室に二人きり……。


 ロベルトにいたっては、ただひたすら己の心の中で“二人きり”を連呼するアホに成り下がってしまっている。




「えっと、ロベルトさんこの後何か用事ありますか?」


 ロベルトよりは幾分頭がはっきりしている絵里が、二人の間に漂うぎくしゃくした空気を破る。

日頃から妄想という訓練に励んでいる成果だろうか……。



「いや、特に用事はないぞ」


 桃色の思考に浸りきっていたロベルトは、いきなり声をかけられてビクッとしたが、その動揺を何とか抑え込む。



「じゃあ、一緒に夕飯食べませんか?」


「ああ! 一緒に食べよう!」


 パァーッと目を輝かせて食い気味に返事した。



――ふふふ、なんか可愛いな。



 さっきまでのドキドキとは違う、愛おしいような温かな気持ちになる。


――ロベルトさんと一緒だと、いろんな感情を知れるな。



 この世界に来て、向こうでは抱くことのなかった様々な感情が湧き上がる。



 それはきっと、絵里にとってすごく大事なこと。







 チラッと隣を歩くロベルトを見つめ……慌てて視線を前に戻す。


前を見つめる彼の横顔が、なんだかとってもかっこよかったから。





ブックマーク登録、評価ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ