第四話
お読みくださりありがとうございます。
各国の重役たちがやってきてから二週間。
絵里はあの日以来、他の国の人と会うこともなく、また落ち着いた日常に戻っていた。
ロベルトの方は警備に忙しいらしく会う機会は未だ少ないが、騎士団へ行くといつも騎士たちが暖かく絵里を迎え入れてくれる。
今日も騎士団に顔を出そうかと思い廊下を歩いていると、第二厨房のあたりが騒がしい。
むくむくと湧き上がる野次馬根性に従った絵里は、予定変更とばかりに騒ぎのもとへと近づいた。
「何かあったんですか?」
顔なじみの騎士に問いかける絵里。
「火事らしいですよ。絵里様の部屋は階が違うから大丈夫だとは思いますが、各国の来賓者の方々は全員この階お泊り頂いていたので、今念のために避難してもらっているところです」
確かに焦げ臭いにおいがするし、煙のせいか、少しだけ目が霞む。
「絵里さんも危険ですから部屋に戻ってくださいね」
そう言われ、絵里はおとなしく従った。
絵里が火事に隠された事件の全貌を知ったのはその日の夜のこと。
夕食後、久々にロベルトが絵里の自室へとやって来たのだ。
「部屋に来るのは久々ですね、どうしたんですか?」
二人で町へ行って以来、絵里はロベルトのことを妙に意識してしまっていたが、疲れ切った彼の表情に、そんな感情は引っ込んだ。
「ああ、夜に悪いな。実は聞いてほしい話があって……」
ひとまず部屋に招き入れ、暖かいハーブティーをふるまう絵里。
――少しでも心が休まればいいな。
ゆっくりハーブティーを飲み一息ついた後、少しだけ柔らかくなった表情でロベルトが口火を切った。
「今日、第二厨房で火事騒ぎがあったんだが知ってるか?」
昼間の騒ぎを思い出し、絵里は頷く。
「幸い怪我人は出なかったんだが、事はそれだけじゃ終わらなかった。来賓者の安全を確保するため、騎士団総出で失火や避難誘導に当たったんだが、そのすきを突かれて何者かに国宝の一つを宝物庫から盗まれてしまったんだ」
「えっ……」
国宝が盗まれたなど、この国にとって一大事じゃないか。
「俺は、火事は陽動で、騎士を宝物庫から遠ざけてその間に国宝を盗むのが目的だったんじゃないかと思っている。そして、その犯人はザギトス皇太子かロナルド王子かミカエル王子の中にいるのではとも」
「どうしてその三人の中にいると思うんですか?」
「避難誘導したとき、来賓者たちの中で三人だけがいなかったんだ。もちろん、我が国の者が犯人という可能性も十分にある。だが、あの時部屋にいなかった三人の事がどうしても気になってな……」
――たまたま部屋にいなかったときに事件が起きちゃったのかもしれない。でも、三人ともアリバイがないのは確かで、犯人の可能性は十分あり得るわね。
「それで、絵里に頼みたいことがあるんだが……」
「何ですか?」
「この三人の王子達の様子をそれとなく探ってほしいんだ。他国の王子ともなると、俺たちはうかつに捜査ができん。証拠があるのならともかく、犯人と疑った挙句それが間違いだったら国際問題にもなりかねない。だが、送り人という立場にいる絵里なら話は別だ。頼めるのは絵里しかいない。お願いできるか?」
真剣な瞳が絵里を真っ直ぐに見つめてくる。
「いいですよ」
気づけば、絵里はとっさに了承の返事をしていた。
――困ってるロベルトさんを放ってはおけないもの。
誰かのために何かをしようと思った自分に、絵里はわずかに驚いた。
「すまない、ありがとう。俺もきっちり付き添うから」
――惚れた女に危険なことをさせてしまう自分が情けない……。今度こそ、俺が絵里をしっかり守る!
*~*~*~*~*~*~*~*~*
翌日、絵里は早速行動を開始した。
パーティー当日まで、あと一か月。
それまでに解決しなければならない。
「ミカエル王子!」
――ちょうどよかった。
ミカエルとロナルドの部屋に行こうとしていた絵里とロベルトは、廊下でミカエルに会うことができた。
フワフワと掴みどころのない視線が絵里を捉えると、さっと理性の光が宿る。
「絵里様。こんにちは、今日も美しいですね」
流れるようなお世辞に絵里は苦笑いする。
「ありがとうございます。ちょうどよかった、ミカエルさんの部屋に行こうとしていたところだったんです。一緒にお茶、しませんか?」
わずかに目を見張ったミカエルだったが、快く誘いに応じてくれた。
穏やかに降り注ぐ日差しと、光を受けてキラキラ輝く色とりどりの花々。
こじんまりとした庭園で、二人はまったりと紅茶とケーキを楽しむ。
絵里の後ろにはロベルトが控えているが、ミカエルは護衛も連れずにリラックスしており、王子としてどうだろうかとちらっと思う絵里。
だが、気ままに行動するミカエルに親近感を抱いているのも事実だ。
「実はお茶に誘ったのは聞きたいことがあったからなんです」
単刀直入に切り出した絵里。
貴族特有の曖昧な言い回しは嫌いだ。
「何ですか?」
綺麗な翡翠色の瞳に真っ直ぐに見つめられる絵里。
逸らさず、しっかり向き合う。
「昨日の火事騒ぎの時、どこにいましたか?」
本当に直球だ。
「庭を探索してましたよ。どうしてそんなこと聞くんですか?」
「実はあの火事、放火の疑いが濃厚で……。それで、あの時部屋にいなかった人たちがちょっと怪しいなーとか思ったりしちゃって……」
国宝が盗まれたことには触れない。
だが、疑っている後ろめたさがある分、言葉が尻すぼみだ。
「……そうですか。確かにその時間にピンポイントでアリバイが無かったら怪しいですよね……。まぁ、僕は疚しいことは何一つないですからいいですよ」
チラリと絵里の後ろで微動だにせずに立っているロベルトを見、茶目っ気たっぷりに絵里にウインクして見せるミカエル。
――嘘はついてなさそうに見えるけど……。
「私的にはミカエルさんは犯人じゃないと思うんだけどなー」
ミカエルと別れた絵里はロベルトと作戦会議だ。
「俺もミカエル王子は白に近いグレーだと思う。……彼、絵里みたいなタイプだよな」
「どういう意味ですか?」
「自由気ままっていうか、誰にも縛られないっていうか。そういう俗物的なこととは関係なさそうな雰囲気ってこと」
「……そうですね。でも、最初の印象ほど彼のことを自由気ままとは思えないんです。ちゃんと受け答えしていたし、つかみどころのない雰囲気が少し薄まったていうか……」
――ぶっちゃけ、お兄さんと一緒の時は彼が王子で心配になったほどの自由人加減だったけど、一人の時は普通に頭の回転が速そうに見えるのよね……。もしかして、もしかしてだけど……
「兄弟の禁断の愛!?」
興奮高まり思わず口に出してしまう絵里。
「バカなことを言うな!」
――他国の王子たちで妄想するなんて不敬すぎるだろ! 絵里じゃなかったら国際問題になるぞ。
結構ガチ目に叱られ、テヘッと舌を出す絵里。
――絶対美味しいネタなのに。
この子、全く反省していない。
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