第三話
ストックがたまりましたので、毎日投稿再開します。
お読みくださりありがとうございます!
各国の来賓者がやってきてから三日後。
図書室への道すがら、絵里は見知らぬ男性に声をかけられた。
「初めまして、レディ。ハミン王国第二王子ミカエル・ハミンと申します。こんなに美しい人が送り人だなんて感激だな! こうして会えたのも何かの縁、一緒にお茶でもどうですか、美しいレディ」
――なんだ、このキラキラしい男は。今まで見た誰よりも美人だ……。
輝く銀髪。
すらりとした体型。
話に聞いていた以上の美丈夫だ。
「こら! ミカエル! 勝手に出歩くんじゃない!」
どう答えようか迷っていた絵里は、背後からの声に振り返る。
やって来たのは、茶髪の男。
中肉中背でこれといった特徴のない、どこにでもいそうな顔立ちだ。
その彼は絵里を見るなりハッとした表情になり、姿勢を正した。
「送り人様。お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。私、ハミン王国第一王子ロナルド・ハミンと申します。弟がご迷惑をおかけしませんでしたか?」
ピンと伸びた背筋に真面目くさった顔。
――出会ったばかりのロベルトさんみたいね。彼の方がかっこいいけど。
「初めまして、絵里です。迷惑なんて全然。あの、つかぬ事をお聞きしますがどうして私が送り人だと分かったのですか? 他国の人にはお会いしたことがないと思うのですが」
「それは……」
「それは勿論、我が国のスパイが絵里様の似顔絵や情報をたくさん伝えてくれましたから」
歯切れの悪い兄にかわり、弟がさらりとスパイの存在を暴露した。
「ミカエル!」
叱る兄とどこ吹く風の弟。
――ミカエルさんの手綱を握るのは大変だろうな。
わずかな間でミカエルのマイペースっぷりを体感した絵里は、自分の事を棚に上げ、ロナルドに同情するのだった。
結局お茶は丁重にお断りし、二人と別れた絵里は今度こそ図書館へと向かう。
が、またしても誰かに呼び止められた。
「お! 送り人様じゃないですか。初めまして、サザール帝国皇太子、ザギトス・バルハンです。お目にかかれて光栄です」
漆黒の髪。
褐色の肌。
逞しい体つき。
その瞳は、理性と知性の光で輝いている。
「初めまして、絵里です。私もお目にかかれて嬉しいです」
お互いに頭を下げ合いすれ違う。
もっと何か言われるかと思った絵里は拍子抜けした。
――父親と息子は違うってことかしら?
おじいちゃん先生から聞いた話を思い返しながら、絵里は言い知れぬ違和感を抱いた。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
一方、絵里との邂逅を果たしたザギトスはというと……。
「絵里様と会ってきたぞ」
「え、まじ? 俺まだ会ってないのに。どうだった?」
「最初は警戒してるっぽかったけど、すぐに警戒の色は消えたな。見る目があるのか、ないのか……。ちょっと興味深い子だよ」
そう言って、かすかに笑うザギトス。
相手の男も、そんなザギトスの表情を見て絵里に興味がわく。
「俺も早く絵里様に会わないと」
――そして、見極めなければ。彼女が有用か否かを。
「ところで、ハミンの王子達はどうするよ」
今日二人が集まった本来の目的について切り出すザギトス。
「ああ……。無理そうだね……。ロナルドは頭が固いし、ミカエルの方はフワフワと掴みどころがなくてよく分からん。」
残念そうに答えるもう一人の男。
「そうか。彼らが加わればより一層目的に近づくんだがな……。だが仕方ない。……お前の方は大丈夫なんだよな……ハリー?」
「ふふふ、もちろんさ」
ザギトス皇太子とハリー王子。
帝国と王国を背負う二人。
二人はいったい何を企んでいるのだろうか。
ヴェリトス王国とサザール帝国、そしてハミン王国をも巻き込んだ計画が二人を中心に動き出している。
「うまくいくさ、大丈夫」
二人は顔を見合わせて強くうなずき合った。
こっそりとザギトスの部屋から出てきたハリーは知らなかった。
その姿を見られていたなんて。
その人物が、驚愕と憤怒の表情を浮かべていたことなんて。
*~*~*~*~*~*~*~*~*
一方、絵里と別れた後のハミン国両王子はというと……。
「ミカエル、頼むからふらふらしないでくれ。送り人様に万一失礼があったらどうするんだ!」
兄の怒りをよそに、ミカエルの視線はあっちへふらふらこっちへふらふらと、少しも話を聞いていない。
そんな弟の様子に、ロベルトの方が話をするのを諦める。
これがいつもの彼らのパターンだ。
真面目でしっかり者の兄と、自由気ままな弟。
昔はお互いのそんな性質を受け入れて仲良く過ごしていたが、成長と共に少しずつかみ合わなくなった。
――そういえば、ハリーとも昔はもっと打ち解けられていたな……。
彼の留学期間中、一緒に過ごした幼馴染の事を思い返すロナルド。
――昔は言葉にしなくても理解し合える間柄だったのだが……。いったいいつから考え方が変わってしまったのだろうか……。
この国に来る前日、ハリーから聞かされた理想を思い出す。
――あの時、俺はハリーに賛同することはできなかった。俺とあいつの理想は違う……。俺は正しい。
かつての友情を振り切るかのように頭を振って気持ちを切り替える。
――俺は、俺の国のためにあいつと対立する。それが俺の国にとっても、この国にとっても最善だと思うから。
そんな彼の様子を窺う者が一人。
さっきまで興味なさげにロナルドの話を聞いていたミカエルだ。
考えを悟らせない、色素の薄い瞳を兄へと向ける様子は、普段の自由奔放さが一切ない。
だが、それも一瞬の事。
すぐにフイっと視線を逸らし、窓の外を飛ぶ小鳥に注視する。
ミカエルがロナルドから視線を外してすぐ、二人の部屋の扉がノックされた。
「誰だ!?」
「レイ・タッカルと申します。ハリー王子の教育係を務めていた十二年ほど前に会っているのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「ああ! 覚えているとも。俺も一緒に勉強を見てもらったことがあるからな。さあ、入って」
ロナルドが扉を開ける。
そこには、護衛に挟まれて立つ一人の男の姿が。
「お久しぶりですね、ロナルド王子、ミカエル王子。すっかり立派になられて」
懐かし気に目を細めるレイ。
「今日はどうしたんだ?」
三人でソファーに座り、突然の来訪の訳を尋ねるロナルド。
「実は……、ハリー王子とザギトス皇太子の親密そうな様子を見かけまして。私としては、帝国の者は信用できません。それで、何故二人が親しくしているのかをお二人は知らないかと思いまして……」
レイが語ったのは、まさに先ほどロナルドが考えていたことと関係があることだった。
「……すべて話そう。俺が知っているすべてを」
ロナルドがすべてを語り終えた時、レイの顔には信じられないという思いがありありと浮かんでいた。
「そんな。まさか、ハリー王子がそんなことを考えているなんて……」
「俺も反対したさ。だが、あいつの意志は固い」
険しい表情の二人をよそに、ミカエルは一人我関せずといった態度で話を聞いているんだかどうかもよく分からない。
しばらくの沈黙の後、レイが口を開く。
「……この国の、そしてハミン国の未来のため、協力しませんか?」
「……どういうことだ? 詳しい話を聞かせてくれ」
「はい。……」
そして語られたその内容に、ロナルドは少し迷ったが賛同した。
「国のためだ」
そう言ったロナルドの瞳には昏い色が宿っている。
決意の光……だろうか。
レイが帰った後、すっかり暗くなった窓の外を眺めるロナルド。
彼の頭に弟のことなどない。
ただ、自分が成功させなければならないというプレッシャーと、自分が事を起こすことへの期待感でいっぱいだ。
そんな兄の様子を冷めた瞳で見つめるミカエル。
各々の目的は何か。
そしてそれを達成するのは誰になるのだろうか。
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