第十三話
お読みくださりありがとうございます。
「なかなか口を割りませんね……」
城の地下付近の一室で、マックスがため息交じりにそう言った。
マックスとロベルトは毒殺未遂事件の容疑者としてバッテンデル男爵を取り調べており、今日も今日とて彼は犯行を否認している。
絵里に使った自白剤を使えればいいのだが、そういう訳にもいかないのが現状だ。
自白剤は希少な材料から生成され、さらには作ることができる人も限られるレア中のレアな薬であり、使用許可が下りない。
「……本当に男爵が犯人なのだろうか」
ロベルトがポツリと呟いた。
「どういうことです?」
バッテンデル男爵が犯人だと考えているマックスはいぶかし気に聞き返す。
「いや、どうにも腑に落ちないような気がしてな……。何者かに背後から操られているような、そんな気がするのだ……」
ロベルト自身も、自分の抱えるモヤモヤをうまく言葉に出来ない。
――ただ何となく納得できないんだよな……。
「まあ大丈夫ですよ。どうせ奴が犯人です。すぐに何かしらの証拠が見つかりますよ」
マックスが元気づけるように言う。
膠着状態のこの状況に、ロベルトもマックスもいい加減うんざりしていた。
そんな中、
「大変です!」
という焦りを含んだ声が二人に届く。
一人の騎士が息を切らしながら駆け込んできた。
「どうした?」
即座に聞き返すロベルト。
焦った部下の様子に、マックスの顔も険しい。
「絵里さんが……絵里さんが消えました!」
ロベルトもマックスも一瞬息が止まった。
――絵里……。
ロベルトの脳裏に能天気な彼女の顔が浮かぶ。
「護衛は? 護衛に就けてた奴はどうしましたか?」
彼女が、絵里が、何も言わずに姿をくらますことなどありえないと知っている。
自由気ままで、でも誰かに迷惑をかけるようなことは絶対にしないと知っている。
「護衛の奴も姿が見当たりません。というより疑いたくはないですが、奴が犯人かもしれません。俺、奴に言われて少しの間絵里さんの部屋の前から離れたんです。その後戻ったら絵里さんがいなくなってたので……」
――絵里……!
護衛の奴が犯人だとして、何故絵里を攫ったのか。
異世界からの送り人を攫うメリットは何か。
そんな大それたことをするなんて、黒幕は他にいるのか。
他国が絡んでいるのか。
分からないことはたくさんある。
だが、すぐに動かなければならない。
彼女はこの国、世界にとって重要な存在なのだ。
失うわけにはいかない。
――だが、それだけじゃない。そんなの建前に過ぎない。俺は……俺は、一人の女の子としての絵里を助けたい。ただ彼女が心配だ。あの能天気な笑顔を守りたい。
「すぐに調査を開始する。マックス、おまえの班は城で待機だ。この混乱に乗じて何かあったら対処してくれ。俺の班は消えた護衛の足取りを追うぞ。騎士たちにそう伝えてくれ」
荒ぶる感情を抑えながら、知らせに来た騎士に伝言を頼むロベルト。
「……大丈夫ですか、団長」
いつも以上に険しい顔のロベルトにマックスが問いかける。
――好きな子が攫われて、心穏やかじゃいられませんよね……。
「大丈夫だ。絵里は俺が必ず助ける。それより城の事は頼んだぞ」
確かな信頼を宿した目を向けられ、マックスもロベルトを見返す。
その瞳にも信頼の光が宿っているーー彼なら必ず絵里を救い出してくれるという、確かな信頼が。
お互い頷き合い、二人はは背を向けた。
ロベルトは絵里の部屋へと。
マックスは騎士団本部へと。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
絵里の部屋はなんだか物寂しかった。
毎晩来ていた時は暖かくて、絵里がいて、絵里の笑顔があって、こんなにがらんとしていなかった。
――彼女がいないだけでこんなにも雰囲気が変わるのだな……。
胸にぽっかり穴が開いたかのような気持ちになるロベルト。
「犯人の痕跡がないか詳しく調べろ! おまえらは消えた護衛の部屋を調べろ!」
気持ちを切り替えるように部下たちに命じる。
――絵里……。なぜ攫われた……。このタイミングで何故……。
そう考えた時、ロベルトはハッとなった。
――このタイミング、だからか?
思い出した、絵里の能力。
――だとしたら……。
探しているものはすぐに見つかった。
机の上に無造作に置かれていた。
『二人の騎士と陰謀の夜―今宵二人の絆が試される―』――絵里の本だ。
部下たちが慌ただしく室内を捜索する中、ロベルトは一心に本のページに目を走らせる。
――きっとあるはずだ。
できるだけ早く、だが決して読み飛ばしたりしないよう慎重に文章を目で追うロベルトは、程なくして自分の考えが間違っていなかったことを知る。
――やはりな。……フッ、さすが絵里だ。
「絵里はロッテンベル伯爵家にいる可能性が高い! 急いで行くぞ!」
ロベルトの覇気に満ちた声に、部屋の中をくまなく捜索していた部下たちが疑問の声を上げる。
「団長! なぜ伯爵が絵里さんを誘拐するのですか?」
彼らの疑問ももっともだ。
絵里の能力を知らない彼らには、本を読んでいたロベルトがいきなり突拍子のないことを言ったようにしか思えないだろう。
「根拠はこれだ。大丈夫、絵里は必ずそこにいる」
絵里の本を掲げたロベルトが自信たっぷりに明言した。
疑問が解消されたわけではないが、団長が、尊敬するリーダーが自信満々にそう言うのだ。
ロベルトが絵里を信じるように、騎士たちもロベルトを信じている。
苦楽を共にした仲間を信じている。
「行きましょう!」
団長に従う以外、選択肢など存在しない。
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
騎士たちが去った絵里の部屋。
がらんとしたその空間には、ロベルトが読んでいた本がポツリと残された。
その本は、絵里の最新作。
キルアとオスカーをモデルにした小説で、あの夜会での事件についても少しアレンジを加えながら描写されている。
キルアとオスカー改めルルーシュとマクシミアンの関係。
事件当夜の出来事。
疑われたルルーシュ。
彼を信じるマクシミリアン。
翻弄される二人の姿、そしてその波に負けない二人の愛がテーマの一冊だが、ロベルトが注目したのはそこではなかった。
小説の中で描かれた事件の犯人。
その正体を知りたかったのだ。
そして知ることができた。
もちろん名前は変えてあった。
だが、その正体を知る決定的な描写をロベルトは見逃さなかった。
“マクシミアンの……婚約者”
登場人物も、事件の概要も、世界観もアレンジされていて、現実の出来事を参考にしているなんてまず分からない。
だが、そう仮定したうえで読み進めれば、それぞれが指し示すことが何かを知ることは簡単だ。
だからこそロベルトも分かった。
そして、犯人も分かったのだろう。
脛に傷持つ人間は、ちょっとほのめかされるだけで過剰反応する。
絵里はただ物語を書いただけ。
自分が事件の核心を突いたなんて思いもしない。
だが犯人はそうは取らなかった。
彼女の本を読んで、全て知られてしまったと思った。
だから絵里を誘拐した。
それが絵里誘拐の、いや、毒殺未遂からの一連の事件の真相だとロベルトは考えた。
ミラー・ロッテンベルによる犯行だと。
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