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第十二話

お読みくださりありがとうございます。





 捜査が進展したのは、絵里たちがキルアの家を訪れたわずか三日後の事だった。



 その日の騎士たちは何やら朝からバタバタしており、絵里の護衛に就いたのはひょろひょろしたいかにも貴族のボンボンという風体の男だった。


「皆さん忙しそうですが何かあったんですか?」


「ええ。実はバッテンデル男爵が危険薬物を違法に密輸しているという情報を掴んだので、その捜査でてんやわんやで。ここだけの話、もしかしたら財務大臣を殺そうとしたの、キルアさんじゃなくて男爵かもしれないらしいんですよ」



 そう。実は昨夜、王宮騎士団が財務大臣の屋敷を家宅捜索したところ、バッテンデル男爵の不正の証拠が見つかり、さらには財務大臣がバッテンデル男爵を強請っていたという事実も分かったのだ。


「それで、バッテンデル男爵には財務大臣を殺す動機があり、なおかつ息子のオスカーに頼めばキルアさんに罪を着せる事ができるということで今調査を進めているところです」



 バッテンデル男爵は毒を盛ったことについては否定しており、オスカーもキルアに罪を被せたなんてことは絶対ないと言っているが、騎士たちは彼らを容疑者として調査を開始している。


 すぐに証拠が挙がるだろうというのが騎士団の見立てだと護衛の彼は言う。



「それはどうでしょうね……」


――はぁー? オスカーパパはどうだか知らないけど、オスカーさんがキルアさんに罪を擦り付けるわけないじゃない! 二人の絆を汚さないでほしいわ!



 ロベルト相手なら思いのままをぶちまけたであろう絵里だが、今日の護衛相手には意味ありげに否定するので精一杯だった。


――この人の視線、不快なのよね……。




「……どういう意味ですか? もしかして真犯人を知っているということですか?」


 なんだか怖い目で絵里を見る護衛騎士。


「さあ、どうかしら。うふふ」


 真犯人とか全く知らないし、ただキルア×オスカーLOVEしか考えていない絵里だが、いかにも何か知ってます的な雰囲気でごまかした。


――とにかくこの人キライ! 値踏みしてるのか知らないけどキモチワルイ!






 曖昧に対応したことが後にあんな事になるなんて、この時の絵里は思ってもいなかった。







*~*~*~*~*~*~*~*~*~*







 夜が更け、銀色の月光が一筋差し込むとある屋敷の一室で、二人の男女が密談していた。


「――様、どうやらあの女、真相に気づいているようです」


 男が傍らの女性へ恭しく報告する。


 男性が直立し、女性の方は座っているところから二人の関係性はなんとなく推して測れる。

 少なくとも対等な関係ではないようだ。


「やっぱりそうなのね……。彼女の本を読んで驚いたわ。まるで見たかのように描写してあるのだもの」


 困ったものだと言いたげに憂いを帯びたため息を零す女性。


「ですが騎士たちは――様が犯人とは気づいていません。あの女さえ黙らせれば秘密は守られます!」


 熱く語る男。

 月光に照らされたその瞳には、傍らの女に対する崇拝の念が浮かんでいる。



「……そうね。彼女さえいなくなればすべては闇の中……。ねえ、攫ってきてくれる?」


 甘くささやくその声音に罪悪感は微塵もない。


「御意。すべては――様のために」


 男は恭しく女の手に口づけた。





 二人を照らす月光だけが真実を知る。







*~*~*~*~*~*~*~*~*~*






 翌日。


 絵里は部屋で事件について考えていた。


 今日の護衛も昨日の彼で、どうしても一緒に出歩く気にはなれなかったのだ。



――本当にオスカーパパが財務大臣に毒を盛ったのかしら……。もしそうだとしても、オスカーさんがキルアさんを嵌めたとは思えない……思いたくない。だってキルア×オスカーは至高だもの! 妖艶な美女が黒幕とかだったら滾るんだけどなー。はぁー、とりあえず早く事件解決してロベルトさんかマックスさんに護衛してもらいたい……。この人なんかヤダな……。



 ただ黙って立っている彼だが、絵里は妙に威圧されている気分になって落ち着かない。



 事件の事はこれ以上考えても分からないので読書でもしようと自分の本を手に取ったところ、突然護衛の彼に話しかけられた。


「あの、それ絵里様が書いた本ですよね? 俺読みました! すごく面白かったです!」


 突然のことで驚いたが、褒められて悪い気はしない絵里。


「そうですか? ありがとうございます。これ、私の自信作なんですよ」


「実は俺の妹も絵里さんの小説のファンで……。もしよければ会ってやってくれませんか? 今日城に来てるんで」


 どうしようかと迷う絵里。


――正直こいつの妹なんてどうでもいいんだけどなー。


 その内心を読んだのか、


「妹は騎士寮にいるので絵里さんも入っていいですよ」


 と言う護衛。



 絵里の眼が光った。



 男だけの楽園――それが騎士寮だ(絵里の頭の中では)。


――男たちの共同生活……。寝食を共にし、あははうふふが繰り広げられる夢の場所(絵里の頭の中では)。


 今まで何度もロベルトに行きたいと頼んだ絵里だが終ぞ足を踏み入れることができなかった楽園。


――行きたいに決まってるじゃない!


「もちろん妹さんに会いますよ。ファンなんて嬉しいです」





 あっさり攻略された絵里であった。






*~*~*~*~*~*~*~*~*~*






――あれ、今日は騎士さんたち居ないのね……。


 扉を開け、外に出た絵里は扉の前に騎士がいないことに戸惑った。


 普段なら、例えロベルトが護衛の時でも扉をガードしてくれている騎士の人たち。


 彼らがいないことが少しだけ引っかかった。



「今日は扉脇の騎士たちはいないんですか?」


 前を歩く護衛の彼に尋ねる。


「……ええ。人手が足りなくて」


 一呼吸開けて簡潔に答えた彼。



 振り返らずさきさき進む彼に絵里はそれ以上の質問は控えた。


――やっぱり相性悪いわ。






 それ以降も人気が少ない場所を通ってようやく外に出た二人。


 多分普通の令嬢ならば、道中で不審に思ったりしたかもしれない。

 それ以前に、メイドもなしに護衛とはいえ男性と二人で出歩くことなどしないだろう。



 だが、絵里は良くも悪くも普通の女子ではない。


 生来の能天気さに加え、日本生まれ日本育ちの平和ボケも相まって全く危機感を抱かなかった。


 頭の中は花園(騎士寮)のことでいっぱいだった。





 だから、外に出て騎士寮に向かう途中で何やらツンとするにおいがするハンカチで口と鼻を覆われてもろくな反応ができなかったし、悲鳴すら上げられなかった。

 硬直して、思いっきり息を吸い込んで、すぐさま意識がブラックアウトした。




 意識を失う直前に見えたのは、どこまでも広がる青い空。


 意識を失う直前に聞こえたのは、背後から聞こえるクククッという笑い声。




 前を歩いていたはずの護衛の彼は、いつの間にか絵里の背後にまわっていたのだった。





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