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第十一話

お読みくださりありがとうございます。





 ロベルトが絵里への恋心を自覚してからさらに数日が過ぎた今日この頃、絵里は深刻な悩みを抱えていた。



――ロベルトさんの様子が……おかしい……。




 いつものようにロベルトに護衛に就いてもらっているのだが、そのロベルトの様子がここ数日おかしいのだ。


 端的に言うと……絵里に対する態度が甘いような気がする。



 例えば。

 朝会った時、いつもなら挨拶を交わすぐらいでロベルトは基本無口なのだが、最近は違う。

 挨拶の後、絵里の髪型や服装を褒め、熱のこもった視線をチラチラと向けてくる。


――ソワソワした。


 また、なにかと頭をなでたり髪の毛を触ってきたりと接触が増えた。


――ゾワゾワした。


 極めつけは彼の表情だ。

 夜の報告会などの二人きりの時、トレードマークと言ってもいいほど見慣れた眉間の皺がきれいさっぱりなくなり、少年のような表情が現れる。


 楽し気に煌めく瞳、笑みを浮かべる唇、笑った時に覗く白い歯。


――ドキドキした。




 最近明らかに変わったロベルトの態度を心配すると同時に、かき乱される自身の気持ちに戸惑う絵里。




「ロベルトさん、なんだか最近雰囲気変わりましたね……」


「そうか?」


 さりげなく何かあったのではないかと探りを入れる絵里だが、ロベルト本人はぴんときていないようでがっくりする。




 そんな中で調査が進むはずもなく、キルアの無実を証明する証拠は何一つ見つかっていない。



 さらには、

「……今月いっぱいで調査は打ち切りだ。もしこのままキルアが犯行を認めなかったとしても真犯人を示す証拠が見つからない限りキルアを犯人として正式に逮捕する」


 そうロベルトにも告げられてしまい、後がない絵里。


 あと一週間もすればタイムリミットだ。



「わかりました。じゃあ今日はもう一度だけキルアさんの家に行きます」



 元気のない絵里の様子に心を痛めるロベルト。


――だが、この事件だけ特別扱いはできない。それが、団長という地位につく自分の誇りであり正義だ。




 二人が伯爵家へ行くと、以前訪れてからまだたった数週間しか経っていないのにも関わらず、屋敷の雰囲気がどんよりとしていた。




 通された応接室で伯爵と対面した絵里とロベルトは、彼の憔悴ぶりに驚いた。


 一気に老けこみ、目の下のクマも酷い。



「ずいぶんとお顔の色が悪いですが……大丈夫ですか?」


「いや、お恥ずかしい……。キルアが捕まってから食事がのどを通らなくて……夜も眠れなくなってしまってね……」


 無理やり微笑もうとして歪んだ表情が痛々しい。


 伯爵夫人も体調を崩し寝込んでしまっているようだ。




「さて、今日はどういった用件かね?」


 どこかぼんやりした様子だった絵里は伯爵の声にハッと我に返った。


「はい、事件のあった日からキルアさんの部屋から毒物が見つかった日までの間にこの家を訪れた人間をお聞きしたくて。身分に関係なく全員教えていただけるとありがたいです」



 伯爵の話を聞くと、該当する期間にこの屋敷を訪れたのは、街の仕立て屋のお針子たち、領地からの定期報告の知らせを持ってきた使用人、庭師、そしてオスカーとその婚約者のみのようだ。


「彼らが来た時に目を離したりしましたか?」


「いや、オスカー君以外はずっと使用人がつき添っていたと報告を受けている……。ああ、そういえばオスカー君の婚約者さんはオスカー君の忘れ物を届けに来ただけだったから使用人たちは屋敷に入れた後は付き添わなかったと言っていたが……一分もしないうちに帰っていったよ」



――やはり、チャンスがあるとしたらオスカーか……。


 ロベルトは内心そう思うが口には出さない。

 言えば絵里がどんな反応をするか簡単に想像がつく。




「わかりました。今日はありがとうございました」


 聞きたいことを聞けた絵里はお暇しようと席を立つ。


 ロベルトもあわててそれに続いた。





 帰りの馬車の中は静かだった。


 いつもおしゃべりな絵里が珍しく押し黙っている。



「絵里……どうした?」


 心配そうに絵里の様子を窺うロベルト。


声をかけられてハッと意識が戻る。



「えっと……なんか、あんなにやつれるほど子供の事心配する親っていいなって思って……」


 そう言う絵里の瞳には、憧憬の念とわずかな嫉妬が覗いている。



 そういえば……とロベルトは思い出す。


――向こうの世界の友人に会えなくなるのは寂しいとは聞いたが、絵里の両親の事には少しも触れていなかったな……。不自然なほど全く触れていなかった……。


 何かあるんだろうと察するロベルト。



「……そうだな。親が子供を無条件に信じ、心配する。当たり前なようで大事なことだよな」




 ロベルトのその言葉を聞いて、絵里は不覚にも目の奥がつんとした。


――当たり前だと言われるかと思った。なに当たり前のこと言ってるんだと。でも、私の気持ちに寄り添ってくれた。この、どうしようもなく湧き上がる羨ましいという気持ちを否定しないでくれた……。



「ありがとう。……変なこと言ってごめんなさい」





 再び前を向いた絵里の瞳は、事件解決への使命で燃えていた。










*~*~*~*~*~*~*~*~*~*








 所変わって城内。









「ねえねえ、絵里様の新刊読んだ!?」


「当り前じゃない! もうすごい興奮したわよ」


「ねー! 今回は胸キュンだけじゃなくてちょっとハラハラしちゃった」


「分かる! でも最後までお互いを信じる固い絆に萌えたわよね」


「私はあの当て馬キャラにムカついたわ! 二人の邪魔しようなんて百年早いのよ!」


「現実にいるかのような描写でついつい感情移入しちゃったわ」




 可愛らしいメイドたちが集まって話している話題はBLだ。



「今じゃ絵里様の小説、貴族のご令嬢の中でも密かに流行ってるみたいよ」


「当然よ。面白いもの」


「でね、ご令嬢たちが噂しているのを聞いたんだけど、あのモデルって、キルア様とオスカー様なんじゃないかって!」


「きゃー!」


「もしそうなら萌えるわよねー。廊下で二人を見かけたらついついキスシーン想像しちゃうかも、ていうか絶対する!!」


「でもそういえばさ、最近キルア様とオスカー様のツーショット見ないわよね。オスカー様一人の所は見かけるけど……キルア様どうしたのかしら……」


 一人のメイドが何気なくそう言うと、周りのメイドたちが気まずげにチラチラ目配せし合う。


「……あなた知らないの? キルア様、ちょっと前に起きた毒殺未遂事件の容疑者として事情聴取されているのよ」


「嘘!! キルア様はそんなことする人じゃないわ!」


「そりゃー私たちだってキルア様が事件を起こしたなんて信じちゃいないわよ。でも、拘束されてから結構日にちが経ってるし……もしかしたらホントに犯人なのかも……ってね……」


 辺りに重苦しい空気が漂う。



「……オスカー様もショックでしょうね……。最近元気がないようだったのはそのせいだったのね……」




 二人の心境を想像して憂うメイドたち。


「まるで絵里様の小説の話のような状況ね……」




 誰かがポツリと呟いた。






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