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第七話

お読みいただきありがとうございます。





「静かにっ! 落ち着いてください!」


 ざわめくホールに騎士たちの声が響き渡る。


 笑いさざめいていた人々は顔をこわばらせ、倒れ伏す男性から距離をとろうと必死だ。



 明るく華やいだ空気は霧散し、緊迫した雰囲気が立ち込める。




 陛下の御前、陛下主催の夜会でこのような事件が起き、事態は深刻だ。




「すまない、俺もあちらに行かなければならない。少し離れるが大丈夫か?」


 ロベルトが表情を引き締めて絵里に言う。

 先ほどまでの少し和らいだ雰囲気は跡形もない。



「大丈夫です。私はここにいるのでお仕事してきてください」



「ほんとうにすまない」


 そう言って、ロベルトは足早に現場へと向かった。







――さてと。



 殊勝にロベルトを見送ったかに見えた絵里だったが、彼女の好奇心はむくむくと広がり、おとなしくしているつもりは欠片もない。


 ダンスを踊らなくてよくなったし、お目付け役から解放されたのだ。

 この機会を逃す手はない。




 スススッと、務めて何気なく絵里はご婦人たちに近寄った――情報収集が目的だ。



「……倒れた方、財務大臣ですわ。毒かしら……」


「そうかもしれませんわよ。彼、横領とかの黒い噂が絶えない方ですから。恨んでいる誰かが毒を盛ったんじゃないかしら」



――毒!!


 危険極まりないワードに絵里の心臓はバクバクする。


 日本でのほほーんと育った絵里にとって、毒などという単語になじみがない。



「犯人は誰かしら……」




 そこでちょうどロベルトが戻ってくるのが見えた絵里は、またスススッと音もなく元いた場所へと戻り、これまた何気ない顔で彼を迎えた。



「おとなしくしてたか?」


「もちろんです」


 しゃあしゃあと答える絵里だった。







*~*~*~*~*~*~*~*~*~*






 夜会が終わった。



 絵里は太陽が高く昇った頃にようやく起きだす生活へと戻り、また思う存分創作活動や騎士団見学に勤しむことができる。





「あれ、今日はロベルトさんじゃないんですね」


 今日の絵里の護衛はマックスのようだ。



「団長は昨日の事件の調査で忙しいので。私で勘弁してください」


「それならマックスさんも忙しいでしょう? 私の護衛なら気にしなくていいですよ」


「いえ、そういう訳にはいきません。異世界からの送り人に何かあっては大変ですから。それに、絵里さんの行動は見てて面白いので、仕事で疲れた心が癒されます」



 褒められているのかけなされているのか分からない言葉に絵里は反応に困る。


――これだから腹黒は。


 絵里は心の中で毒づく。





「今日は面白い行動なんてしないですよ。一日中部屋にこもって執筆します。ほんとは久々に騎士団にも行きたいけど、昨日の夜会でいい話がいくつも思い浮かんだんです! 忘れないうちに書き留めなくちゃ」



 そう言うやいなや、猛烈な勢いでペンを走らせる絵里。



 たぎる情熱を全て紙にぶつけるかの如く鬼気迫る雰囲気だ。







 どれくらい時間が経ったのだろうか。



 物語がひと段落付き、絵里はふと顔を上げる。



 窓の外はすっかり夕暮れ色に染まり、少なくとも四時間以上は集中していたことが分かる。



 壁際に立っていたマックスと目が合い、絵里はちょっぴり申し訳なく思う。


「すいません。ずっと放置しちゃって、退屈でしたよね」



「いえいえ、くるくる変わる絵里さんの表情が面白くて、全然退屈ではありませんでしたよ。有意義な時間を過ごされたようで何よりです」



「そうですか……」


ちょっと憮然とした表情の絵里。





「ところでロベルトさんが調査してるってことは、まだ昨日の毒殺事件、解決してないんですか?」


 夕食時、絵里が何気なく尋ねた。


「毒殺って……確かに毒で倒れましたが、彼は死んでませんよ。幸いにも一命をとりとめました」



「そうなんですか。良かったですね」



 マックスは、絵里がもっとこの話題に食いついてくるのではないかと思っていたが、その話はそれで終わり、少し拍子抜けした。




 絵里にとっては、顔も知らぬ人の事件よりも、目の前の食事が第一だ。


 余計なことを考えず、ひたすらおいしい料理をお腹いっぱい詰め込んだ。







*~*~*~*~*~*~*~*~*~*






 それから数日のうちは、昼頃目覚め、お昼ご飯をモリモリ食べ、騎士団へ行き、厨房を覗き、夕食をモリモリ食べ、ぐっすりと眠りにつくという(あくまで絵里にとっては)何とも穏やかな生活をしていた絵里。





 今日も今日とて騎士団へ行った後、唐突に、ケーキが食べたいと思った。


――あの夜会の日に食べた美味しいケーキたち。



「第一厨房へ行きます」


 思い立ったが吉日、絵里は今日も護衛を務めてくれているマックスにそう告げると、ルンルン気分で厨房へと向かおうとする。



 ちなみに、城には騎士団向けの食堂と厨房、使用人用の食堂と厨房、役人用の食堂と厨房、貴族用の食堂と厨房、王族用のダイニングと厨房があり、それぞれの厨房には専属の料理人がついている。


 絵里が今から行こうとしているのは、第一厨房と呼ばれる王族用の厨房だ。




 だが、無慈悲にもマックスに止められてしまう。


「すいません、今は第一厨房には行けません」


「なんでっ?」


 グワッと凄い勢いで振り向く絵里。


「ほら、この間の夜会の事件、まだ解決してないでしょう? 我々はその料理を作った料理人も犯人候補だと考えているので、事件が解決して疑いが晴れるまでは第一厨房は立ち入り禁止です」


「そんなー。あんなにおいしい料理を作った人が犯人なわけないじゃないですか!」


 絵里はブーブー不満げに文句を言うが、マックスはどこ吹く風。



「早く犯人捕まえてくださいね!」


 何度お願いしても折れないマックスに、絵里はしぶしぶあきらめた。



――はぁー、ふんわり軽やかショートケーキに濃厚チョコレートケーキ、酸味と甘さが絶妙なフルーツタルト……。食べたかった……。











「ねえねえ、もう犯人捕まった?」


「いえ、昨日の今日じゃまだですよ」




「ねえねえ、今日は厨房行ける?」


「ダメです。まだ事件は解決していません」




「ねえねえ、もう一週間たったよ! 今日こそいい?」


「ダメです」




「いい?」


「だめです」




このやり取りが三週間続き、流石に絵里は我慢の限界が来た。


「ああーもう、いつになったら私はケーキが食べられるんですか! 早く犯人捕まえてくださいよ!」


 ケーキのために犯人を捕まえてほしい絵里。

 彼女はどこまでも欲に忠実だ。



「事件って目撃証言が大事なんですよ。私の世界でも警察はまず徹底的に目撃者を洗うんです」


 テレビドラマで得た知識を得意げに披露する。


「警察……?」


 警察というなじみのない言葉にマックスは困惑顔だ。



「こっちの世界で言うところの王宮騎士団みたいなものです。私の世界では犯罪を取り締まる人たちを警察っていうんです」





「そうなんですね。我々も目撃者を探してるんですが……なかなか見つからなくて。誰かが毒を入れたのか、もともと料理には毒が混入されていたのか……。本当はご婦人方にもお話を聞きたいのですが、我々ではなかなか……」


 マックスが困り顔でそう言った時、絵里はピカッと閃いた。



「そうだっ! 私も協力します! 貴族の女性には私が話を聞きますよ!」


――名案だわっ!


 正直、見ず知らずの人が毒殺されそうになったことも、その犯人も一切興味はないが、このままずっとケーキを食べられないのは困る。


――ここは同じ女性の私が彼女たちから情報を聞き出して犯人逮捕に協力するしかないわね!




 マックスは危険だからと何度も止めたが、それで止まるような絵里ではない。




 かくして絵里の捜査協力は開始した。





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